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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第5章 転生王女と“ハジマリ”の魔法
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第59話:アニスフィアの価値

「わかったか、カインド」


 私が思考停止していると、グランツ公がそうカインドくんに呼びかけた。

 カインドくんも思考が追いついてないのか、ただ呆然とした顔を浮かべている。グランツ公に声をかけられれば、ハッとして視線をグランツ公に向ける。けれど、すぐに唇を噛んで俯いてしまった。


「アニスフィア王女はただでさえ王族としての教育をまともに施されていないのだぞ? 下手に才を見せればアルガルド王子の優位性すら覆しかねないと理解して身を引いたのだ。そして周囲に魔学という研究に傾倒して見せた。王族らしかぬ振る舞いも自らの才を隠す為の隠れ蓑だ」

「……それは」

「更には自ら魔法を使えない原因を追及し、解決の見込みすら自ら見出した。これを幼少期の頃から行う精神性と才覚。更には平民にも使用が可能な魔法の代替え技術の発明。どれだけ異常な事かわかるか?」


 改めて褒められるとむず痒いのですが。……でも改めて並べられてみると自分でもちょっと引く。周りの目からそんなに恐れられていたのかと思うと、ちょっと周りの目を気にしろって自分に言いたくなる。私もユフィの事を言えないじゃん?

 それが目的だったとはいえ、自分が思ってるよりも効果があったんだと思ってしまう。これには苦笑いをしてしまいそうになる。


「それでもアニスフィア王女は曲がりなりにも王として立てるのだ。その才覚を恐ろしいとは思わないのか?」

「……」

「アニスフィア王女には王族としての品格が足りないと言うのは尤もな指摘だ。だがそれはパレッティア王国規準での王族の規準だ。もしも彼女が他国の、或いは国に比肩しうる勢力の長だったととして見ればどうだ? 精霊資源が豊富なパレッティア王国を手中に収めようと戦を仕掛けてきたら? 平民が貴族ほどとは言わずとも魔法を行使して来るのだぞ?」


 ……う、うん。それは確かに怖いよね。私はあくまで皆が便利になるようにって視点で魔道具を作ってきたけど、完全に武力として使う場合だったらもっと凶悪なものだって作れる。

 魔道具の利点は誰でも使えるという事と、資源さえあれば量産が可能という点だ。そして扱いも簡単。慣れさえすれば良い。軍に普及させてしまえばそれだけで底上げが出来てしまう。

 ミゲルも確か似たような事を言ってたっけなぁ。仮想敵として見れば私がどれだけ凶悪なのかがよくわかる。グランツ公は私を危険視していたって言うけれど、自分の事なんだけど納得してしまう。

 私だって魔学の危険性はわかってる。……いや、わかってたつもりかな。周りから見ればもっと危険視されてたのかもしれない。私は技術としての危険性に注目してたけど、それが普及した後の事までは考えが足りてなかったかもしれない。


「な、ならば何故、アニスフィア王女の立場はこんなにも低いのですか!?」

「それがアニスフィア王女の望みであり、我等の策謀だったからだ。アニスフィア王女の発明は素晴らしい。だが、それは王国の基盤そのものを揺るがしかねないのだ。魔法信仰を主として発展してきた我が国でアニスフィア王女の魔学を受け入れるには時間が必要だった。かといって他国への流出を許す訳にもいかん」


 そこまで言い切った後、グランツ公は凶悪な目付きを更に鋭くさせて告げる。


「それに何故? 何故だと? カインドよ、だから目が曇っていると指摘したのだ。周りの噂に流され、魔法が使えない、王族としての振るまいが足りない。それだけでお前は無意識にアニスフィア王女を格下として見ているのだ。だからこそアニスフィア王女の秘めた真実を見破れぬのだ」

「くっ……!」

「魔法を使える事こそが貴族の権威の象徴である。この国は長い間、その価値観を胸に栄えてきた。確かにアニスフィア王女は正しく異端だ。だが民が求めるのは権威ではない、実績だ。それを見誤るな。実績を積み立てるからこそ、その実績に民は権威を見出すのだ。今のお前が、一体アニスフィア王女に何を勝ち誇れるというのだ?」


 厳しい叱責にカインドくんが項垂れてしまった。いや、グランツ公容赦ないですね……。

 なんとなく居たたまれない気持ちになっていると、グランツ公が私に視線を向けて来た。そして目を閉じたかと思えば、深々と頭を下げた。えぇっ!? ちょっと!?


「ぐ、グランツ公! 頭を上げてください!」

「いえ。これは私のけじめです。私は幼少の貴方を恐れ、その牙が国に向かう事を危ぶみました。密かに手を回し、貴方を孤立させる助けをしたのは間違いなく事実なのです。そして今、この国は貴方を求めているとなれば掌を返すのです。この不義は正さねばなりません」

「でも、それは国を思えばの事ですよね? 私は国が荒れる事を望みませんでした。私自身、栄誉も地位も求めていません。ですから、そんな改まって言われても……」

「……アニス様」


 あわあわとしていると、ユフィが低い唸るような声で私を呼んだ。思わずびくっと震えてしまった。

 恐る恐るユフィを見てみると、恐ろしいまでの形相でグランツ公を睨んでいるユフィがいて悲鳴を上げそうになった。


「……アニス様はもっと怒っても良いんですよ」

「え、いや、怒るって言われても……」


 そんな事言われても困る。いや、本当に困るんだけど!? ユフィの方が怒ってるじゃん!? なんで私よりユフィが怒ってるのさ!?

 慌てたままの私の様子を見て、ユフィは眉間を揉みほぐしながら深々と溜息を吐いた。な、なによぅ。


「だから優しすぎると言ってるのです。お父様は……この人は、貴方の不自由を良しとした人なのですよ? 国の為というのはわかります。わかっても、そんな簡単に納得しないでください。この人は明確に貴方の敵だったんです」

「て、敵って大袈裟な……」

「……いや、ユフィの言う通りだ。私の忠誠はオルファンス陛下に捧げたもの。決して貴方に捧げたものではない。その点で言えば、貴方は味方とも、敵とも言い切れない扱いがたい存在であった。故に離宮に引き籠もって頂いた事は、正直胸を撫で下ろす思いだった。そう思っていた男だ。決して貴方の味方ではない」

「政治ってそういうものでしょう? そんな怒る程の事です……? いや、私も望んでた所ありますし、むしろ怒るというか怖くてそれどころじゃないんですけど……」


 つまり幼少の頃からグランツ公は本気で私を政敵扱いしてたって事でしょ!? その事実の方が怖くてもう怒るどころの話じゃないよ! もう止めてください! って白旗の全面降伏だよ!?


「それにグランツ公と争う理由がないし……」

「貴方の不自由を喜んだのに?」

「だからそこに不満はないって。それに王族ってそういうものでしょ……?」

「……まったく貴方には驚かされる。心の底から貴方を育てた陛下と王妃に感服する所だ」


 ユフィはどこか納得していない様子で眉を寄せてしまっている。い、いいじゃん。私が良いって言ってるんだから。怒らないでよ、私がどうしていいかわからないよ……。


「……どうだ、カインド」

「……父上」

「言葉を交わしてみなければわからない事もある。敵であるからと敵意を向けるだけで良い訳ではない。相手を良く見て、得るものを得なければならない。それが政治の世界では必要な事だ」


 グランツ公の言葉に力なくカインドくんが項垂れてしまう。う、うぅ、ちょっと見てられないよ。ただでさえマゼンタ家コミュニケーションは私の心臓に悪いのに!


「でも、これでカインドくんがユフィと仲違いする理由もなくなったんじゃない? 養子になったらお姉さんじゃなくなっちゃうけど、今後は王と臣下という関係で活躍すれば良いじゃない。元々そう育てられたなら収まる鞘に収まったんだよ。それは悪い事じゃないと思うんだけど……」


 だから、そんな落ち込むばかりじゃないんだよ? って言いたくてカインドくんに言ってみるんだけど、カインドくんは私を胡乱げな目で見るだけで何も言わない。

 うう、と、年頃の男の子の扱いなんてわかんないよぉ! どうしろって言うのさ!?


「……私は、貴方を見下していたんですよ?」

「え? あぁ、うん。でも仕方ないんじゃないかな? お国柄、魔法を使えないってのはよっぽどの恥でしょ?」

「それどころか、王族の面汚しと思っていました」

「いや、実際面汚しだったのは事実だし……」

「それを貴方は、わかって振る舞っていたのでしょう? そこに様々な考えを巡らせ、そうする事で印象を操作していた」

「……まぁ、うん。そうだけど」


 私が答えるとカインドくんは力なく首を左右に振った。そして深々と溜息を吐いて頭を抱える。


「……上辺しか見てないと言うご指摘はご尤もでした、父上。不甲斐ない息子で申し訳ありません」

「うむ。残された時間は短いが、よく学び、精進せよ。これから時代は大きく変わる。その時代の変化に取り残される事がないよう励め。でなくば恥をかくだけだ」

「……胸に刻みます」


 カインドくんは神妙な顔つきでグランツ公に頷いた後、改めて私に視線を向けて頭を下げた。


「我が身の不明を恥じます。申し訳ありませんでした、アニスフィア王女」

「……わかった。その謝罪を受けとるよ。恥じる気持ちがあるなら、今後は公爵家の後継者として頑張って欲しい。私が君に望むのはそれだけだ」

「……はい」


 頭を上げず、噛みしめるようにカインドくんが呟く。今日は思わぬ人達から頭を下げられるなぁ、なんというか複雑だ。

 別に謝って欲しいなんて思ってない。私は望んで魔学を広める事をしなかったんだし。それを利用して国を纏めて貰えるなら私にもいる価値があったというものだしね。


「では、これで一件落着ね」


 ぱん、と手を叩いてネルシェル夫人が空気を入れ換えるように言った。


「今日はこんな話もあった事ですし、もう休みましょう。アニスフィア王女は旅先から帰ったばかりですからね」

「お心遣いありがとうございます。それで、私はどちらの部屋で休めば……」

「あら? ユフィの部屋でいいでしょう?」

「…………」

「ね?」


 ね? じゃないですよ! 思わず抗議しようとしたらユフィから圧力をかけられて黙らされた。う、うぅ……! マゼンタ公爵家怖いよぅ……!

 解散を告げられた後、私はユフィに捕まってユフィの部屋へと連行されるのであった。何故か気分はドナドナだった。売られていくよー……。

 どうしてこうなった!



 * * *



 ユフィの部屋に連行された後、私はユフィに抱き枕にされ続けていた。素早くメイドさん達が着替えを終わらせてくれた後、ユフィによってベッドに放り込まれて今に至る。

 ユフィは何も言わずに私を抱き締めて顔を埋めている。そのせいで表情を見る事が出来ない。ただ明らかに不機嫌だという事がわかるオーラを撒き散らしていて、私は困り果ててしまった。

 ユフィがここまで不満を露わにするなんて見た事がなかったからなぁ。これも精霊化の影響なのかな、と思いながら頭を撫でる。


「……アニス様は、何故怒らないのですか」

「またその話?」


 ようやくユフィが呟いた言葉に私は苦笑してしまった。ユフィの不満はグランツ公の私に対してやった事への不満らしい。もっと正確に言えば、それを明かされて私が何も不満を口にしなかった事に腹を立てているんだろうけど。

 けど、どんなに言われたってグランツ公に怒りは覚えないんだよね。怖いとは思うけど。だってグランツ公の目的と私の目的は競合するものじゃない。ただ掌の上で転がされていたような事実に悪寒を覚えるだけでグランツ公に思う所はない。


「……私がアニス様の立場だったら貴方は怒ったでしょう?」

「うぅっ……」


 ……それは否定出来ないかもしれない。けど、怒れないものは怒れないんだから勘弁して欲しい。


「……わかってます。貴方がそんな御方だという事はわかってます。けれど不安なのです。そうやって譲ってばかりで心配になるのです」

「……どうなのかな。それで皆が幸せで、争わずに済むなら私も幸せって思うのは甘い?」

「甘いです」

「ばっさり切り捨てるね!?」

「まず貴方が幸せにならないと、ダメなんです」


 ユフィの手が私の手を握る。指を絡めるように握られた手に心臓が強く跳ねる。

 ようやく顔を上げたユフィの顔は憂いに満ちていた。不安げに瞳を揺らしながら訴えるように私を見ている。


「本当に自分も幸せだと思ってるんですか? 貴方は自分の幸せすらも切り分けて他人に与えてしまいそうで……それが貴方の美徳だとは知っています。ですが、今日のお父様を見て考えを改めました。それを利用する者もいるのだ、と」

「いや、いるのは仕方ないと思うよ? むしろ上手く使ってくれたと感心する所だし、それは父上だってそうしてた筈だから……」

「それが今日の貴方の涙に繋がったのですよ?」

「…………えへっ」

「誤魔化さないでください」


 はい、ごめんなさい。思いっきり不幸でした。自分で招いた事の自覚もあったけど、それでも辛くないって言えば嘘です!

 だから抱き締める腕の力を強めるのは勘弁して、ユフィ! 絞まる! 絞まるから! 出る! 出ちゃう! 何か出ちゃいけないものが出る!


「きゅ、急にはそう簡単に変われないよ!」

「変わるつもりもないんじゃないんですか……?」

「いや、私だって人並みには幸せになりたいし……」

「その人並みというのは、一体どんな幸せなんですか? 本気で心の底から叶えたい願いなんですか?」


 ユフィに問いかけられて、私は私自身の幸せについて考えて見る。

 私が望む幸せ。それについて思えば、答えはあまりにも簡単だった。


「もう叶ってるんだ。認めてくれる人がいて、魔法が使えて。私の魔法で救えた誰かがいる。笑顔を守れた。国だってもっと良くなる、新しい時代を作る手助けになる。それだけで私は十分すぎる程、幸せだよ」


 だから不満なんてないよ、って言おうとしたら私を抱き締めていたユフィの体が離れる。するとユフィは私に馬乗りになって、私の両手はユフィにベッドに押さえつけられる。見下ろす格好になったユフィの目は据わっていた。

 えっ、なんで、そんなご不満そうな顔をしてるの、ユフィ……?


「貴方がそう言うなら良いです。だから、これは私の勝手な我が儘です」

「えっ、あの」

「溺れるぐらい幸せにします。手放したくないって言いたくなる程に。貴方が望んでない幸せも押し付けてあげますから……覚悟してくださいね?」


 うっすらと笑みを浮かべてユフィが囁く。ぞわぞわと背筋に悪寒が走るも、両手を押さえつけられて逃げ場がない。思わず愛想笑いを浮かべてしまう。

 私だって幸せにはなりたいよ。好きで不幸になりたい訳じゃないからね? でも私の幸せは皆が笑顔でいる事だ。その為なら少し私が苦しくても、不幸でもきっと気にならなくなっちゃう。

 でも、私が幸せじゃないとダメって言われるなら。こんな私を幸せにしてくれるって言ってくれるなら。


「覚悟したから……離さないでいてくれる?」


 もうきっとどうしようもない位、私は貴方に溺れてる。

 息を止めるなら、このまま幸せに溺れたまま死にたい。ユフィになら殺されたって良い。

 口にはしない。けど、それだけ求めてるし許してる。心の中で願うだけだから、どうか許して欲しい。

 私はきっと今、心の底から笑えてる。だから幸せだ。もう幸せなんだよ、ユフィ。


「……アニス様」


 するとユフィの眉が寄った。ま、まさか本心を気取られたかと身構える。


「……あんまり無防備だと、本気で骨の髄までしゃぶり尽くしますからね」

「ひぃっ」


 捕食者じみた笑みは本当に心臓に悪いからやめて欲しい! 心臓が馬鹿みたいに早鐘を打ってる。いやいや、追い詰められて喜んでる訳じゃないし! ち、違うし!

 でも逃げられないし、逃げたくない。あぁ、やっぱり溺れてしまってる。……あぁ、もうよくわかんないっ!


「ね、寝よう! ユフィ! ほら、疲れてるんだから! ね!」

「……そうですね」


 追求の魔の手からは逃げられそう! このままユフィを寝かしつけてしまおう、そうすれば安心! 両手を解放して貰って、改めて私を抱き枕にするユフィ。そんなユフィの背中をぽんぽんと叩く。

 嬉しいのは本心なんだ。幸せになって、って言われるのは本当に嬉しくて、でも上手に幸せにはなれないかもしれない。だから少し寄りかからせて欲しいな。



 * * *



 マゼンタ公爵家での宿泊1日目が終わった。そういえばいつまで宿泊する事になるんだろう? でもユフィの養子入りの準備もあるし、それまではこっちで休んでも良いんだろうか。でも離宮に戻ったレイニ、留守番をしてもらったイリアも気になる。

 いっそお休みとして2人にも休んで貰おうか。自分達だけ休むのもあれだし。後でグランツ公とネルシェル夫人に相談しておこう、と心の中にメモを書き留めておく。


 さて、マゼンタ公爵家の屋敷は大きい立派な屋敷だ。それに歴史も感じさせるので見て回るだけでも飽きない。

 今、私はユフィとは別行動だったりする。ネルシェル夫人に呼ばれてしまったからだ。グランツ公は公務もあるし、そうなると私は置いてけぼりにされてしまった訳で。どうにも暇を持て余してしまう。

 自由に屋敷を見て良いとの事だったのでマゼンタ公爵家の敷地内を散歩する事にした。それで敷地内を巡ってたんだけど。


「……あ」

「あっ」


 カインドくんと遭遇した。明らかに覇気がない様子のカインドくんは1人思い悩むように敷地の隅にいた。ちょっと気まずい。

 けど見つけちゃった以上は、なんというか……無視出来ない。


「えーっと……元気?」

「……えぇ、アニスフィア王女が気にかける事でもありません」


 力なく首を左右に振るカインドくんは私への反抗心はさっぱり消えてしまっているようだ。むしろ恐れ多い、というような態度で私を遠ざけようとしてる。

 ……なんかなぁ。なんだかなぁ。それが嫌でも重なるんだよね。アルくんと。アルくんが私と仲違いした時の事を思い出してしまう。今のカインドくんはあの時のアルくんとそっくりだ。

 あの時、私はどうする事が正しかったんだろう。離れていこうとするアルくんを自分からも突き放した。それがアルくんの為になると思った。だけどアルくんは道を踏み外してしまった。

 本当は一緒の道を歩いて行きたかった。なのに、もうアルくんは手の届かない所に行ってしまった。そう思えばカインドくんを無視出来なくて、焦燥感にも似た衝動に突き動かされる。


「大丈夫じゃない!」

「……はい?」

「今のカインドくんはどう見ても大丈夫じゃないよ。だから話してみてよ。周りの目があると話せない事もあるでしょ?」


 カインドくんは目を丸くして私を見ている。けれど、すぐに気まずそうに目を逸らしてしまう。


「目を背けないでよ。昨日、マゼンタ公が言ってたでしょ? 相手が敵であっても得るものがあるって。私は君の敵じゃないし、君が落ち込んでるのだって……見ててスッキリしないから話を聞きたいってだけなんだよ」

「……貴方と話してると自分の惨めさを突きつけられるから嫌なんです」


 尖った声でカインドくんは返してくる。……うん、それぐらいで良いんだよ。


「それ、私が悪いの? 悪いのかもね。誤解させたのは私だ。誤解させるように振る舞ってた。そう言われたら否定出来ない」

「だったら……放っておいてください」

「私は、それで弟を突き放したんだよ」


 カインドくんの視線がまた私に向けられる。驚きに見開いた目は私をしっかり見ている。

 ……あの時も、アルくんの為なんて考えないで。気持ちを口にしていたら、何かが変わったのかな。


「後悔してる。心の底から一生悔やむ程に後悔してる。今のカインドくんはアルくんにそっくりだ。自分が惨めで、周りから見下されてるように思ってるみたいな態度も。胸を張れなくて、自分を認められなくて腐ってる所とかも」

「……だから、何だって言うんですか」

「話したい事があるのは君なんじゃないの? でも1人で思い込むと意外と見えない事も多いもの。話を聞いてあげたいって思うのは迷惑?」

「……迷惑ですが」

「そっか。じゃあ知らないよ、君の迷惑なんて。君の気持ちなんて気付かれた時点で隠せてないんだから」


 肩を竦めて言い切る。私も言えた事じゃないけど、自分で抱えた事を自分だけで解決出来なければ結局誰かに迷惑をかけるんだ。

 頼りたくない、って気持ちはわかる。でも頼らないと駄目なんだ。それが私でなくても良い。でも、今のカインドくんが1人でいる事が正しいとはちょっと思えない。


「私じゃなくても良い。ちゃんと話を聞いてくれる人に相談した方が良いよ」

「……私は、アルガルド王子じゃない」

「そうだよ。君はアルくんじゃない。……だから、やり直せるよ。アルくんと違ってね」


 私に心を開いてくれないなら仕方ない。お節介も過ぎれば意味もない。ここが限界かな。

 踵を返してこの場を離れようとする。そんな私の背に、カインドくんの小さな声が聞こえた。


「……私にとってアルガルド王子は裏切り者です」


 思わず、足を止める。


「王族でありながら姉上を蔑ろにした許しがたき裏切り者です。理解が出来なかった。だから姉上を囲った貴方も、何か打算があって姉上を手元に置いたのだと、そう思っていた」

「……そっか」

「……ですが、私も裏切り者になったのかもしれません。貴方は本当は有能で、姉上の味方だったのでしょう。それを信じ切れず、真実を見極めずに無様を晒した私は……アルガルド王子と何の違いがあるんでしょうか」

「あるよ。いっぱいあるよ」


 カインドくんに背を向けたまま、私は言葉を紡ぐ。


「君ほどアルくんは甘えてない。甘えられなかった。アルくんは裏切り者だよ。でも、全部自分で決めて裏切ったんだ。期待も、役割も、その全部を。その覚悟が君と同じだなんて、幾らアルくんの所業が悪だとしても私は怒るよ」

「……私が甘えてると?」

「君はユフィを信じてれば良かったんでしょ? アルくんには信じられるものなんてなかった。自分自身も、周りも。そんな風に追い込んだのは私だ。だからアルくんは誰も頼らない、弱音も吐けない。そんな人になっちゃったんだよ」


 父上や母上、周りにいた家臣ですらアルくんは信じてなかった筈だ。何も信じられなくて、ただ役割を与えられて、それだけを求められた王だった。

 アルくんには才能がなかったから。だから過ぎたる責任を背負わせないようにと思った父上達の心遣いだったのかもしれない。……でも、それが、それに気付いてしまった時の絶望がどれだけの傷になるのか考えてなかったんだと思う。


「だから手を振り払わないで。心を閉ざさないでよ。惨めでもいいから誰かに頼れば良い。貴族の誇りが邪魔するならそんなの捨ててしまえば良いよ。……だって、君にはまだ魔法があるじゃない」


 私にはなかった、私が心から羨んだ魔法を使えるんだから。ただ、その事実だけでこの国には幾らでもチャンスがある。


「味方だっている。グランツ公だって厳しいけど、きっと待ってくれる。ネルシェル夫人も魔法を研究していた程の才女でもある。意見だって聞ける筈だよ。君が顔を上げれば、ほら。君の未来はこんなにも明るいじゃない!」


 両手を広げて振り返る。どうか伝わって欲しいと、そう思いながら。

 カインドくんは私を見ていた。ただ、何も言わずにじっと私を。

 私もこれ以上、投げかける言葉はなかった。お互い、視線を合わせていたけどカインドくんが静かに頭を下げる。

 深々と、何も言わずに。そして彼はその場から立ち去っていった。……もう、その背に投げかける言葉はなかった。



 

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