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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第3章 転生王女と王位継承権
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第32話:誰が為の王(後編)

「随分と思い詰めた表情をしているな、ユフィ」


 かけられた声にぼんやりとしていた意識が浮上します。最近はこんな事ばかりだと、気恥ずかしさに顔を上げます。私に声をかけてくださったのはお父様でした。

 今は実家での夕食の席。多忙極まるお父様ですが、私が実家に戻る日の夕食には顔を出すように心がけてくださるようで、このように顔を合わせる機会が増えました。


「カインドが心配していたぞ。アレもまだ素直ではないがな」

「……私が拗らせさせたのですから、仕方ありません」


 家族との食事の席には当然、弟であるカインドもいました。ですが、ちゃんと言葉を交わしたのはいつが最後になるのでしょうか。家の中で顔を合わせても避けられてしまうので、食事の席でもカインドはすぐに退室してしまいます。

 そろそろカインドとも話さないと、と思っている内に様々な事が目まぐるしく変わっていって、自分が何をすべきなのか見失ったまま進んでいくようで。だからこそお父様の前でも隙を見せてしまったのかと反省するばかりです。


「ユフィ。良ければ相談してくれないかしら?」

「お母様……」

「ただでさえ最近は様々な事が大きく変わったわ。貴方も以前とは変わっているのもの。ちゃんと聞いておきたいのよ。何を悩み、何を不安に思うのか。今までは貴方に厳しくするだけで失敗してしまいましたね」

「失敗などと仰らないでください、お母様。……でも、そう、ですね」


 お母様にまで心配のお声を頂いてしまえば、自分がどれだけ思い詰めた様を晒していたのかと恥ずかしく思う気持ちもあります。ですが、私一人ではどうしようもない問題です。

 それに改めて父上に尋ねたく思ったのです。アニス様の王位継承権の復権を進言したのは他でもないお父様なのですから。今、お父様がどのようなお考えでいらっしゃるのか。


「……お父様。アニス様の女王への即位についてどのようにお考えなのでしょうか?」


 私の問いにお父様はその鋭い目を細めます。人によっては睨まれているように感じるそうですが、私はもう慣れたので気にする事はありません。

 少し沈黙の間を空けてからお父様は口を開きました。


「どのように、と言われてもな。今王位継承権を持つのはアニスフィア王女だ。アニスフィア王女には女王になって頂き、国を盛り立てて行くしかあるまい。逆にお前は何をそこまで思い悩む?」

「……アニスフィア様が本当にこのまま王になるべきなのか、悩んでいるのです」

「なるべきなのか、と言う問題ではなかろう。王にはなって頂かなければならないのだ。アルガルド王子が廃嫡となった以上、直系の血筋はアニスフィア王女ただ1人なのだからな」


 お父様が口にするのは変えようのない現実です。そう、結局は割り切るしかないのです。

 ……ですが、私は思わず拳を握りしめてしまいます。わかってはいるのです。わかってはいるのですが。

 どうしてもアニス様の笑顔が浮かぶのです。そして、その表情から感情が抜け落ちて凍えていく姿も。


「……王となれば、あの人は自由を失います」

「それが王というものだ」

「わかっています。……わかってはいるのです。それでも私はアニス様の心を縛りたくはないのです。王となればいずれは世継ぎを、と言われるでしょう。お父様もいずれは、とお考えだったのではないですか?」

「……その為には可能な限りアニスフィア王女の願いを叶えるしかあるまい。世継ぎを産む事を受け入れて頂く為に、な」


 やはり。お父様がそのように考えているのはなんとなくわかりました。アニス様が王になれば、いずれは子供を儲けて欲しいと望むだろうとは。


「ではアニス様が魔学に専念したいと言えば?」

「それこそ王配を選んで頂く必要があるだろう。或いはユフィ、お前が政を一手に引き受けるという手もあるだろうが、お前一人では足らなくなる。どの道、使える手は増やすべきだろう」


 これもまた現実です。変えようがない事なのです。わかってはいるのです。


「……納得がいかないという顔だな」

「納得がいきません。……あの人は、王になるべきではないのです」

「ほぅ……?」

「アニス様は王の器であります。才も磨けば光るでしょう。けれど、それは……違うのです。それではアニス様の輝きは褪せてしまう」

「魔学の研究者である事こそがアニスフィア王女のあるべき姿だと?」

「それも含めてなのです。ただ研究をさせておけば良い、という訳でもないのです。私も上手く伝えられている訳ではない事は重々承知です。ただ、ただ思うのです。自由である事こそが、あの人のかけがえのない魅力なのです」


 私はアニス様に自由に選べるままでいて欲しいのです。王族であるという事を選ぶのも、魔学の研究に没頭するという事も、全てはあの方の意志のままに決めて欲しい、と。


「それは王である事と両立出来るのでは?」

「ダメなのです。王と言う名は“枷”です。1度象徴となれば逃れられないのです。その上で自由を望むのであれば、それこそ国の形を変える必要があります。そしてあの人は、それを永遠に引き摺るのです」

「――私は構わんと思っている」

「……え?」

「独裁を敷きたいならば敷けば良いと、度が過ぎれば我等が進言すれば良い。あの方は暗愚ではない。進言すれば聞き入れて頂けると私は思っている。それが王に尽くすという事だ。王の言葉は国の未来であり、国があるべき姿だ。そこに重ねる思いがあるならば共に立ち、異なるならば身を持って正しさを問うのだ。それが私の忠義だ」


 それは、と。言葉を続けようとして口を閉ざしてしまう。確かにそれならアニス様の願いは叶うのでしょうか。なら、私もそのようにあるべき? 臣下として、そのお側にいて心が壊れないように……?

 それは、私が望む未来の形なのでしょうか。心に棘が刺さったように飲み込めません。それが正しいと、それが許されるならそれでも良いと思うのに。飲み下しきれない感情がうねりとなって私の心の中に残るのです。

 ……知らないのです。こんな思いが私の中に生まれた事などなかったから。


「……しかし、それは私の忠義だ」

「……ぇ?」

「お前は、どう思う? ユフィ」


 逆に問われて、私は何を思うのか。お父様は忠義と言いました。理性では私もアニス様が独裁を敷いても自由であるならば、その為にお仕えすべきなのではないかと思うのです。

 ですが、その度に心に引っかかるこれは。……きっと、理屈ではないのです。


「私は茨の冠をアニス様には被って欲しくない。ただ嫌なのです。あの人が縛られるのが。王という名がつくのが。自由が“許されるもの”であるという事が」


 あの人には、ただ自由でいて欲しい。誰と共にあるかも、何の為にあるかも。

 あぁ、そうだ。だから簡単な事だったのです。ただ“王”なんて似合わない名前がつけられる事が私は嫌なのです。

 アニス様に王などという名前がつかなくて良いのです。破天荒に振る舞って、王族らしくなくても良い。ただ誰かの為に、夢の為にあるだけでいて欲しいのです。


「縛り付けるのは簡単です。けれど、ここにいることを選ばせるのと、選んで頂くのとでは違うのです。私は縛り付けるのではなく、ここにいたいと、ここにいて欲しいと思うのです」


 ……あぁ。ようやく、わかりました。

 私がアルガルド様にしてしまった失敗は“これ”だったのでしょう。

 私はただの束縛にしかなれなかった。ただのお飾りに過ぎなかった。能力の有無を求められるよりも前に持たなければならなかったのです。

 選ばせるのではなく、選んで頂く為に。束縛などではなく、手を取って頂く為に。共に歩むために、その選択の自由を守る為に。


「私は“王になるしかない”ということが納得がいかないのです。“王である事も選べる”事をアニス様に望みたいのです。今、この状況はアニス様に迫り、押し付ける事でしかない。それは違うのです。あの方にも選ぶ権利を差し上げたいのです」

「……しかし、もうアルガルド王子はいらっしゃらない」

「それでも、それを諦めれば“私の忠義”ではないのです!」


 あの方の“自由”を守る事こそが、私の“忠義”なのだと。あの人の心を、世界を、選択を。自ら選び取る未来を守る事が私のありたい姿なのだと。

 今、ようやく胸を張ってそう思えたのです。言われるがままにではなく、望むままに。そこに困難があろうとも選び取って挑む為に。与えられるままに、望まれるままに振る舞うだけでは足らないのです。


「…………そうか。それが“お前の忠義”か。く、くくっ、はっはっはっはっ!!」


 私は思わず目を丸くしました。お父様が、笑ったのです。しかもさも可笑しいと言わんばかりに声まで上げて。あまりにもお父様らしくない仕草に目を奪われてしまいました。


「……すまなかった。あまりにも可笑しかったものでな」

「……子供じみているとは理解しています」

「そうではない。いや、そうではあるのかもな。そうか、自由とな。お前は私と違うのだな。それでは上手く行くはずもない」

「? 何を……」

「私の真似事をしただけでは、アルガルド王子とは上手く行かなかったのも当然という話だっただけだ。お前にはお前の芯があったのだろう。それに気付かず、お前を私という型に嵌めても“出来るだけ”だ。……お前が言いたいのは、きっとそれと本質的には変わらん」


 1人納得して笑うお父様に、いまいち要領を掴めずに私は首を傾げてしまいます。一体、何がお父様の笑いのツボだったのでしょうか……?

 私が困惑していると、今まで静観していたお母様が声を上げました。


「ユフィ。貴方達は私達の世代とは在り方が違うのでしょう」

「? それは……どういう?」

「オルファンス陛下が即位した頃、パレッティア王国は乱れた世の中にあったのは知っているでしょう?」

「……はい。現陛下が即位するまでも波乱が多くあったとは」


 それは歴史の授業で学ぶ事です。今は陛下の内政の手腕と、王妃様の外交によって安定していますが、軌道に乗るまでは苦労・苦難の連続だったと。

 他国との戦争にもなりかけた事もあったと。今ではそんな気配は薄く、それも王妃様の外交による賜物なのでしょう。そして国が安定したのは陛下が務めてくれたからこそというのはわかっています。


「私達は結束しなければなりませんでした。乱れた世の中、統一した思想、民の為の安定、外患への備え……それこそ“選ぶ”などという余裕はなかったのですよ」

「……はい」

「逆に言えば、貴方達は“選べる”ようになった世代なのかもしれませんね」


 頬に手を添えて、お母様は微笑む。それはいつも見るような笑みではなく、どこか安堵するような、嬉しさが滲むような笑みで。


「例えば、もし戦時であれば私達はアニスフィア王女の魔学を騎士への転用に強く望んだでしょう」

「……ぁ」

「それだけ力があるのでしょう? アニス様のご活躍は耳にしています。けれどそうする必要はなかった。えぇ、それは私達が守り繋いだもの。子供である貴方達がそのように選べる事は、豊かになった証拠なのでしょう。選べるという事は、それは豊かでなければ出ない発想です」


 ……確かに、言われてみればそうでした。選べると言うことは、選べる余地があるからです。

 お父様達にそのような発想がなかったと言うのは、恐らく時代が違うから。そして今の世はお父様達が繋いでくれたものなのです。


「私達は守り抜かなければならなかった。次へ、次へと繋ぐ為に。けれど次を繋ぐ貴方達も“同じように受け継ぐ”必要はないのでしょうね……」

「……先人への敬意を忘れた訳ではありません」

「えぇ、わかっているわ。それでも必ず守り、継がなければいけないものでもない。そういう事よ、ユフィ。……そうね、そう思えばアニスフィア王女こそ、私達が望んだ子なのかもしれないわね」

「アニス様が?」

「国を豊かに、誰もが笑って暮らせる。そんな国を望む為に私達は務めを果たして来たわ。アニスフィア王女の魔道具は、そんな私達の夢見た理想に近づけるのでしょう?」


 それは、お母様の言う通りかもしれない。アニス様の魔道具は生活の助けとなる物が多い。飛行用魔道具も、生活の助けとなる魔道具も。

 それは貴族にだけ与えられる特権ではない。魔法が使えない平民にでも、誰にでも使えるようにとアニス様は言っていた。


「ユフィ」

「……お父様」

「私は、やはりアニスフィア王女にこそ国王になって頂きたい。彼女にはその責任を負って貰うだけの“価値”がある。私達が守った国の、次の象徴として。魔学と共に国の礎となり、新たな時代を築いて欲しいと。今、その思いを強めた」


 お父様が言葉の一つに確かな力を込めて告げる。ただの一言にお父様の信念の強さを感じる事が出来ます。


「だが、私はお前達の築く時代に生きる訳ではない。勿論、この命がある限りはこの国に尽くすつもりだが……尤もアニス様と歩むのはお前達の世代だ、ユフィ」

「はい」

「そしてお前はアニスフィア王女が王にならず、自由である事を望む。ならば別の王を立てねばならない。しかし、その候補であったアルガルド様はもういらっしゃらない。それでもまだ望むか?」

「……はい。それを諦めれば、もう私は私でいられない気がするのです」


 お父様達が私達に何を望み、何を願うのか。どのような苦難を越えてきたのかは受け継ぐ事は出来ても、きっと同じように感じて思いを抱く事は出來ないでしょう。

 だから私は私の信念を信じたいと思うのです。お父様達から受け継いだもので、私が感じた正しさを。ただ愚直に信じるのではなく、重ね、思い、受け止めながら。

 その思いにもう曇りはありません。それでも、そこにどんな祈りがあったのだとしても。やはり私はアニス様には王になって欲しくはないのです。


「……ない事はない」

「え……?」

「手段がない事はない。しかし、それは夢物語だ。それこそアニスフィア王女の魔学とは相反する思想かもしれん」

「……それは、どう言う意味で?」

「アニスフィア王女には決定的に王として欠けている才能がある」

「……魔法?」

「そうだ」


 お父様が大きく頷きます。確かにパレッティア王国は精霊と共に歩み、魔法に秀でた国として発展を続けてきました。今もその思想は信仰となって受け継がれています。

 魔法とは貴族に許された特権であり、我が国が誇るべきもの。だからこそ私も次期王妃にと望まれた経緯でもあります。その観点で言えばアニス様は落第どころの話ではありません。

 つまり、魔法という観点だけで言えばアニス様は王という象徴たり得ないという見方も出来ます。


「アニスフィア様の正当性は血筋と魔学による功績だ。まして、今までの振る舞いもある。それで集めた支持もあるが、国を運営している貴族からの風向きは良くないだろう、とご自身で口にしていらした」

「……幾ら民からの信奉を集めても、国を動かすのは貴族」

「そうだ。民なくば貴族も成り立たんが、国を動かすのは平民には代われんのだ。……それこそアニスフィア王女の治世の下ではそれも叶うやもしれんが、今すぐには無理だ」


 確かに魔学が発展して国中に広まればそんな未来も有り得るかもしれません。

 魔法が使えないと言えど、平民の中でも際だった実力を持つ者が貴族として召し上げられる事もありますが、それはごく一部です。それこそレイニの父親であるシアン男爵のような人材は一握りなのです。


「話を戻す。つまりアニスフィア王女が王になる為には決定的に魔法という才能が欠けているのは致命的だ。これは魔学の功績で埋めようとも、信仰として根付いてる我が国の貴族では容易く受け入れられないだろう。その魔法によって国を守ってきた自負があるのだからな」

「……それは、わかります」

「ならば、そこを突くしかあるまい」

「そこを突く、とは?」

「新たな王の血筋を立てるしかあるまい。この国の興りは覚えているな? ユフィ」


 お父様の言葉に、私は思わず立ち上がってテーブルに手をついてしまいました。


「……新たな王、この国の始まり、“精霊契約”の事ですか!?」

「そうだ。初代国王がパレッティア王国を興した始まり、その功績をもってして精霊契約者を新たな王の血筋とする事だ」

「そ、それでも到底受け入れられる訳とは思いません!?」

「当然だ。それでも血統という伝統を越えられる訳ではない」

「であれば……」

「ならば、“王家の血”があれば良い。それが遠縁でも、な」


 遠縁、でも?

 その言葉に私は浮かび上がった事実に息を呑み、お父様が真っ直ぐに私に視線を向けてくる。


「ユフィ、“お前”が王になるか?」

「わ、たし……が?」

「我がマゼンタ家は今は遠縁とは言え、王家の血が流れている。つまり血統の証明には薄いが、まったく正当性がないという訳ではない。そしてお前は次期王妃として認められた才覚もある。そこに精霊契約という初代を踏まえた資格を得て王として名乗りを上げるのだ。であればアニスフィア王女の対抗馬としては十分ではないか?」


 ……お父様から告げられた言葉が上手く飲み込めず、そのまま椅子に力なく座り込みます。


「もし、お前がそれを望むなら……我が家との血を断って貰うがな」

「え?」

「王位を望むなら、マゼンタ公爵家を捨てよ。そして陛下の養子となるのだ。でなければ我がマゼンタ家が王位の簒奪を目論んだとして争いの火種となる。どの道、アニスフィア王女を擁しても火種にはなるのだが……お前には、そのような未来もあると覚えておけ」


 家を、捨てる。

 お父様が仰る事は……わかります。

 でも、それはあまりにも夢物語すぎて、実感がなくて。

 ただ、何も言えずに私は力なく座り続ける事しか出来ませんでした。

 

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