非日常にある日常
「ちっ……魔術師め」
八つ当たりで気が晴れたのか、はたまた我に返ったのか、明智は静かに呟いて、剣を収めた。
胸に手を当て、呼吸を整えると、残った生徒に目を向ける。
教室に残ったのは、俺を含めて10数人。ほとんどは、窓側にいたからというだけだろう。
「死にたくなかったら動くなよ」
その忠告には、誰も応えない。
それでも動かないと判断したのか、明智は視線を根村に移した。その首に手を当てて、待つこと数秒。
「……息はないか」
小さくため息を零し、端的に状況を告げた。
誰かが息を呑む音が聞こえたが、明智は気にすることなく検死を続ける。
「魔術の反応は感じなかった。痕跡も見つけられないことから、魔術ではないと憶測できる。だが、HRが始まるまで異常はなかった。睡眠薬か……?」
僅かな接触だけで状況が分かるらしい。それも魔女狩り執行官の力なのだろうか。
「っ! 魔術っ……」
不意に明智が教室の外を睨みつけた。
「城田さん。残った生徒達と一緒にここで待っていてください」
「わ、わかりました」
検死をやめて、指示を飛ばす。先生は腰を抜かして倒れていたが、机を使ってなんとか立ち上がった。
「俺は逃げた奴らを追います。あの中に魔術師がいますから」
言うが早いか、明智は教室の外へと走り去る。
「みなさん、教室の中に、いてくださいね」
伝えることを伝え、先生は倒れるようにして教壇に座り込んだ。
「大丈夫ですか? 城田先生」
福部が駆け寄り、先生の背中に優しく手を添えた。
「あ、ありがとう」
先生の顔色が少しだけ良くなった気がする。
俺も動くか。
「あいつを追うのか?」
席を立つと、隣にいる敦に声をかけられた。
あいつとは、明智のことだろうか?
「追わないだろ?」
俺が否定するよりも早く、博人が否定した。いつの間に来たのかは知らないが、同意見なので頷いておく。
「ま、追っても無駄だろうしな」
「そういうことだな」
敦と博人の間で話が完結した。
「利口な判断だね」
智季が指で眼鏡を押し上げながら、現れる。窓から差し込む光を眼鏡が反射し、怪しげに光った。それ、マンガとかアニメだとよく見かけるけど、どういう仕組みだ?
「付け加えるなら、僕らで集まっておいたほうが安全だろう」
一呼吸おいて、智季はぐるっと教室の中を確認。
「この中にも魔術師とやらが居ないとは言い切れないからね」
不敵な笑みを浮かべ、不吉なことを口走る。てか、言ってる本人が1番、魔術師っぽいよ。
とは言わずに、気になったことを訊いてみる。
「嫁はいいのか?」
智季が吉田と付き合っているのは周知の事実だ。出ていったなら追いかけるなり、教室に残っているなら、そちらを守るほうが優先だと思うのだが。
「彼女達と一緒なら大丈夫だろう」
智季が目線を逸らす。
追いかけるように視線を動かすと、教室の隅にうずくまる3人の女子がいた。
御子柴と野崎。その2人に寄り添われるように吉田が座っている。いつの間にあんなとこまで移動してたんだ。
「女は女同士ってね」
彼氏の出番じゃないのさ、と智季はため息を吐く。
意外と気にしてそうなのでその話題には触れないようしよう。と、敦と博人にアイコンタクト。
「まあ、俺らも集まってたら安全だよな」
理解したのかしてないのか、敦が何とも曖昧な逸らし方をする。
「この4人の中にいなきゃな」
博人は話題を逸らすという目的は達してくれたが、重い。もっと他になかったのかと言いたい。でも、俺も何を言ったらいいのかは、わからない。
「いないだろ」
「根拠のない発言だね」
「…………」
なんとか言い返した敦だったが、智季に否定され言葉を失う。
「根拠ならあるさ」
俺は助け舟を出すことにした。
「ほら、その、よく話すメンバーだしさ。なんとなく、魔術師じゃなさそうだなーみたいな」
「非合理的な理論だね」
……助け舟、撃沈。
「でも、ま」
智季が小さく笑う。
「残ってる中じゃ、1番信頼できる面子だな」
この中に魔術師はいない。なんだかんだ言いつつも智季もそういう意見らしい。まあ、この3人が魔術師である可能性は皆無と言っていいだろう。
「舞は?」
にやにやとした笑顔で敦が訊く。言いくるめられた仕返しか?
「……ふん。なら、2番目に信頼できる面子だ」
智季は顔をそむける。その頬はわずかに朱が差していた。おそらく照れ隠しなのだろう。アイコンタクトをするまでもなく、そこにつっこみをいれるほど野暮なやつはいなかった。
「ま、座って話そうぜ」
いつの間にか前に移動した博人が席に座る。これは、完全に動くタイミングを逃したな。
動く理由もなくなったからいいのだが。
「あぁ、そうだね」
智季も座ったので、俺も自分の席に座り直した。
「よし。じゃあ、楽しい怪談でもしようか」
「それはない」
蝋燭とマッチを取り出してやる気満々の敦だが、このタイミングで怪談はないだろ。他の2人も俺と同意見のようで首を縦に振っている。
「なら、どうすんだよ?」
敦は真剣な表情だ。怪談するとか本気で言ってたのか……。
3人の目が俺に集まる。もしかして、俺が話題考えるの? いきなり言われても話題なんてそんな簡単に思いつかないし。
あ、いや、ある。
「3人はなんでこの学校を選んだんだ?」
俺は心のメモ帳から話題を取り出した。このタイミングで、魔術師が、とは聞かないが。
「格安の学生寮と支援金制度かな」
敦が間髪を入れずに答えた。
朝の会話を聞いて、考えていたのかと思えるくらいの早さだ。いや、実際に聞いていたのかもしれないな。
「俺は寮で、1人暮らしが、出来るからだな」
安さを強調した敦に対して、博人は1人暮らしという部分を強調した。
「そこ大事か?」
安さならわかるが、1人暮らしというのは関係あるのだろうか。
「まあ、家にいると色々あってな」
博人は静かに目を伏せる。それ以上は詮索しないほうがいいのだろう。俺は話題の中心を逸らすことにした。
「智季はどうなんだよ?」
黙ったきりの智季だ。
「……僕は、やり直したかったかな」
智季は顔を伏せて呟く。博人とは別の意味で重そうな話題だ。
「この学校には、昔の僕を知る人がいない。だから、やり直せると思ったんだ」
「そう、だったのか」
俗に言う高校デビューなのかもしれないが、深い意味がありそうで、なんとも曖昧な返事となってしまう。ただ、それ以外の返事は思いつかなかった。
「でも、お前は家から通ってるよな?」
敦が別の角度から質問する。言われてみれば、智季は電車を使ってまで実家から通学していたな。
「寮な。寮には、なんか入る気になれなくてな」
智季がため息まじりに答えた。
「そんなもんか」
敦は納得したという表情ではなかったが、頷く。敦と博人は寮に入ってるから、智季の気持ちはわからないのか。
いや、違うな。
俺も寮に入っていないが、智季の気持ちを完全に理解すること不可能だ。どれだけ親しくなっても、わからないことがある。
たとえ親友と呼べるほどの友達が魔術師だったとしても、気づくことは難しいのだろう。
「大丈夫か?」
「え?」
博人が不安そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。顔を上げれば、敦と智季も似たような表情だ。
智季は眼鏡を押し上げて、光らせる。
「随分と怖い顔をしていたけど、大丈夫なのかい?」
俺は頭に手を当て、口角を上げて笑顔を作った。
「悪い、ちょっと考え事をな」
少しぎこちなかったかもしれないが、怖い顔ではなくなったはずだ。
「あんまり溜め込むなよ?」
「敦もな」
博人が俺の肩に手が添えたので、俺は敦の肩に手を添えてみた。敦は楽しそうな顔を智季に向ける。
「あんまし溜め込むなよ?」
敦が肩に手を置くと、智季は小さなため息をついた。それでも流れを崩さないために、博人の肩に手を乗せる。
「……博人もな」
控えめに言って、智季はすぐに手を戻した。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
口ではそう言いつつも、智季の頬は緩んでいる。
照れ隠しだな。そのことは2人もわかっているようで、博人は小さく笑い、敦はにやにやとした笑みを浮かべていた。
「それで、お前はどうなんだよ?」
咳払いをして、智季が話を本筋に戻す。
……俺がこの学校を選んだ理由についてか。
家から近いとか支援金とか色々あるけど、やっぱり1番は……
「俺の場合は――」
それからしばらく、俺達は他愛のない雑談に興じていた。