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第十七話 診察開始


 「とはいっても、別にクビにされたことは不満じゃない。命令違反は承知の上でやったんだし。だからフィアレ、お前がそれを自分の責任だと思う事はないんだぞ」

 「だって、本当の事だもん……」


 むくれるフィアレだったが、レティは信じられない思いでブレンの事を見つめていた。ブレンは、自分が損をすると覚悟したうえで人を助けたのだ。それがどんなに難しいことかは奴隷だったレティでもわかることであり、また自分の事で精一杯だったレティにはできなかった事でもあった。


 「さて。与太話はこの辺にしておいて、そろそろ治療を始めてくれないか、フィアレ」

 「そうだね。じゃあレティさん、あちらでこの服に着替えてきてください。一人で大丈夫ですか?」

 「えと、前に着ていた服によく似てるから、多分大丈夫です」


 フィアレがレティに渡したのは、患者用の質素な木綿の服だ。脱ぎ着しやすいように紐で結ぶようになっているそれを受け取ったレティがカーテンで仕切られた簡易的な更衣室に入ると、ブレンは一つの疑問を口にした。


 「フィアレ、お前はどうしてレティの名前を知っていたんだ? 俺は教えていないよな」

 「……実はね。今日の事は、アシィナ様の神託で知っていたの。ぶーちゃんが、レティって名前の奴隷の女の子を連れてくる。そうしたら、必ず私がこの二階の部屋で診察しなさいって」

 「女神アシィナが?」


 神殿において、神々に仕える巫女は時に神託を受けることがある。たいていは行動を指示するだけでなぜそうしなくてはならないかは伝えられないのだが、神殿は神託を非常に重視していた。


 「そうしないと、この国が滅びるってことか」

 「うん。アシィナ様の真意は測りかねるけど……」


 なぜなら神託に背いた場合、待っているのは確実な破滅だからである。それも一個人の破滅ではなく、王国それ自体の破滅だ。

 また、神託が授けられるのは決まって人間だけでは対処しきれない事件が発生するときでもある。ある事情からそのことを知っているブレンにとっては心中穏やかではなかった。


 「あの、着替えました……」

 「ではぶーちゃ……ブレンさん、部屋の外で待機してください」

 「ああ。わかった」


 そうこうしているうちに着替え終わったレティが出てきたので、フィアレはブレンに対してそう指示をした。

診察ではフィアレがレティの身体に触れる。脱がしやすい患者用の服に着替えさせたのは、それがしやすいようにするためだ。なので、男のブレンは一度部屋から出ていかなくてはならない。特に異論もなくその指示に従おうとしたブレンであったが、それに待ったをかける者がいた。レティだ。


 「やだ。ごすじんさま、一緒にいてください……」

 「いや、服をはだけるんだからそういうわけにはいかないだろ。裸を見る訳にも……」

 「レティは、ごすじんさまが居ないと不安で……どうか一緒にいてください……」


 泣きそうな顔ですがるレティにブレンも思わずたじろぐ。しかしこのまま居るのもまた気まずい。

 そんなブレンの様子に、フィアレは助け舟を出した。


 「仕方ないですね。では特別に同室を認めます」

 「え? いいのかフィアレ」

 「はい。患者の精神状態が不安定だと、正確な測定ができない可能性もありますから。彼女が不安がるようでしたら、手を握って差し上げてください」


 そういう事ならとブレンは部屋の隅にあったスツールを持ってくるとレティのそばに腰かけた。レティが不安げに伸ばしてきた手を、ブレンが優しく握り返す。するとレティの表情がやわらぎ、同時にフィアレもうんうんと満足そうにうなずいた。


 「これならちゃんと見ることができると思います。では……《検診・巡りの測定(ルオシス・ブルテスト)》」


 フィアレが優しくレティの腕に自分の手を当てた。すると、その手から淡い光が発生し、彼女は、その輝く手でレティの身体をゆっくりと撫でていく。


 「ごすじんさま、これは?」


 レティが囁くような小声で尋ねてきた。フィアレの邪魔にならないように、ブレンも小声で答える。


 「治癒魔術の一種だ。あれで体の中を流れる血液や魔力を測定して、異常がないかどうかをチェックするらしい」

 「すごい……」


 治癒魔術には、直接傷を癒すものの他、体の悪い所を調べるものも含まれる。レティは初めて見る治癒魔術にまじまじと見入っていた。

 だが、しかし。


 (……どういうことなの?)


 レティの身体を調べ始めてすぐに、フィアレは見過ごせない違和感を覚えていた。

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