第十八話 正直薬
「……なあ、フィアレ。どうしたんだ? もう十分以上は診察が続いているんだが」
フィアレの診察が始まって、既に十分以上、フィアレは《検診・巡りの測定》やそれ以外の魔術でレティの身体を調べ続けていた。
それも、レティの身体にある傷跡以外のところも調べているのだ。ブレンは傷をきれいに治してほしいだけだったので、彼女が必要以上に調べているように感じて戸惑いを覚えた。
「……ちょっと待っててください。レティさん」
フィアレがおもむろに立ち上がると、部屋の棚から透明な液体の入った小瓶を持ってくるとレティに差し出した。小瓶には黄色く塗られた三角形に囲まれた天秤がデザインされている。
「これは?」
「おいフィアレ。それは裁判用の魔法薬じゃないか。どうしてそんなものを持ち出すんだ」
「え!?」
ブレンの言葉にレティはぎょっとした。裁判用の魔法薬。そんなものをどうして自分にのませるのだろう。
フィアレはしばらく逡巡して黙り込んだ後、決心したように口を開いた。
「ブレンさんの言う通り、これは裁判や取り調べに用いられる正直薬という薬です。飲めば三十分の間、嘘をつくことが出来なくなります」
「だから、どうしてそんなものをレティに飲ませるんだ」
「今の時点では確信が得られないからです。レティさん。飲んでください」
なんの確信が欲しいのかは言わないままフィアレはレティに小瓶を差し出した。レティは自分の手のひらにも収まるくらいの小瓶を前にして、困惑した表情でブレンに視線を送る。
「……危険な薬ではない。でもフィアレ。レティの何を疑ってこんなものを飲ませるんだ」
「ごめんね、ぶーちゃん。今は何も話せない」
フィアレが一瞬だけ口調を戻してブレンに懇願する。素を出してまで魔法薬を飲ませようとするその様子にブレンは困惑した。
「ごすじんさま。レティ、その薬を飲みます」
ブレンの背中を押すようにレティが口を開いた。
「フィアレさんの手……ごすじんさまと同じくらい優しかったです。レティの事を、一生懸命いたわってくれて……レティは、安心していました」
レティがフィアレの手から小瓶を受け取る。その様子にはブレンのような困惑の様子はない。
「ごすじんさま。レティは大丈夫です。フィアレさんはきっと治してくれます」
「わかった。フィアレ、口出しして悪かった」
ブレンが謝罪して治療が再開される。フィアレの指示で、レティは小瓶の中身を一息に飲み干した。
「……あんまり魔法にかかった気がしないです」
「いえ、ちゃんと効いていますよ。ではこれからいくつか質問をします」
フィアレが木の板と紙、そして羽ペンを持ってくるとレティの目を見るようにまっすぐに彼女と向き合った。
「レティさん、あなたは虐待を受けていましたか?」
「はい。受けていました」
そういった直後、レティは驚いて自分の手で口をふさいだ。そして目を丸くするとおずおずとフィアレに尋ねた。
「あ、あの。いま、レティの口が勝手に……」
「それが正直薬の効果です。さあ、続けますよ」
フィアレは冷静な態度のまま次の質問に移った。
「レティさん、あなたはどのような虐待を受けていましたか?」
「鞭でたたいたり、水に沈めたり、焼きゴテで焼いたり、刃物で切り付けたり、毒を飲まされたり、ハンマーで殴られたり、針で刺されたり―――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ブレンが慌ててストップをかける。それが彼女のトラウマを呼び起こしてしまうのではないかと心配したからだ。
しかし、レティはそのまま自分がどのような拷問を受けていたのかを話し続けた。
実に、正直薬の効果が切れる三十分が過ぎるまで。
「―――虫と一緒に閉じ込められたり罵られたりえっと……」
「もう結構ですレティさん。正直薬の効果が切れてしまいましたね」
言いながらフィアレは再び棚から正直薬の小瓶を持ってきた。しかし、今度はその薬を一滴だけレティの手のひらに垂らす。
「もう一つだけお聞きしたいことがあります。その一滴だけなら、一分ほどで効果が切れます」
「わかりました」
レティが素直に手のひらをなめる。そうした後で、フィアレは最後の質問をした。
「レティさん、あなたは何歳ですか?」
「わかりません」
「……ありがとうございました」
フィアレの言葉が合図になったように、レティがはっと我に返り気が動転して叫んだ。
「ごすじんさま。レティはレティがいくつだかわかりません!」
「お、おう。たぶん、十四か五歳くらいじゃないか? それよりフィアレ、もう検診は十分だろ? そろそろフィアレの傷を治してくれないか?」
ようやく診察が終わって本題に入れる。そう安心したブレンだったが、フィアレから帰ってきたのは予想もしない返答であった。
「ごめんね。それはできない」
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