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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第5章 転生王女と“ハジマリ”の魔法
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第60話:革命の序曲

 マゼンタ公爵家での滞在が終わりの日を迎える。まだユフィが養子となることの公式発表に時間はかかるけれど、その準備の為に私達も離宮に戻って備えをしなければならない。

 事実上、これがユフィがマゼンタ公爵家に“娘”として訪れる最後の日となる。迎えの馬車にはレイニが同乗していて、笑顔で迎えてくれた。

 そんな私とレイニが見守る中で、ユフィが別れを惜しむように家族と向き合っていた。グランツ公はいつもの無表情で、ネルシェル夫人は穏やかな微笑を浮かべたままだ。

 そしてカインドくん。あれから結局、一度も言葉を交わす事はなかった。そんな彼の表情は凪いだように静かだ。


「……顔を合わせる事はあれども、親子という関係でいられるのも僅かだ。しかと励めよ、ユフィ」

「はい。お父様もどうかお元気で。すぐ貴方の下まで駆け上がって見せますから」

「ふっ……」


 ユフィとグランツ公の別れは清々しいまでにあっさりとしていた。父と娘ではなく、次期女王と公爵としてこれからは向き合っていく。

 2人にとってそれは新しい関係で、望ましいものなのかもしれない。互いに浮かぶ笑顔がそれを物語っているようだった。


「……ユフィ」

「お母様」


 静かに進み出たネルシェル夫人がユフィを抱き締める。額に、そして頬にキスをしてそっとユフィを解放する。

 言葉はなかった。2人は滞在の間、2人だけで幾度となく言葉を交わしていた事を私は知っている。だからもう言葉がいらない程に語り合った後なんだと思う。

 そして……。


「……カインド」


 ユフィがカインドくんと向き直る。カインドくんも落ち着いた様子でユフィへ視線を返す。

 互いに何も言葉はなく、無表情のままだ。そんな緊張する場面を見ていたレイニが唾を飲み込む音が聞こえた。私も自然と拳を握ってしまう。


「……姉上、私は父上の後を継ぎます」

「えぇ」

「すぐではありません。いつになるかわからないです。それでも、いつか胸を張って伝えにいきます。だから……」


 それだけ言ってカインドくんは胸を張った。引き結んだ唇は僅かに震えて、視線は落ちそうになるのを必死に堪えているせいか睨むように釣り上がっている。不自然に途切れた言葉は先を続ける事なく、それでもユフィを見つめていた。

 カインドくんの言葉を受けてユフィが表情を崩す。微笑を浮かべて、そっとカインドくんの頬を撫でる。


「後は貴方次第よ」

「……はい、姉上」


 俯いてしまったカインドくんから離れて、ユフィが背を向けて私達に向かって歩いてくる。その背でカインドくんを支えたネルシェル夫人が頭を下げるのが見えた。

 堂々と歩いて来るユフィの背をマゼンタ公爵はただ見つめている。


「行きましょう、アニス様、レイニ」

「……えぇ」

「はい。行きましょう」


 私達は馬車に乗り込んで離宮へと向かった。

 窓からは私達の馬車が見えなくなるまでマゼンタ公爵家の3人が見送っているのが見えていた。

 ユフィは1度も振り返る事はなかった。



 * * *



 その日、パレッティア王国は転機を迎える。

 後の歴史ではこう語られる。古き時代が終わりを迎えた日であり、新たな時代の幕開けとなった日であると。



 * * *



 王城の謁見の間。そこにはパレッティア王国の政治を担う貴族達が集められていた。

 言わずとしれた陛下の右腕であるマゼンタ公爵や魔法省の重役達の姿もある。今日はオルファンスから重要な発表があると、その内容を鑑みて重鎮達にのみ情報を開示し、今後の方針を決めるという。

 緊張した様子の貴族達が多いが、その中でも顔色が芳しくないのは魔法省に務める重役達だ。彼等は今日という日を気が気でない様子で待ち構えていたのだから。

 彼等が予測している議題は1つ。それは精霊契約を王命で調査していたアニスフィア王女が精霊契約者との面会を果たしたという噂から連想したもの。精霊契約の調査結果の報告なのではないかと。

 実際、あれからアニスフィアは離宮に篭もったままで大きな動きを見せていない。元よりアニスフィアと関係が芳しくない魔法省の重役にとって彼女の動きはどうしても目が離せないのだ。


 各々の思惑を抱える中、オルファンス陛下の入場が知らされる。その傍にはシルフィーヌ王妃、そして一歩後ろについて歩くのはアニスフィア王女とユフィリア公爵令嬢。

 最早アニスフィアの隣にユフィリアがいるのも自然の光景となっていた。玉座にオルファンスとシルフィーヌが座り、その席の間にアニスフィアとユフィリアが控えるように位置を取る。


「我が臣下達よ、よくぞ集まってくれた。まずは楽にしてくれ。本日は余から重要な発表がある。いずれ国全体に公表していく事ではあるが、その為の前段階の為の公表と思ってくれ」


 緊張に息を呑む者が多い中、オルファンスはその場にいる面々を見渡すように視線を動かしてから続ける。


「先日、余がアニスフィアに精霊契約の解明を王命として命じた事は耳に新しいかと思う。その調査結果が出た為、このような場を設けた事を今一度伝えたい」


 やはり、と呟きが漏れる。ざわつきの生まれた場をオルファンスが静粛に、と諫める事で沈黙を取り戻す。


「詳細はアニスフィア、そして助手であるユフィリアに語って貰うが……その前に伝えなければならない事がある。心して聞いて欲しい。此度の精霊契約の調査の最中、ユフィリアが精霊契約を果たした」


 オルファンスの言葉にどよめきが広がり、場の視線がオルファンスの隣に控えるユフィリアへと集まる。

 精霊契約者はこの国において重要な意味を持つ。それ故の驚きであった。あの才女と名高いユフィリア嬢が、と。これは間違いなく吉報であった。視線が集まったユフィリアは畏まるように一礼をして見せている。


「静粛に! ……此度の調査で精霊契約の解明に大きな進展を得る事が出来た。この功績を成し遂げたアニスフィア、ユフィリアの働きは大きい。よって余は此度の報告を受け、大きな決意をした事を皆に伝えねばならん」


 誰もがオルファンスの言葉に耳を傾けるように静かになっていく。ユフィリアへと集まっていた視線が再びオルファンスへと戻る。

 自らに視線が戻ったのを確認し、オルファンスは1度咳払いをしてから続ける。


「精霊契約の詳細は後ほど、調査に携わったアニスフィアとユフィリアから説明がある。先に結論を言えば、アニスフィアには精霊契約を成し遂げる事が叶わなかった。以前よりアニスフィアの王への資質に疑問を抱く者は数多く、この精霊契約の調査もアニスフィアに王族としての資質を問う試練であったと言えるが……結果は芳しくなかった」


 オルファンスの言葉に合わせるようにアニスフィアが目を伏せる。しかし気落ちした様子などを見せる事はなく、静かに佇むのみである。


「しかし、アニスフィアの調査の結果があってこそユフィリアという新たな精霊契約者を国に迎え入れられた事は大変喜ばしい事だ。よって、余はユフィリアに褒美を取らせる事とした。……ユフィリアよ、前へ!」


 オルファンスに呼ばれ、ユフィリアが前へと進み出て恭しく一礼をする。

 1つ頷いてからオルファンスは貴族達を見渡すように視線を送ってから高らかに告げる。


「余はこの功績を大いに評価し、ユフィリアを養子として迎える事を皆に伝えたい」


 衝撃。まさにこの場の面々の反応を示すには、その一言が似合うであろう。

 王家に養子に迎える。それが意味する事を想像出来ない者はこの場にはいなかった。


「そ、それは……まさか!? 陛下、ユフィリア嬢に王位継承権を!?」

「無論だ。ユフィリアは元より次期王妃としての教育も受けてきた。そして今回の一件でその資質を示して見せた。王家に迎えるのには十分過ぎると言えよう。異論がある者はおるか?」

「異論ではございませんが、私から一言をお許し頂きたい。陛下」


 進み出たのはグランツ。どよめきが収まらぬ中、貴族達の視線を一身に集めながらグランツはオルファンスを真っ直ぐに見つめる。


「グランツか。良いぞ、申せ」

「此度の一件、ユフィリアの功績を高く評価して頂き光栄にございます。しかし、このままでは我が家と王家の関係に些か懸念を抱く者もいるでしょう。なので改めて宣言させて頂きます。養子となるからには、ユフィリアとは家の縁を絶つ事を宣言致します。これよりは王女と公爵、その立場で相対させて頂きます」


 グランツの宣言は再びどよめきを広げる結果に繋がる。それは王家にユフィリアが養子として迎えられれば、マゼンタ公爵家との縁は絶つと。そしてあくまで他人として接していくと明言したのだ。

 それは王家にマゼンタ公爵家を贔屓する意図はなく、マゼンタ公爵家も王権には関与しないと宣言をしたも同然であった。


「これまで私を導き、育ててくれた事を誉れに思います。……マゼンタ公爵閣下」


 父とは呼ばず、ユフィリアはグランツを公爵と呼んだ。そこに動揺の色は見られず、これは王家とマゼンタ公爵家の間で合意が取れていると見て取れた。

 じわじわと信じられないような出来事が現実なのだと貴族達は認識していく。そしてそれは次第にユフィリアへの期待を加速させていった。初代国王の偉業を体現した新たな王位継承者の登場が伝説の一幕のようにさえ思える程だった。


「グランツよ。そなたが生んだ娘は我が国の宝だ。その忠誠、今後も変わらず余に、そしてこの国の為に尽くして欲しい」

「はっ」

「そしてユフィリアよ。お前の名には新たな名を贈る。今後、己の名をユフィリア・フェズ・パレッティアと名乗るが良い。王家の一員として、この国に繁栄をもたらす事を期待している」

「はい、この身に与えられた栄誉に恥じぬ事を誓います。……義父上」


 新たな名を授けられたユフィリアは胸を張って、その名を受けとる。

 拍手の音が生まれ始め、それは次々と広がっていき大きくなっていく。

 祝福の拍手が響く中、ユフィリアの傍にアニスフィアが歩み寄る。


「おめでとう、ユフィ」

「はい。ありがとうございます、アニス様」

「もう様付けはいらないよ?」

「……はい、アニス」


 ユフィは綻ぶような笑みを浮かべて、新たな姉妹となった2人は手を取り合うのだった。



 * * *



 ふぅー、緊張する。やっぱり公式の場のお姫様の振るまいなんて肩が凝っちゃうよ。

 さて、ユフィリアの養子の件も発表して場は盛り上がっている。特に魔法省の重役達は心の底から大歓迎って感じだし。そんなに魔法が使えない私が王になるのが嫌なのだったのかと問い詰めてやりたい。いや、嫌だったんだろうなぁ。

 でも精霊契約を伝えたらこの喜びも無かった事になりそうなんだよね。そう思うと少し可哀想に思えてきた。それでも公表するのが私の仕事なんだから発表するけどさ。


「それではアニスよ。精霊契約の調査結果について報告をせよ」

「はい、父上」


 うわ、来た。深呼吸、深呼吸。これから起きる騒ぎを思えばここで気を張っておかないと。

 改めて進み出た私に向けられる視線には同情の色が見える。まぁ、そうだよねぇ。ユフィに王位継承権が下賜されたとなれば私が王になる芽は潰えたし。でも王にはなりたくないから万々歳なんだよね!


「それでは精霊契約についての調査結果を報告させて頂きます。今回、精霊契約の調査は魔学の観点からの解明を期待して行われました。その結果、数多くの事実を知る事となりました」


 それから私が説明したのは、精霊契約者と契約する大精霊の正体。そしてその関係性と発生の経緯などを淡々と語る。人は己の魂に精霊を持つ事。その内なる魂の共鳴によって周囲の精霊に働きかける事で魔法を行使する。

 精霊契約とは、半身とも言える内なる精霊の魂と人としての魂を交換し、精霊化する事で成し遂げる偉業である事を告げていく。


「これが精霊契約の真実でございます」


 そこで私は貴族達の反応を窺った。……沈黙、驚愕、呆然。そんな反応が似合う反応ばかりだ。

 先程までユフィが王位継承権を得るとなった時のお祭り騒ぎはない。ただ困惑したような空気が広がっていく。


「そ、それでは……ユフィリア嬢……いえ、ユフィリア王女は精霊になったという事なのですか?」

「人の肉体を器としていますが、その魂は既に精霊と置き換えられています。ユフィの稀有な才能あってこそ精霊化の影響は少ないとの事ですが、それでも人格への影響を始めとした変化は避けられません。よって私は精霊契約を安易に望む事は危険だと訴えさせて頂きます。その危険性につきましては、改めて私の口からお伝えする事ではないと思うのですが……」

「それが本当に真実だと言うのですか!? 精霊契約とは精霊と契約を交わす神聖なる行いではないのですか!?」

「神聖と言えば神聖である事は否定しません。なにせ神に近い大精霊へと生まれ変わるのですから。なので、父上を通してこうした場を設けさせて頂いたのです。精霊契約を安易に望んではならない、その警告をする為に」

「大精霊が精霊契約者が肉体を失った慣れの果て……それもまた真実だと? では、では! 大精霊とは元は人であったと言うのですか!?」

「これは我が国の精霊契約者から証言を得たものでございます。信憑性は高いですし、何よりユフィが体感した事実も含みますので嘘偽りない事実とお伝えさせて頂きます」


 語気荒く問いかけていた貴族が消沈したように黙り込んでしまった。誰もが顔を見合わせ、お互いの顔色を窺っている。


「……何故、この事実を知りながらもユフィリアを王家に迎えた事に疑問を抱く者も多いだろう。だが、これはユフィリアの強い希望でもあった」


 父上が場の注目を集めるように声をかける。代わるようにユフィが前に進み出る。


「アニスの言う事は全て事実です。体現した私が証言しましょう。だからこそ、私はこれを機にこの国は変わらねばという思いに駆られたのです。この国は長き時を精霊を友として歩んできました。その存在に感謝し、授かる恩恵を誇りと共に受け継いできました。しかし、アニスの魔学という知見を得て考えを変えねばと思うようになったのです。


 精霊契約、それは確かにこの国を築いた偉業です。しかし、これは人を精霊へと変えてしまう。精霊が我等の祈りを受け止め、叶える偉大な存在なのだと言うのは間違いないのです。ですが、それは人の祈りと願いを受けた誰かが願いの受け皿となった献身故なのです。誰かが覚悟をしなければならない。例え、人である事を捨ててでも。それもまた1つの国の在り方でしょう。ですが……」


 ユフィが私の隣に立つ。そして私の手を取って繋いで見せる。


「アニスがまたもう1つの道を示してくれました。人である事を捨てず、精霊の在り方を知り、それを人の技術として形にする。それこそ魔学で得る事が出来た成果と言えましょう。精霊契約ほどの絶大な力は望めません。けれどあまねく民の全てに恩恵を与える事が出来る。精霊に頼らず、人が人のまま、人らしく生きて行く。それもまた国の在り方なのではないかと皆様に問いたいのです」


 精霊を信奉し、精霊から授かる魔法という恩恵で国を発展させる事も間違いじゃない。けれど精霊に近づけば近づく程、人である事から遠ざかっていくという事実を忘れてはいけない。

 魔学は精霊の生み出した資源を利用して貴族、平民問わずに広める事が出来る。そして人らしく歩む事が出来る道筋だとユフィは言う。でも、それは今まで培ってきた価値観や歴史を否定しかねない事も忘れてはいけない。


「どちらの国の在り方が正しいのか。それは各々答えが違うと思います。ですが私は声を大にして言いたいのです。精霊を崇める道も、魔学を究める道も決して相反するものではないのです。互いに手を取り合い、お互いの良い所を取り込み、未来へと歩んでいけると私は考えるのです」


 ユフィが繋いでいた手を引き寄せて、私の腰に手を回す。一気に近づいた距離に私の心臓が跳ねる。ちょ、ちょっと! こんなの打ち合わせだと言ってなかったでしょ!?

 抗議の視線をユフィに向けると悪戯に成功したみたいな目をした後、表情を引き締めて貴族達に視線を向け直すユフィが見えた。


「今、この国でアニスの価値を正しく計る事が出来る者は数少ないでしょう。故に、私は偉大なる歴史を受け継ぎたい。今、この国に生まれようとしている新しい風と手を取り合いたいのです。それがこの国を繁栄させる未来だと私は信じているのです」


 この場にいる貴族達に挑みかかるようにユフィは宣言した。

 精霊契約の真実は詳らかにされ、精霊契約者となったユフィが魔学を肯定した。この事実は大きい。

 魔学は精霊にとって忌避されるものではない。むしろ手を取り合って前に進む事が出来ると宣言されたのだ。その衝撃は真相を知った事と引けを取らぬ衝撃となって皆に受け止められているようだった。


「そして、アニスの言うように精霊には好む魔力があると。それこそが精霊の適性となる。この話を皆様、覚えていらっしゃるでしょうか? 精霊化した私にも当然、その好みの魔力はあります。その魔力の保持者は、私にとって魂の番と呼ぶに相応しいと胸を張って言えます。その魔力を持つ者、アニスフィア・ウィン・パレッティアこそ、私がこの世で唯一認める番だと私は皆様にお伝えいたします」


 それは大変綺麗な笑みを浮かべて、ユフィは私を片手で抱き寄せながら宣言するのであった。

 私は表情を崩さないようにするので精一杯だったよ! 後に“事実上の婚姻宣言”と呼ばれた一幕は終わりを迎えたのだった。


 それから後の事となると、それはもう凄い騒ぎだった。なにせ王位継承権を得てもまだユフィが王になると確定した訳じゃない。一応、継承権第1位なのは私のままな訳だし。

 精霊契約者の真実を知った今、本当に王位に精霊契約者を迎えるべきなのか。人が人らしく生きていくならば、それこそ私を王とするべきなのではないかという声も少なからず出始めた。

 受け継いできた伝統なのだからと言う声も勿論ある。今まで受け継いできた伝統や信仰をすぐさま変える事は難しい、と。しかし、その事実を都合良く解釈していた事を忘れてはならないと否定する者もいて一向に纏まる気配はない。

 紛糾する場を纏めたのは父上の一声だった。


「皆の思いはよくわかっておる。余とて頭を悩ませた事だ、これは結論を急ぐ話ではない。故に期間を置く事とする。その間にアニスフィアとユフィリアは己なりの方法で国を導く方策を考えよ! その結果を以てして、どちらを王として仰ぐかを国に問うのだ! 異論がある者は進み出よ!」


 父上の宣言に前に進み出る者はいない。流石にこの空気では誰も前に進み出ないよねぇ……。

 そう思っていたら、1人前に進み出る者がいて私達は目を丸くした。前に進み出たのはグランツ公だったからだ。


「グランツ?」

「何も異を唱えるつもりはございません。陛下のお心のままに従うべきと私も思っております。しかし、互いの方策を比べるにしても今の条件ではアニスフィア王女が不利だと考えます。なにせアニスフィア王女の革新的な発想を受け入れる下地はこの国にはまだないのですから。ですので進言させて頂きたい、アニスフィア王女に私の下でその采配を振って頂く許可を願いたい」

「何?」


 えっ!? 何それ、どういう事です!? グランツ公!?


「以前からアニスフィア王女の発明品を配備して欲しいと望む声が騎士団には多かったのです。アニスフィア王女の発明品が最も恩恵を実感しやすく、功績として残せるのは我が国を守る騎士団であると進言いたします。ですのでアニスフィア王女には魔道具の普及の為、我が下で采配を振る事がより良い選択なのではないかと思うのです。騎士団には平民の出の者も多いですからね」

「……マゼンタ公爵、貴方という人は……」


 ユフィの唇が一瞬、引き攣ったのが見えた。口から零れた声には怨嗟が混じっていたように思える。

 ……あれ? これ、グランツ公、完全に私を取り込みに来てるよね!? あれぇっ!?


「如何でしょうか、アニスフィア王女?」

「え、あ、いえ。その、とても光栄なのですが……」

「もしくはアニスフィア王女には他に魔学を広める伝手をお持ちで?」

「…………」


 ……無い。私に貴族の繋がりなんて薄いのを知ってるでしょ!? グランツ公!? いや、だから助け船なのはわかってるんですけどね!?


「ユフィリア王女は精霊契約を成し遂げた身、魔法に関しても優れた才覚をお持ちです。であれば魔法省でその腕を振るべきではないでしょうか? 得意分野が異なるのであれば、各々活躍する場が違うでしょう。魔法省も精霊契約の真実を知った上で方針を考え直さなければいけないかと愚考するのだが?」

「そ、それは……その通りだが……」

「ならば、それこそユフィリア王女が活躍すべき場を整えるのは魔法省のお歴々の仕事かと思うのですが?」


 魔法省の重役にグランツ公が問いかける。魔法省も大変だよね、まだ再編の途中だって言うのに突然精霊契約の真実が明らかにされたんだから。

 というか、えっ? もしかしてグランツ公、ユフィを魔法省に送り込むつもりだよね? これどう考えてもそうだよね!? その上で私を自分の陣営に囲い込もうとしてるよね!? 嘘でしょ!?


「……だからアニスフィアの後ろ盾に自分がなると言うのか? グランツよ」

「はい。アニスフィア王女の価値を正しく活かせる環境を整えられるのは、この国において私以外にいないと自負しております」

「……そうですね。互いに己の力をより良く活かせる場で振るうのは尤もな事です。以前からアニスフィアから伺っていた計画を実行するならグランツが監督するのが一番相応しいでしょう」

「飛行用魔道具による交通の発展、騎士団への魔道具の普及、更には各地の民に生活の助けとなる魔道具のお披露目。その監督役として騎士団の采配を統括するグランツならば相応しいな……」


 今まで黙っていた母上はこめかみに指を添えて呟く。父上に至っては現実逃避のように目を遠くに向けている。理には叶ってるとは思うんだけど……。

 ちら、と横にいるユフィを見る。その目は燃えさかるような激情に彩られていて、グランツ公を見据えている。笑みの形を描いてる唇は、時折思い出したかのように引き攣っている。

 グランツ公は宣言した通り、ユフィとは赤の他人として、あくまで王女と公爵という立場で振る舞うつもりなんだと思う。

 だから私を自分の陣営に引き込む事に躊躇いがない。更に酷いのはユフィを魔法省に送り込む流れを生み出した事だ。私にとっても最善手に思えるけど、あまりにも容赦が無さすぎる。


「何もお二人を引き離そうと意図した訳ではありません。暫くは王城で互いにそれぞれ采配を振る事になるでしょう。離宮をそのまま二人の住まいとする分には問題がないかと思われます。アニスフィア王女には城を出て采配を振って貰う事はあると思いますが……」

「……素晴らしい案だと思います。グランツ公」


 だから覚えておいてください。そんな副音声が聞こえてきそうなオーラを出しながらユフィは呟く。

 結局、私も反対意見を出す理由もなく、周りの貴族も賛成とは言えなくても反対する理由も出せず。とんとん拍子でグランツ公が私の監督役として任じられ、私はグランツ公の下で魔学の発明品の普及に勤しむ事が決まるのであった。

 ……どうしてこうなった!?


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