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狢池(むじな・いけ)

作者: N(えぬ)

 住宅地の外れに少しばかりの林があり、その真ん中に小さな池があった。その池は、「狢池」と呼ばれ、向かしその辺りに住んでいた狢が通りかかった人をバカしては、池にはめたという言い伝えがあった。

 その池の周辺は、公園になっていた。しかし、特別、景色がいいわけでも無く、子どものための遊具があるわけでも無く、ただベンチが置かれているだけだったので、背の高い木のせいで昼なお暗いその場所を訪れる人は少なかった。

ところが、ここ数年、にわかに人を集めるようになった。それは、以前に、この池に落とした鞠を拾おうとして池にはまり、命を落とした少女の幽霊が出るとうわさになったためだった。なんでも、池のそばに行くと、鞠をつく少女が現れ、そのうちに少女は手を誤って鞠を池に落としてしまう。すると少女は通りかかった人のほうを振り向いて、じっと見る。そのときに、「鞠は自分で拾うのだよ。」というと、少女は消えてしまう。だが「わたしが鞠を拾ってあげよう。」といって池の縁に近づくと「早く拾って。」という声とともに池に突き落とされる。

「……ていう、話だヨーー!」

 高校生らしい少女は、仲間のほうへ顔を突き出して見回すように言った。彼女の周りで興味深げに聞いていた少年少女は、歓声を上げて、あるいは笑い出して、それが静かな公園に響いた。

 日は傾いていたが、夕闇にはまだ間があった。けれど、高い木で周辺と隔てられたこの池の周りは、ここだけ日が落ちるのが早いようだった。空気も湿っていた。

 少女たちは、このままここで夜と待つつもりらしかった。色あせたベンチに座って、話し込んだり、辺りを走り回ってふざけ合ったりしていた。と、そこへ公園の入り口のほうから、白い花束を抱えた、ちょうど少女たちの母親くらいの年か格好の女性が歩いてくるのが見えた。少女たちは、少しばかり動揺して女性の動きを見ていた。

「みなさんは、ここの怪談話に興味を持って集まったの?」

 女性は、やさしく笑みを浮かべて問いかけてきた。少女たちは、女性がハッキリした普通の声で話したので、安心した。

「え、は、はい。」口々にそういった。すると、女性は、サッと悲しげな顔に変わり、

「そう。」と、うつむいて、何か思いを巡らすようにすると、顔を上げて話し始めた。

 その女性は、今話題にされている幽霊話の元になった少女の母親だという。彼女は、しばしば、こうして花を持って娘の霊を弔うために、ここを訪れているのだが、

「わたしの娘が、幽霊になって、しかも通りすがる人に悪さをするなんて言う話を聞いて、それがとても悲しくて。」

 女性は、そういうと少し涙ぐんだ。

「娘は、そんなことをするわけがありません。そんなわけがないの。」

 少女たちは、その母親の話は、確かにそうだと思った。人が死ぬと、誰彼かまわず恨んで、化けて出るというのは、そこで亡くなった人に大いに失礼で、心ない話だ。涙ながらに訴える母親の姿に、皆、神妙になり、一緒に涙ぐむものもいた。

「ごめんなさい。私たちが間違っていました。」

「わかってくれれば、いいの。みんな、そうして、軽い気持ちで、ここに来るのよ。悪気は無いの。だから、わたしは、そういう人に会ったら、話をするの。」


 その女性と少女たちは、一緒に池の畔に立ち、女性は持ってきた花を手向けて、そして一緒に手を合わせた。

「ありがとう。みなさん。」

「いえ。」

 少女たちは、またかしこまって、女性に一礼した。

「じゃあ、帰ろう。」

 少女は、仲間に呼びかけて、みんなは頷きあって賛同した。

 公園の出口まで、歩きながら、女性は少女たちに、夏休みどこへ遊びに行ったかなど、話しかけて談笑した。少女たちも、幽霊話などより、よほど晴れやかな気持ちになれて、嬉しそうだった。

出口に着くと、女性は、

「ほんとにみんな、素直に話を聞いてくれて、嬉しいわ。もし、言うことを聞いてくれなかったら、池に引き込もうと思ったのよ。」

 女は、そう言うと、跡形も無くパッと消えた。




おわり

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