After Days:アニスフィアの生誕祭 02
結局の所、私の生誕祭については提案をした人と話さないとどうしようもないという結論を出した。ミゲルが仲介を引き受けた以上、私達にとって損となるような話はない筈だという信頼があるしね。
そして私達は後日、ラングを招いての会議に臨んでいた。精霊省からやってきたのはラングと、ラングの秘書なのかまだ年若い青年の二人だ。
こっちは私とユフィの二人だ。父上はユフィが話し合いで抜けている間に詰められる業務は詰めるとの事で、話し合いはこの四人で行う事になった。
「女王陛下、王姉殿下、この度はこのような機会を頂き真に光栄でございます」
ラングが洗練された仕草で一礼をする。一拍遅れるようにして隣に座った秘書も頭を下げた。
「ラング、貴方を呼び出したのは他でもありません。貴方から提案されたアニスの生誕祭については、私としても前向きに検討したいと考えております」
「はっ、ありがたく思います」
ユフィが話題を切り出していけば、ラングが一度目を閉じてから頭を下げる。隣の秘書の青年は恐縮しっぱなしで、落ち着いた様子は見られない。
魔法省から精霊省に移行してから、主な表向きの役回りには若い世代が起用されたらしいと聞いてる。元々魔法省で第一線を担っていた貴族は相談役として後ろに控えるようになったのだとか。
そこに何らかの意図を感じなくもないけれど、深入りするつもりもないので噂程度に聞いてたけど。それが吉兆となるか、凶兆となるのかはこれからかな。
「しかし、気になる点が一点ございます。この企画はラング、貴方が主導して立てた企画と聞いていますが……精霊省でのアニスの心証は良くないのではないでしょうか? 元々、貴方達は魔法省を前身とする組織です。当時の因縁を思えば、思う所がある者達は多いのでは?」
「仰る事はご尤もでございます。無論、我が精霊省の全ての者が賛同しているとは言えません。ですが、私はアニスフィア王姉殿下と精霊省との関係改善は必須だと考えております。その為の機会として生誕祭に目を向けた次第です」
「何故、そう考えたのですか? アニスは今、静養の為に政からも一線から退いております。今後、アニスが政に関わるとしても魔学省を中心とした魔学普及の政策と見込んでおります。ただでさえ波風が立ちそうな両者の繋がりを密にする必要はあるのですか?」
ユフィは薄らと瞳を細めてラングに問いかけた。普段から強い眼力の圧が強まってるよ、ユフィ。ほら、ラングの隣の秘書くんなんて青い顔してるじゃん。
いや、それで平然としているラングも凄いんだけどね。前は私を見下していたような嘲りが見え隠れしてたけれど、今はそういった悪感情は感じない。ただ淡々と、凪いだ雰囲気を纏っている。その変化には少しだけ驚いてしまう。あのラングがねぇ。
「……そうですね。アニスフィア王姉殿下がいる手前、迂遠な腹芸をするのも悪手ですか。ならば、この場で私の意志と考えを是非とも女王陛下と王姉殿下に裁定して頂きたく思います」
「裁定、って。また随分言うね、ラング」
「それだけに私が現状に対して危機感を覚えている、という表れと受けとってください」
「危機感、ですか? それは精霊省という組織についてですか?」
「そうとも言えますが、もっと広くこの危機感を感じ取って欲しいとも願っています」
ラングはユフィと私に真っ直ぐと向き直るように、堂々と背筋を伸ばして言った。
危機感ねぇ……? 精霊省という組織も含んだ、もっと広い範囲に向けた危機感をラングが感じてる? そしてそれをもっと感じ取って欲しいという。でも、その危機感というのが私にはいまいち見えて来ない。
それはユフィも同じだったのか、眉を寄せてラングの意図を読み取ろうとしているかのようだった。
「ラング、率直に言って頂いて構いません。貴方の思う危機とは何を指し示しているのですか?」
「はい。それは、我が国の現在の政治方針による将来的な影響への懸念でございます」
「……将来的な影響への懸念? 私の治政に問題があると?」
「いえ、ユフィリア女王陛下の政治手腕は期待されていた以上の成果を挙げています。民の支持は上がるばかり、誰もが貴方という新たな王を歓迎しております。……しかし、そうですね。言葉とするなら上手く行きすぎているからこその懸念と言えるのです」
ラングがそっと息を吐きながら、憂うように言葉を零した。ユフィはますます難しそうな表情になって顔を顰めている。
うーん? ラングはユフィの治政に問題がある訳じゃなくて、むしろ歓迎されてる事だと認識しているんだよね。でも、だからこその問題があるって事?
それは今は影響がなくて、でも将来的には大きな影響を生み出してしまう可能性がある。ラングはそれを危惧してるから、私と精霊省の関係を改善したい。その為の生誕祭の企画を提案してきたと。
「ラング、君が危惧してる事って何? ユフィの治政は君の目から見ても安定してるんだよね? 君はその先に何を見てるの?」
「王姉殿下、先日私どもの精霊省では一つの議題が挙げられました。それはユフィリア女王陛下からの打診から議題に挙がったものです」
「ユフィが? 精霊省に?」
「はい。精霊石の備蓄と、今後の扱いについてです」
ラングの言葉に私はユフィに確認を取るように視線を向けて見る。ユフィは間違いはないというように頷いてみせた。
王城で保管されてる精霊石の備蓄に関しては確かに精霊省の管轄だ。元々、魔法省の管轄だったのがそのまま移行したからね。
魔学省も精霊石を扱う必要があるから魔学省から人員を割く必要もあるかと思ったんだけど、知っての通り魔学省は今は火の車だ。人手が足りなすぎてそんな人員は無かった。
だから元々管理していたなら、そのまま精霊省に管理して貰おうという話で落ち着いてた筈だけど。
「今や、パレッティア王国は魔学の普及によって国の在り方が転換期に入っております。その為、普及の原動力となる精霊石を捻出しようと女王陛下が頭を悩ませている事は感じ取っております。ですが、私はこの流れに些か懸念を抱いているのです」
「それが将来的な影響に繋がるって?」
「はい。……それは、精霊石が今後も魔学の普及に“のみ”使用されてしまう事を私は懸念しております」
意を決したように告げたラングの言葉に私は納得と同時に、思いっきり顔を顰めてしまった。あぁ、成る程。そういう事か。思わず手を額に当てて、深々と溜息を吐いてしまった。
するとユフィが私の様子が気になったのか、心配そうに視線を向けてくる。
「……アニス?」
「いや、うん。大丈夫。……そっか。そういう危機感かぁ。成る程ねぇ」
「……アニスはラングの意図が読めたのですか? 私には今一つ、何故そうなるのか、何を不安に思うのかが読めないのですが……」
「うん。ユフィには難しいかもしれない。いや、これからもっと難しくなっちゃうかもしれない。ラングが焦るのもわかるし、多少時期が過ぎても私の生誕祭という大きな形で精霊省が主導して行いたいってのも理由がわかったと思う」
「……どういう事ですか?」
戸惑うようにユフィが私を見て問いかける。ラングもユフィから私に視線を移して見つめて来る。
私は気を取り直すように息を吐いてから、背もたれに背を預けるようにして少しだけ姿勢を崩した。
「今、魔学は平民、貴族問わずに誰もが注目する一大政策となってる。誰もが魔学の発明品である魔道具の利便性を目の当たりにして求めてるからね。でも、それが将来的に及ぼすラングの危機感っていうのは……精霊信仰の衰退だね?」
「……はい」
「信仰の衰退ですか? いえ、それは……おかしな話ではないですか?」
ユフィはいまいち理解が出来ないと言うように眉を寄せた。そう、だからユフィには理解がし難いのかもしれない。私だって今の状況でもなければ意識もしなかった事だろうしね。
「ユフィは、魔道具でも精霊石を扱ってるんだから精霊への敬意や信仰は揺らぐ事はないって思ってるんだよね?」
「えぇ、そうです」
「それは正しいし、同時に間違いでもあるんだよ」
「正しいけれど、間違いですか?」
「それは魔学というか、魔道具への信仰にすり替えられてしまう可能性があるんだ。精霊への信仰には変わりはない。だけど、その中身は別物になってしまうんだ」
精霊への感謝や信仰は魔道具が普及されても大元は変わりはしない。だけど、それは従来の精霊信仰から大きく形を変えてしまう事は間違いない。
そう、なまじ精霊への信仰に変化がないものだから誰もラングの危機感を理解出来ない。ラングが感じているのは、正確には信仰の内容そのものじゃない。
「ラングが抱いてる危機感は、文化の喪失だね?」
「……はい」
「精霊信仰の本質は変わらずとも、魔道具の利便性は鮮やかに映ってしまう。だから皆が魔道具を求める。かつて、それが何に使われていたのか忘れてしまうかもしれない程に」
「……あっ」
そこでユフィも気付いたと言うように息を零した。
今、民の生活も魔道具で大きく変わっていく事になると思う。それは仕方ない事だ、人は便利を知れば知る程、もっと便利になって欲しいと発展していく生き物だ。
だから従来よりも良い方法があるならそっちを選ぶのは仕方ない事だ。でも、ラングの立場では、精霊省の成立の経緯を思えば警告をしなければならない立場なんだ。
「今まで精霊石は祭事に利用されていたよね? でも、それは祭りという舞台での演出や日々の信仰を示す手段として扱われていた。でも、ユフィは魔学の普及の為に精霊石を魔道具に充てようとした。それは良い。問題はない。でも、じゃあ将来的には? もし、魔道具にだけ精霊石の使用用途が限定されたら?」
「……それがアニスの言う文化の喪失ですか。確かにそれは精霊省に務めるラングには見過ごせない事だと言うのは、私もようやく理解しました」
悪しき文化なら消えてしまうのも仕方ないと思うんだけどね。でも精霊石を祭事の際に使用した演出は儀礼的な意味も含むから残しておいて良い文化だと思う。
「つまり、私は魔学の普及に傾倒しすぎて従来の文化保全に意識を向けていないと。そう言いたいのですね? ラング」
「僭越ながら、この危機感を女王陛下にもご理解頂きたく思った次第でございます」
「恥ずかしながら、その観点で言えば私は貴方達、精霊省に対して配慮が足りなかったと認めざるを得ませんね……」
「ごめん、ラング。これは私も反省する所だった」
ユフィは確かに女王陛下としては有能かもしれないけど、こういう細やかな人の心の機微には疎い所があるのを忘れてた。
補佐を務める父上も昔から私に魔学の布教を受けていたから、魔道具の普及には意欲的だ。元々、父上も精霊省の前身である魔法省には煮え湯を飲まされていた所もあるみたいだし。
だから改めて指摘する人がユフィの周りにいなかったのが問題だ。こうしてラングが指摘してくれたからこそ、目に見えるようになった問題と言えるだろうね。
「でも、ラング。わかってるでしょ?」
「……はい」
私が何を言いたいのか、それを理解しているようにラングが小さく頷いて見せる。
ラングの言いたい事はわかる。ご尤もな事だ。文化の継承・保全を言いつけたのは私達なんだからラングの仕事としてはおかしな事じゃない。でも……。
「はっきり言って、祭事と言えども従来の方法で精霊石を使っていく事は出来なくなると思う。私が言うのもなんだけど、魔道具の影響力はそれだけ大きすぎた。ユフィでさえ思ったかもしれないでしょ? 祭事の精霊石の使用は、無駄な使い方なんじゃないかって」
「……それは、そうですね」
祭事で使う精霊石の量も、祭事の規模によって変わってくる。けれど祭事で使われる精霊石の使い道は基本的にその場限りだ。それが魔道具の登場で無駄なのではないかって考える人は絶対に出てくる。だってまず私が最初に思ったし。
でも、それは魔道具の利便性にしか目を向けてないからだ。その場限りの祭事で精霊石を使うぐらいなら、恒久的に魔道具として活用して、民の生活の一助になる方が良いに決まってると。私も元々はそう考えているし、それが正しいと思ってる。
「でも、それじゃあダメだ。将来がどうなるにせよ、今それをやってしまうと精霊省の立場がない。ただでさえ私と精霊省には因縁があって、半ば仲違いしてるって多くの人が思ってる。それは精霊省の立場を弱めてしまう。精霊省の力を削げば、魔法省から引き継いだ業務や今後の展望も皆潰れちゃう」
それは不味い。何が不味いって、あの精霊省に大量に保管されている資料の編纂をする人材すらも望めなくなってしまう可能性がある。
将来的に今、人気になっている魔学省向きの人材が増えてくるのは間違いない。国政でもそれを推奨しているしね。でも、だからって精霊省を蔑ろにして良いって訳でもない。
「ただでさえ精霊省の多くの者が女王陛下や王姉殿下に萎縮しております。それだけの事をしたという自覚もありますが、それでは立ちゆかないのです」
「だから私との関係改善を図って、出来れば私達が認可した上で精霊省も華やかな活躍の場があると喧伝したい。それが文化の保全という役割としても合致する私の生誕祭という形で大々的にお披露目したい。それがラングの考えで合ってる?」
「はい、アニスフィア王姉殿下の仰る通りでございます」
ラングが同意するように頷いてくれた。でも、だからといって従来のやり方では逆に精霊省への反感も招きかねない。幾ら、私やユフィが認可したものだとしてものだ。
精霊石の使用用途に対しての反感ばかりは、もう魔道具を広めてしまった私達にも抑えきれない所があるから。幾ら王族の生誕祭とはいえ、と思われたらもう目も当てられない。
「その手段までは、私も代案がある訳ではございません。しかし機会を失うよりは、その前に女王陛下と王姉殿下にお伝えしたく、この企画を提出させて頂いたのです」
「うーん、それは確かに何も言ってくれないよりは、言ってくれて助かったぐらいの気持ちなんだけど……」
さて、こればかりはどうしたものかなぁ……?




