始業前のある一幕
魔術師騒動から1日。
てっきり2人の探索者が朝から見張りをしているかと思ったが、姿は見えない。休日だというのに、俺達のクラスだけを登校させている以上、何かはあるはずだが。
やがて、神津を除く全生徒が登校し終えた。
魔術師を見つけて、すでに始末したから来ていない、というわけではないようだ。
教室ではいつもと変わらない朝の光景が繰り広げられてた。
「なあ、真。昨日のやつらどう思うよ?」
「どう思うって言われてもな」
教室に着くなり、荷物も置かずに話しかけてきたのは、颯大。名前の通り、さわやかで大らかな男子生徒だ。
「あやしいよな」
いつの間にか現れた小柄な男子――成が俺の代わりに答える。小柄だから気づかなかったわけではない。
「俺もそう思うな」
「怪しいよな」
さらに敬博と玲騎が話に参加したことで、いつものメンバーが集合だ。2人とも眠たそうだが、夜更かしでもしていたのだろうか。
「特に取って付けたような笑みが胡散臭い」
敬博はオタクな以外は特筆すべきことない生徒だ。
「それな」
玲騎はオタクな以外――って言うと同じになるな。違うところを上げるとすれば、女子から人気がないというところか。
別に敬博も博人みたいにモテるというわけじゃないけど。
このメンバーが集まる中心は俺の席。だが、話しをするのは他の4人がメインだ。俺が話に加わるのは気が向いた時と、成と玲騎が喧嘩しそうな時くらい。
なんとなく波長が合う。駄弁っていても飽きない。集まってるのはそんな理由だけどな。他のみんなもそんなもんだろ。
颯大が来る前にいなくなったが、博人なんて出席番号が前後だったというのが話したきっかけだしな。
「聞いてるか、真?」
と、思い出に浸っている間に話しかけられていたらしい。
「悪い。ちょっとぼーっとしてた」
「ったく。だからな――」
聞いてなかった俺のために再度説明してくれる颯大だが、俺はまたしてもそれを聞き逃すことになった。
あまりに自然に教室に溶け込んでいた異物。
ーー魔女狩り執行官を見つけてしまったがために。
「いつから……」
俺が小さな声で呟くと、スーツ姿の魔術師――明智がこちらを向いた。
『来たばかりだ』
明智は声を出さずに口だけで、俺に向けて返事をする。
いることをばらすな。と、俺は言外にそう言われたのだと感じた。片割れもどこかに潜んでいるのか。
「で? 真はどう思う?」
三度、颯大に声をかけられる。俺は明智から意識をそらすために、話し合いに参加することを決めた。
「どうって言われてもな」
ただし質問を聞いていないので答えることは出来ない。魔術師に関することだとは思うが、それじゃあ広すぎる。
苦肉の策として、俺は逆に質問した。
「そう言うお前はどう思うんだよ」
「そうだな」
颯大は首を傾げ、考える素振りを見せる。ふわふわとした笑みは崩れていないので、本気で考えているわけではなさそうだが。
「俺はやっぱり、学生寮があることだと思うな」
「おまえ、りょうはいってないだろ」
その意見に、成がつっかかる。
「いや、俺じゃないから。魔術師が、この学校を選んだ理由だから」
「でも、はいってないやつにはわからないだろ」
「いやいや、寮のことは知ってるから。入学する時のパンフレットにも書いてあったし」
丁寧な反論のお陰で、俺は会話の主題を知ることが出来た。
この学校に潜んでいるらしい神津を殺した魔術師が、なぜこの学校を潜伏先に選んだのか。その理由を考えようとしているらしい。
颯大と成はどうのこうのと言い合いを続けているので、一旦おいておこう。
「そいや、お前は学生寮だったな?」
とりあえず、5人の中で唯一の寮生である敬博に声をかけてみた。
「そうだな。朝と夜の飯が出てくるのは、いいとこだと思うぞ」
「なるほどな」
自炊と違って買い物の手間がないから、外出を控えるという意味ではいいのかもしれない。
颯大と成の口論はやいのやいのとまだ続いていた。
俺は手持ち無沙汰なもう1人に声をかけてみる。
「玲騎はどう思う?」
「そだねー。俺は支援金じゃないかと思うよ」
身振りを混じえながら、玲騎はそう答えた。そういえば、こいつも支援金の恩恵を受けていたな。
「やっぱ、金ないと困るし。バイトだけじゃ足りないからさ」
この学校における支援金とは、学業成績が優秀なものに限り、その成績に応じて、学費の自己負担額が減るというものである。この5人で言えば、成以外が大なり小なりの恩恵を受けていた。
「魔術師も金に困ることがあるのかね?」
ふと思ったことを口にしてみると、玲騎がなるほどとばかりに頷く。
「え、あ。もしかして金とか作れるのか」
「いや、それは錬金術だろ」
敬博が参戦。5人のグループは完全に2人と3人に分離した。つか、颯大と成はいつまで言い争ってるんだか。
「魔術師は錬金術は使えないのか?」
「しらね。でも、錬金術は錬金術師なんだろ。多分」
「錬金術師か、等価交換ってやつだよな」
「そうだな。そのノリだと魔術師はなんだろうな」
「魔術は、何でもありなイメージだな」
「何でもではないだろ」
「じゃあ、科学と対峙してるとか」
玲騎と敬博は話がシフトしていく。そのまま、アニメ談義にでももっていきそうな勢いだ。それはそれでいいのだが、俺はどうしても聞いてみたいと思うことが出来た。
「みんなは、なんでこの学校を選んだんだ?」
「支援金」
「学生寮」
「しふくとうこう」
思ったままに聞いてみると、3人は即答。成もこっちの話は聞こえてたのね。
颯大だけは、考える素振りを挟んでから、
「何となく」
アバウトな答えが帰ってきた。
「なるほどなぁ」
十人十色ならぬ五人五色の答えがあることを知り、俺は深々とため息をつく。
今度、博人や智季にも聞いてみよう。心のメモ帳にそう記しておいた。
「それで?」
敬博が笑顔で手を差し出してくる。かなり省略された問いかけだが、言いたいことは理解出来た。
「俺は――」
「うちは、寮の近くに本屋さんがあるからかな」
俺の声をかき消すように、前の席に座る女子が会話に加わってきた。全体的に丸みを帯びた体型をしており、ほがらかな笑みを浮かべる少女。身長は成と同じくらい小さいが、小柄という印象はあまり抱かない。
マスコット的な見た目のゆるさと頼り甲斐から、クラス内外で地味に人気のある御子柴千尋だ。
「新作とかすぐに手に入れられるしね」
「確かに、発売日に買えるのはいいよな」
「そう、それ」
御子柴は無邪気な笑顔で輪に入ってきた。
「みぃとゆっきーはどう思う?」
それから、近くの席で話をしていた2人の女子に声をかける。
「何がぁー?」
間延びした声で答えるのは、みぃこと萌島美唯。茶色がかった黒髪――地毛――が特徴のお洒落でイマドキな女の子だ。俺はあまり話さないが、成や颯大とはたまに話している姿を見かけるな。
「ごめん。聞いてなかったからわからん」
鋭く返事をしたのは、ゆっきーこと野崎雪穂。肩の少し下まで届く艶やかな黒髪が特徴の物静かな少女だ。眼鏡をかけていて、取ると何も見えないということは知ってる。それが何だと言う話だが。
「こっちでさ。魔術師、だっけ? が、なんでこの学校を選んだのかって話をしてたのよ――」
御子柴が2人にあらすじを説明する。
俺を含めた男子達はその様子を静かに眺めていた。
「――ということで、2人にも意見を聞きたいなって♪」
御子柴は心から楽しそうな笑顔で、2人に問いかける。萌島は腕を組んで考えるが、野崎はすぐに答えた。
「別に、家から近かっただけよ」
バッサリと切り捨てるような答え方に、男子一同は沈黙。野崎に悪気はないのだろうが、もう少し優しい言い方はないのだろうか。
「なるほど。みぃは?」
御子柴はさらっと受け止め、萌島へとトス。
「敷地内が全面禁煙なとこかな」
萌島は、人と人の間の取りづらいところを狙ったような、強烈なアタックを放った。
男子4人はどう答えていいのかわからないのか、フリーズしている。俺は無言で首を上下させ、同意を示した。
「うちら吸わないんだし、関係なくない?」
「そんなことないよ! それに、あの金田一とかいう人は完全にアウト! 臭過ぎて死ぬかと思ったもん!」
「それはほら。学校関係者じゃないし」
「そんなの関係なく大問題なの! 副流煙とか、二次喫煙とか、間接喫煙とか!」
「受動喫煙のことしかないじゃん!」
御子柴は笑顔で会話を続ける。野崎も発言はしてないが、男子とは違いフリーズしているわけではなかった。
「残留受動喫煙というのもあるんだぞ」
俺も参加するために話題を出してみる。
「そうそう。三次喫煙とか言ったりもするのよね」
目敏く反応したのは、萌島だ。御子柴は頭に疑問符を浮かべている。
「読んで字のごとく、煙が消えた後の残留物による受動喫煙のことだ」
「先進国じゃ、もう対策を始めてるところもあるのよ」
「よくある――」
と、俺がしゃべろうとしたタイミングを狙ったかのように、チャイムが鳴った。
時刻は8時10分。朝のHRの5分前を伝える予鈴だ。
御子柴と野崎は自分の席に座り直し、萌島は離れた所にある自分の席へと戻って行った。
男子4人は女子に遅れて動きだし、各々自分の席に戻っていく。
それと入れ替わるようにして、隣の席の住人がどこからかーー十中八九、彼女のところだろうがーー戻ってきた。
「おはよう、敦」
「おう、おはようさん」
黒のパーカーを来た隣人は、元気に挨拶をかわして席につく。そして、流れるように机に突っ伏した。
今日は賑やかな朝だったな。そんなことを考えながら、俺は隣人の行動に倣った。