表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
後日談 アニスフィアの生誕祭
94/207

After Days:アニスフィアの生誕祭 06

「仕事がしたい、ですか」

「うん。やっぱり、なんかこう、漠然とだけどそう思っちゃってさ」


 精霊省での講義の仕事を終えた日の夜、眠る前に私はユフィと語り合っていた。

 ベッドに入って並んで寝転ぶ。体を寄せて、お互いの顔を見る。私は少し引き締めた表情で、ユフィは少し悩ましげな表情を浮かべている。


「でも、やっぱり私が動くのも……皆と歩調が合わないんなら、難しいのかなって」

「……そうですね。アニスはやはり独特の感性を持っていますから」


 私の呟きにユフィは否定もせずに静かに答える。


「私はアニスに休息を取って欲しいと思いました。貴方は今までずっと走り続けて、周りを見る余裕がなかったように見えました。それに周囲の人にもアニスがどういう考えを持っているのか理解するのには時間が必要だと考えていましたから」

「うん。改めて今日で実感したかな。なんというか……わかってはいたんだけど、理解はしていなかったんだな、って」


 口で言うのも、想像してみても。いざ実際に現実に起きて見ると難しくてこの上ない。

 どうにもやるせなくなって私は小さな溜息を零す。どうにも上手くいかないなぁ。


「私の生誕祭周りの話は結局、魔学省に手間を取らせる事になっちゃったし……」

「それも致し方ありません。アニスが直接、精霊省と構想を話し合うのは時期尚早かと思います」

「……でも、今回の講義には反対しなかったよね?」

「ラングが求めていた要望は理に適っていましたし、私としてもあちらが望んだ事ならばと思いましたから。それが劇薬になるのだとしても。一種の賭けですね」


 ユフィが苦笑を浮かべながら言う。その顔には疲労の色がにじんで見えた。


「精霊省からの歩み寄りは望ましい事です。今は何から何まで人手が足りませんから。私の思い描く政策を担える人材が少ないのは頭の痛い問題です」

「うん……」

「今後、ラングのように能動的に今の情勢に対応して動ける人材は重用して行きたいと思っています。実際に彼がその器であれば、という前提になりますが……」

「そっか……なんか、もどかしいな」

「政治とはままならないものなんでしょうね。いえ、そもそも何かを成し遂げるという事が」


 慰めるようにユフィが私の頬を撫でる。ユフィの柔らかい指に触れられると、我慢が出来なくてユフィに抱きついて胸に顔を埋めてしまう。

 自分の胸元に顔を埋められたユフィは幼子をあやすように私の頭を撫でてくれる。


「……焦らないでください。ただ、私も己に言い聞かせている言葉なのでしょうね」

「ユフィも焦る?」

「それは、まぁ。……貴方が自由である事こそが、私の何よりの願いなのですから」


 ぽんぽん、と頭を撫でてくれるユフィの手は胸を温かくさせてくれる。そのまま目を閉じて、私はユフィに甘えるように身を寄せ合った。



 * * *



「え? 私の生誕祭の日取りが決まったって?」


 私が精霊省で講義をしてから時は経って、あれから私は細々と王姉殿下としての仕事や国政の勉強を始めた。

 改めて教育係を勤めてくれた先生からは、漸く王族としての心構えが芽生えたのですね、と涙ながらに喜ばれたけど、私としては苦笑するばかりだ。

 そんな生活も慣れて来た頃、ようやく私の生誕祭の日取りが決まったと報せが届いた。私が産まれてから大分日は過ぎてしまっているけど、こればかりは仕方ない。


「はい。日取りが決まりましたので、本格的にドレスを仕立てなければなりませんね」

「あぁ、もう。生き生きしちゃって……また肩の凝るようなドレスは勘弁してよね」


 報告をしてくれたイリアが無表情ながら、だけど目に活力を漲らせて私に言った。私はげんなりとした表情を浮かべている事だろう。

 あれから祝宴や社交会に顔を出すのは昔ほど苦痛ではないけれど、ドレスを着るのは肩が凝るので歓迎しきれない。


「大丈夫ですよ。今回は普段着にしているあの風変わりのドレスを式典用に仕立てましょうという話になっておりますから」

「え!? そうなの!?」

「ユフィリア様もあのドレスを着ている事が多くなりましたからね。この機会に流行に出来ないかとお声を貰っていたのですよ。元はアニスフィア様が考案されたのですから、貴方が率先して着て宣伝するのは当然の事だとは思いませんか?」

「いや、私としてはありがたいけど……いいの?」

「お嫌なら普通のドレスをご用意しますが?」

「……それは、嫌かなぁ。でも何か言われたりしないかな?」

「言わせておけば良いのでは?」

「他人事だと思って……」


 流行を作るかぁ。確かに魔道具を広めるのも流行を生み出すのと一緒なのかもしれない。ならこの騎士服ワンピースドレスを式典用に仕立てたのを流行として送り出そうとするのも別に問題ないのかな……?

 うんうんと唸りながら悩んでみたけど、堅苦しいドレスを着たくない気持ちが勝ってしまって、私は生誕祭には提案されたドレスで参加する事を決めた。

 実際、馴染みの仕立屋が来ての採寸やデザインの確認の時に意見を聞いてみたけど、概ね好意的な反応をくれた。

 馴染みの仕立屋は中年の女性だ。仕立屋として長い間、働いていて、この人も私がお忍びで城下町に降りた時に知り合った人だ。

 私の騎士服ワンピースドレスの注文を引き受けてくれた人で、頻度は低いけど顔を合わせれば気楽に喋れる人だ。

 彼女は貴族のドレスの依頼を受ける事もあるので貴族の事情などにも明るい。つい私が生誕祭でこのドレスを着るのは正直どう思うかと相談してみたら、快活な笑みを浮かべてくれた。


「別に良いんじゃないですかね。それにアニスフィア王姉殿下は女性らしさよりも勇猛さとか、そういう気質をしていらっしゃるでしょう?」

「勇猛って……怖い物知らずとか、恥知らずってだけな気がするけど……」

「それにですねぇ、今後アニスフィア王姉殿下のように、剣の道で生きて行きたいって女性もいるかもしれないでしょう?」

「え? いや、私は別に剣の道に生きてる訳じゃないけど……」

「はい、それはわかっていますよ。でも王姉殿下も冒険者として活動していたでしょう? 騎士団に混じったりして」

「うん、それはそうだけど……」

「今後、そういう女性が出てきた時の制服や、礼服の一つとして喧伝するのは良いんじゃないですかね? あの、マナ・ブレイドでしたか? あぁいった道具があれば女性でも剣を振るのに苦が無いって言うじゃないですか? それに貴族のご令嬢は剣を嗜む事も多いんでしょう?」

「え、えぇ。全員がって訳じゃないけど……」


 確かに武芸を嗜む令嬢はいるし、貴族学院でも授業として組み込まれている。ただ授業を受けるかどうかは自分で選択出来る仕組みになってる。

 レイニやハルフィスは選択してなかったみたいだしね。ユフィが授業を選択していたのは、公爵令嬢の嗜みだとかなんとか。いや、ユフィみたいな万能超人が何人もいるとは思えないんだけど。


「貴族の女性は家を守って、子を育てるのが仕事っていうのが基本なんでしょう? 縁談で嫁入りか婿を取るのが仕事とか」

「血を絶やさない事も貴族の立派な仕事だよ」

「えぇ、そうですね。でも、そういった常識からはみ出す者もいない訳じゃないんですよ。そういった女性の雇用の一つとして、今後騎士団に入りたいなんて女性も出てくるんじゃないですかね!」


 基本、騎士は男性の仕事って認識だから言ってる事は間違ってない。貴族の令嬢として生まれれば家の血を絶やさない事が仕事と言われれば私も否定出来ない。

 でも、それだけじゃないと道を示す事が出来るなら。それが良いか悪いかはともかく、可能性が広がった事を指し示すんじゃないだろうかと私は思った。


「細かい話は抜きにして、このドレスがアニスフィア王姉殿下らしい理想のドレスなんでしょう? 折角の生誕祭なんですから、王姉殿下が思うままに振る舞うのが一番ですよ!」

「そうなのかなぁ……」

「そうですよ! もう最近では皆、魔道具の普及が広がればどんな事が出来るんだろうと日夜騒いでばかりですよ! 鍛冶師も細工師も人が足りなくなる! って嬉しそうな悲鳴を上げてましたしね」

「そうなんだ……それは、嬉しいな」


 魔道具の普及によって皆が活気づいてくれるなら、それは私としても凄く嬉しい事だ。

 貴族だけじゃなくて、平民も、この国に住まう人達に笑顔になって貰いたい。ずっと昔に願って、どこか諦めかけていた夢が形になりつつある事に目の奧がじんわり熱くなった。


「あぁ、それから王姉殿下の采配ですか? 最近、楽器職人達もなんだか騒がしくしておりますよ」

「楽器職人達が?」


 楽器と言えば、精霊省で議題に挙がってそれっきりだったけど、ちゃんと話が動いてたのか。魔学省と協議したとは聞いたけど、内容までは聞いてないから気になってたんだよね。

 一度、ハルフィスに聞いて見たけど、折角の生誕祭なんですし、休養期間なのですから、とやんわりと秘密にされてしまっている。その時のハルフィスの顔に陰りは見られなかったから、悪い話にはなってないんだと思う。


「なんでも細工師とこそこそと会議しているみたいですよ。まだ詳しくは言えないって話で誰も口を割らないんですがね。あぁ、トマスの奴も呼び立てられてましたよ」


 トマスまで呼ばれてるんだ。トマスは鍛冶師だけど、魔道具の作成には一番深く関わってるから当然って言えば当然だ。

 細工師も、魔道具を動かす際のパーツの加工で相談してたから、その技術を楽器に転用するのかな? 楽器職人達と手を取り合って、新しい作品が世に生まれるのかもしれない。そう思えば胸が弾んできた。


「これもアニスフィア王姉殿下のお陰ですよ」

「え?」

「魔道具は貴族様達だけでは作れません。魔法が貴族様達だけの特権だとしても、魔道具の土台となる部分を仕立てるのは平民の仕事です。別に立場が対等になったとか、そういう不遜を抱いた訳じゃないんですが……貴族様達が最近、よく私らの仕事に興味を示して、前よりも話を聞いてくれるんですよ」


 私はニコニコと笑みを浮かべる仕立屋の女性の顔を見返してしまった。


「良い貴族様は前から熱心に話を聞いてくれるんですが、無関心な貴族様は私らの仕事の中身にまで注目する事なんかしませんでしたからね。それが悪いって訳ではないですが、やっぱり距離は感じてたんですよ。あぁ、この人等は私らと同じ身分じゃないんだって」

「……うん」

「けれどアニスフィア王姉殿下が魔道具を世に送り出してくれた事で、貴族様も私らの仕事に注目し始めました。緊張もしてしまいますが、前よりもやり甲斐がありますよ」

「それなら、良かった。……でも仕立屋だったら、まだそこまで魔道具の恩恵ってないんじゃない?」

「そうですねぇ。でも、今の所はでしょう?」


 ニッ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて仕立屋の女性は笑い声混じりに言う。


「トマスなんか、城に行かなきゃいけないから上等な服を仕立ててくれなんて頼んでたらしいですし。貴族様だけに留まらないんじゃないんですかね、今後この流れが続けば。頭の固い職人達が貴族様達の目を気にするような祝宴に呼ばれたりもするかもしれないんですから」

「あぁ……そういう需要があったか」

「えぇ。それに細工師がアニスフィア王姉殿下と編み出した精霊石を扱った加工の技術は服にも活かせないかって思うんですよ」

「服に? それは面白い発想だね!」


 なるほど、服に魔道具を加工する技術を活かすっていうのはありかもしれない! 


「ただ精霊石の加工をするとなれば、それなりに金額もかかるんでしょうねぇ。上手くいくかもわからないですし」

「それは、そうだね。でも私から上に掛け合ってみるよ。良い案だと私は思うから」

「ふふ、ありがとうございます。王姉殿下。……貴方は、そのままでいてくださいませ」

「ん?」


 突然投げかけられた言葉に私は首を傾げてしまう。すると、仕立屋の女性は慈しむように私の顔を見ていた。


「一時期、とても思い詰めてた時期があったとトマスから聞いておりましたよ。ユフィリア女王陛下がまだ王家の養子に入る前でしたか……」

「……あぁ、うん。その頃は思い詰めてた時期かな……」

「誰もが心配しておりました。貴方様は自由で、奔放で。それに王族らしくもなくて、気安く私らに声をかけてくれました。私らが困ってたら先王様に掛け合ってくれた事もありましたし、冒険者として町の困り事に手を貸してくださった事もありましたねぇ」


 ほぅ、と息を吐いて仕立屋の女性は目を伏せる。


「王姉殿下が王様になってくれれば、って言う人もおりましたが、同じぐらいあの人に王様なんてやらせて大丈夫かって言う人もいたんですよ」

「……私なんかに任せちゃ不安だって?」

「違いますよ。貴方様が、笑顔を無くされてしまわないかって。貴方様が変わってしまうんじゃないかって、私らの不安だったんですよ」


 伏せていた目を開けば、柔らかく微笑んで私を見る。


「ユフィリア女王陛下が即位してくださり、貴方様は今の立場になって。それでも変わらずにこうして言葉を交わしてくれる。それが私には嬉しいんですよ」

「…………」

「ですから、今まで祝われなかった分だけ祝われてください。お貴族様の中にはまだ王姉殿下を快く思わない者もいるかと思いますが、貴方様の生誕を祝えるならば心より歓迎すべき事でございますわ」


 柔らかく微笑んだまま告げられた言葉に、私は言葉もなく頷きを返す事しか出来なかった。

 ありがとう。この言葉を伝えるのに、まずはこの零れそうな涙を堪える事から始めなきゃいけなかった。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ