第十四話 いざ神殿へ
「それもいいかもしれないが……まあ、これからゆっくり考えるさ」
「そうか。それじゃ、フィアレちゃんに宜しく伝えといてくれ。あ、就職決まったら伝えろよ。お祝いしてやる」
「お前それ酒が飲みたいだけだろ。じゃあな」
「放せー!!」
引きずられていくロジェルト男爵をようやく見送って、ブレンはうつむいているレティに向き直った。
「さて。気を取り直してさっさとアシィナ神殿に行くか……レティ?」
「は、ひゃい!?」
レティが素っ頓狂な声を上げる。その様子をいぶかしんだブレンはレティの側に跪くと目線を合わせた。
「どうした? どこか具合でも悪いのか」
「あの……ご、ごすじんさまはがさっき剣を出したの、すごいなって……ごすじんさまは魔術師なのですか?」
「あれか。俺なんか少し魔術ができるくらいだ。神殿で修行した魔術師みたいにいろんなことができる訳じゃない」
「でも、魔術師はみんな悪い人だと思ってました。レティの知っている魔術師は、ごすじんさまみたいに優しくなくて、レティに嫌な事ばかりして……」
レティが悲し気に顔を伏せた。また彼女のトラウマを想起させてしまったのだろうかとブレンも申し訳なくなる。
だが、これからレティを診せる治癒術師も、大きなくくりでいえば魔術師だ。そしてその大部分は、彼女の言う意地悪な魔術師ではない。
「心配することはないぞレティ。お前がこれから検査してもらう治癒術師は、みんないい奴ばかりだ。そもそも怪我や病気の人を治したいと思わなければ、治癒術師になろうとは思わないしな」
「ごすじんさまが治癒魔術を使えれば、ごすじんさまに診てもらえたのに……」
残念そうに言うレティ。しかし次の瞬間、自分が何を言ったのかを理解した彼女は真っ青になると慌てて弁解した。
「ち、違うんです! ごすじんさまの事を悪く言ってるんじゃなくて、そのあの……」
「いいぞ。お前に悪気があったわけじゃないことはちゃんとわかっている。それより俺に診てほしかったのか? レティは」
「その……魔術師は、いじわるな人ばかりなので……」
「そうだったのか……」
今度はブレンが後悔する番だった。しかし、この国で大きなケガや病気を治せるのは治癒術師しかいない。したがって、レティの傷もブレンだけでは対処のしようがないのだ。
ましてレティは女の子である。体の傷を出来るだけきれいに消してやりたいというのも、ブレンの考えだった。
「大丈夫だレティ、今からお前を診せる治癒術師は信用のおける奴だって俺が保証する。それに万が一何かあっても、俺がお前を守ってやる。だから、神殿にいこう」
「わかりました……その、申し訳ありません。私のわがままで、ごすじんさまを困らせて……」
「気にするな。さ、行くぞ」
そうブレンがなだめてもレティの表情は暗い。出会って一日で何もかも信頼してくれるとはブレンも考えていないが、彼女が安心して暮らせる日が早く来るようにと願わずにはいられなかった。
「あの、ごすじんさま? 入り口はあっちの方ですよ?」
「俺もそのつもりだったんだけどなぁ……」
数分後、ブレンはレティの手を引くと、なぜか神殿の裏手に回り込んでいた。人でにぎわっていた正面玄関とは違い、神殿の裏手に当たる路地はひっそりとしている。
神殿には、治療希望者や来客を迎えるためにある正面玄関の他に、神殿内で働く者たちが使う裏口が存在している。当然、関係者以外は絶対に入れない扉だ。本来であれば。
「あのーすいません。ガンダフの者ですが」
ブレンがそう名乗ると、裏口扉の一部が横に開き、中から疑い深い女の目がのぞいた。それに対してブレンは、何もない所から剣を取り出す魔術を見せつけるように発動する。
すると扉ののぞき穴が閉じ、少ししてからがちゃがちゃと鍵を開ける音が扉から響く。そしてあっけにとられるレティの目の前で、扉は用心深く開けられた。
「急ぎお入りください。大巫女様よりお話は伺っております」
「大巫女さんが? ……まあいいか。レティ、行くぞ」
「え? あ、はい」
揚々と入っていくブレンにこそこそとレティが続く。裏口の中は台所に直結しており、レンガ造りの部屋によく掃除されたかまどや流しが設置されている。荘厳な神殿というよりも、巫女たちの生活空間だ。
神官の指示に従い、建物の中に入って服に着いた汚れを払い落とす、そうした後で、レティはようやく最初に思った疑問を口にした。
「ごすじんさま、神殿に男の人は入っちゃいけない決まりなんじゃ……」
「ああ。本来であればアシィナ神殿の建物内は男子禁制。男は別に設けられた治療所に治癒術師が出向く決まりになってるな」
「じゃあ、なんでごすじんさまが……もしかして、ごすじんさまは女の人?」
「なんでそうな……いやそう考えるのも無理はないか。でも、どう説明したら……」
ぶつぶつと呟くブレン。彼の額には珍しくしわが寄っており、彼女にどう説明したものか考えあぐねているようだ。
そんな彼だったが、すました顔をした初老の女性が来ると顔を元に戻して向き直った。この神殿で巫女たちの監督を担う長巫女と呼ばれる役職の女性だ。
「ようこそガンダフ様。大巫女様の命により、フィアレ様の元へご案内いたします。それと、そちらのご用件を伺いたいのですが」
「ああ、この子診てやってほしいんだ。さっきフィアレから直々に診てくれるって話があったんだけど、本当か? 並ぶし、報酬もちゃんと払うつもりで来たんだが」
「かまいません。どうぞこちらへ」
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