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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
外伝 廃嫡王子と狼少女
86/207

Another Story:廃嫡王子と狼少女 07

 クライヴは話を始める前に紅茶を淹れ、アクリルの前へと置く。それから自分も向かいの席に座り、姿勢良く座る。


「まず、何から話せばよろしいでしょうか。アルガルド様の立場からお話しましょうか」

「アルの立場?」

「はい。アルガルド様の本名は、アルガルド・ボナ・パレッティア。この国の王子でございました」

「……アルが王子。という事は、国王の子供?」

「はい。その通りでございます」


 アルガルドが王子という事実。それをアクリルはあまり驚く事なく受け止める事が出来た。それでも、改めて口にされれば反応が表に出るのか、目を何度か瞬かせる。


「将来は次期国王とも言われていましたが……アルガルド様から何かお聞きしてますか?」

「アルは自分が罪人だって……」


 以前、アルが口にしていた言葉を思い出してアクリルが呟く。

 アクリルの呟きにクライヴは深々と溜息を吐き出しながら頷きを返した。


「はい。アルガルド様は罪を犯しました。その罪の為、次期国王として認められなくなりました。それがどれだけ大きな事かアクリル嬢にはおわかりになりますでしょうか?」

「この国の次の長だったのに、長になれなかった。……アルはそんな大きな罪を犯したの?」


 アクリルにはまだ国という規模の実感が薄い。自分の知る常識に当て嵌めて考えてしまうからだ。それでも次の長になる事が出来ないと言われ、更には辺境の地の館で外に出ないようにする程の罪なのだと言われると唾を飲み込んでしまう。

 アルガルドは一体どうしてそんな罪を犯す事になってしまったのか。それもアルガルドが心を乱していた姉が関わっているのだろうか、とアクリルは考えてしまう。

 アクリルの問いかけにクライヴは重々しく一息を吐いてから、ゆっくりと話を続ける。


「アルガルド様の罪は、この国を己の物として支配しようとした事です」

「……支配?」

「はい。自らの父である国王を、その妻である王妃も、貴族も平民も問わずです」

「……アルが、そんな事を?」


 全然想像がつかない、とアクリルは首を左右に振る。今まで感じてきた印象から、そんな事をアルが考える人には思えない、と。

 だがクライヴが嘘を吐いているとは思えない。アクリルにとっては信じがたい話だとしても、それが本当にあった事なのだと感じてしまう。


「邪法に手を染め、国を混乱に陥れる所でした。そしてアルガルド様は次の国王となる資格を失い、この地へと追放されたのです」

「……」

「……とても信じられない、という顔ですね。ですが、事実なのです」

「どうしてアルはそんな事をしたの……?」


 アルガルドが犯した罪はわかった。次にアクリルが気になったのは動機だ。アルガルドが何を思って、邪法にまで手を染めて国を支配しようとしたのか。

 アクリルの問いかけにクライヴは一度、語るのを止めて紅茶を手に取る。喉の渇きを潤すように一口飲み、音もなくカップがソーサーの上に戻される。


「アルガルド様には、姉がおりました」

「姉……」

「はい。……ちなみにアクリル嬢は、この国は魔法が盛んだと言う事はご存知ですか?」

「うん。アルから教えて貰った」


 パレッティア王国は魔法が発達している国だ。その成り立ちにも魔法は深く関わっていて、貴族達は先祖から受け継いだ魔法の力を民の為に、国の為に使う。だからこそ貴族という特権階級に君臨しているのだ、と。

 そして、その上に立つのが王族である。パレッティア王国を建国した初代国王から始まる、この国を統べる一族。


「この国では魔法を使えるという事が、魔法が巧みであれば巧みであるほど力の象徴として誉れ高いとされてきました」

「……じゃあ、アルのお姉さんは優秀な魔法使いだったとか?」


 優秀な姉。そして魔法を使える事が誉れ高いとされる国であれば、自然とアルガルドの姉が魔法使いとして優秀なのではないかとアクリルは考えた。

 しかし、アクリルの考えを否定するようにクライヴが苦笑を浮かべて首を左右に振る。


「いえ、その逆です。アルガルド様の姉君は魔法をまったく使えませんでした」

「え……?」

「だからこそ、なのでしょう。だからこそ、アルガルド様の姉君はその異質とも言える才能を示して見せたのです」

「異質……?」

「アルガルド様の姉君、アニスフィア・ウィン・パレッティア様は貴族でなくても魔法を“道具”という形で再現出来るようにしたのです」

「道具として……?」


 アニスフィア。それがアルガルドの姉の名前なのだと記憶に留めつつ、アクリルは不思議そうに首を傾げた。

 魔法を道具という形で再現と言われても、正直ぴんと来ないのだ。


「簡単に言えば、王族や貴族しか使えない魔法を道具で再現出来るようにしてしまったのです。例え、平民だとしてもアニスフィア様の開発した道具があれば魔法が使えるのです」

「……それは、凄いね」


 アクリルは“魔法”が使えない。リカントにとって魔法というのは縁遠い物だった。それは自分達に扱えぬものだったからこそ。

 だからこそ驚くしかない。成る程、アルガルドが優秀な姉だと言ったのもよくわかるとアクリルは頷く。


「この国は男児が次の国王として優先されます。魔法を使えないアニスフィア様に王位が回る事は本来はあり得なかったのです。ですが、アニスフィア様は前代未聞の技術を開発し、この国に大きな影響を与えたのです。……アルガルド様を押しのけ、アニスフィア様を次の王とするべきではないか、と言う声が出る程に」

「それは、許されて良い事なの?」

「いいえ。望んでいたのは一部で、アニスフィア様も自らが王になりたいとはお考えにはなっていなかったようです。ですが、アニスフィア様の影響力は無視出来ませんでした」

「……だから、アルガルドは力尽くで王になろうとした……?」

「細かな事情はありますが、国民ではないアクリル嬢には馴染みが薄い話となるでしょうから、その認識で良いでしょう。そして、アルガルド様の凶行を阻止したのもアニスフィア様でした」

「……そのアニスフィアって言うお姉さんがアルを苦しめたの?」


 魔法を使えない、本来であれば王族として失格な王女。それでも道具という形で魔法を誰でも使えるように開発してしまった異端児。

 本来、王になるべきアルガルドを押しのけてまで王になってしまうかもしれなかった人。アルが嫌いだと、でも嫌いと言うには複雑な感情を見せていた人。

 その人がアルガルドを苦しめていたのかと思うと、アクリルのアニスフィアという人物に対する印象は良いものにはならなかった。


「アニスフィア様が望んで苦しめた訳ではないのです。あの方はあの方なりにアルガルド様を思っておりました。悪いのは……そうですね、周りの大人達なのでしょうね」

「大人?」

「貴族というものは上に立つ存在故に贅沢を許されます。そして一度、贅沢を知ってしまえば人は更なる贅沢を求めたくなります。貴族であるならば、他の貴族に勝る富を。行き過ぎれば自らが王になる事さえも。そしてアルガルド様を自分達の都合の良いように動かそうとした者達がいたのです」

「そんな……」


 アクリルには、貴族が更なる権力を求めるという考えはいまいちわからない。それはリカントの里では馴染みのない価値観だったからだ。

 そしてアニスフィアの話を語るようになってから、クライヴの表情が暗澹たるものへと変わっていく。視線は下がり、声はどことなく暗さを帯びていくように低くなっていく。


「子供の頃は、仲の良い姉と弟だったのですよ……アルガルド様とアニスフィア様は」

「でもアルはお姉さんが嫌いだって……」

「アルガルド様は、悲しいですが才能豊かな方ではありませんでした。故に誰も見た事もないものを作り上げられるアニスフィア様と比べられ続けてきたのです。二人の対立を深めたのは、利権を望む周囲の大人達なのでしょう」

「そんなの、アルが悪い訳じゃないじゃん!」


 勢い良く手を机に叩き付けながらアクリルはクライヴに吼えた。アクリルの手前に置いてあったティーカップが跳ねて、音を鳴らした。

 クライヴの話が本当なら、子供の頃は仲が良かったのに周りの大人が贅沢をしたい為にアルを利用しようとした。とても信じられない所業だった。

 怒りで目の前でチカチカし始めたアクリルに、クライヴが苦笑を浮かべて見せた。


「えぇ……アルガルド様だけが悪いのではないのでしょう。多くの者に責任があって、そして皆が少しずつ間違ってしまった」

「……それでもアルの罪なの?」

「はい。それが王族、人の上に立つ者であるからこそ。勿論、野望に目が眩んで道を踏み外した者達には相応の罰が与えられました。しかし、惑わされてしまった以上、アルガルド様もまた罪があるのです。それを王族が許されてはいけないのです」

「勝手に比べて、失望して、利用しようとして? 利用されたから悪いの? アルが才能豊かじゃなかったから悪いの?」


 アクリルはクライヴの言い分に歯を剥くように表情を歪めた。アクリルの胸に浮かぶのは、どうしようもない程の怒りだった。


「そんなの卑怯だ。やりたくない人に王様をやらせて、自分だけが良い思いをしようなんて間違ってる」

「……仰る通りです。何も言い返す言葉もございません。私共はもっと、アルガルド様をお支えし、その心が惑わないように寄りそうべきだったのです。だからこそ、なのです。アクリル嬢」

「……だからこそ? 何が?」

「どうか、アルガルド様のお側に居てください。貴方はこの国の民ではない。アルガルド様が守らなければならなかった民でもなく、認められたくて、しかし最早求めてはいけない存在でもない。貴方はアルガルド様の客人です。今はその価値こそがあの方には必要なのです」


 クライヴは真っ直ぐにアクリルを見つめて、感情を込めるように僅かに声を震わせながら言葉を紡ぐ。

 アクリルはクライヴの言葉を受け止めて、目を細めるようにしてクライヴを見つめる。互いの間に沈黙が過って、アクリルはそっと息を吐いた。


「クライヴさんも、多分苦しいんだなって思う。でも、その頼みは叶えられるかわからない」

「アクリル嬢……」

「アルと話してみる。事情はわかっても、アルの気持ちを聞かないと、そんなの私にはどうにかする事なんて出来ないかもしれない。だって……」


 アクリルはそっと目を伏せた。わからない、と。そう言うように首を左右に振る。


「アルが、救われたいって思ってるの?」

「……」

「苦しくても、皆が少しずつ間違ったなら確かに直していくしかない。でも、直せば無くなる訳じゃない。痛みは忘れるものじゃない。覚えて、学ぶものじゃないの?」

「はい……」

「後悔も、助けたいって気持ちも、多分全部本当だと思う。それでも痛みは消えないよ。それでも忘れないよ。それでも無くならないよ。無かった事になんて、しちゃいけないんだ。その上で、アルが救われたいって思ってるなら、それを口にすべきだよ」


 周りがどれだけ言っても、最後に決めるのはその人自身だ。

 だからアクリルは、選ぶのはアルガルドであるべきだと思ってる。誰かの思いを、どのように受けとるかも。


「貴方には出来なくて、出来る人がアルには現れなかった。それが私かもしれない。だからクライヴさんの言う事もわかる。でも、だからって頷かないから」

「アクリル嬢……」

「救われたい人しか救えないよ。私には」

「……それでも良いのです。いいえ、やはりだからこそなのです。どうか貴方もそのままでいてください。私はこれからを見守りたいのです。今度こそ、このままお側で……」


 席を立ち、深々と頭を下げるクライヴ。その姿を見てから、アクリルはそっと息を吐きながら視線を瞼の下へと伏せるのだった。


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