After Days:蕩けるような恋に、溶かすほどの愛を
「アニス、お話があるのですが……私たちの話を演劇にしたいという話が上がっているのです」
「はぇ?」
休日の夜、魔学都市と王都を往復する私にとってユフィと過ごせる大事な時間だ。
そんな穏やかで大好きな時間に、ふと思い出したようにユフィが口にした話に私は目を丸くしてしまった。
「演劇って……私たちの話を劇にするって?」
「はい。是非に、ということで強い要望が上がってきてまして」
「なんでまた?」
「色々と思惑があるようなのですが、一つは私やアニスの出会いを純粋に劇にしたいから。精霊契約の今後の指標として語り継ぐべき話であり、あとは今後の結婚に関する法律の改正の後押しに出来るからと」
「……結婚に関する法律って、まぁ、そういう事だよね?」
「えぇ、まぁ」
私はすっぱいものを口に詰め込まれたような顔を浮かべてしまったと思う。
私とユフィが恋人であり、実質的にユフィの伴侶扱いなのはもう皆にとって周知の事実だ。だけど法的に言えば私たちは結婚している訳ではないし、立場としてはユフィは女王で、私はその姉であり王女のままだ。
だけど、それだと女王に伴侶がいないのは、と訴える人もいるのだとか。だから気乗りはしない夜会に顔を出して貴族と顔を繋ぎ、ユフィと親密なことはアピールしてきたつもりだけど……。
「気乗りはしませんか?」
「うーん……ユフィはどうなの?」
「それが政策の後押しになるなら、という程度ですね。進んで劇にして欲しいかと言われれば気乗りはしません。ですが、流石に私もいちいち伴侶について助言を頂くのは億劫になってきた所ですので、打てる手なら吝かではありません」
ユフィは穏やかな笑みを浮かべたけれど、一瞬だけ冷気で出来た棘のようなものを見せて私の背筋に冷たいものが駆け抜けた。
まだユフィに愛人を仄めかしてる人いるのかな……なんというか、ここまで来るとガッツが溢れているというか……。
「……うーん」
「気乗りしないならお断りしますよ?」
「断っても、名前とか伏せて察せられるように劇にされるとは思うんだよね。そういうのは止められるようなものじゃないと思うし。精霊契約についても新しい訓戒というか、知るための切っ掛けは残しても良いだろうと思うよ」
精霊契約は本人の素質と切っ掛けでいつどんな時代で生まれてしまってもおかしくはない。厳しかった時代から比較的穏やかな時代へと変わって、その絶対的な力も減少傾向にあるけれど何が切っ掛けとなるかはわからない。
その時に精霊契約者の扱いを間違えないために知識の伝承は残しておくべきだ。それなら私たちの物語を演劇として残すのはありなのかもしれないと思うんだけど……。
「……それって私たちが主役ってことだよね?」
「当然、そうなりますね。私たちのお話ですから」
「改めて言われると、その恥ずかしいなって……」
……ユフィの視線の温度が生温くなる。少し冷めてしまった紅茶のような温度だ。
私は誤魔化すように冷めかけた紅茶を飲み干して、机に頬杖を突く。
「だってさ、こう、これからの歴史に残っちゃうかもしれないんだよ?」
「残すのが目的ですからね」
「私とユフィの馴れ初めだよ?」
「えぇ、そうですね」
「……恥ずかしいじゃん」
「……気持ちはわかりますが」
わかるなら、そんな子供を見るような目で見ないで欲しいんだけど!
「だって……」
「だって、何ですか?」
「私とユフィの思い出でもあるし、なんか、劇に仕立てられるのもなって……私たちだけのものであって欲しいというか……」
私たちだけの思い出なのに、それを劇にして楽しまれるというのは恥ずかしいだけじゃなくて特別感が薄れるというか、何と言うか。
そんな思いから口をもごもごさせていると、ユフィが肘をついて両手を組み、手に額を乗せるように俯いてしまった。
「……あれ? ユフィ?」
「本当にアニスは無自覚に私を煽るのが上手いですね?」
「煽った? ……いや、だって、えぇ……それ煽った判定されるの?」
「じゃあ、私がアニスとの思い出は私たちだけのものであって欲しいと言ったらときめいてくれないんですか?」
顔を上げてユフィが上目遣いでそう言ってきた。その仕草に私は喉を詰まらせたように言葉を失ってしまう。
自然と熱が頬に集まっていき、手で顔を覆ってしまう。……はいはい、私が悪かったです。ごめんなさい!
「でもユフィに愛人を薦められるのは嫌」
「それは私も嫌です」
「それなら演劇にしてもらって、世論とか誘導した方が良いのかなぁ」
私が演劇にされるのが嫌なのは恥ずかしいが七割、私たちの思い出は私たちの思い出であって欲しいのが三割といった所だ。
でも、結局それは個人的な感情でしかない。もっと大局的に見れば、大々的に演劇とかで広めてしまった方が良いのもわかる。
「……私が嫌なのは、もう少し別の理由があるんですけどね」
「そうなの?」
ふと、飲み終わった紅茶のカップを指でなぞりながらユフィが呟く。ユフィが嫌な理由ってなんか他にあるのかな?
「この先、私たちは人より長く生きるのは半ば確定です。もし、この物語が今後も広められるようなことになったら……」
「……うわぁ」
つまりは生きてる伝説扱いだ。しかも恋物語の。それは、なんというか、嫌だなぁ……。
将来的には私もユフィも国を離れなきゃいけないと思っている。それが時代を次の人に託すために必要なことだから。
それからは今までの身分を忘れて色んなものを見て楽しみたいと思ってる。なのに、行く先で自分たちの若い頃の話が演劇になっているのを見てしまうのかもしれないと思うと気恥ずかしい所じゃない。
「ただ、アニスが言う通り許可を出すにしろ、出さないにしろ、こうした話は残ってしまうものだと思うんですよね」
「……そうだね」
「逆に、それなら私たちが脚本に口を出せるようにした方が良い気も……」
思わずお互いの顔を見合わせて、苦笑を浮かべ合ってしまった。
元々、利点は大きいんだ。私たちが恥ずかしいということを抜きにしてしまえば。
「なんというか、別に歴史に残りたかった訳じゃないんだよね。私はやりたいようにやってきただけだからさ。こんな風になるなんて思ってもなかった」
「歴史を語るのは後世を生きる人たちに委ねられるべきです。私はどのように扱われようとも、後の歴史でどう伝えられるかまでは興味が沸かなかったのですが……」
「将来さぁ、ふと国に戻ってきたら人気の演目とかになってたらどうしよう……」
「……笑えばいいんじゃないですか?」
「笑うしかないとも言う」
「それなら笑い話として残るように、良き国にしていかないといけませんね」
これからパレッティア王国は大きく変わっていく。いずれ王政は廃することになるだろうし、魔法使いの価値も在り方も姿を変えていくだろう。
今ある社会の姿は変わっていき、人の在り方も新しいものになっていく。その先で私たちの物語がどう語られるのか、それは想像の中にしかない。
でも、どうかその物語が良きものであって欲しいと祈りたい。
私たちの歩んだ道が、誰かに語られる物語となって夢や希望を託せるならそれはそれで良いのかもしれない。
それこそ、私にこの道を歩ませた前世の御伽話のように。
「ユフィ」
「はい? 何ですか、アニス」
「好きだよ」
貴方が好きだよ。例えば、私たちの物語がこれから皆にとって笑って語り継がれるようになったのだとしても、私がユフィを特別に思っているこの思いは私だけのものだ。
その思いが私に好きだと口にさせる。するとユフィは目を丸くした後、肩を落とすほどに深く溜息を吐いた。
「……貴方の不意打ちには敵いません」
「えへへ」
「わかっててやったなら、尚更許せませんね」
顔を上げたユフィはとても綺麗に笑みを浮かべていた。
ちゃんと覚悟して言ったんだから、受け止めて欲しいな。
「私もアニスが好きですよ。溺れて、溺れさせたい程に」
「うん、私だけの特権だね」
「……明日どうなっても知りませんよ?」
「……あ、甘やかすのは年上の余裕だから」
「声が震えてなかったら完璧でしたね」
うるさい。明日の予定を犠牲にする覚悟で言ったんだから、余計な口を叩かないで黙って甘やかされてなさい!
甘やかされてるのは私の方だって? その声は聞こえないものとする。あー、あー、聞こえない!
「アニス」
「なにさ」
「ずっと、これからも一緒にいてくださいね」
「……当たり前だよ」
席を立ってユフィが私の頬を撫でて、そのまま髪を指で弄る。その手に私の手を重ねて撫でる。
そうしてユフィの手を撫でていると、ユフィが何故か堪えかねたような顔を浮かべていた。……はて?
「ユフィ?」
「……その触り方、なんか誘われてるみたいで」
「これは誘ってないけど!?」
「無自覚なのは怖いですね」
怖い怖いと繰り返すように言ってから、ユフィは私の抗議の言葉をそのまま呑み込むように塞ぎにかかった。
理不尽な程に愛されて、溺れて、溺れさせて、このままどこまでも一緒にいたいと願う。繋いだ手がこれからも離れてしまわないように。
――きっと、私は蕩けるような恋している。溶けてしまいそうな愛を抱えながら。
『転生王女と天才令嬢の魔法革命』、Web版投稿から二周年を迎えました。
先月は書籍化から一年を迎え、三巻も出すことが出来ました。ここまで応援して頂けてありがとうございます。
コミカライズ連載も始まっておりますので、書籍化した本作も出来ればよろしくお願い致します。
改めて、この物語がここまで続けられたことに感謝を込めて。




