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微睡みに懐古の夢を

幕間の更新となります。本編の更新はもう暫くお待ちください。

「……まったく、あの2人はどこに行ったのでしょうか?」


 王城を進む足音が嫌に響く。王が住まう城となれば1人で歩けば途方もない広さだ。それ故に呟きの声も、進む足音もよく響く。

 城の構造は賊が侵入する事も考えられて回り道の必要があったり、構造を把握してないと道に迷う事がある。

 ぶつぶつと文句を零しながら歩く侍女、イリアはそんな王城である2人の人物を探していた。


「姫様! 王子様! どこにいらっしゃるのですか!?」


 そう、それはこの国の王女と王子の2人。アニスフィア・ウィン・パレッティアとアルガルド・ボナ・パレッティアの2人である。

 イリア・コーラルはアニスフィアの専属の侍女であり、面倒を見なければならない立場である。最近では弟のアルガルドを連れ回して王城を騒がすあの問題児は雲隠れしてしまっている。


「まったく……! 仕事を増やしてくれて……!」


 苛々としながらイリアはぼやく。自然と床を踏みしめる足は早足で、足音は威圧感すら纏っている。

 先程、侍女の控え室でちょっとした騒ぎになっていたのだ。それはアニスフィアとアルガルドが洗濯で畳んでいたシーツを持ち逃げしたという話だった。

 何故持ち逃げしたのか。そもそも何故そんな事をしたのか。専属の侍女なのだからしっかり見張っていないと、と上司である侍女長にお小言まで貰い、イリアはちょっと不機嫌だった。


 イリアは自分の事をそこまで感情が豊かだとは思っていない。それでも最近、アニスフィアに対しては苛立ちを覚える事が増えていった。

 アニスフィアが何かをやらかせば専属侍女たる自分に叱責が来るのだ。まったくもって理不尽である。これもあの破天荒な姫に目をつけられた不幸の一環なのだと思うと溜息が出る。

 とにかく、今はあの2人を探し出さなければならない。一体どこに行ったのかと溜息が止まらない。


「あ、姉上、やっぱり止めようよ……」

「何言ってるのアルくん! 大丈夫だって!」

「で、でも……」


 その声が聞こえた時、イリアは目を釣り上げて進路を切り替えた。向かった先には階段がある。その上には、探し求めていた悪ガキ共が揃っていた。

 不安げにオロオロと周囲を見渡しているアルガルドと、何故か自分の体にシーツを縛り付けた珍妙な格好をしているアニスフィアを見つけ、怒声を張り上げようとした時だった。


「見てて、ほらいっくよーーーっ!」

「は?」


 アニスフィアがシーツを引き摺りながら助走の距離を取り、そのまま階段の上から勢い良くジャンプをしたのだ。階段下に姿を見せたイリアは突然の奇行に目を丸くして、一瞬動きを止めてしまう。

 ここの階段は大きく、子供が途中で足をひっかけようものなら大怪我だって考えられる。一体何を思ってそんな風に飛び出したのかはわからないが、イリアは慌てた様子でアニスフィアを受け止める為に走る。

 するとイリアが見る中、アニスフィアの動きに変化が見られる。勢い良く階段から飛び出したアニスフィア、その勢いでシーツが広がる。四肢に括り付けたシーツはまるで帆船の帆のように広がり、アニスフィアの体を減速させる。


「風よ吹けーーーっ!」


 すると、アニスフィアの背から勢い良く風が吹いた。イリアはその現象をよく覚えている。あの馬鹿王女、風の精霊石を使って壁にめり込んだ事を忘れたのか!? と。これはあの時の再現だった。

 落下して地面に叩き付けられる、と咄嗟に地を蹴って跳躍するイリア。すると、アニスフィアの体が持ち上がり――。


「あっ」

「ぼふっ」


 アニスフィアの腹にイリアの顔が埋もれた。空中でバランスを崩したイリアは咄嗟にアニスフィアを掴んでしまい、2人分の体重を想定していなかったのか、一時的な浮力を得ていたアニスフィアの体は重力に引かれていく。

 一部始終を見守っていたアルガルドは顔を真っ青にして目を覆ってしまった。そしてアルガルドが目を覆うのと同時に、痛々しい床に落下する音が響き渡った。


「――――ッ~~~ァッ……!? ……ッ……!? ッ……!!」

「いたたた、って、イリア!? 大丈夫!? 頭打った!?」


 イリアが下敷きになり、アニスフィアへの損害はなかった。しかし、下敷きになったイリアには堪ったものではない。まだ子供とは言えど、その体重を加えて受身も取れない状態で落下したのだ。

 背中と頭が涙が滲む程に痛い。思わずその場でのたうち回りたいが、アニスフィアが上に乗っかっている為に体を捩る事も難しい。そしてゆさゆさと揺らしてくるアニスフィアのせいで更に痛みが加速する。


「……ッ、この……!」


 あ、やばい。そう思ったアニスフィアは咄嗟に頭を抱えて丸くなった。イリアが勢い良くアニスフィアを引き剥がし、床に下ろす。怒り故なのか、イリアの握られた拳が小さく震える。

 そして目を覆い隠していたアルガルドが震え上がる程の拳骨の音が大きく響き渡った。



 * * *



「この……馬鹿者がぁッ!!」

「ごめんなさいッ! でも聞いてください、父上! 発想は良かったと思うんです! あれなら滑空が出来ると思うんです! ムササビアニスちゃんですよ!」

「そういう話をしているのでは! ないッ! アルガルドまで巻き込んでお前は何をしているのだぁッ!」


 オルファンスが眉を吊り上げて、怒声と共にアニスフィアの頭に拳骨を叩き込む。ぎゃぴぃ、と悲鳴を上げてアニスフィアが頭を抱えて涙目となる。

 アニスフィアがシーツを盗んだのは、例の空を飛ぶ為の実験だったと言う。風の精霊石で起こした風でシーツを持ち上げ、その力で自分を滑空させようとしたのだとか。

 まったくもって、どこからそんな発想が出てくるのか。げに恐ろしきは奇天烈と言われるアニスフィアの気質である。


「アルガルドもアルガルドだ! お前もアニスフィアを止めなくてどうする!?」

「うぇ……ご、ごめんなさい……」


 拳骨はされずにいたものの、アルガルドもオルファンスより強い叱責を受けていた。まだアニスフィアよりも2つ下のアルガルドは年齢に違わず幼く、小さく縮こまって震えてしまっている。

 未だにずきずきと痛む背中を庇いながらイリアは小さく溜息を吐く。毎度、こんな騒ぎを起こされては身が持たないと。


「ち、父上……! アルくんは私が連れ出したんです! 叱るなら私だけにしてください! あと私のムササビちゃんを見て欲しいです! あれならうまく行きます!」

「却下だ、馬鹿者が! もう良い! 部屋に戻っておれ!」

「えぇぇ~~っ! 今度こそ上手くいくと思ったのに! ケチケチ! 父上のケチ! 老け顔! 若白髪いっぱい!」

「なんじゃとこのじゃじゃ馬娘がぁぁッ!! 若白髪は誰のせいだと思っておるんじゃぁ!?」

「ぎゃぁああーーーっ!?」


 オルファンスが握り拳を両側からアニスフィアのこめかみに押し当て、勢い良く捻っていく。こめかみを力を込めて挟まれるように圧迫されたアニスフィアは悲鳴を上げて逃れようと藻掻き回る。

 暫くオルファンスによるこめかみへの圧迫を受けたアニスフィアは力尽きたように床に倒れ込み、ぴくぴくと震えている。恐る恐るといった様子でアルガルドが指でアニスフィアを突いているのがイリアには妙におかしかった。


「まったく油断も隙もない! ……イリアよ、体は無事か?」

「はい、問題ありません」

「なに、助かったぞ。こやつは城の中でも大人しく出来んのだな……」


 疲れたように溜息を吐き出してオルファンスは額を押さえた。

 アニスフィアは日々、騒動を起こしている。それは彼女が魔法を使えない事に起因している。

 王族や貴族であれば扱える魔法。それを一切扱う事が出来ないと告げられたアニスフィア。それからというもの、彼女は精霊石を扱って様々な騒動を引き起こしているのだ。


「この前の熱湯事件で懲りたと思ったのですが……」

「……あれも頭が痛い事件だったな」


 先日、アニスフィアは火の精霊石を持ちだして熱湯を生み出し、そこに飛び込んで全身火傷を負った。

 本人曰く、風呂に入りたかったと言っており、オルファンスは目眩に頭を抱えそうになったのだ。


「……いや、しかしあれで浴場の改装を決意出来たのは結果的に良かったのだが」


 別に風呂は精霊石を介さなくてもどうにでもなる。そして熱い湯船に浸かるという習慣をオルファンスが密かに気に入っている事をイリアは知っている。

 問題ばかり起こすアニスフィアではあるが、その奇抜な発想から生み出されたものは有用だと認めるものも多い。それ故、オルファンスも黙認している所があるのだが……。


「流石に怪我をするような真似を率先して行わせる訳にはいかんからな。暫くは謹慎を言い渡そうかの」

「かしこまりました」

「うむ。……気苦労は絶えぬと思うが、アニスを頼むぞ。イリアよ」


 肩をぽんと叩かれ、イリアは恐れ多く思いながらも深々と頭を下げる。

 そして唸りながら頭を抱えて蹲っているアニスフィアを脇に抱え、オルファンスの執務室を後にする。

 アルガルドも退室し、イリアの後を追うように小走りで追いかけてくる。


「姉上、大丈夫?」

「……へんじがない、ただのしかばねのようだ」

「しかばね?」

「お姉ちゃんは死んじゃったんだよ……」

「生きてるよね……?」

「ボケが通じてないよ、イリア!」

「……知りませんよ」


 やかましい、と言わんばかりにイリアは眉を寄せる。本当に騒がしくて、煩わしくて、手のかかる子供だと思う。

 イリアに抱えられながら珍妙な発言を繰り返すアニスフィアと、そんなアニスフィアに首を傾げ続けるアルガルド。肩を怒らせながらアニスフィアを抱えたまま進んで行くイリア。

 そんな珍妙な3人を見つめる感情は様々だ。またいつもの事か、と肩を竦めるもの。苦笑いを浮かべるもの、厳しい目を向けるもの。人によって向けるものは違う。



「……お父様、アレ……」

「……指を指さないように、目を逸らしておきなさい、ユフィ」

「……はい」


 周りから感じる視線は大変居心地が悪く、イリアは逃げるように歩く速度を速める事しか出来なかった。



 * * *



 ……イリアはそんな懐かしい夢を見た。

 うつら、うつらと船を漕いでいたイリアは微睡みから目覚めた。疲労が溜まっていたのか、椅子で寝るなどと無精をしてしまったようだった。


「……いえ、疲れというよりは時間を持て余しているだけですね、これは」


 今、離宮にはイリアを除いて誰もいない。主であるアニスフィアとユフィリア、そして侍女としてレイニも付いていけばここも大変静かだ。

 日々の習慣で掃除や洗濯が終わっても、住人がいなければ世話をする事もない。1人で時間を潰す趣味などイリアは持っていない。


「……何事もなければ良いのですが」


 最近、アニスフィアは落ち着きを見せるようになった。更にはユフィリアもレイニも付いているのだ。心配する事はない、と。


「帰って来た時の為の準備でもしましょうか」


 精霊契約者に会いに行ったアニスフィアがどのような成果を得て来るのか。最近は特に行き詰まりを感じていたようだったから、その努力が報われれば良いと思う。

 そこまで考えて、イリアははたと自分の思考を振り返る。……いつからか、自分もここまで絆されたものだな、と。


「……悪い気はしないですね」


 イリアは実家から駒としてしか扱われなかった。有力な貴族に取り入り、縁を結ぶ為だけの駒だ。そこに愛情などは欠片たりとも存在はしない。

 いや、道具という意味では愛されていたかもしれない。それも全ては無駄になったかもしれないが。わざわざ確認したいとも思わない。

 ここにいる事が自分にとっての全てで、価値なのだとイリアは思っている。最近はアニスフィアだけではなく、レイニという可愛い後輩も出来た。


「……レイニ、餓えてなければ良いのですが」


 何かと血を与えていた、あのどこか目が離せない後輩は大丈夫なのだろうか、と。恐れ多くてアニスフィアとユフィリアの血だって気軽に飲めないだろう、と。

 なら帰って来たら思う存分に血を飲ませてあげよう。その為に自分の体調も整えておかなければ、とイリアは椅子から立ち上がって背筋を伸ばす。

 レイニに血を与えすぎて貧血にでもなれば、レイニも気に病んでしまうだろう、と。それは自分の本意ではない。やるならば完璧に、心置きなく過ごして貰う為にイリアは努力を怠らない。

 伸ばした背筋を戻すように肩を回す。一通り、体を解し終わったイリアは自分が食べる軽食を作る為にキッチンへと向かうのだった。


「……いつからでしょうね。1人の食事が味気ないと思うようになったのは」



 * * *



「……おや、お目覚めでございますか?」

「……あぁ、もうこんな時間か。うたた寝をしていたようだ」

「そうでございましたか。……良い夢を見られましたか?」

「……さて、な。ただ、懐かしい夢だよ。本当に、とても懐かしい。そんな夢だ」




 

幕間を更新しながら別作品の投稿も始めました。

「王子は身代わり令嬢の死を見届ける」も良ければよろしくお願いします。

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