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第十六話 聖女の本性とグールアパート事件


 「お二人のおっしゃる通り、ここから先は入り組んだ迷路となっております。しっかりとついてきてくださいませ」


 それだけ告げるとロッテルはさっさと歩いて行ってしまった。慌ててレティを担いだブレンによって何とか置き去りは免れたものの、ロッテルはさほど迷う様子も見せずにどんどんと歩いていく。


 「な、なんで迷路になっているんだよ!?」

 「神殿の三階には、聖女様のお部屋があるからです。階段が小さく、壊しやすい木でできているのも、この二階が迷路状の構造をしているのも、全ては聖女様をお守りするためのものです」

 「まだ正式に就任したわけでもないのに大変だなフィアレも!」


 いったい誰に攻められることを想定しているのだろうか。往来が不便すぎると思ったブレンだったが、そもそも一階から二階へ上がる人間自体が少ない。合理的といえばその通りなのだろう。

 歩くこと数分、入り組んだ迷路の先にロッテルが足を止めたのは、何もない行き止まりの壁だった。


 「あれ? ごすじんさま。ここ行き止まり……?」

 「おいおいロッテルさん、あんたまさか道に迷ったとか言わないだろうな?」


 二人がそれぞれ疑問や揶揄の声を上げる。しかしロッテルはそんな声など意にも介さずに壁の一部を手でなぞると、その軌道に沿って輝く文字が浮かび上がった。

 すると、驚くべきことに行き止まりの壁のレンガがどんどんスライドし、両側に退いていく。そして壁の向こうには、木でできたドアが鎮座していた。


 「いいえ。こちらが、聖女様のお待ちになっているお部屋になります」


 あっけにとられる二人をよそにロッテルは全く均等な感覚で二度、現れたドアをノックした。


 「フィアレ様、ロッテルでございます。お申し付けの通り、お客様をお連れしました」

 「わかりました。入ってください」


 返事の後でロッテルが恭しくドアを開ける。フィアレが待つその部屋には、それまでの迷宮の息苦しさが嘘のように広く、壁には豪奢なタペストリーがいくつもかけられていた。そして中央には石に毛布やマットレスを掛けたベッドが備えられており、フィアレはその隣に立っている。


 「ロッテル、ご苦労様でした。もう下がってよいですよ」

 「かしこまりました。それでは、失礼します」


 一礼して部屋を出ていったロッテル。それを見届けると、フィアレは大きく深呼吸をした。そして……


 「うわぁぁぁん! ぶーちゃぁぁあん!!」

 「そぉい!!」


 突進してきたフィアレを、下から潜り込むようにブレンが投げ飛ばす! ごろんと受け身をとったあと素早く突撃体制に入ったフィアレに対して、ブレンは受け身の構えをとって備えた。


 「あの……ごすじんさま?」

 「危ないから下がっていろレティ。おいフィアレ! レティを診てくれるんじゃ―――」


 なかったのか。そうブレンが言い終わる前に、フィアレはブレンの腰にタックルする勢いで抱き着くと、彼女の大号泣が部屋中に響き渡った。


 「うわぁぁん! ごめんねぶーちゃん! 私、ぶーちゃんのこと、ちゃんと庇えなかったあああ!!」

 「ああもうやっぱりそれかよ! もうその話はいいから一回落ち着け! っていうか、レティが見てる!!」


 えぐえぐと泣きじゃくるフィアレだったが、ブレンの最後の一言ではっとブレンの後ろを見た。そしてそこには、唖然とした表情でブレンとフィアレを見ているレティの姿があるのだった。

 数秒、時が止まったかのような沈黙が流れる。そのあとでフィアレはすっと立ち上がるとハンカチで顔をぬぐい、レティににっこりと微笑みかけた。


 「えー、こほん。取り乱してしまい大変失礼いたしました。初めましてレティさん、私はアシィナ神殿にて治癒術師をしております、フィアレ・ラピュテイアと申します」

 「あ、はい。えと、こんにちは……」


 何事もなかったかのように挨拶をされ、思わず返してしまったレティだったが、彼女がフィアレに対して持っていた毅然とした雰囲気や凛としたイメージはもう粉々になっていた。むしろ、こんな人を自分の主人であるブレンは頼ろうとしたのかと不安な気持ちすらわいてくる。


 「あの……ぶーちゃんって、ごすじんさまのことですか?」

 「はい。ブレンだからぶーちゃん。響きがかわいいでしょ?」

 「あ、はい」


 この人は本当に聖女と呼ばれるほどの人なのだろうか。率直な不安を抱いたレティと、そう疑われたことを察したフィアレとの間に気まずい沈黙が流れる。


 「あの、さっき言ってたのはなんだったのですか? 庇わなかって……?」

 「あれか。お前と出会う前、ちょっと事件があってな


 気まずくなったレティの質問にブレンが答えたのは、ブレンが騎士団を追い出されるきっかけとなった事件だった。


 「二週間くらい前だったか。ログラ地区で、死霊術師がアパートの人間の大半をグールに変えた事件があったんだ」


 グールとは、死霊術師が生物の死体をもとに死霊魔術を用いて作る魔物の事である。そのようにして作った魔物は主人の命令にのみ従い、痛みも疲労も感じずに動き続ける。

 件の死霊術死は、墓場から一人分の遺体を盗んでグールを作り、アパートを襲わせた。グールに住人を殺させてその死体をまた死霊魔術でグールにするという方法で、アパートをグールの巣窟にしようとしていたらしい。


 「そもそも駐屯騎士団が動けたのは、アパートから下水を伝って逃げてきた人の通報があったからだ。その人は、アパートにはまだ生き残りが居るから助けてほしいとも言っていた」

 「でも、事件を担当したコワードっていう人は貴族出身でね。それも、貴族の中にたまに居る、平民を見下すタイプの貴族だったの」


 その言葉を聞いてレティが思い浮かべたのは、神殿の前で騒いでいたロジェルト男爵だ。彼のようなタイプは、他にも貴族にいるらしい。そもそも自身を虐待していたのもまた貴族であったことを思い出してレティは辟易とした。


 「それで、コワードさんはアシィナ神殿に協力を要請して、《粛正大結界》でアパートを丸ごと浄化しようとしたの」

 「なんです? その《粛正大結界》っていうのは……」

 「グールみたいな不自然に産み出された生き物を葬るのに、《浄火》っていう結界の中に閉じ込めたあと、女神アシィナの威光を浴びせて焼き尽くすっていう魔術があるんだ。《粛正大結界》っていうのは、その大型版だな」

 「へぇ……でもごすじんさま。それに何の問題が?」


 レティの質問は至極もっともなものだった。ブレンとフィアレの口ぶりからして、《浄火》はグールにのみ効果を発揮する魔術であって、人間には効果がない。それなら、アパートに取り残された人が居ても使用して何ら問題ないはずである。


 「それが問題大有りでな。《粛正大結界》を浴びると、人間でも大やけどを負ったり、最悪の場合グールと同様に焼け死ぬ可能性があるんだ。そうだったよな? フィアレ」

 「うん。グールを女神の威光で燃やせるのは、グールの中にたまっている魔力のよどみを燃やせるから。でもこの魔力のよどみは、普通の人間でもわずかだけど持っている物なの」


 魔力とは世界に満ちているもので、神の血が噴き出したものだという。この世界に生きている人間は、この魔力を知らずのうちに吸入しているが、空気を排出するときにどうしても残ってしまうよどみある。グールは死体を利用しているせいかよどみがたまりやすく、《浄火》はこのことを利用して魔力のよどみを燃やしてグールを焼き滅ぼす魔術である。

 通常の《浄火》であれば、人間の小さなよどみに引火することはまずない。しかし強力な《粛正大結界》だと、人間にも引火してしまうのだ。そうなれば、巻き込まれた人間はただでは済まない。全身が発火し、最悪の場合焼け死ぬこともある。


 「私もコワードさんには危ないから避難を完了させてからにするべきだって言ったの。でも、彼は……」

 「あいつは平民なんか殺しても平気だって言ってな。でも、俺はどうしても見捨てられなかった」


 逃げ遅れた人々を無視する騎士団とコワードのやり方に反発したブレンは、従者たちを率いてアパートに潜入すると、《粛正大結界》の発動前に全員を救出し、逃げ遅れた人たちを救助する快挙を成し遂げた。

 しかし、それでも分団長であるコワードの命令を無視し、従者たちを危険に晒したことに変わりはない。そこをコワードに弾劾され、ブレンは騎士の職を追いやられた。これが、彼が駐屯騎士団を追放された事の真相であった。


本作を読んでいただきありがとうございます!


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