第2話:国王陛下は今日も胃が痛い
パレッティア王国王城、国王の執務室では執務の合間を縫って国王であるオルファンス・イル・パレッティアが優雅にお茶の一時を楽しんでいた。
王としての政務は激務だ。心安らげる時間は何よりも貴重と言える。激務であれど、国王として心の余裕を保つのは大事だと。
……そう思わなければやっていられない。いつだって政治には頭を悩まされるし、それ以外にも頭を悩ませる事は多い。
特にその筆頭たる娘の王女の顔が浮かび、振り払うように首を左右に振った。
最近、あの突拍子もない事を繰り返す娘は大人しい。ようやく分別を弁えたかと思いたいが、それは絶対にあり得ない。
これは何かが起きる前兆なのではないかと、どうしても不安が拭えない。
(……考えても仕方ないな)
何も起きない事を祈りながら執務に戻ろうとする。しかし、その願いは呆気なく裏切られるのであった。
「国王陛下! 失礼致します! 火急の報せにございます! アニスフィア王女が……!」
「…………えぇい、またか! 今度は何だ!? 何をやらかしたのだあの娘は!?」
扉の前で急報を知らせる騎士から伝えられた名にしくしくと痛み出した胃を押える。
少しだけ天を仰いだ後、オルファンスは声を荒らげて騎士の報告を促す。
「アニスフィア王女が例の飛行用魔道具を使用して王城へご訪問されました! 陛下との謁見を希望しており、その……」
「その、何だ! はっきり報告せよ!」
「はいっ! アニスフィア王女はマゼンタ公爵令嬢をお連れしており、その、傍目から見るとどう見ても誘拐してきたのではないかと……!」
「何をやってるんじゃ、あのじゃじゃ馬娘はッ!?」
ユフィリア・マゼンタ公爵令嬢、息子であるアルガルドの婚約者の名前が出てきたことで目眩を覚え、オルファンスはその場に膝を突きそうになった。
確か、今日は貴族学院のパーティーの日だった筈だ。なのに出席している筈のユフィリアがどうしてここにいるのかと頭を抱える。
騎士から告げられた誘拐というのも、恐らくは文字通りの筈だ。あの馬鹿娘ならそれぐらいやる、と。
「今すぐ余の下へ連れて参れ! ユフィリアもだ!」
「か、かしこまりました!」
慌ただしく去っていく騎士に溜息をしつつ、オルファンスは机の引き出しを開けて、中から常備薬を取り出す。
その効能は日々の激務や突拍子もなく騒ぎを起こす娘へのストレスで痛めつけられた胃の調子を整えるもの。
今の自分を助けている相棒といっても過言ではない薬だが、この薬の出所が回り廻って騒動の張本人であるアニスフィアなのだから笑えない話である。
真実を知った時は膝から崩れ落ちそうな程だったとオルファンスは振り返る。
息を整え、席へと座り直す。丁度良く入室の許可を求める騎士の声が聞こえる。
即座に入室の許可を出せば、扉が開いて二人の人物が執務室へと入ってくる。
「ご機嫌麗しゅう、父上! 急な訪問、真に申し訳なく思っています!」
テヘペロ! と幻聴が聞こえそうな軽快な調子で入室してきたアニスフィアに頭痛を感じながらもオルファンスは目を細めた。
その背中には目を回していると思わしきユフィリアがいる。背から降ろされて、肩を揺さぶられる事でようやく気を取り戻したのか、周囲を見渡してユフィリアが顔を真っ青に変える。
「へ、陛下! 大変失礼を! どうかお許しください!」
「良い。全てはこの馬鹿娘の所業だと言うのは察しておる。それでアニスよ?」
「はい、父上!」
「報告せよ。今度は何をやらかした……?」
「父上、先にお伝えしますが、今回は私だけが悪い訳ではありません!」
「それは報告を聞いてから判断する。……それで?」
「〝魔女箒〟の夜間飛行のテストをしていましたら、ちょっと余所見をしてしまいまして。それで貴族学院のパーティーに窓より急遽参加してしまいました!」
「……この……ッ、馬鹿者がぁッ!!」
勢いよく立ち上がり、オルファンスはアニスフィアの頭へ拳骨を叩き落とした。
女らしくない悲鳴を上げてアニスフィアが頭を押さえて蹲る。
「お前という奴は! お前という奴は! 何度過ちを繰り返せば学習するというのだ! その頭は飾りではなかろう!?」
「父上、失敗を恐れては人に進歩は有り得ませぬ!」
「予防をしろ、と毎回言っているだろうが! 繰り返してばかりでは愚の骨頂だろうが、この愚か者が!!」
二度目の拳骨。再びアニスフィアは頭を抱えて跪いた。肩で息をしながらオルファンスは呼吸を整える。
彼女の奇行だと思えばいつもの範囲だが、問題はここにいるユフィリアの存在だった。何故彼女までここにいるのだろうか? と。
「ユフィリアは何故、アニスと?」
「そ、それは……」
オルファンスの問いにユフィリアは言い淀み、唇を噛みしめて視線を俯かせてしまった。その様子にオルファンスは目を丸くした。
オルファンスにとって娘も同然のユフィリア。次代の王妃として目にかけていた彼女らしかぬ態度に嫌な予感を覚える。
これは何かがあったに違いないと、問題に巻き込まれ過ぎて冴え渡る勘が嫌な気配を告げていた。
「アルくんが婚約破棄するって言ってましたよ、父上」
「は?」
「ですから、アルくんが婚約破棄するって」
「…………は?」
「婚約破棄です」
「誰と誰が?」
「アルくんとユフィリア嬢が」
「誰が言い出したと? アルガルドがか?」
「アルくんがです!」
頭を押さえながら立ち上がったアニスフィアの報告を受けてオルファンスはたっぷり間を空けて動きを止めた。
それはアニスフィアから告げられた言葉を己に理解させるのに必要な時間だった。
ようやく意味を理解した時、オルファンスの胃が引き絞られるような痛みを訴え、その場に膝をついてしまいそうになる。
それを王としての矜持と精神力で堪えたオルファンスは口元を引き攣らせながらユフィリアへと視線を移す。
「すまない。悪い夢だと言って欲しいのだが、事実なのか? ユフィリア」
「……はい。私の力が及ばず、大変申し訳ありません」
頭を下げながらユフィリアは事実だと肯定した。その際の声は血を吐くのではないか、という程に重苦しい声だった。
「な、何故だ!? 婚約破棄を、パーティーの最中にか!? どうして私に話が来ておらぬのだ!? それならまだ、アルガルドを咎める事も出来たというのに!!」
「なんかユフィリア嬢以外に好きな女の子が出来ちゃったみたいですよ、父上」
「誰だ、それは!? ……まさか、例の男爵令嬢か!?」
オルファンスの脳裏に過ぎるのは、アルガルドが身分の低い男爵令嬢を寵愛しているという噂だった。
まだ寵愛自体は構わない。但し、それはあくまで本妻となる婚約者を立て、筋を通すならだ。
「最近、仲睦まじいとは聞いていたが……ユフィリアとの婚約破棄だと!? それは、つまり噂の男爵令嬢を正室へと迎えるつもりか!?」
「アルくんの言い分を確認する必要はありますが、状況的にそうかなぁ、と。あ、あとで家族会議な! とは伝えてありますよ、父上!」
何故か握り拳に親指を立てて、満面の笑顔で報告してくるアニスフィアに三度目の拳骨を繰り出しながらオルファンスは茫然自失とした。
「ば、馬鹿な……男爵令嬢だぞ!? 王妃教育も受けていないのだぞ!? そのような者を正室に迎えるという事がどういう事なのか、アルガルドはそんな事もわからんのか!?」
「アルくん、思い込んだら突っ走る事がある困ったさんですからね……」
「お前が言うな!」
寝ぼけた事を言うアニスフィアに対して怒鳴りながら、オルファンスはこめかみを指で押さえる。不味いどころの話ではない。この一連の事態には数多くの問題が含まれている。
まずは、ユフィリアの実家であるマゼンタ公爵家との関係だ。
そもそもユフィリアとの婚約は王家から申し出たものである事だ。当時から才覚に秀でていたユフィリアを王族として招き、その支えを受けたアルガルドが国を率いていけるよう、その意識改革の支えになって欲しいとマゼンタ公爵家へと打診したのだ。
オルファンスは現マゼンタ公爵家の当主とは幼い頃からの盟友であり、何かと手を貸して貰っていた相手だった。
才覚ある娘を可愛がっていたマゼンタ公爵は当初、この申し出に乗り気ではなかった。その後、紆余曲折あり、なんとか実現した婚約だった。
つまり、この婚約を王家側から破棄するのはマゼンタ公爵家の好意と忠誠に唾を吐きかけるような愚行だという事だ。
オルファンスはユフィリアとアルガルドの関係が上手く行ってない事は把握していた。そしてユフィリアにもそれとなく婚約破棄を考えるつもりはあるか? とも秘密裏に尋ねた事もある。
それでも国の支えとなる、己が責務を果たすというユフィリアを信じて婚約破棄は王家側からはしないと見送っていた。……少なくとも親の間ではそのように話がついていた。
(これをグランツが知れば……ま、不味いぞ……!)
現マゼンタ公爵であり、オルファンスにとっては頭の上がらない親友でもあるグランツ・マゼンタ。
彼はオルファンスにとって最も頼れる懐刀である。グランツが娘であるユフィリアに厳しく接しながらも、内心では娘を溺愛している事をオルファンスはよく知っている。
ユフィリアに対して厳しい親ではあるが、それも我が子を思う故だ。
公爵という地位にあり、貴族の規範として王家への忠誠を示すためにユフィリアには父としてではなく、公爵として接していた。
それはユフィリアが王妃として恥ずかしくないように、という願いがあってのことだ。だからこそ娘の教育には力を入れていた。
自分の親友はそれだけ苛烈な男でもあるのだ。
まだオルファンスが国王になる前、王子であった頃はその苛烈さに救われる事も多かったが、今、それが我が身へと降り注ぎかねない事態に戦慄を覚える。
この話の問題は婚約破棄をしただけ等という話では済まされない。
国の指導者としてこのような不甲斐ない結果はどういうつもりだ、と責め立てられても何も弁解が出来ない。
仮に、アルガルドが事前にオルファンスへ婚約破棄を願っても許しはしなかっただろう。
ただの婚約破棄ならばまだ仕方が無いと言えたかもしれない。だが、恋慕の縺れで起きたと言うのであれば断固として否定しなければならなかった。
何せ相手が相手だ。その地位は男爵令嬢。王族の婚約相手としてはあまりにも相応しくないと言うしかない。
これが何かの偉業を打ち立てた、という功績があるなら話は違ったかもしれないが、レイニ・シアンにはそのような功績も逸話もない。
ユフィリアは幼い頃から王妃となるべく教育を受け、その価値観と覚悟を育ててきた。
一方でレイニ・シアンにそのような心構えがあるとはとても思えない。そもそも、その心構えを察せられるなら、こんな事態は起きていないだろう
つまり、この事態を引き起こした時点で、そもそもそれ以前の問題もあってレイニ・シアンを正室の王妃として受け入れる事は出来ない。
ましてや、元々アルガルドを支えるという名目があってのユフィリアだったのだ。アルガルド一人では、はっきり言えば心許ないのだ。
これが不特定多数の者に目撃されているというのも致命的だ。そんな事はなかった、などとも言えない。
どう考えても状況的に完全に詰んでいる、打開の目が見えない。そもそも打開策を講じようとする前にオルファンスは自身の命があるのか心配していた。
主に、娘を溺愛する親友のマゼンタ公爵を思い返しながら。
「むぐ、ぐぉぉ……!」
胃の痛みはピークへと達し、机に手をつけてオルファンスは背を曲げた。
あらゆるストレスで痛めつけられた胃は痛みを伴い、オルファンスの身を蝕む。
「父上!」
「へ、陛下! しっかり!」
すぐさまアニスとユフィリアがオルファンスを支えるように寄りそう。
二人に支えられたオルファンスは椅子へと移動させられ、どっかりと背中を預けた。
「何故だ、アルガルドよ? どうしてそのような振る舞いを……」
アルガルドが完全な無能だとはオルファンスは思っていなかった。
歴史に残る名君とは言えずとも良い。それでも国を導ければ良いのだ。そんな願いを抱いていた。なのに、結果がこれだ。
「……私が至らないせいで、本当に申し訳ありません……」
項垂れるオルファンスを見て、ユフィリアも跪いて己の力不足を詫びる。その肩は痛ましい程に震えていて、見る者の涙を誘う。
いつもは凜として振る舞い、毅然としていたユフィリアの姿にオルファンスは唇を噛む。
アルガルドは劣等感を拗らせている一面があった事をオルファンスは知っている。それもこれも、ここにいるじゃじゃ馬娘ことアニスフィアのせいなのであるが!
突然睨み付けられたアニスフィアはやや狼狽したように視線を彷徨わせている。
この問題児ではあるが優秀、ましてや前人未踏の理論を打ち立ててきた。そんな姉に巻き込まれながらも、その姿を見せ付けられてきたアルガルドは何を思ったのか。
少なくとも良い影響はなかったとは断言出来る。それはアニスフィアもわかっていたとは思う。自主的にアルガルドから距離を置いていたのだから。
もしもアニスフィアがまともで、そして男であれば、と。そうすればここまで悩みもしなかったというのに。
アニスフィアは王族ではあるものの、その存在は国政から蚊帳の外に置かれているといっても良い。事実、アニスフィアは王位継承権を自分から放棄している。
けれど、彼女が注目を浴びるのは〝魔学〟の第一人者だからだ。
アニスフィアが提唱した魔学によってパレッティア王国には新しい風が吹いていた。
その風というのは〝魔道具〟だ。魔法を疑似的に扱い、道具に仕立てた物。
これは細々と国に広まり、恩恵を与えている。だからこそアニスフィアは王国から切っては切り離せないのだ。
はっきり言ってアニスフィアは王族らしくない。王族として見れば落第も良い所である。
だけど、その魔学という発想と魔道具という技術は国を盛り上げる功績になり得る。
だからこそ、アニスフィアに対してアルガルドが劣等感を抱いているのはオルファンスも、そしてアニスフィア本人ですらも理解していた。
故にアニスフィアは、自分はアルガルドの地位は脅かしませんよ、とアピールするように問題児を装っているように見える。
……いっそ、そうであって欲しいと思うオルファンスであった。
「……しかし、どうしたものか。まさか婚約破棄などと……どうすれば良いのだ……」
「あっ、であれば父上! どうか私の話を聞いてくださいませ! このアニスフィア! そんな父上の窮地を救うための腹案がございます!」
「……何?」
突然、無邪気に何かを言い出したアニスフィアをオルファンスは胡散臭そうに見る。
アニスフィアは何も言わずに立ち尽くしていたユフィリアの背後へと回り込み、その肩に手を置いた。
「元々、マゼンタ公爵家との婚約も王家と公爵家が結束で結ばれている事を示すための婚約でしたよね?」
「あぁ、そうだな。将来、アルガルドの支えになればとユフィリア個人には願っていたが、それを狙っての事でもあった」
「であれば! であればまだ両家の関係を維持しつつ、婚約破棄を穏便に済ませる方法があります!」
「……嫌な予感しかしないが、聞くだけ聞いてやろう。その腹案とは?」
問いを投げかけられたアニスフィアは、満面の笑みを浮かべて言い切った。
「――私に、ユフィリア嬢を下さいませ!」
耳が痛い程の沈黙が満ちていく。ユフィリアも、オルファンスも、何を言っているんだという顔でアニスフィアを見る。
「……それは、どういう意味でだ?」
「ユフィリア嬢を私の実験体、ごほん! ……研究助手として引き抜きたいのです!」
「貴様! 何を言いかけた!? 吐け!! 吐かんかッ!!」
「ぐぇっ!? ユ、ユフィリア嬢は優秀な魔法使いです! 何せ数多くの魔法属性に適性があって、歴代稀に見る稀有な才能じゃないですか! アルくんの婚約者じゃなければ私の実験、じゃなくて、研究に是非とも力を貸して貰えたらなぁ、って……!」
確かにユフィリアは魔法使いとして優秀だ。〝魔法〟の研究に勤しむアニスフィアが助手として引き抜きたいと言うのはまだわかる。
「それがどうしてマゼンタ公爵を納得させる事に繋がるというのだ……!」
「ユフィリア嬢の婚約破棄の話は既に広まってしまっていますし、こればかりは覆しようもありません! なら多少は無茶でも何か別の話題で注目を逸らさないと! それなら私の名前は有用です! 何せ国一の問題児ですからね!」
「胸を張って言うなと……! お前にユフィリアを売れと言うのか!?」
「王族から婚約破棄を突きつけられて、令嬢として傷持ちとなってしまったユフィリア嬢の今後を思えばですよ! 今後のことを思えば、まともな貴族としての幸せな婚約は難しいでしょうし!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
それを言われると痛いオルファンスであった。王族から婚約破棄を突きつけられた令嬢となれば今後の嫁ぎ先にも影響が出る。
かといって他国へと嫁がせるかというと、ユフィリアの能力が高すぎる。下手な貴族と結びつかれても厄介だ。
ユフィリアの年齢はちょうど結婚適齢期でもある。これを過ぎれば行き遅れと罵られてしまうし、それも更なる傷となりかねない。
「その点、〝魔学〟を学び、その発展へ助力したとなればユフィリア嬢の名誉も取り戻す事が可能かと思います! 嫁ぎ先を探すにしても、その後でも良いかと! もう少し時間を置けば、もう少し落とし所を見いだせるのではないかと思います!」
「良く回る口だ。なるほど、見事とは言っておこう。……で、本音は?」
「こんな良い条件の助手候補を私が見逃すとでも!?」
「フンガァッ!!」
「アイアンクローッ!? か、顔が潰れるぅ……!」
オルファンスはアニスフィアの顔を持ち上げ、その握力を以てしてアニスフィアを宙づりにする。
足をバタつかせ、自分の顔を掴む手を必死に掴むアニスフィアであるが、その抵抗がだんだんと弱くなっていく。
そんなアニスフィアを忌々しく睨みながらも、彼女の言う案は手段の一つとしてはありなのではないかと考えるオルファンス。
魔学はアニスフィアが現在、ほぼ独占して研究している。問題児ではあるが、他者を危険に巻き込まないということは徹底して行っていた。
研究の公開は己が信頼出来る範囲に留め、誰にもその情報を漏らさない。明かすのは研究が形になってから。
アニスフィアは側仕えも最低限にし、王族として名は連ねつつも国政には出来るだけ関わらない立ち位置を貫いていた。
だから助手としてユフィリアを引き抜きたいというのは意外でもあり、だからこそアニスフィアがまだ何か隠しているのではないかと疑ってしまう。
「まだ何か隠していないか? アニス」
「手を……離して……潰れる……」
「懲りぬ奴だな、お前も」
投げ捨てるようにアニスフィアを下ろしながら、オルファンスは溜息を吐く。
顔を手で押さえながらよろよろとアニスフィアが立ち上がる。
「そうですねぇ、まぁ、隠してると言えば隠していますが」
「ほう。申してみよ」
「私は彼女の味方でありたいのです。ユフィリア嬢ははっきり言って好みですからね!」
「はい?」
「……それは、有能な助手や実験に付き合わせる生贄としての意味以外に別にあるのか?」
「魅力的な女性だと思います、という意味ですが」
ここでオルファンスは過去の記憶を思い起こしていた。
そう。一時期はアニスフィアにも政略結婚として相手を見繕うことも考えた。
だが、それは実現しなかった。彼女が見せた独特の才覚があったから、というのもあった。
しかし、何よりアニスフィアは言い放ったのだ。
『男性との結婚などごめんです! せめて女性で! 私は愛でたいのです! 私は! 故に! 結婚など! 致しませんッ!! 尚、私の一推しは私専属のイリアです!!』
阿鼻叫喚の地獄を生み出した、あの宣言をオルファンスは今でも覚えている。
自分の頬が引き攣るのを感じながら、オルファンスはアニスフィアと視線を合わせた。
アニスフィアはオルファンスの視線を真っ直ぐに受け止めながら、満面の笑顔で言った。
「私が! ユフィリア嬢を幸せに致します! どうかお許しを、父上!!」
次の瞬間、今までに感じたことのない頭痛と胃痛がオルファンスを襲うのであった。