Another Story:狼少女の王国散歩(7)
アルが来てからのお茶会は、最初はぎこちなかったけれどお義父さんやお義母さんが積極的にアルに話を振って、アルと言葉を交わしていた。
お茶会の終わりにはアルも穏やかな表情を浮かべてお義父さんたちと話が出来ていたと思う。
「アクリル、これから時間を貰えるか?」
「アル?」
「少し外に用がある。付き合って欲しい」
お茶会の時間も終わって、お義父さんたちと別れた後でアルがそう言って私を誘った。
断る理由もなかったので了承する。それから私たちは目立たない格好に着替えてから王城の外へと出た。
「アル、何の用事があるの?」
「あぁ……本当は真っ先に行かなきゃいけなかった所だ」
「……?」
私にそう言ったアルの表情はどこか険しくて緊張しているのが伝わってきた。アルが緊張しなければならない用事って一体何だろう?
そのまま私たちは王城を出て歩いて行くけれど、アルが向かったのは城下町の方ではなくて、豪華な住宅が並ぶ区画だった。
「ここは?」
「ここは貴族の邸宅がある区画だ。目的地はこの奧だ」
アルはそのまま奧へと進んでいく。城下町のような活気はなくて、綺麗に整えられたような景色がずっと続いていく。
同じ街でも城下町の空気とは全然違う。平民と貴族という身分の立場の差は、こうして暮らす場所にも現れるものなんだな、と思ってしまう。
アルは道中、ずっと無言だった。何か思い詰めているようなアルに言葉をかけることも出来ず、私たちは目的地に向かって歩みを続ける。
日も沈んできて空が夕焼けに染まり出す頃、アルが目的としていた場所に辿り着いた。
そこに並ぶのは、整えられた石が無数に並んでいる場所だった。人の気配も薄くて活気もない。なんだか寂しい場所だと思ってしまう。
「アル……ここって?」
「ここは墓地だ」
「墓地?」
「……死んだ人を弔うための目印を墓と言うんだ。ここはその墓が集められた場所で、死者が静かに眠れるようにと作ったものだ」
「……墓」
アルの説明で私はなんとか墓という概念を理解しようとする。森に生命を還す私たちにとって森そのものが墓のようなもの。でも、そこは同時に生命が生きる場所でもある。
でも、この墓地は生命が切り離されている場所なんだ。だからこそ、なんとなく寂しく思ってしまう。
アルはそのまま墓地に足を踏み入れてゆっくりと進んで行く。ここにも花が飾られているのに中庭の時のような感動はない。
綺麗だとは思うけれど、やっぱりここには生命の気配が薄いから寂しいという思いばかりが先に来てしまう。むしろ寂しいからこそ、この花たちが慰めのようにも思えてしまう。
立ち並ぶ墓を通り過ぎて、アルは一際大きな墓石が置かれている場所へとやってきた。他の墓とは更に距離もあり、なおさらだった。
「このお墓、大きいね」
「……あぁ。本来、墓というのは一人につき一つだったり、家族や血族で一つだったりとするんだがな。この墓は違うんだ」
「……違う?」
「この墓は、俺が殺してしまった人たちが纏めて弔われたものだから他の物よりも大きいんだ。他の墓に比べて、ここに眠る人が多いからな」
「……アルが殺した?」
アルは緊張したままだけど、どこか寂しそうで辛そうだった。風が吹けば倒れてしまいそうな程に儚く見えるアルから目を離せなくなってしまう。
「俺がこの国を乗っ取ろうとした時に、俺に協力しようとした人たちがここに眠っている。彼等はこの国にとって反逆者だ。一族も纏めて処刑された者だっている。そんな多くの者たちに、それも国に仇なそうとした彼等を個別の墓で弔うことは許されなかった。しかし、死者は死者だ。死んでからも苛まれる必要はないし、生者を呪うようになってはいけない。だからこそ建てられた墓だ。これを慰霊碑と言うんだ」
「慰霊碑……」
じゃあ、この墓はアルが殺してしまった人たちが眠る……アルの罪の象徴とも言えるものなの?
そんな墓にアルは一歩近づいて、その前に立つ。片膝をついて胸の前で手を当てるようにして頭を下げた。
「花を手向ける資格はないと思っている。……それでも私が惑わせてしまった貴方たちに謝罪をしたいと思い、ここに来た」
膝をついたままアルは顔を上げる。慰霊碑を見上げるように見つめながら、アルは懺悔するように言葉を続ける。
「私は自分は王の器ではないと己を卑下し、何かを変える力はないと思っていた。その弱さが心を喪わせ、貴方たちを利用することばかり考えるようになっていた。そんな弱い王族に貴方たちの心が惑ってしまった。勿論、貴方たちが自ら育ててしまった悪心もあるだろう。けれど、それを払うことこそが王族に求められたものではないかと今は思う」
風が吹く。膝をついたままのアルの背中は頼りなくて、とても小さく見えた。
「貴方たちの死は、私という弱き王族が招いた死だ。主君としてあるべきだった者としてあるまじき失態だ。貴方たちの死を私は背負わなければならない。貴方たちの死を無為にしないために。そうでなければ貴方たちの死は、この国の王に逆らったという叛逆の罪しか残らない。その嘲りの名が貴方たちを鎮められるとは思っていない」
そう言ってからアルは、また深く頭を垂れる。胸に手を当てたまま、空いた片手を握り締め、拳を地につける。
「……本当に申し訳なかった。許してくれとは言わない。だが、どうか貴方たちの無念を濯ぐことが出来るように胸を張って立つ。その様をあの世で見届けて欲しい。いずれ、私もそちらに行くだろう。私は貴方たちを忘れることはしない。貴方たちという犠牲を支払ってしまったことを、その上で生きていく私が貴方たちの犠牲を無為になどさせはしない」
血を吐くような重く、後悔を満ち溢れさせた言葉をアルは墓前に捧げている。
そしてゆっくりと顔を上げる。私はアルの表情を見たくて、彼の隣に立つ。アルは私に視線を向けたけれど、少しだけ困ったように微笑んでから慰霊碑へと視線を向け直す。
「……モーリッツ」
アルが誰かの名前を呼ぶ。その声にもやっぱり後悔が満ちていて、アルの表情が寂しさに溢れてしまっている。
「俺は、お前が嫌いだったよ」
ぽつりと、吐き出した言葉はきっとアルがモーリッツって人に言えなかった言葉なんだろうな、と思って。
「……自分が嫌いなのと同じぐらい、お前のことが疎ましかった。お前は典型的な嫌な貴族で、姉上のことも聞くのも嫌になるぐらいに扱き下ろしていたからな。だが、お前には利用価値があった。……お前は俺のことをどう思っていただろうな? 俺と同じだったか?」
アルだって答えは返ってこないというのはわかっているのに、返答を求めているように言葉を紡ぐ。
「本当は気付いていた。俺はお前を変えてやらなきゃいけなかったんだ。お前は家の毒に毒されすぎていた。でも、お前だって変われた筈だろう。俺だって変われたんだ。その機会を永遠に奪ったのは俺だ」
「……アル」
「なぁ、モーリッツ。俺が王にはなりたくないと、そんな自信はないと、魔法という力を信じることが出来ない、精霊が俺たちを救ってくれることなんてないと、そう思っていると打ち明けたら考えてくれたか? この国の未来のことを、ただ魔法を盲信していただけだった自分のことを。そうしたら俺たちは……友になれただろうか?」
上げていた顔を下げてしまったアルの表情は見えなくなってしまった。でも言葉尻が震えていたのが、アルが泣いているように思えてしまった。
その肩に手を伸ばしかけて、私は拳を握った。……ここは私が手を差し伸べるべきじゃない。それに、大丈夫。私は信じてる。
アルが、ゆっくりと立ち上がる。そこに涙はなかった。ただ寂しそうな表情を浮かべて慰霊碑を見つめている。一度瞬きして息を整えると……そこにはいつものアルがいた。
「後悔はここに置いて行く。次に来る時は未来に向かう成果を手土産に来るよ。……彼女と一緒に」
私の肩にアルが手を置いて、少しだけ自分の方へと寄せるように引く。私は抵抗せずに肩をアルに預けた。
「一人でここに来ると、足を止めてしまいそうになるからな。俺は足を止めない。その為にアクリルが見ていてくれる。……だから見届けていてくれ」
「……アル」
「……もし俺が道半ばで果てるようだったら、アクリルが代わりにこの慰霊碑に花でも捧げて――」
なんか、ごにょごにょと余計なことを言い出したアルの脇腹に思いっきり肘を叩き込んだ。
アルが呻くように息を漏らして、その場に膝をつきそうなのを必死に堪えている。咳き込むアルを無視して、私はふんと鼻を鳴らした。
「アルは弱い。そんな馬鹿なことをまだ口に出すぐらいに弱い!」
「……ぅっ……! アクリル、何を……」
「でも弱くてもいい! 強くなろうと生きようとしている! それは生きている人の特権だ! 死んでしまった人たちには与えられない! だから、もしもなんて、自分が果たせないかもしれないなんて言わない!」
少し困惑したようなアルに私は指を突きつけて言い放つ。
「ここをいっぱいの花で満たすぐらい、偉くなって、強くなればいいの! 後悔をここに置いていくなら前だけ向いてればいいの! 自分で言ったことぐらい、自分で守ろうとしなさい! 一人で無理なら、手を貸してって言いなさい!」
アルは唖然とした顔で私を見る。私は大きく息を吐き出してから、アルの胸を叩くように拳を置く。
「誰が許さないって言ったって、私が貴方を幸せにする。だからアルは幸せになるの。この人たちに認められることが出来たと思えたらアルは幸せなんでしょ!?」
「あ、あぁ……」
「それは簡単なこと?」
「……いいや、難しいことだ」
「一人で進むのも辛い?」
「あぁ、辛いな……」
「私は、アルの力になるよ」
アルの胸に額を預けるように身を寄せる。アルがぎこちなく私の背に片手を回す。
「……すまない、アクリル」
「知らない。謝って欲しいって言った?」
「……いや。なら、ありがとう」
「ん。それなら良し」
私はアルから一歩離れてから慰霊碑へと睨むように視線を向ける。
アルはこの人たちを間違えさせてしまったと言った。でも、きっとこの人たちだってアルを惑わせてしまった人たちなんだと思う。
それが正しい理解なのかはわからない。それにこの人たちに何を言った所で何かが変わる訳でもない。
だから、私が告げるのはただ一つだ。でも、言葉にはしないで胸の中で誓う。
(アンタたちに、アルを渡さないんだから)
アルは許されたいと言ったけど、私は知ったことじゃない。
アルを恨みたいなら恨めば良い。許せないと言うなら許さなくて良い。
アルが生きているのが憎いと言うのなら、そのまま憎しみに苛まれていれば良い。
だって、死者には何も出来ないんだから。もしも、化けて出てくるならその時は私がきっちりトドメを刺してやる。
アルは生きて私と幸せになるんだ。その中にはアンタたちを弔うことだって含まれてるんだから、いいからそのまま静かに眠っていて欲しい。
「帰ろう、アル」
「……あぁ」
私たちが生きていく場所に帰ろう。ここは私が、私たちが生きていく世界じゃない。
でも、ここには大事なものがある。墓、後悔、過去、それを弔うことだってきっと大切なんだろう。
私たちが何かを得るためには生きるしかない。だから精一杯生きて、そして後悔の過去に慰めと弔いの花を添えよう。
「アル」
「何だ?」
「辺境に帰ったら花を育てよう、お義父さんみたいに庭師さんを雇って。その花をいっぱい育ててここに添えよう」
「……そうだな。それも良いかもな」
そう言ったアルはようやく笑ってくれた。それに私も微笑み返した。
繋いだ手を離さずに歩いていこう。アルの幸せが私の幸せなんだから。それが私の生命の使い方で、私が選んだ自由だ。
パレッティア王国は自由の国だ。自由の価値と、自由の価値を守るための責任を負うことを私に教えてくれた。
だから私は選び続ける。アルの隣にあることを、この人に幸せにすることを。それは私が得た居場所で、私の生命の標なのだから。
今回の更新で外伝『狼少女の王国散歩』が最後となります。
ここまでお読み頂いた方、ありがとうございます。『転生王女と天才令嬢の魔法革命』は書籍版が一巻、二巻共に発売中。三巻も続刊が決まっておりますので、そちらも追いかけて頂ければ嬉しく思います。




