放課後のある一幕
午後3時。授業を観察していた2人に変わった動きはみられないまま、放課後となる。
最初は何が起こるのかと警戒していた生徒達も、金田一が先生に呼ばれて出ていくと各々帰り支度を始めた。
1人残された明智は何をするでもなく椅子に座ったままだ。
そこへ近づく影が3つ。狙っちゃおう発言の円を中心に、彼の見た目に反応していた女子達だ。
「ねぇ、明智君。この後すこしカフェでもいかない?」
最初に声をかけたのは円。あの衝撃発言があった後でも意思は変わらないらしい。いや、言ったのが金田一だからこそか。
「……先輩から許可を得られたら、構わない」
「わかった。待ってるね」
円は後ろの2人に向かって小さくガッツポーズ。
「せーひー。私ら友達だよね?」
「そうだぞ、世緋」
巴は上目遣いで見つめ、荒瀨は意味ありげにアイコンタクト。
「わかってるって」
円は満面の笑みを返した。
が、今のやり取りは抜け駆けは許さないと釘を刺したのだ。笑顔を崩さず目と一言だけで。女子、怖っ。
というか、巴は彼氏がいるはずだが。イケメンと関わりたくなるのは、本能的な問題か。
一方。その様子を遠くから見ている生徒の中には、明らかに不穏な空気が漂っている場所があった。
教室の後ろに屯していることが多い男子達だ。いつもの場所を明智に奪われ、今は窓側前方の席に集まっている。
「無口なくせにモテモテだな」
不満げに呟いたのはその中核を担う林。彼らが集まっているのも彼の席の周りだ。
「無口なくせにな」
「顔がいいからだな」
「そーだな」
雉間に猿渡、それから犬養。三者三様に返事をするが、全て林の言葉に同調する内容だった。ようは彼のイエスマンである。
まぁ今回は俺が話に加わっていても、全面的に肯定するだろうが。
「けっ、気に入らねぇな」
林はそう吐き捨てて、席を立った。他の3人はお互いに顔を見合わせてから、彼の後を追いかける。こちらもアイコンタクトで意思疎通が出来るのだろうか。流石のチームワークだ。
明智はその様子も横目でしっかりと確認していたようにみえる。
確認するなら、グループが全員集まっているときの方がいいと思うけどな。お供はアイツらだけじゃないのだから。
と、俺は心の中で忠告しておいた。
林以下3名が減ったことで、教室内の不穏な空気が緩和する。それでも、残った生徒の視線はほとんど全てが明智へと向けられていた。
円達のような好意的な視線、林達のような嫉妬の視線、あるいはイケメンであることに対する羨望の眼差し、もしくは……。
込める思いに違いはあれど、視線を向けるという行為だけは同じだ。
「あいつ、人気者だよな」
窓を背にして教室全体の様子を観察していると、横から博人が声をかけてきた。
「まあ、来てすぐであの人気はすごいよな」
お前も似たようなものだったけどな。と心の中で付け足しておく。
博人は小柄だが運動神経抜群で、勉強もそこそこ出来て、顔も中の上クラスの生徒だ。人気という点では負けていない。
「今日は色々あったからな」
「そう、だな」
俺は午後からの出来事を頭の中で振り返りながら、頷いた。
「魔術師だっけ? あんな話、突然言われても全然現実味がないよな」
「だよナー」
博人に続くようにして机越しに答えたのは、三上蘭雅。ハーフで色黒の男子生徒だ。こっちに来てから4年くらいと言っていたが、言葉は未だカタコトだ。
「マジュツシ。2人は、マジュツシ見たことアリますカ?」
「ないな」
博人が即答。俺も頷いておく。
「モテるは、マジュツシの力ですカネ?」
何とも難しい質問だ。
明智がモテるのは見た目がイケメンだからだと思うが、剣を持っていても好感度が下がらないのはそれだけじゃ説明がつかないような気もする。
「違うんじゃないかな」
先んじて博人が答えた。
俺は違うとも言いきれないのではないか、という雰囲気を醸し出してみる。
「違うのカー」
通じなかったようだ。
「でも、ウラヤマしいですね」
「羨ましいのか?」
率直な感想に博人が疑問をぶつける。
まあ、普通にモテるやつからしたら大したことではないんだろう。1年の頃のあいつの周りもあんな感じだったし。
「ウラヤマしくない? ナゼ?」
だが、今年からしか知らない――クラスが違っただけ――蘭雅は納得いかないらしい。
「何故って言われてもな」
「オトコじゃない?」
「男だよ!」
好奇の視線から逃れるように、博人は俺の陰に隠れた。って、人を盾にするなよ。
「ウラヤマしい?」
ほら、ターゲットが切り替わった。
このナゼナゼモードはなかなか扱いが大変なんだよな。なんと答えるべきか。
下手に刺激しないように、慎重に言葉を選ばないとな。
「……別に、羨ましいってほどではないかな」
「ヒロイン志望だから?」
「なんでだよ!」
強がりだよ。確かに強がったよ。でも、何をどう解釈したらそうなるんだよ!
「無気力系ヒロイン、ダカラ」
「それは、お前が勝手につけたあだ名だよな!?」
無気力系なのは否定しづらいが、ヒロインという部分は全力で否定するぞ。
「認めナイ?」
「認めない」
腕を組んで考えるのは、新たなあだ名だ。ただし、ツンデレヒロインだのクーデレヒロインだのと、まともな新案が出てきたことはない。
「無気力系チョーー」
「チョロインなら却下だぞ?」
「……チョーカー」
それ、装飾品だね。つけてるけども。もはや人ですら無くなっちゃったよ。
「いいデスか?」
「良くない」
条件反射で否定してしまうが、こうなるといつもの流れだ。
「では、ヒロインにしておきマス」
「……好きにしてくれ」
俺は諸手を挙げて、降伏の意を示した。
「なぁ――」
と、後ろで博人が何かを言いかけたところで、教室の扉が開かれる。入ってきたのは、金田一だ。どうやら先生との話は終わったらしい。
明智の周りに出来ていた人集りをみて、目を見張った。が、すぐに笑顔を取り繕って声をかける。
「人気者だね」
金田一の声を聞きつけ、人集りが割れた。男はモーセの如く、割れた人集りの真ん中を進む。
生徒達は彼を警戒するかのように、距離を取っていた。
まあ、殺す発言の張本人だし当前か。
「お疲れ様です。先輩」
明智が立ち上がり、深々と頭を下げる。
「帰れるかい?」
「いえ、実はカフェに誘われていまして」
「…………」
金田一は考えるように腕を組む。
しばしの沈黙。
周りの生徒達も思っていることは違うだろうが、黙ってその様子をうかがっていた。俺も判断には興味があったので、そっと耳を傾ける。
「ふっ」
周りの視線に堪えきれなかったか、金田一は小さく吹き出した。それから、表情を取り繕い、小さく首を曲げて微笑みかける。
「あぁ、構わないよ。行っておいで」
「ありがとうございます」
金田一が立ち去ってから、明智はゆっくりと頭を上げた。
円以下数名の女子は満面の笑みで隠れることなくガッツポーズ。
一緒にカフェに行けることが嬉しいらしい。
「そういや、博人。なんか言いかけなかったか?」
その様子を眺めていても仕方がないので、雑談でもして気分を紛らわせることにした。
「あ? あぁ」
博人は眉をひそめてから、頷く。
「ランガに話がある」
「何デスか?」
博人は俺の肩に掴まるようにして立ち、真剣な表情を浮かべた。蘭雅もそれに答えるように向かい合う。
椅子に座った俺の頭上で、2人の視線が交錯した。
「俺のあだ名はまともになったんだろうな?」
あだ名の話かーい。
真剣な表情とは裏腹にどうでもいい内容だった。俺にとっては。
「天然オカマ」
「却下。俺は正真正銘の男だ」
「自称男子?」
「だから、俺は正真正銘、間違いなく男だ」
「ウラヤマしくないって言った」
「言ったけど! それだけ女扱いなのかよ!?」
「おんなジャナイ。おんなよりの間」
「女よりの間とかいらないから! 普通に男でいいよ!」
「女の愛はイラナい? オトコがいい……?」
「おいちょっと待て。いまなんか、変な方向に進んだぞ?」
「BL男子?」
「余分な知識与えたの誰だァ!」
蘭雅はいつも通りのマイペースだが、博人は随分の熱くなってきた。というか、目の前とかならともかく、頭の上で続けられるのはさすがに鬱陶しい。
そろそろ止めたほうがいいかな。
でも、俺がなんか言って止まるかな。
そもそも俺の存在は認識されてるのかな。
そんなことをとりとめもなく考えていると、
「2人ともやめなよ。真が困ってるでしょ」
鈴のように凛とした声が2人を止めた。