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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第1章 転生王女と公爵令嬢
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第6話:お嬢さんをお預かりします!

 ユフィリア嬢が私の下で魔学の研究に関わると決まった日から私は大忙しだった。何故かって言うと、私専用の離宮にユフィリア嬢の私室を作る事が決まったからだった。

 今までユフィリア嬢は公爵家を住まいとしていたけれども、往復出来る距離にあるとはいえ、魔学は国家機密を含むものが多い。何より研究が始まれば内容によっては徹夜を敢行する事も考えられる。


 そんな訳で、ユフィリア嬢が休めるように離宮に私室を用意する事になったのだけど。問題は、この離宮に出入り出来る人材が限りなく限られているという事。

 この離宮は私とイリアで回している。というか、ほぼイリアが単独でだ。そのイリアがどうしても外せない用や休みを必要とする時だけ、王城で厳選された口の堅い侍女が派遣されて来る。


 つまり、何が言いたいかと言うと人手が足りない。家具を運び込むのにも一苦労だ。王女なのに私も家具の搬入を手伝っている。まぁ、家具を運ぶぐらい別に良いんだけど。

 まぁ、私も今更だと思われてるのか何も言われてないし。侍女達の指示に従って次々と家具を運び入れていく。前世で言う所の引っ越し業者になった気分だった。


「家具は運び入れるだけで大丈夫です。姫様は内装には手をお出しになられないでくださいませ。姫様のセンスは独創的ですので」

「奇抜って言っていいのよ? 或いは雑とでも」

「えぇ、はい。ですね」

「否定されなかった!?」

「ですので後は私共にお任せを。本日は公爵家へと訪問のご予定なのでしょう?」


 王城から派遣されてきた侍女達に私は頷く。この後、ユフィリア嬢を迎えに行く事になってる。お供はイリアだけだ。流石に一人で公爵家に行くというのは問題があるとの事で、イリアに付いて来て貰う事になった。

 本当は私が留守の時はイリアに残っていて欲しいのだけど。ここには色々と踏み入られたくない場所が多すぎる。あと純粋に危険だと言うのもある。王城から派遣された侍女達は口が堅いし、私の言いつけを破るなんて事はないのだけども。

 それでも心配してしまうのは、扱っているものがものだからなのか。ままならないなぁ、なんて思いながらユフィリア嬢の私室となる部屋を後にした。


「姫様」

「イリア」

「お召し物の準備を。マゼンタ公爵家に失礼のないように」

「そうね、大事な娘さんを預かるのだもの。アルくんの件もあるし、今回は大人しく従ってあげましょう」

「あぁ……いつもは手がつけられない野生動物か魔物か何かの姫様が大人しくされておられるとは……明日、私は死してしまうかもしれません……!」

「大袈裟ね!?」

「それはそれとして」


 歌劇の女優の如き演技だった。大袈裟なまでに嘆いて見せたかと思えば、次の瞬間にはいつものように澄ましているイリア。


「まずは湯浴みからですね。それからエステも、ドレス選びも、あとそれから……」

「貴方、私を着飾らせる時に随分と生き生きしてるわよね……」

「花は愛でたくなるものです。姫様がそうしたように、ですわ」


 そのままあれよ、これよとイリアに連れ回されるように身を磨かれた。この時、抵抗しても意味がない事を既に長い付き合いで悟っているので、為すがままにされる。

 そうして鏡の前で自分と思えぬ程に化粧で飾られた私を見ている。イリアも含め、侍女達のこの情熱は凄いものね。私が魔法にかける情熱のようなものなのかもしれない。そう思えば着飾らされる苦労も我慢が出来るというもの。

 ふと、鏡越しにイリアを見る。歳も30代が迫ってると言うのに肌は若々しく、老いを感じさせない。イリアの為にと美容に良い魔道具の開発や研究をした甲斐があったわね。


「……イリアは綺麗ね」

「お戯れを」

「本心よ。子供の頃からずっとそう思ってたわ」

「懐かしゅうございます。突然、王城を駆け回るようになり、魔道具開発を始めてからは怪我をする事も、無茶をする事も増えました」


 懐かしそうに私の髪を梳かしながらイリアが言う。イリアが口にするのは過去の私の失敗談だ。それは私とイリアが共有した思い出の欠片でもある。

 魔法に胸をときめかせた事、その魔法が使えないと突きつけられた時の事、魔道具の作成を志した時の事。そこにイリアがいてくれた。彼女がいなかったら私はどうなっていただろう。そんな事も考えてしまいそうになる。


「確かに何度も失敗したけど、失敗がなければ成功はないのよ」

「であれば、私の失敗は貴方から離れ損なった事でございますね」

「……どんな成功を得たのかしら? イリアは」

「今、この瞬間という成功を」


 大袈裟、と私は思わず呟いてしまった。誇らしげに言う事じゃない、なんて恥ずかしく思う。


「物好きねぇ」

「貴方様が仰いますか」


 イリアが微笑む。もう10年以上の付き合いになるというのに思い出の日から面影が変わらない。年を経て美しくなってもイリアだと感じさせてくれる。

 傍にいてくれる彼女がありがたいと強く思う。姉のようだと思っていると恐れ多いと怒られるのだけど。まぁ、確かに姉ではない。もっと、こう、相棒と言うべきかしらね。


「こうしていられる事が楽しいと思えるのです。結婚だけが女の幸せではないと思えましたから」

「その件については大変申し訳なく……」

「良いのです。我が家の爵位は低く、私も政略結婚の駒でございました。今はある意味、姫様に嫁いだと言っても過言ではございません。お陰で良くして頂いております」


 イリアは子爵家の娘だ。権力志向の強い両親で、イリアは家の力を上げる為の嫁ぎ先を探されていた。王城で侍女をしていたのも、有力な名家の目に留まればという思惑があったから。

 それを見初めたのが私。というか、イリアが望まない婚約をされそうになったと聞いて、つい私の手元に置きたくなってしまって大分無茶をしたものだ。

 そうして私から逃げられなくなったイリアにこれ幸いと魔学の研究に巻き込んで、そして今の関係がある。その全てが良かったとは、残念ながら私には言い切れない。

 イリアの家族も最初こそ私に囲われたイリアを歓迎していたもの、私が王位継承権を放棄したり、問題を起こすにつれて疎遠になったらしい。あぁ、私が復権したとなればまた繋がりを持とうとしてくるんじゃないかしら?

 

 イリアは家族とは元から冷え切っていた関係なので気にしない、と言ってくれる。そして自分の家名を名乗らないようになった。まぁ、家から放逐されたも同然だと言っているので私もあまり触れないようにしてる。

 だって私にとってイリアはイリアだ。どこの家の子だとしても。でも、これだけ美人だったら引く手数多だったろうなぁ。私はイリアがいないと困るから現実にはなって欲しくないけど。もしも、なんて考えるのはイリアに失礼だろう。


「これからも刺激的な生活に付き合ってね? イリア」

「姫様の思うままに。まぁ、それはそれとして締める時は容赦しませんが」


 イリアの返答におかしくなって、私は笑った。彼女がいてくれるから今の私がいる。本当に感謝してもしきれないと、この幸福を噛みしめる。


「ふふ、見て完璧な姫様の偽装だわ……褒めてあげるわ、イリア!」

「正真正銘のお姫様が何を言ってるのですか」


 はたかれた頭は、すぱーんと小気味よい音を立てた。



 * * *



 お姫様への偽装が終わり、私はイリアと共にマゼンタ公爵家へと馬車で向かう。

 思えばマゼンタ公爵家にお邪魔するのは幼少の頃以来だ。あの頃はまだ、アルくんとの対立が明確じゃなかったり、ユフィリア嬢が婚約者ではなかったから。

 公爵家は王家との血の繋がりがあるけれど、マゼンタ公爵家の起こりも古いもので血縁としては遠い。父上はグランツ公とは幼馴染みで、昔はよく一緒に行動をしていたと聞いた覚えがある。

 なので幼い頃はマゼンタ公爵家にお邪魔する事があったのだけども、それも昔の話。ここは初めての訪問と思い、気を引き締めて行こう。


「行くわよ、イリア」

「はい、姫様」


 イリアを引き連れ、公爵家のメイドに案内されながら公爵家のお屋敷を歩いて行く。門を潜ってからも思ったけれども立派なお屋敷だ。流石は歴史の長いマゼンタ公爵家のお屋敷なだけある。

 案内されるままに応接間へと通される。そこにはユフィリア嬢とグランツ公、そしてマゼンタ公爵の妻であるネルシェル夫人が待ち構えていた。

 ネルシェル夫人は余りユフィリア嬢とは似ていない。ユフィリア嬢は父親似らしい。お会いするのは随分と久しく、ついそのお姿を見つめてしまう。いけない、いけない。失礼がないように丁重に礼をしないと。


「ご足労頂き光栄の至りでございます、アニスフィア王女」

「いえ、此度のユフィリア嬢の勧誘は私の強い要望でございます。むしろ、こちらが礼を尽くす立場です。何より、我が弟の不徳なす所、謹んでお詫び申し上げます。公式の場での王族の謝罪はなされども、アニスフィア個人としてのお気持ちを伝えたく」

「頭をお上げください、アニスフィア王女」

「そうですわ、アニスフィア王女。むしろ貴方様は私達の可愛いユフィを助けてくれました。そしてこのような便宜まで図って頂き、感謝こそすれど謝罪をされる訳には参りませんわ」


 グランツ公とネルシェル夫人に立て続けに言われては頭を下げ続ける訳にもいかない。すぐさま頭を上げて、席につく。私の後ろにはイリアが控えるように立つ。

 私の対面にマゼンタ公爵親子が並ぶように座り、向き合う事に。


「ネルシェル夫人とはご無沙汰でございますね。息災のようで何よりでございます」

「えぇ、アニスフィア王女も。お噂はかねがね。貴方様が我が家においでになるのは随分と久しい事ですね」

「アルガルドとの婚約が決まってからは、私もマゼンタ公爵家とは距離を置いてしまいましたから」

「えぇ。今回の一件はまさかとは思いましたが、以前からアルガルド王子とは上手く行っておりませんでした。かえって、このように明るみになるのであれば仕方ないと割り切った方が建設的でございましょう」


 満面の笑顔だけど圧が凄いよ、ネルシェル夫人! グランツ公爵は無表情で威圧してくるけど、ネルシェル夫人の笑顔は攻撃的な笑みだよ、戦闘態勢だよ!

 この二人から生まれたユフィリア嬢がきつい目付きをしてるとか、そう言われてしまうのはわからないでもない。絶対に血筋だよ、血が強いよ、この両親の時点で。


「夫とユフィからは既に話を受けています。ユフィが望むのであれば、私も快く送り出したいと思っておりますわ」

「光栄の至りでございます。一度礼を失してしまった王族の者として、今度こそ名誉挽回の機会を与えて頂ければと思います。公爵家の大事なご息女であるユフィリア嬢は私が責任をもって大事に致します。王家の名に誓って」

「今日は随分と畏まっていられるのですね、アニスフィア王女。貴方が王家に誓うなどと、思わず鼻で笑いそうになりましたよ」


 グランツ公ー!? その、私でもそうだよなぁ、って思うけれど口になさいますか、それを! 必死にお姫様の皮を被ってきたのに! 後ろでイリアが溜息を吐いているのがわかる。私、悪くないもん。


「もう、グランツ公、私とて場を弁えますわ!」

「これは失礼。まさか、そこまで畏まって頂けるとは夢にも思わず。ただ、貴方様の誠意はよく伝わりました。どうかユフィをお願い致します」

「はい! しっかりと愛でさせて頂きますとも!」


 ふへへへ、ユフィリア嬢が来てくれればあの研究も、あの研究も捗る……!

 魔力はあっても魔法は使えないのは本当に不便。だからこそ生まれた魔道具ではあるけれど。その研究に全属性に適性のあって優秀なユフィリア嬢が助手として来てくれるなんて。あぁ、私のこれからの研究人生はバラ色に染まるわ!


「しかし、アニスフィア王女。娘とは今後、生活を共にする身。ユフィリア嬢、というのは些か距離がある呼び方では?」

「お、お母様?」


 ネルシェル夫人から指摘された事実に思わず目を瞬かせる。確かにユフィリア嬢と呼び続けるのは距離があるかな。私も仲良くなりたいし!


「じゃあユフィって呼んでも? 流石に距離が近いとなればユフィリアと呼びますが」

「……好きにお呼びくださいませ」

「ありがとう! じゃあ私もアニスで! これからよろしくお願いします、ユフィ!」

「……はい、アニス様。魔学についてご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」


 畏まりッ! ……って、あれ。そういえばユフィって貴族学院はどうするんだろ。流石にあのままいられるとは思ってないけれど。


「時に、ユフィの貴族学院での扱いはどのように?」

「うむ。それについてはこれから協議する所だが、ユフィは知っての通り、優秀な娘だ。卒業も間もなく、という事であれば今後、学院に顔を出さず、出向という事でアニスフィア王女の下につけようかと思っている」

「アルガルド王子との婚約破棄も、二人の不仲だけではなく、アニスフィア王女の強い要望があったとお伝えさせて頂ければと思うのですが」


 あぁ、なるほど。事を遡って元々私がユフィをスカウトしようとしていたって言うと理由が不仲なだけだったり、婚約者を取られたって事に視線が集中しないか。


「それなら是非とも私の名前を使ってくださいませ。以前から私がユフィを口説いていた、と」

「あらまぁ、ご厚意に甘えさせて頂こうかしら。ねぇ、グランツ?」

「あぁ。学院は卒業までの出席は王女からの要望で免除となり、そのまま卒業式にも出席せずとも卒業した事にするつもりだ」

「えぇ、婚約破棄でそのまま学院を去る、などという不名誉などユフィには相応しくありませんからね。その汚名払拭の為に私が使われるのは、むしろ喜んでと!」

「何から何までありがとうございます、アニス様」

「いえいえ」


 いやぁ、なんとか上手く話が纏まりそうで良かった。安堵して胸を撫で下ろしつつ、そういえばふと思い出した事があった。

 マゼンタ公爵家にはもう一人、ユフィの弟となる子が学院に在籍していなかっただろうか、と。確か、名前は……?


「そういえば、ユフィには弟がいなかったかしら?」

「カインドの事ですか? あぁ、あの子は……」

「学院の事も、アニスフィア王女の下に行くのも猛反発していてな。この場に立ち会うと言って聞かなかったのだが、上手く誤魔化した所だ。今は学院にいる」


 ありゃ、そうだったのかぁ。ユフィの弟には私は嫌われてるらしい。


「姉上は王家の都合の良い人形ではないのだと憤慨していてね……」

「いや、その、本当に申し訳ない……」

「貴方様が何かした訳ではございませんので。いえ、普段の噂に関しては擁護出来ませんが」

「いずれ顔を合わせてご理解を深めたい所ですね。今の学院を思えば、さぞ息が詰まる事でしょう」

「今、学院の空気は最悪だそうですからね。誰も彼もピリピリしているそうよ」


 ネルシェル夫人が困ったように溜息を吐きながら言う。気の毒には思うけれど、私には関係のない話だ。私も結局学院には行ってないしね! 行ったら絶対問題を起こすって父上が猛反対していたらしい。私もそう思う。

 この後は、私のマゼンタ公爵夫妻への挨拶は恙なく終わり、ユフィを連れて王城へと戻る事になったのでした。

 弟のカインドくん、という不安要素はあれども、今後もユフィの実家とは仲良くしていきたいものである。



 * * *



「ふふ、ユフィの一件で全然研究してなかった気がするわ!」


 ユフィを連れて来て、彼女の案内をイリアに頼んだ後、私は工房に飛び込んだ。思えばユフィの一件から2日も研究をしていなかったのである。達人も3日鍛錬を怠ればなんとやら。研究も3日やらねばどれだけ遅れたものかわからない!


「でもユフィが来てくれたから、実験の内容をどうするか考えないとなぁ。出来る事の幅が広がった訳だし」


 うーん、と唸りながらメモ帳を取り出す。そこにはふと思い出した前世の記憶のイメージや、ふとした時に思い付いたアイディアを書き留める為のものだ。

 私はこの世界では本来、異分子だ。前世の記憶を取り戻してから、思考や考え方、意識が前世に寄っている自覚はあるけれど、この感覚も目覚めた時のようにいつ消えてしまってもおかしくない。

 そうなった時の為に、こうしたメモは細かく用意している。自分が生きていた証を残す為、なんて言えないけれど、残せるものはあった方が良いと思ったから。


「うーん、少なくとも派手な実験は控えたいわね。今は極力、外に出たくないし。となると、素材の消費が激しい実験は後回しにして……そうね、ユフィの意見も聞きたいし、まずはお互いの認識の共通から始めて……」


 一人で考え事をしていると、どうしても独り言が増えてしまう。思考をぐるぐる回していると、工房のドアがノックされた。外から聞こえてきたのはイリアの声だ。となればユフィも一緒かな?


「どうぞー?」

「失礼します」


 許可を出せばイリアが一声をかけて工房の中へと入ってくる。その後ろにはユフィも一緒だ。着替えたのか、動きやすそうな軽装だった。ユフィは興味深げに私の工房へと視線を彷徨わせている。

 そんなユフィを歓迎するように私は両手を広げる。これでユフィは私の共犯者……げふん、協力者となった。思わず頬が緩む。


「ようこそ、ユフィ。私の城へ。歓迎するよ」

「ここが工房ですか? アニス様」

「そう。試作品とかいっぱい転がってるからうっかり触ったりしないでね?」


 私が注意すれば、ユフィがおっかなびっくりで進み出した。まぁ、本当に危険なものは隔離倉庫に入れてるから問題はないと思うけど。たまに徹夜の思いつきとか、悪ノリで作ったものが洒落にならなかったとかあるんだよね。

 いつもはイリアと二人で向かい合っていた机にもユフィの席が追加される。ユフィが席について、イリアがお茶の準備を始める。ユフィリアがいる事以外はいつもの工房の風景だった。


「改めて今日からよろしくね、ユフィ」

「はい。私もアニス様のように民の為の発明の一助となれればと思います」

「あー、そんな真面目に堅苦しくしなくても良いよ? 出来れば良いなぁ、ぐらいの気持ちで。勿論、成果を出す事に越した事はないけど、失敗の数の方が多いから」

「そう、なのですか?」

「成功に比べたら失敗なんて星の数だよ。出来て当たり前の事なんてないんだなぁ、って思うよ。いつだって世界は探求しなければ底が見えない」

「なるほど。そういう心構えでいろと」

「そうそう。じゃないと成果が出せなくて苛々したり焦ったりするからね。何も誰かに強制されてる訳じゃないんだから、肩の力を抜いて取り組んで欲しいかな?」


 探究の道は1日してならず、更に言えば果てもない。生涯取り組める壮大なロマンを追い求めるのが魔学道! なーんて格好つけてみたけれど、作りたいものが尽きないってだけだ。その中で人様に役に立つものが生まれたらそれで良い位の気持ちで。

 ユフィは感心したように頷いてくれた。素直で良い子だなぁ。まぁ、お役目から解放されたからなのかもしれない。ユフィは次期王妃としてあるべく、感情を殺し続けてきたみたいで、情緒がどこか幼いままに感じる。

 今まで気を張った分、少なくともこの1年は彼女にとって楽しい日々になって欲しい。作ってウキウキ! 楽しい魔道具製作! そんなノリになって貰えれば私としては万々歳だ。


「今日は何かお祝いしようか」

「お祝い、ですか?」

「ユフィに。婚約破棄されたのにお祝いっていうのもなんだけど、慰労会というか、歓迎会というか。うん、とにかくユフィを労おう! ねぇ、イリア!」

「それは大変素晴らしい案でございます」

「……そんなにして貰って宜しいのですか?」


 どこか照れたような、困ったように眉を寄せるユフィ。それに私は机に身を乗り出すように手をついて、ユフィの鼻先に指を突きつける。


「私がしたいからそうしてるだけ! ユフィは嫌?」

「……いえ、嫌ではありません。ただ、その、戸惑ってしまって」

「これから慣れていけばいいよ。焦る必要なんてないんだからさ」


 改めて私はユフィに手を差し出す。差し出された手にきょとん、と瞬きをしていたユフィは少し迷ってから私の手を握ってくれた。

 軽く振るようにしながら私はユフィの手をしっかりと取る。これから彼女を引き連れて引っ張り回すのだと。そう思えば少し楽しみだ。そんな思いから私の頬はずっと緩んだままだった。



   

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