第十二話 聖女フィアレ
「静まりなさい!」
現れたのは、白い神官服に身を包んだ、ブレンと同じ十代後半の少女だった。セミロングの金髪に青空色の瞳。査問員会で唯一ブレンの味方をしていたフィアレだ。
フィアレは神殿の前で言い争っている二人を認めるとつかつかと歩きよってきた。
「おおフィアレ殿! 見てくださいこの足を! ここにいる乱暴で下賤な平民が、残忍にも私の足を踏み砕いたのです! 急ぎ、駐屯騎士団に通報を―――」
「もう既に通報しました……ロジェルト男爵が、神殿の敷地内で狼藉を働こうとした、という事で」
「え?」
ポカンと間抜けに口を開けるロジェルト男爵。だがそれも一瞬のことで、すぐに彼は哀れっぽい声で弁解を始めた。
「そ、そんな! 理不尽ではありませんか! 私は被害者です! あの者が私に暴力を!」
「その割には元気そうですね、ロジェルト男爵。どこをどうされたというのですか?」
「冗談はやめてください! あの下賤な平民は、恐れ多くも神殿の敷地内で、何もしていない私に乱暴を働いた犯罪者なのですぞ! その証拠にご覧ください! この踏み砕かれた足を―――」
言いながら、ロジェルト男爵が自分の足を見下ろした。しかしそこには、彼が考えていたものとは全く違うものがあった。
「な、治っている……?」
怒りすら忘れ、間抜けさすら感じさせる声でロジェルト男爵は驚いた。なんと踏み砕かれて無残な角度に折れていたはずのその足が、今は元通りになっているのだ。彼自身は気が付いていなかったようだが、歩行にも問題はない。
「え? あの人の足、確かに折れて……」
「フィアレが治したんだ。けがをした本人ですら気が付かないほど素早く、精密にな。あいかわらず大した奴だ」
ブレンの言うとおりだった。どのタイミングでだったのかはブレンにもわからなかったが、フィアレは一瞬でロジェルト男爵の足を治し、また歩けるまでに回復させたのだ。
しかし、これによってロジェルト男爵が暴行を受けた傷跡は消えてしまう。だが、それでもロジェルト男爵は自分を侮辱したブレンを貶めようとしつこく食い下がった。
「し、しかしですな。あの下賤な平民は、この私に暴行を―――」
「そもそも、先に手を出したのはあなたのはず。そうですね?キュリア」
だが、そんな彼に対して、フィアレは毅然とした態度のままロジェルト男爵をにらみつけると受付の女性に証言を求めた。
「はい。先に殴ったのはロジェルト男爵の方です」
フィアレに促されて受付嬢のキュリアが証言する。それを聞いたロジェルト男爵は尾を真っ赤にして逆上するとキュリアに詰め寄った。
「貴様! 何を見ていた! そもそもこの平民が私に無礼な口をきいたのが原因であろうが!」
「おい、いい加減にしろよ」
すかさずブレンが襟首をつかみ、ロジェルト男爵を引きはがす。抵抗もままならないまましりもちをついたロジェルト男爵に、追い打ちをかけるようにフィアレは言い放った。
「そもそもロジェルト男爵。あなたにはほかに申し上げたいことがあるのです。先日運ばれてきた王国大金貨五百枚、全てお持ち帰りください」
「な、なにを言う! あれは私が神殿に寄付して―――」
「このような金額の寄付を、アシィナ神殿は認めておりません。即刻、お持ち帰りください」
フィアレの声とともに、彼女と似た神官服を着た神殿の巫女たちが人間の子供くらいはある袋を担いできた。それを地面に放り出すと、中からは重たい金属音が鳴り響く。袋の口からは、黄金色に輝く王国大金貨がのぞいていた。
「お引き取りください。そして次にいらっしゃる時には、神殿の規則を守っていただきます」
「おのれ……女と思って甘い顔をしていれば付け上がりおって……!!」
「いい加減にしろ!」
悪あがきとばかりにフィアレにつかみかかろうとしたロジェルト男爵を、ブレンが後ろから羽交い絞めにした。そしてそのまま神殿の外へと引きずっていく。
「あ、そこのあなた。少々お待ちください」
フィアレが他人行儀な口ぶりでブレンを呼び止める。そして耳元まで顔を寄せると、何か耳打ちをした。
「わかった。じゃあ後で」
話が終わると、ブレンはロジェルト男爵を引きずっていき、フィアレは事態の後始末と他に待っていた人々へのフォローを始める。
「行くぞ、レティ」
「は、はい! ごすじんさま!」
レティは騒ぎをただ見ているだけだった。しかし、怒りをあらわにするロジェルト男爵に対して一歩も引かなかったブレンとレティの姿に、彼女は魅入られたように視線を外さなかった。
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