第二十六話 古き盟約
神殿の二階へと戻ったブレンは、会談の前で待っていたロッテルの案内でフィアレとレティの待つ部屋へと案内された。
「ごすじんさま!」
部屋に入ると、レティがいの一番に飛びついてきた。そんな彼女をブレンはしっかりと抱きとめ、ゆっくりと降ろしてやった。
「戻ったぞレティ。フィアレは?」
「あそこの水盤でお話してます。まだ忙しいみたいで」
「ああ。そうだろうな」
ブレンが部屋の中央を見やる。するとそこにはブレンが居ない間に設置された遠見の水盤を通して神殿の各所へと指示を送るフィアレの姿があった。周囲には、せわしなく事後処理に追われる他の巫女たちの姿もある。
「はい。メディアは負傷者の治療を、メイラは動揺している患者のケアをそれぞれ巫女たちや治癒術師たちを率いて担当してください……ええ。スカルテは神殿の補修を。指示は以上です」
ようやく一息ついたフィアレが水盤から顔を上げ、ブレンに気づく。しずしずとブレンの方へと歩いてきたフィアレは、洗練された動作で深くブレンにお辞儀をした。
「ブレン・ガンダフ様。此度は古き盟約に従い、我ら一族と神殿を守るために戦ってくださったこと、まことに感謝申し上げます」
「え? え?」
当然のことながらレティは混乱した。よくわからない単語が出ていたという事もあるが、フィアレはオンとオフの切り替えが激しすぎるという事もある。
「つきましては、本日は神殿にてお体を休め、英気を養っていただきます。まずは傷をいやして差し上げますので、どうぞこちらへ」
「あの、フィアレさんはなんて言っているんですか?」
自分一人置いてけぼりにされそうなことに危機感を感じたレティはブレンに説明を求めた。同じことをブレンも考えており、フィアレの案内はひとまず置いて説明を始める。
「要するにだ。古い約束を守ってくれてありがとうってフィアレは言ったんだ」
「古い約束?」
「ああ。俺とフィアレは家ぐるみの付き合いでな。昔、俺たちの先祖が互いにピンチの時は助け合う約束をしていたんだ。今回は神殿が攻められたから俺が敵を撃退する約束だった……って、今にして思えばあの二階の迷路に誘い込めばもっと楽だったんじゃないのか?」
しまったと思いながらブレンは呟いた。わざわざ一階で迎え撃たずにあの狭い迷路に誘い込み、待ち伏せや挟み撃ちで戦う方が楽だったのではないだろうか。
しかし、そんなブレンのボヤキをバッサリと却下する者がいた。ロッテルだ。
「なりませんガンダフ様。あの得体のしれない者どもを神殿の二階へ入れろとおっしゃるのですか? 二階にはフィアレ様がいらっしゃるというのに」
「いやまあ……それもそうか」
考えてみれば、敵は物を劣化させる魔術を用いていたのである。もしもあの魔術が石の壁を崩せるのだとしたら、この迷路も無意味なものになってしまう。結果的に自分が一階で撃破するのが一番よかったのだとブレンは考えた。
「話が脱線したな……とにかく、俺は約束を守って敵を倒した。今度はフィアレの方が約束を守って俺の治療をしてくれるんだそうだ」
「治療……そうだごすじんさま! おなかの傷は!?」
にわかにレティが慌てだす。ブレンは腹を刺されており、普通の人間なら重傷で動けなくなるほどのダメージを受けているのだ。毒のようなものは防御結界が発動した時に打ち消されたものの、腹の刺し傷は治っていない。
「それをこれから治してもらうんだ。フィアレについていくぞ、レティ」
ブレンはレティを伴うと、フィアレの案内に従って歩き出した。そのあとをついていきながら、レティは恐る恐るといった様子でブレンに尋ねた。
「あの……まだお聞きしたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」
「いいぞ。何が訊きたい?」
「えと、そもそもどうしてそんな約束があるんですか? 神殿には、戦う人が沢山居るのに……」
レティはフィアレが見ていた遠見の水盤を一緒に見ることで神殿には百人近い警備兵が居ることを知っていた。であれば、わざわざブレンが戦う約束をしているのはいったいなぜなのか疑問に思うのは自然な事であった。
「そうだな。簡単に説明すると、フィアレの先祖には敵がいて、そいつと戦うときに俺の先祖が助けたんだ。でもそいつを倒し切ることはできなかったから、俺の先祖はフィアレの一族と協力してそいつを倒すことを約束した……とまあこんなところだ」
「敵ってなんですか?」
「それは―――」
「ブレン様」
答えようと口を開いたブレンを、ぴしゃりとたしなめるようにフィアレが遮った。
「あ、ダメか?」
「はい……少なくともその子はガンダフ一族ではないのです。であれば、教えてはなりません」
「はいはい。というわけだレティ。ごめんな」
「教えてくれないのですか?」
「ああ。でもまあ、世の中には知らないほうがいいこともある」
申し訳なさそうに答えるブレンの顔には、何か暗い影のようなものが浮かんでいるとレティは感じた。
しかし、それ以上に彼女はもう聞くべきではないと感じていた。自分に親切にしてくれるブレンが、どこかで線引きを設けてその内側には入れないようにしているのだと思ったからだ。
(やだ……見捨ててほしくない……)
見捨てられれば、自分に行く場所は無くなる。それを恐れるレティは、もう何も聞かずに黙ってブレンの後についていった。
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