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第二話 別れの始末


 会議室から出ていったブレンは、寮の自室に戻ると自分の荷物をまとめていた。駐屯騎士団からの支給品は全て返却する決まりなので、最終的な荷物は袋に詰めて肩に担げる程度の量でしかない。


 「三年か。短かったけど、いざ出ていくとなるとなんだかしみじみするな」


 ブレンはもう一度自分が住んでいた部屋を見渡した。荷物整理に時間がかからなかったのであまり思い出に浸ることもなかったが、騎士団をクビになった以上、それほど長居する事もできない。正式な解雇通知はまた後で来るのだろうが、部屋に居座り続ければコワードにまた絡まれるのは目に見えていた。


 「もう行くか」


 荷物袋をまとめて外へ出る。だがドアを開けたその先にはよく見知った、しかし思いもしない相手がいた。背丈がブレンの腹ほどまでしかないその人物は、ブレンの姿を認めると涙と鼻水をまき散らしながらブレンに抱き着いてきた。


 「アニキ、アニキぃぃ!!」

 「うわ、アクトか!? お前、何でここに!?」

 「アニキが、アニキがクビだって聞いて……うわぁぁぁん!!」

 「話を聞けー!」


 アクト、と呼ばれた少年がぶえぶえと泣きじゃくりながらブレンに縋り付く。彼はブレンの元従者だ。

駐屯騎士団に所属する騎士は従者という形で部下を複数人得ることができる。通常従者は騎士との相性を考えた上で人事部が配属を決定するのだが、アクトは自ら志願してブレンの従者になった変わり者だった。


 「おーおーブレン。水臭いじゃねえか。俺達に何も言わないで騎士団を出ていくなんてよ」

 「ジョー、お前の差し金だったか」


 アクトに抱き着かれるブレンを眺めてニヤニヤ顔を隠さないジョーに気が付いて、ブレンは大きなため息をついた。彼はブレンと同期の騎士で、ブレンとは一、二を争う実力者でもある。


 「っていうか、お前がクビだなんていったい何があったんだ? お前もコワードの野郎も何も話さねえから何が起こっているのかさっぱりだ」

 「……この間、街中に魔物が出現した事件があっただろ」

 「ああ、死体を漁った死霊術師がアパート丸ごと一つグールだらけにしちまった事件だっけ」


 それは、二週間前の王都で起きた事件だった。アパートに潜伏していた死霊術師がグールを放ち、グールに殺された人間でまたグールを作ることでアパートをグールの巣窟にしてしまった事件だ。

 コワードが率いる分団の管轄領域であったため、彼が事態の鎮圧にあたったのだが、その時打ち出した作戦は「神聖教会の保有する結界魔術でアパートを建物ごと浄化する」というものだったのだ。


 「コワードのヤツ、許せないッス! アパートを丸ごと浄化するほどの結界魔術なんて、もし生き残った人が居たら巻き添えになるっていうのにッス!」

 「それで、俺はアクトたちと生き残りの捜索に出かけていたんだ。アパートの外に出ちまっていたグールは倒してからな」

 「ああ、持ち場にいないと思ったらブレンはアパートの中に入っていたのか。って、結構な無茶だぞそれ。もし巻き添えになっていたらと思うと、ゾッとするぜ?」


 コワードが使用を決定した結界魔術は非常に強力であり、グールのような不浄の生き物は一瞬で蒸発するが、その一方で普通の人間にも危険が及ぶ代物であった。

 そこでブレンは結界魔術発動までに従者を引き連れてアパート内の生存者を捜索し、それをコワードに見とがめられてしまったというのが、彼がクビになってしまった顛末であった。


 「なーるほど。っていうか、先に生存者がいる可能性をコワードの野郎に言わなかったのか?」

 「言ったぞ。あいつがまともに聞かなかったから命令無視して助けに行くことになったんだろうが」

 「あー……」


 ブレンが愚痴るのを聞いて、ジョーはすべてを納得した。コワードは貴族生まれ貴族育ちであるうえ、あんな性格だ。アパートに住むような平民の事を軽視していたとしても、不自然ではない。


 「それよりジョー。アクトたちの事だが……」

 「心配いらねえよ。全員、このまま駐屯騎士団で働ける。命令違反っていうのも、建前上はお前が強権を使って従者たちを無理やり従わせたってことになっているしな」

 「そうか。良か―――」

 「良くないッス!! アニキが居ないのに騎士団にいてもしょうがないッス! こうなったら、オレも騎士団を―――」

 「よせ。アクト」


 ブレンは膝をつくとアクトに目線を合わせた。そしてしっかりと言い聞かせる。これが先輩として最後になるだろう言葉を。


 「お前は駐屯騎士団に残れ。ただでさえ俺が一人辞めるっていうのに、これ以上人数を減らしてどうする」

 「でも、オレは別に強くないッス。オレが一人辞めたって……」

 「そんなことはない。訓練をし続ければ、お前だっていつか強くなる。そうなるのを期待して、俺はお前たちが巻き添えにならないように根回ししたんだから」


 アクトが泣き止み、ブレンの目をしっかりと見返す。ブレンが騎士団を去ることをさみしがる気持ちは消えないが、ブレンがアクトに託そうとするものをしっかりと感じ取った、そんな表情をしている。


 「頼んだぞ。アクト」

 「……はいッス」

 「よし……。ジョー、アクトを頼む」

 「おう。つっても永遠の別れってわけでもないんだ。そう残念がることもないだろ」


 ジョーの表情はカラッとしている。しかしブレンにとっては、そんなジョーの変わらない態度がありがたかった。


 「そうだ。俺、今日は非番なんだよ。酒場にでも行かないか?」

 「酒場? いったいどうして」

 「ブレンにどうしても会いたいって人がいるんだよ。アクトもどうだ? ブレンがおごるからたらふく飲んでいいぞ」

 「お前、今日クビになった同僚によく酒代をたかる気になれるな……」

 「行けばわかるって。さぁ行こう! いざリーナちゃんの酒場へ!!」


 ブレンのイヤミなどお構いなしにジョーが引っ張っていく。そのあとをアクトが慌てて追いかけていく。


 (なんか、思ったのと違うけど悪くないな)


 一人きり、寂しく出ていくよりはいい。ジョーとアクトに感謝しながら、ブレンもまた酒場へと歩を進めるのだった。


本作を読んでいただきありがとうございます!


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