第46話:灰色の伯爵子息
2019/10/19:本編の一部、内容を変更。
父上と母上に相談した後日、ユフィがお誘いの文をミゲルに出してくれた。以前から接触を求められていたとの事で少しだけ驚いた。私の知らない所でユフィも動いてるんだなぁ、と。
そのミゲルからの返信は思ったよりも早く届いた。内容を読めば見目麗しき花々の誘いとあらば即日でもお訪ねしたいという文面で、思わず微妙な顔をしてしまった。ただ早く会えるに越した事はないと、次の日にお茶会を開く事にした。
指定した場所は離宮の庭の一角。イリアが用意してくれたお茶とレイニが作ってくれたお菓子で準備も万端。後はミゲルが来るのを待つばかりである。
「アニスフィア様。グラファイト侯爵子息様をお連れしました」
「ははは、イリア殿。ミゲルと呼んで頂いても宜しいのですよ?」
イリアに案内されてきたミゲルは人の良さそうな笑みを浮かべて軽やかに言う。イリアの表情はぴくりとも動かず、そのまま軽く目礼して一歩下がる。
ミゲルはそんなイリアの様子に気にした様子もなく、私と向き直る。私はミゲルに手を差し出して握手を求める。
「急なお招きに応じて頂き、感謝致します」
「いえいえ! こちらもユフィリア嬢とお約束がございましたので都合が良かったのです。あぁ、勿論アニスフィア王女との一時を楽しみにしていたのも本音でございますが!」
「まぁ、お上手ですね」
私が握手を終えて一歩下がれば、替わるようにユフィが前に出る。ユフィの手にはハンカチが握られていて、そのままミゲルに差し出す。ミゲルはユフィが差し出したハンカチを恭しく受けとり、そのまま懐へとしまう。
「確かに約束を果たして頂きました。またお会い出来て光栄です、ユフィリア様」
「えぇ、私もお会いしたく思っておりました。ミゲル殿」
互いに笑みを交わし合えば、そのまま席につく。イリアとレイニは少し距離を置いた所で控えて貰う。私の隣にはユフィ、対面にはミゲルが座る。
「いやぁ、ここのお茶菓子は素晴らしいですね!」
「私の自慢の従者達が手がけた一品ですので。堪能頂けたのであれば何よりです」
「このようなお茶菓子が用意出来る専属がいるというのも羨ましいですね!」
ミゲルが次々とお菓子を消費していく。よく食べれるものだな、と見つめてしまう。
そのままお茶で一息を吐いて、ミゲルはにこやかな笑みを浮かべたままこちらを見る。以前感じた掴めない雰囲気は健在と。……さて、どうしようかな。
この手の手合いとやり合うのは苦手なんだよな。それなら奇を衒うのは下策かな。ここからは自分らしく攻めていこう。
「……さてと。それじゃあここから素で行かせて貰うけど。正直、回りくどい話とかするつもりないから。貴族らしいお茶会のつもりで来て貰ってるなら申し訳ないけど」
「ほぅ? と、言うと?」
「私は君が仲良く出来る人物なのか知りたいんだよ。どうにも掴みづらい雰囲気だからね。信用していいのか、その見極めがしたい」
「随分と率直な物言いですね」
ミゲルの笑顔は変わらないままだ。ニコニコと、その目が私を興味深げに見ている気がする。私も応じるように笑みを浮かべて見せる。
「私もミゲルから率直な意見が欲しいな。君は私に賭けてくれるとしたら、どこまで賭けてくれる?」
「賭けですか?」
「そう。私にどれだけ未来を預けてくれる?」
「それは勿論。臣下としてアニスフィア王女の手となり、足となり……」
「グラファイト家の立場としてじゃなくて、ミゲルの心情を聞きたいんだよ」
ミゲルの言葉を遮るように私は言う。そこでミゲルが少しだけ表情を揺らした。主に変わったのは目だ。興味深げな瞳の色は深まったように見える。そんな目を見つめ返して私はミゲルの次の言葉を待つ。
「……本当に王族どころか貴族らしくないな、王女様は。いや、嫌いじゃないけどな? むしろ俺は好ましいけどな。貴族同士のお付き合いってのは肩が凝っちまうからな」
姿勢と態度を同時に崩してミゲルは笑う。その素の表情は悪戯小僧のような顔つきで、正直に言えばようやく好感を抱けそうな一面を見たように思えた。
私もそれに合わせてドレスの下で足を組ませる。目ざとく見つけたイリアが目を細めた気がするけれど、敢えて無視をして机に頬杖をつく。
「お、いいね。いやぁ、王女様とはずっと仲良くなれそうな気はしてたんだよねぇ、俺」
「よく言うよ。それもポーズじゃないの?」
「さて、それはどうかな?」
「まぁ、良いけど。それで、どうなの? 貴方個人としては私にどれだけ価値を見出してくれてるのかな?」
「まだ見定めてる途中かな? いや、価値で言うなら俺は王女に忠誠を捧げるのは悪くないと思ってるぜ? オルファンス陛下とはまた違った刺激的な施政を見せてくれそうだからな」
刺激的な施政ね。まぁ、前例にない事ばかり作って行きかねないという意味では刺激的だよね。魔学を広めるとなれば避けられない事ではあるし、それは私も否定はしない。
「それで? 王女様は俺に何を望んでるので?」
「味方になって欲しいけど、なれとは言わないよ。代わりに情報提供して欲しい」
「情報提供?」
「この通り、奇天烈王女様だからね。今まで疎かにしてたツケで誰が味方で、誰が敵になるのか。それを見定める情報がない」
「なるほど?」
「で、情報を持っていそうな貴方と繋がりを持ちたかった。それが私の望み」
「ふぅん?」
楽しげに相槌を打つミゲル。私は特に表情は変えないようにミゲルの目を見る。
さて、どう出るかな。素は少しは見せてくれたと思うけど、底は全然見えない。
「それで?」
「それで、とは?」
「俺に利益はあるのかい? 王女様」
「……じゃあ、何が欲しい?」
「王配の座とか言ったら頷けるのかい?」
背筋に悪寒が走って思わず頬が引き攣りそうになった。いや、明らかに冗談なんだろうけど反射的に拒絶反応が出てしまった。
すると隣に座っていたユフィから険悪な気配が漂ってきた。更に底冷えするような悪寒が走って、咳払いするように息を整える。私が息を整えているとミゲルがおかしそうに笑い声を零している。こんにゃろう。
「冗談だよ、流石に身の程は弁えてるよ」
「……笑えない冗談ね」
「これは申し訳ない。欲しいもの、ねぇ。それなら魔学について聞かせて欲しいな」
「魔学の事を?」
「あれは既存にない発想だ。一体何をどう捉えたらあんなものが生まれるのか。そして誰も目を向けて来なかった新たな定説を見出した。この国では受け入れるのには突飛すぎるのは認めるが、俺は否定はしないよ」
「……そこまで評価して貰えるのはありがたいけどね」
「評価もするさ。正直、王女様に王族という縛りがあって良かったと思う程にね」
ミゲルが目を細めて、その目の色に浮かべていた感情を切り替えた。感情の熱が篭もらない、ただ観察するような目だ。
「俺は怖いね。王女様がこの国からいなくなった時の事を想像すると」
「……それは何故?」
「パレッティア王国の基盤は精霊が大きく占めている。国の特色として精霊関係の資源が豊富だ。例えば王女様が他の国に渡って魔学を啓蒙すれば誰もが精霊資源に価値を見出すだろうな。そうなるとパレッティア王国を取らんとアンタの魔学が牙を剥いてたかもしれない。単独で“名付き”の魔物を討ち取るような王女様がこの国から出るとなれば、更に言えば魔学は貴族じゃなくても使える。恐ろしいものだよ」
「……私が他国と組んで、この国を滅ぼすと?」
「そんな未来だってあり得ない訳じゃないだろ? 実際、王女様の立場は低かった訳だ。今も魔法省あたりが王女様が王になるのを渋ってる状態だしな」
それはあり得ない未来の想像だ。そう思うけど傍目から見たらそう見えてしまうのも否定は出来ない。実際、アルくんが王になったらこの国を出る事も選択肢の1つとして考えていた訳で。
もし、私がこの国を憎んでいると思われていたら。そして魔学を使う為の資源が豊富なパレッティア王国に目をつければ。他国と組んで戦争を始めるのかもしれない。そう思われるのは……ちょっと否定出来ない。
もし何か1つでもズレていたら私が国賊となってもおかしくはなかった。客観的に見ればそう見られる事も私は否定しない。
「否定するのは簡単なんだがな。王女様ほどの行動力がある人間が国を捨てたらどうなるのかとか考えないのかね?」
「出て行けって言われたら出て行くのも考えるんだけどねぇ。流石にそれは無責任だからやらないよ」
「怖い怖い。本当、今の国王夫妻が親で良かったよ。陛下は保守的な所もあったが暗愚ではない。まぁ、慎重すぎたから魔法省の台頭を今まで許してた訳だけど」
「……グラファイト家はどういう立場なの?」
そこがずっと気になっていた。グラファイト家はいまいちどういう家なのかがわからない。私の問いかけにミゲルが面白そうに口元の笑みを深める。
「それ聞いちゃう? まぁ、中立だよ。どっちにも肩入れはしない。国益になる方を優先するさ。元々、魔法省の長官を務めてた時からそういうスタンスさ」
「でも、先々代の時に退いたのよね?」
「陛下が頭を下げたからって聞いたけど。当時の長官で中立の立場を貫いていた爺さまに頭を下げて、長官の座を退いて貰ったんだってよ。国の方針を纏める為、シャルトルーズ家をはじめとした魔法信仰に厚い貴族達の意思統一をする為にな」
つまり父上の要請があって、シャルトルーズ家を始めとした今の魔法省を組織している貴族達が力を持ち始めたという事? 元々、魔法省は中立を務めているグラファイト家が長官だった訳だし?
「陛下の傍には魔法使いとしてドがつく程の優秀なグランツ公、そしてシルフィーヌ王妃がいた。グラファイト家が一歩引いて譲った後は魔法省との歩調を合わせ、国の混乱を収め、外患に備えて治世を安定させた。それ自体は功績だが、安定を取る為に将来の不和の種を育てる土壌を作ってしまった、と」
「……だとしても、国が荒れたままでは意味がない」
「それはご尤も」
父上としても魔法信仰が根強い貴族達との歩調を合わせる為の苦肉の策だったんじゃないかな。当時、どれだけ国が荒れていたかは人伝に聞いた程度だけど。早く国を纏める為に多少強引な手を使った、と。
父上らしくて、父上らしくないと思った。あの人は争いには本当に向いてはいない。だから安定させる事は出来ても、魔法省の問題は根を深くしてしまった。良い悪いはあるけれど、その一面だけで王は語れない。
だからこそ次代の私が破天荒だったのも神の采配なのかもしれない、なんてね。
「グラファイト家が望むのは国家の安定と繁栄だ。その為なら誰にでもつく。王が愚かであれば王を討つのも視野に入れる程度には、な?」
「……成る程。その話を聞けて良かった。安心した」
「ん?」
「ミゲル。私と同盟を結ばない?」
「同盟?」
「同志という程に私達は心が寄ってる訳じゃない。私達が互いに優先するものは国の安定と繁栄。なら、私と同盟を組もう。私に利益があるなら同盟を継続してくれれば良い。私が国を傾けるなら容赦なく引きずり下ろせば良い」
私は首を指で叩きながらミゲルに言う。ミゲルは一瞬目を丸くしたものの、すぐに腹を抱えて笑ってしまった。
「ははははっ! 国の利益にならなかったら自分を引きずり下ろせか! いいね、いいよ王女様! アンタ、最高だ!」
「……そこまで?」
「それぐらい気性が激しい女の方が見ていて飽きないね。あー、おっかしい。でも本当に親子なんだなぁ、王女様も」
「ん?」
「オルファンス陛下も言ったらしいよ。国の安定の為に必要なら、この首を落とせって。その後、グランツ公とシルフィーヌ王妃に絞られまくったらしいけど」
「……あー、凄い目に浮かぶ」
グランツ公が圧力をかけて、母上が説教をして肩を縮こまらせている父上の想像が容易すぎた。でも、似ていると言われると少しだけ安心する。ちゃんと娘なんだと思って貰えるのは嬉しい。
私は腐っても王族で、この国で育ったんだ。この国が嫌いな訳でもないし、荒れれば良いとも思ってない。だから苦痛を呑み込んでも王になっても良いと思えたんだ。ならないに越した事はないけど、ね。
「で、同盟、同盟ね。立場は中立のままでいいと?」
「えぇ、味方になれとまでは言わないわ。利益が一致している間は手を結びましょう、ってだけの話」
「いいぜ。これは俺と王女様の個人的な盟約だ。グラファイト家は一応、陛下寄りだが立場としては中立ではある。俺が当主になってもその立場を変えるつもりもない。それでいいんだな?」
私は頷いて見せる。きっとジルトゥの爺さまと現グラファイト侯爵の忠誠は父上に捧げられたものだ。なんとなくそんな気がする。
だから私が得るのはミゲルの信頼と忠誠だ。それにそぐわない時は、彼は私の敵に回るかもしれない。でも構わない。それぐらいドライな関係な方が良い時もある。
「今日から俺はあんたの同盟相手だ。改めてよろしくな、アニスフィア王女?」
「こちらこそ、ミゲル。で、早速お願いしたい事があるんだけど」
「はいはい。その代わりなんか魔学の良い情報をくれよ」
「……それなら。レイニ!」
レイニを呼ぶと、少し離れた所で待機していたレイニが駆け足で近寄ってくる。
「お呼びですか? アニス様」
「マナ・ブレイドを1本持ってきて。それをミゲルに渡して」
「……良いので?」
「同盟相手だもの。大事にするわよ、だからその証よ」
マナ・ブレイドは私もセレスティアルを手に入れてから主な武装として使ってなかったしね。護身用の仕込み武器としては携帯する事はあるけど。
今後、ミゲルに何かあるかもしれない。私との同盟関係も察せられるかもしれないからね。だから何かあった時の護身用として渡しておく。これが私なりの誠意って事で。
「おぉ! 噂の魔道具か! 1本貰えるので?」
「えぇ、是非使って。但し、あまりおおっぴらに使うと私との関係を疑われるわよ」
「それは勿論! で、改めてお願い事ってのは、情報提供の事で?」
「えぇ。聞きたいのは私の味方をしてくれそうな貴族と、気をつけないといけない貴族について」
「ふむ……」
私の質問にミゲルは顎を撫でる。思案する事暫し、顎を撫でていた手を下ろして。
「まずはヴォルテール家。あそこはシャルトルーズの後釜に納まるつもりで支持を集めてるようだな。当主も魔法信仰のタカ派だ。息子であるラングは知ってるかと思うが、あまり王女への印象は良くないだろうな」
「あぁ、それは流石にわかるけど」
「で、ユフィリア嬢にお熱を上げていると。将来的には嫁に迎えたいそうだ」
「へし折るぞアイツ」
なにをとは言わないけど。本当に私の癇に障るなぁ、ラング……。
先程から黙って話を聞いていたユフィにちらりと視線を向けてみれば不愉快そうに眉が寄ってるし。
「後は貴族じゃないが、国内でも大手の商人の息子もなんだっけ? 今回の一件で良くない噂が流れて商会の経営が傾いたんだとさ。貴族と繋がりも強かった分、何か足を取られる事があるかもしれないな」
「……今更だけど、貴族でもないのに商人の息子が貴族学院に通ってたの?」
今まで疑問に思ってなかったけど、そういえばなんで商人の息子が貴族学院にいたんだろう? あそこはあくまで貴族の教育を行う所だと思ってたんだけど。
「貴族学院にはレイニのように養子に迎えられた子や、養子として引き取られる予定の子もいます。お金を払って、試験を合格すれば特待生として迎えられる制度があるんですよ」
「そんな制度あったんだ?」
「でなければ貴族として生きて行くのは難しいかと。あそこは社交の場でもありますから。マナーなどは家で教えられても、繋がりまではどうしても難しいですからね。ただ、それでも入学するにはお金が必要ですから、よほどの富豪の商人でもなければ無理ですよ」
ふーん、そうだったんだ。学院の事はあまり詳しく知らないから、なんだか新鮮だ。
「将来的に貴族の家に婿入りの予定だったんだと。それで先んじて婿になる為の教育を受ける為に学院に通っていたそうなんだが、それも今回の一件で拗れたと聞いたけど」
「えっ?」
「え?」
「婚約者がいたんですか!? 私、まったく知らなかったんですけど!?」
レイニは目が飛び出してしまいそうな程に見開いて驚きを露わにする。あー、だから商人の息子が貴族学院にいたのか。将来的に貴族になるのを見込まれて貴族として教育を受ける為に学院に通っていたと。
それをレイニの魅了にやられてころりとしてしまった。しかも、貴族となる為の婚約者の相手と拗れたと。……えぇ、ちょっと流石にそれは。
「その商人の息子ってどんな奴だったの?」
「……凄く顔立ちが良くて、物腰も柔らかくて。平民だからって一歩は引いてたんですけど、女性からの人気が高くて、男性からはやっかみを受けていて……」
「……それで、もしかして自分と似たような立場だからってお節介を焼かれた?」
「……はい」
レイニも平民上がりで、養子と婿入りという形は違えど確かに境遇は似ている。だから同情か、共感かわからないけれどレイニに近づいて魅了に引っかかったって事かな……?
しかも婚約者がいて、将来的には貴族になれると思ってもやっかみを受けているような環境で厭気が差したとしても仕方ない。それが更にレイニに引っかかる要因になったとか……?
「息子はそれで勘当されたんだっけか」
「サランさんが!?」
「サラン? それがその、商人の息子の名前?」
「そうですね。サラン・メキ。メキ大商会の息子さんです」
「……流石に商会の名前は聞いた事はあるけど」
メキ大商会は私でも耳にする名前だ。幅広く事業を持っていて、投資も盛ん。実に金回りが良い商会で貴族からの覚えも良いとか。ただ、金儲けの為に黒い噂もあるってトマスから聞いた事もあるような。
……これは私っていうよりシアン男爵家がちょっと心配だなぁ。こうなると本当に手が足りないのを自覚してくる。思わず舌打ちを零しそうだった。
「……全然手が足りないわね。だから事を起こそうにも起こせない、か」
母上もこんな歯痒さを味わったのかな。いや、今も味わってるのかもしれない。
そう思ったら、流石にこのままおんぶに抱っこという訳にはいかないよねぇ。
「まぁ、このように潜在的に敵になりそうな家は多いって事だなぁ」
「うんざりするわね。……味方になってくれそうな家は?」
「んー、どうだろうな。マゼンタ公爵家の派閥に属してる家なら力は貸してくれそうだけどな。心の底からアニスフィア王女についてくれるかと言うとわからんなぁ。こっちはユフィリア嬢がネックだ」
「……その理由は、私が王家に蔑ろに扱われていると思われているからですか?」
ユフィが目を細めながら問いかける。そっか、公爵家の派閥でもカインドくんがユフィに心酔しているみたいに、グランツ公に心酔している家だってあるのかもしれない。
「まぁ、そうだな。アルガルド王子に捨てられたから、アニスフィア王女の慰み者として囲われたとか言う奴もいる」
「……あぁ、うん。そう言われるかぁ」
実際、囲ってはいたしねぇ。慰み者ねぇ、いや、うん。どうなんだろう? むしろ慰められたのは私なのでは……? いや、そういう意味ではないんだろうけど、多分皆が思ってるような力関係じゃないよ!?
それもこれも魔学の実態がよくわからないままのせいなのかもしれない。意図的に魔道具の情報は伏せてきたし、この前の魔法省が主催した展覧会もアルくんのせいで台無しになったし。
「実は、魔学の見識を深めて貰う為に私主催のお茶会を開こうと思ってたんだけど……」
「成る程。それでどの家を誘えば良いか判断がつかず、俺を頼ってきたと? 陛下か王妃からの推薦か?」
「いえ、私がグラファイト家の名を挙げました」
「ほほぅ! なるほど、ユフィリア嬢がか。てっきり陛下か王妃様がうっかり零したのかと思ったが。それなら一安心だ。いいぜ、なら俺があたりをつけてもいいぜ?」
「本当に? それは心強い」
「但し。ちょっと報酬にもうちょっと色をつけて貰えないかな?」
「マナ・ブレイド以外に? そうだね……別に構わないよ」
ミゲルとの繋がりは今、喉から手が出そうな程に貴重だ。それが魔道具との取引で得られるならば惜しむ必要はない。
すると、ミゲルが前に乗り出すようにテーブルに肘をつけて、私を真っ直ぐに見てくる。何度も見られた、あの好奇心旺盛な瞳が。
「それなら、魔学の理念をここで啓蒙してくれないか?」
「魔学の理念?」
「魔学は何故生まれ、何の為にあるのか。提唱者としてアニスフィア王女に語って貰いたいな」
その瞳が、まるで私に食らい付かんと言わんばかりの勢いで貪欲な光を見せた。




