第24話:不可解な招待状
レイニの魔石の正体、ヴァンパイアの実態調査の進展。今日は目まぐるしくも充実した日々だった。
レイニも魔石に魔力を通してから感覚が変わったと報告があった。これは今後、詳細を記録につけていく必要があるかな。今の所、順調である。思わず鼻歌を歌ってしまいたい程に。
やっぱり探究は良い。知らなかった事を知り、自分の知識として吸収する。レイニはどんな事が出来るようになるのか、彼女の可能性を広げる想像をしたら夢が広がる。そんな未来予想図に胸が踊る。
夜が深くなっても私は灯りをつけてペンを走らせる。覚えていられる事には限界がある。だからこそ思考を書き連ねて残しておく。取り留めも無いメモ書きの羅列、私以外が見ても正確な意味は把握出来ないかもしれない。
ふと、一段落がついてペンを置いたタイミングを狙ったかのように部屋の扉がノックされた。
「誰?」
「アニス様、私です」
「ユフィ? いらっしゃい、今開けるね」
扉の向こうから聞こえてきたのはユフィの声だった。扉を開けば、既に寝る支度を終えていたユフィが立っている。私は彼女を部屋に招き入れて、お茶の用意を始める。
「お茶、用意するから座って待ってて」
「……話がある、というのはわかるんですね」
「なんとなくだよ」
ユフィを座らせてお茶を二人分用意する。ユフィと向き合うように座って、お茶を一口呑む。先程まで執筆に集中していた体はやや固まっていて、体を解すように腕を回す。
ユフィもお茶に口をつけてから、そっと一息を吐いた。どう話を切り出そうとしているか迷っているようなので、私はユフィが喋り始めるの待つ事にした。
「……弱音を吐くのは、難しいですね」
「ん?」
「アニス様とアルガルド様の間に確執があった事など知りませんでしたから」
「公にするような事でもなかったしね。切っ掛けが知られてなくても私とアルくんの仲が悪かったのは、もう今となっては周知の事実だし」
あれはどうしようもなかったと、今の私ならそう思う。私が考えなしに動いた結果なんだから受け止めるしかない。
当時の私は王位継承権の重みというものをまったく考えていなかった。自分は王にはならない。アルくんが王になるんだから、と楽観的に考えていた。
私が姉として将来、アルくんを支えて行けば良い。アルくんを助けながら魔法の研究が出来れば問題ないって考えていた。
あまりにも短絡的で、考えなしだった自分。アルくんとの諍いになった事件は、私の痛恨の失敗の一つだ。
けれど悔やんでばかりもいられない。正直、アルくんに対しては私自身も蟠りがないと言えば嘘になってしまうけど。どうしてわかってくれないんだろう、なんて。
私はアルくんを傷つけるつもりはなかった。敵にだってなるつもりはない。周りの言葉なんて気にしないで欲しい。アルくんが王様になって、立派になれば良いとずっと思ってた。本当はそう伝えたかった。わかって欲しかった。
でも、伝えても伝わらないなら理解し合う為の努力なんて無駄だ。だったら私は私の人生を生きて、アルくんに関わらなければ良い。そうして私とアルくんの関係は冷え切っていった。
「アルガルド様も苦しんでいたんでしょうか」
「苦しんでたんじゃないかな。私と比べられるって、私が思ってたよりも厳しかったみたいだし」
あれだけ王族らしくなく振る舞ったというのに、未だに私を支持する人も多いと父上から聞いた時は思いもよらなかった。
アルくんが王になるし、私も王になろうなんて考えもなかった。だから変人と呼ばれるような振る舞いを進んでした。そうすれば私を立てようなんて人はいなくなるだろうって。
(実際イリアの両親がそうだったしなぁ。イリアを専属にしてから最初は付き合いがあったけど、イリアへの扱いとかに腹を据えかねたからちょっと小突いてやったけど)
それからイリアの両親は私には関わって来なくなった。どこまで行っても私はキテレツ王女様。魔学という功績はあっても王としては向いていない。
平民に紛れて親しくしてたから、民からの人気はあるのかもしれない。それでも国を動かすのは貴族達だ。だから私は仮に人気があってもそこ止まりだ。
多くの貴族は魔法を使える事を誇りに思っている。だから魔法が使えない私を立てようなんて人もいないし、いたとしてもその人達を押しのけるような事は出来ないだろうと思ってた。
だから誰も私に期待なんてしない。したとしても理解がある人だけで、世論を動かすような力は持たない。魔学の成果を大々的に発表して、それを普及させようとすれば変えられるのかもしれないけど。その変化は国に大きな混乱を招く事になる。
だからアルくんが王様になるのが一番、話が丸く収まる筈だった。こんな結果になってしまってるけど。
「……私がもっとアルガルド様に寄り添っていれば、何か変わっていたのでしょうか」
「ユフィは本当、取り戻せない失敗を引き摺るんだねぇ」
どうしようもない失敗だった。誰か1人が悪かった訳じゃなくて、皆が少しずつ原因を作ってしまって。それが重なって起きてしまったのが今回の事件だった。誰も悪いなんて責められない。
それを責めてしまうならば全ての人間に罪を求めなければならない。責任の大小はあると思うけどね。なら、今このままならない状況に翻弄される事が罰で良いじゃ無いって私は思うけど。
「失敗は無かった事に出来ないけど、次の成功で埋め合わせをする事は出来る。ずっと成功し続ける事なんて無理だしさ。ないから皆、失敗を恐れながらも頑張るんだ。ユフィなら今回の失敗を学んで、次の大きな成功を掴めると思うよ」
「アニス様は……本当に前向きで羨ましいです」
「後ろを向いてる暇なんてないぐらい、世界は広くて夢は遠いからね」
かつて魔法なんて夢物語だった。手が届かない夢幻。でも、今なら手が届きそうなんだ。伸ばさずにはいられない。だから後ろを振り返ってる暇なんてない。時間は有限だ。いつ終わってしまうかなんてわからないんだから。
私は私だ。でも突然、私が私じゃなくなってしまう日が来るかもしれない。だって私だって前世の記憶を取り戻せたのもただの偶然だ。明確な理由はわからない。わからないから、何が起きても不思議じゃないと心構えは済ませてる。
だから足だけは止めたくない。夢へ向かって真っ直ぐ、ただ直向きに走っていたい。この人生を精一杯生きたいんだ。
「……私は、まだ何になりたいか決められてませんから」
「ゆっくり考えれば良いよ。私は私の人生を、ユフィはユフィの人生を。皆、そうやって生きてる。今は道が一緒なだけ。別れる時が来るかもしれないし、別れてもまたどこかで擦れ違うかもしれないし、また道が繋がるかもしれない。先の事なんて考えてもわからない」
「それも、そうですね」
ユフィはくすり、と笑って。次に迷うように目を伏せる。暫し目を伏せていたけれど、ゆっくりと開かれた瞳は私を真っ直ぐに見つめる。
「……アニス様。お願いがあるのですが」
「ん? なに?」
「……今日は添い寝をして頂いても良いですか」
「添い寝? 別に良いけど」
「ありがとうございます。……少し不安になってしまったので。このまま寝るのが怖いんです」
「そういう事なら、喜んで」
可愛らしいお願いだな、なんて小さく笑ってしまう。でも良い傾向だと思う。ユフィはもっと甘えて良いんだ。今までそんな事してこなかったんだろうし。ならこれから取り戻して行けば良い。
私のベッドは王族のベッドらしく広い。二人で眠っても十分なスペースがある。ユフィを招くようにして私が先にベッドに入ってから引き寄せる。
「誰かに添い寝して貰った事は?」
「小さい頃、母上には」
「そっか。なら今日はユフィちゃんとして可愛がってあげよう。ほら、おいで」
「もうちゃんなんて付けられる歳じゃないんですけど」
「気にしない、気にしない」
並んでベッドに横になって布団を被る。互いに顔を見合わせるように横になって、どちらからともなく笑いが込み上げて来てしまった。
「おやすみ、ユフィ」
幼子にそうするように前髪を上げてから額にキスを落とす。普段立ってるとユフィの方が背が高いからなかなか出来ないからね! 額にキスをされたユフィは目を丸くして、どこか照れて困ったように笑う。
「……おやすみなさい」
眠りにつくのはあっという間だった。眠りに落ちる前、ユフィの手が私の手を掴んだ気がする。その手を握り返しながら、私は微睡みに落ちていった。
* * *
「さぁ、今日から本格的にレイニの能力を確認していくよ」
「はい、よろしくお願いします」
ゆっくり寝て休みを取ったからか、レイニの顔色は随分と良い。やっぱり進歩を感じられると人は頑張れる。このまま自分に自信を持って、能力の制御が出来るようになって欲しいと思う。
「まずは診察から始めようか。魔石の状態はどう?」
「そうですね。体調に関しては問題ないです。むしろ感覚が鮮明になったというか、凄くスッキリしてます。魔力の流れも魔石を経由してしっかりと流れてる気がします」
「魔石の力は抑えられそう?」
「はい。魔力を止めようとするより、ほんの少しずつ魔力を込めて行く方が息苦しくないです。そうすれば魔力が込められそうな感覚がある場所に力も入らないというか……」
「なるほど……」
レイニの診察を続けている内に、だいたいわかってきた事がある。やっぱりレイニの魔石は私の刻印の性質と非常に似通っている。
違うのは常に稼働状態にあるという事だ。私の刻印は私の魔力を注がなければ力を発揮する事はない。たまに防衛反応で勝手に魔力を持っていく事はあるけれど、暴走するような事はない。調整を重ねた結果でもあると思うんだけど。
対してレイニは魔石が常に稼働状態にある。心臓と一体化している事もあって、機能を止める、つまり魔力の流れを止めようとすると息苦しく感じるのだと言う。
代わりに常に魔力を通しておけるという利点がある。これは私の刻印にはない利点だ。刻印は魔力を注いでると影響が強すぎるから必要な時にしか魔力を注げない。
ヴァンパイアの力に関しては、ちゃんと意識すれば魔石の力を発動しないように魔力を絞って弱める事が出来そうなので、これは素直に朗報だった。
「イリア、昨日に比べてレイニを見てどう?」
「そうですね……特に変わったようには思えませんが」
「うーん、一度魅了にかかったら魅了が発動してなくても認識が刷り込まれてるのかな。だから違いがわからないのかも。これは確かに厄介だ……かといって新しく試す訳にもいかないしなぁ」
「お手数をおかけします……」
力を使ってる時と使ってない時の比較を確認したかったのは本音だけど、レイニの力を公にする訳にもいかないので止めておく。
レイニによると特に魔力を込められるのが目と喉、歯に爪との事だった。それぞれ確認した所、目と喉は精神干渉の為の触媒となり、爪と牙は強度を増したり変形させたりする事が出来るとの事。本当に吸血鬼みたいだと感心しちゃう。
「身体強化は前よりやりやすくなってます。ただ、感覚は鮮明にはなったんですけど精霊を使役する魔法は特に伸びは感じなかったですね……」
「精霊魔法と魔石で使える魔法は似て異なるものだからね。元が同じでも派生しているものだから、レイニには通常の魔法の適性はそこまで高くないのかも。むしろヴァンパイアの魔石に適合してるからそっちに寄ってる可能性も考えられるよ」
「なるほど。ヴァンパイアが魔法使いだとしても、お父様は平民ですしね」
「でも立派な冒険者だって聞いてるよ。レイニも体を鍛えてみる? 才能があるかもよ?」
「……考えておきます」
少し悩んだように、けれど影の色は感じさせない微笑みをレイニは浮かべる。ご令嬢らしくはないけれど、レイニには今の笑顔の方が似合ってる。
でも体を鍛えるという方向性はありなのかもしれない。爪は手足の爪の強度を上げたり、変形させたり出来るし、強度も魔力を込めれば込める程、鉄と遜色のない強度も得られるみたいだし。検証した本人が一番驚いてたけど。
「こうしてみるとヴァンパイアって恐ろしい存在ですね……暗器を隠さなくても爪があれば武器に早変わり。魅了の精神干渉、身体強化の魔力の通りの良さ。これが種族としての形質であれば脅威と言う他ありません」
「暗殺には持って来いの人材だね……まさか、どこかの国で諜報員として囲われたりしてないよね?」
「笑えない想像ですね」
けれどイリアの危惧はわかる。表舞台の歴史から姿を消したヴァンパイア。しかしレイニがいた事で、その存在は現代まで生き延びている可能性がある事がわかった。
もし、それが他国の諜報として動いていた場合を考えるとゾッとする。これは何がなんでもレイニを囲い込まなければならない。
母上ならレイニの危険性と、だからこそ対策として充てられる事をアピールしていった方が良いかもしれない。今の所、母上が魅了にかかって他国に心奪われてるという事は無さそうだけど。
それでも存在を知ったからには何も対策はしない訳にはいかない。出自故、仕方が無いとはいえ、レイニが選べる未来の選択肢は少ない。
「……実際王妃にするっていう荒技もなくはないけど」
「民を洗脳するつもりですか?」
「ははは、そしたら本当の独裁国家だね。冗談だよ、冗談」
イリアとの会話にレイニが顔を真っ青にして顔を左右に勢い良く振っていた。自分の事を理解してきたからか、最近レイニは表情が柔らかい。どこか小動物のように思えて、ついつい愛でたくなってしまう。
しかし、改めてレイニを調べて思う。刻印と魔石、その違いを。あくまで刻印は力を借り受けるもの。けれど魔石は変質させるものだ。どんなに刻印を体に合うように調整しても魔石のようにはならない。
(人間を辞めるつもりはなかったけど、その差、かな)
もし、魔法欲しさにドラゴンの魔石をそのまま移植しようとしていたら。私は今頃、人ではないものになっていただろう。それを悪い事だとは思わないけど、結局私はその選択肢を選ばなかった。
だから想像してしまう。もし、自分が竜になってまで魔法を追い求めたらどうなっていたんだろうって。
「……そこまで行ったら、もう私じゃ無いかな」
選ばなかったのが私で、選んだ私がいるのだとしたらその時点でもう別人だ。人を辞めてまで魔法を追い求めた理由を自分は覚えていられるのだろうか。その魔法を、本当は何の為に使いたかったのかを。
「……アニス様?」
「ユフィ?」
ふと、ぼんやりしているとユフィに声をかけられた。意識が現実に戻って来るとユフィが顔を覗き込んでいた。
「ごめん、ちょっとぼんやりしてた。何かな?」
「実は、先程使いの者が来ておりまして」
「使い……?」
「はい。魔法省からです」
「げっ」
魔法省から使い? 普段はそんな事をしないでしょうに。一体何の用なのよ。
「使いはなんだって?」
「先日、陛下が騎乗していた魔道具は何だと。その説明を求めるとの事です」
「エアドラちゃんを? ……素材に目をつけられたかしら」
あれは私の私財だ。取り上げられるとは思わないけれど難癖はつけられそうだ。1人で狩ったなどと嘘だ、どこから仕入れたのか、その資金は国庫から出したんじゃ無いのかとか言われそうだ。本当に気が滅入る。
「いえ、それが……それを是非紹介して欲しいとの事で。魔法省でお披露目の機会を頂きたいそうです。エアドラだけでなく、お互いの理解を深める為に魔道具の展覧を行わないかと」
「はぁ?」
魔法省がそんな殊勝な事を言ってきた? 明日は槍でも降ってくるのかしら。あの魔道具を出せばいちゃもんをつけて来るような奴らが? 展覧の為のパーティーを開きたい? あっちが主催で?
私に理解がある実践派の魔法使いも魔法省にはいるけれど、根が強いのは魔法信仰、神学の研究者達だ。実践派の地位はそこまで高くなく、彼等は彼等で仲が悪いとも良いとも言えない。
実践派は政治劇や幹部の椅子取りは好きにやってろ、というのが主なスタンスだからというのも理由の一つだ。なので個人間で好意的であっても、魔法省そのものと私が諍いを起こす事に対しては中立なので、味方にはならない。
「それと助手である私にも是非に出席して欲しいとの事で打診が来たのですが……」
「……狙いはユフィかな」
確かに今、ユフィを外に出すとなれば助手という理由で私が突っぱねる。けれど私ごとなら、ユフィも助手ならばと同行を指定されれば断るのが難しい。
私一人で出席したとしてもユフィがいなければ、やはり助手として相応しくないと思っているのでは、などと言われれば面倒極まりない。
かといって私が魔法省の誘いを断ればどうなるか。恐らく、対立を深める事になる。そうなると私に出されてる予算にまで口を出されかねない。在る程度、顔を出していかないと彼奴等はうるさい。
となれば、魔法省の狙いは何かと言えば恐らくユフィだ。どんなに魔道具が優秀な存在だと言われても、魔法主義の魔法使いが多く揃う魔法省の体質がすぐに変わるとは到底思えない。だから私と仲良くしようなんて言うのは詭弁だ。
だからこそ狙いはユフィだと考える。魔法使いとして有能なユフィを引き抜きたいとか、その機会を持ちたいのだと考えれば辻褄が合う。
思わずヴォルテール伯爵家のラングの顔が浮かんだ。思わずムシャクシャしたので奥歯を噛みしめる。
「本命ユフィ、魔道具の粗を見つけられたら良し。そんな所かな」
「……私が本命ですか?」
「嫁に欲しいんでしょ。優秀な血統を残して次世代に、なんて」
ケッ、と思わず吐き捨てる。貴族らしいとは思うけれど好きな考えじゃない。というかユフィは子を産む為に才能がある訳じゃない。ユフィを幸せにしようとしない奴なんてその時点で願い下げだ。
ユフィが幸せなら、私がどれだけ反吐が出そうなほど嫌いでも呑み込むしかないけど。まぁ、そればかりは私がどうこう出来る所じゃない。面白くはないけれど。
それでも私はユフィを保護している身だ。なら目を光らせても文句はないでしょう。
「……あまり面白くない話なのですね。残念です」
「魔法省が私にすり寄ってくる事なんて一生ない。私が精霊を崇めるものとして扱わない限りね。私だって信仰心がない訳じゃないって言ってるのに」
「けれど熱心ではないですよね」
「まあ、うん。それは否定しないけど」
さて、どうしようか。これを断るのは非常によろしくない。ただでさえ波風を立てたくない時期なのに面倒くさい事極まりない。
私とユフィが出席するのは確定。ユフィだけ行かせるなんて論外だし、かといって私だけが出て行けばユフィについて難癖を付けられかねない。しかし二人揃って出席しても相手の狙い通り。うぅん、腹が立つ。
「イリアにも付いて来て欲しいけど、多分侍女は下がれって言われるだろうしなぁ」
「出席する方法がない訳ではありませんが……」
全員の視線がレイニに集中する。視線を向けられたレイニは小さく縮こまってしまった。
そう、イリアは連れて行けない。レイニを見て貰わないといけない事を考えると。そうなると相手の思惑に乗るしかないのかぁ、癇に触るなぁ。
「ん、仕方ないね。出席しよう。出来れば角が立たなさそうなものを持って行こう。イリアはレイニの事をよろしくね」
「畏まりました、姫様」
はぁ、憂鬱だなぁ。何事もなく終われば良いんだけどねぇ……。
* * *
「――準備が整いました」
「……そうか」
そこは人目を避けるように、そして注目を避けるように暗い室内。その中で言葉を交わす者達がいる。
「全ては貴方様、そして我等の為に……」
「あぁ。どうなろうともお前達には付き合って貰うぞ」
「勿論でございます。ここまで邪魔されたのです。失敗する訳には参りませんよ」
「……わかっている」
暗がりに紛れるように会話を交わしていた者の気配が消えていく。
残された者は小さく、そっと溜息を吐いた。
「もうすぐ、だ」
小さく呟いた言葉には、その言葉には収まりきれない程の大きな感情を込めて。
それは怒りだった。それは憎しみだった。それは、猛る炎のように熱く。
同時に、冷ややかまでの冷徹さも交えている。猛るが故に殺し続ける、矛盾なる感情。
激しく燃えさかる感情を押し殺すほどの冷徹さを併せ持った影もまた、闇に紛れて消える。
影達が蠢く。闇の中で、静かに這い寄るように。その時が来たるまで……。
 




