第十五話 アシィナ神殿で働く者たち
ロッテルと名乗った巫女の先導で神殿内を進む間、レティは町にいた時とはまた違った様子で周囲をきょろきょろと見渡していた。活気に満ちた町とは違い、神殿に漂う静謐で厳粛な雰囲気を感じ取っていたのかもしれない。
「それにしても、やっぱり女の人ばかりなんですね」
「もともと男子禁制だからな。男の俺が居る方がイレギュラーだし」
ブレンはというと、時折感じる物珍し気な視線や警戒の視線を感じて多少居心地の悪さを感じていた。ロッテルが配慮しているのかあまり人と会わないルートを通っているようだったが、それでも男性のブレンに向けられる異物を見るような視線を完全に避けられるわけではない。
「どうしてアシィナ神殿は、男の人が入っちゃいけない決まりがあるのですか?」
「女神アシィナ自身に配偶者が居ないっていうのもあるが……まあ、色恋沙汰でのトラブルを防ぐためだろうな。魔術の修行にも邪魔なだけだろうし」
「当然です。ここに集うのは、女神アシィナに身命をささげる清らかな巫女や、尊い治癒魔術を学ぶもののみ。恋愛など不要物でしかありません」
さも当然とばかりに応えるロッテル。彼女自身も厳格そうな性格をしていると感じたブレンは、ますます辟易した。
(レティと話をして気分を紛らわすか……)
「ごすじんさま、今は神殿のどのあたりを歩いているのですか? あんまり人とすれ違わないのですが……」
「え? ああ、今は神殿の二階に向かっている所らしいな。ほら、あそこに階段があるだろ?」
ブレンの言葉通り、二人の目の前に階段が見えてきた。大きな神殿にはあまり見合わない、小さな階段だ。不可解なことに、石造りの神殿の中でなぜか階段だけが木材でできている。
「階段、小さいですね? それに木でできてる……?」
「二階より上を使うのは、神殿の管理をしている役職の人間くらいしかいないから、多少不便でも構わないんだろう」
そういうと、ブレンは気晴らしとして、レティに神殿の事や神殿に住んでいる巫女と魔術師見習いたちの事を教えだした。
「ほとんどの巫女や治癒術を修行中の見習いは一階で暮らしているんだ。ほら、あそこの庭であぐらをかいて座っている人がいるのが見えるだろ?」
レティがブレンの指さした方向を向くと、そこには彼の言う通り、茶色い神官服であぐらをかいている数人の女性が居た。時折彼女たちの周りで光が明滅したり、身体自体が光ったりしている。
「あれが治癒魔術師見習いたちだ。あいつらは二階を使わない。巫女たちも一階で仕事をしているから、使う人間が少ない二階への階段は小さくていいってわけだ。木材を使っているのも多分安上がりだからとかだろ。どうせ誰も見ないし」
「はえぇ……ごすじんさまは物知りなのですね」
「全部を知っているわけじゃないぞ。一番詳しいのはこれから会うフィアレか、それか―――」
「ガンダフ様、あまり部外者に神殿の事をしゃべられては困るのですが」
ロッテルが鋭くブレンをたしなめる。続いて彼女はレティの方もにらみつけた。
「あなたも、ここで見聞きしたことは口外なさらないようにお願いいたします。本来であれば、神殿の二階は一般の方には秘密という事になっているのですから」
「は、はい」
縮こまりながら返事をするレティだったが、彼女自身はロッテルに対する恐れよりも神殿の二階に興味をひかれていた。これほど厳格なルールで縛られた神殿の奥には、いったいどんな秘密が隠されているのだろう。
「ごすじんさま、こんなに秘密を守ろうとするなんて、神殿の二階には一体何があるのですか?」
我慢できなくなったレティが、ついブレンに耳打ちで尋ねた。この神殿に何度も来たことがあるらしい彼ならば、何か秘密を知っているのではないかと。
しかし、残念なことにブレンの反応はレティの思ったそれとは違うものだった。彼はばつの悪そうな顔で肩をすくめると、レティに耳打ちを返した。
「悪いなレティ。二階に行くのは俺も初めてで、何があるのかはよく知らないんだ。さっきの知識もほぼフィアレからの受け売りだし」
「ごすじんさまも知らないのですか?」
「ああ。俺はこの神殿で魔術を少し修行したんだけど、その時もずっと一階の個室で寝泊まりを―――」
「オホン!!」
二人の内緒話を耳ざとく聞きつけたロッテルが大きく咳ばらいをした。ブレンとレティが苦い顔で彼女の方に向き直る。
「この先は、神殿の中でも限られた者しか入ることを許されない領域です。必要最低限を除いては、静粛にお願いします。それと、私にきちんとついてくるように」
「あー、はい。了解です」
「わ、わかりました」
木材をギシギシと言わせながら二人はロッテルに続いて階段を上がる。するとそこには驚くようなものが広がっていた。
「これって―――」
「迷路だな……いやまて、迷路?」
困惑する二人。彼らの目の前に現れたのは、光る石によって照らされ幾重にも枝分かれした廊下が広がる迷路になった二階だった。
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