第一話 査問委員会にて
「ブレン、お前は今日でクビだ」
駐屯騎士団詰所の一室。複数の人物が一人の若者を取り囲む光景の中で、イヤミな声が得意げに告げる。それが誰なのか、呼び出された若者であるブレンは声の方を向かなくてもわかっていた。
「ブレン! 貴様、聞いているのかブレン・ガンダフ!」
あえて見ないようにしていたが、ここまで言われると視線を向けざるを得ない。見るとそこには、見るたびにうんざりするような卑屈な顔があった。しかもその顔は、大手を振ってブレンを消し去ることができるという歪んだ喜びに染まり、見るに堪えない醜さだ。
辟易するブレンだったが、何か発言したほうがもしかすると免職だけは回避できるかもしれないと思って弁解を試みた。
「あー、コワード分団長殿。お言葉ですが、あの時は―――」
「うるさい黙れ!! お前に反論や弁明をっ! 言い訳を許可した覚えはなァい!!」
無駄だった。ブレンが少し口を開いただけでヒステリックに叫ぶコワード。弱冠二十八歳にして王国の主要都市を守護する駐屯騎士団の一分団長に就任した男だが、年齢や地位相応の落ち着きが見られないことは有名である。そういう性格が容姿にも表れているのか、卑屈な顔立ちに猫背、そのくせ身なりだけは髪の毛一本から爪の先に至るまでピカピカという男である。
「いいか!? お前は私の分団に所属する騎士だ。つまり! お前の進退に対する決定権は私にある!」
「んな大声出さなくても知っていますよ分団長殿。でもこれ、一応は査問委員会の会議ですよね。少しは落ち着いて、建設的に話し合いをした方がいいんじゃないですか?」
そう、この部屋にはブレンとコワードの二人だけではなく、他の分団を担う分団長と、騎士団を援助する神聖教会からの使いが同席している。今のコワードの態度は失笑を買うようなものであったが、彼が強気であるのには理由があった。
「まあまあコワード殿。既に処分は決定しているのです。そう叫ばなくてもよいではありませんか」
「然り。度重なる命令違反に規則無視。いやはや、このような恥知らずが栄えある我ら駐屯騎士団に在籍し、しかも今までのらりくらりと処分を躱していたとは。コワード殿はよくぞこの者を押さえられましたな」
ブレンの進退を決定するという名目で招集された査問委員会であったが、実のところブレンの懲戒免職処分は既に決定されたことだった。他の、コワードよりも長く分団長を務めている者たちの後押しを受けてコワードはますます得意げになる。
「そら見たことか。先達の方々もこのようにおっしゃっているだろう。お前はク―――」
「納得できません!」
コワードの声を遮るように、この場に出席する唯一の少女が声を上げた。ふわふわとした金髪のセミロングに白を基調とした神官の服装があつらえたかのように似合う少女だ。透き通るような青空色の瞳には強い意志を灯し、並みの女性よりもかなり大きめな胸が揺れるのを押さえつけると、彼女は声を上げた。
「そもそも、報告書に記載されていた作戦行動に問題があったのではありませんか!? コワード殿の作戦指示では、市街地に発生した魔物と駐屯騎士団との戦闘に逃げ遅れた住民が巻き込まれる危険性が大いにあったように思えます。ブレン氏が部隊を離れて住民の救助活動に向かったのも、自然な判断では―――」
「フィアレ殿。今は作戦の是非ではなく、騎士ブレンの問題行動について議論しているのです。的外れな指摘であれば、口を謹んでいただきたい」
分団長の一人がフィアレの声を遮る。その馬尻に乗るようにコワードが重ねた。
「そうそう。神聖教会の次期聖女ともあろうお方が、こんな問題児の貧乏人をかばうとは。お付き合いする相手は、慎重に選ばれたほうが良いのではありませんか? 例えば若くして分団長に選ばれるような地位と能力にあふれた―――」
「いいですよ聖女さん。命令違反や規律違反は俺自身が一番承知していたことですし」
「私がしゃべっているだろうがっ!!」
自分の話を遮られてまたもヒステリーを起こすコワード。しかしブレンの言葉に食いついたのは別の分団長だった。
「ほう。今までの問題行為は、全て承知の上で行っていたと?」
その問いかけに、ブレンは「ええ、まあ」とけだるげに返す。
「は、ハハハ! お聞きになりましたか今の発言を! コイツは駐屯騎士団を侮辱し続けていたのです! ブレン! これで懲戒免職は免れないぞ!!」
コワードの指摘にブレンから反論はない。なじるチャンスと思ったのか、コワードはさらにまくしたてた。
「前々からお前の態度が気に食わなかったんだ! 一部のバカどもはお前を勘違いしてもてはやしていたけどな! だがこれでもうお前もおしまいだ。お前はこれから駐屯騎士団を侮辱した最低のクズ野郎として後ろ指を指されながら生きていくんだ! ああ、それとも王都を出て汚らしい蛮族どもとでも暮らすか? 何にせよお前の人生はおしまいだ! お前に味方していた連中もそのうち私が―――」
「おい、コワード」
低く、しかし確かな圧力を持った声だった。しゃべり続けるかのように思われたコワードが一瞬で黙り、分団長たちが注目する。
「話が終わりなら俺もう行っていいか? いい加減お前のツラを見るのもおしゃべりに付き合わされるのも鬱陶しくて仕方ないんだが」
「す、すきにしろ! お前はクビだ! クビ、クビィィ!!」
コワードがどうにかひねり出した言葉を最後に、ブレンは立ち去る。その背中に消沈や絶望した様子はなく、どこか清々しさ感じられる動きであった。
「ま、負け犬の遠吠えってやつだ。ねえ、そうでしょう? アハハハ……」
そうあざけるコワード。しかし分団長たちは哀れっぽい目でコワードを見やり、フィアレに至っては心配げな表情でドアの向こうに消えたブレンを見るばかりだった。
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