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Another Story:狼少女の王国散歩(4)

 ラングから本を借りてから私は自室で本を読みふけっていた。

 他にやることがないのが正直な所だけど、本の内容は興味を惹かれたのでページを進める手は軽かった。

 そうして時間を潰していると、いつの間にか日が沈む時間になっていた。そんな時間になった所で私の部屋がノックされる。


「アクリル、俺だ」

「アル!」


 部屋に入ってきたのはアルだった。その顔には少しだけ疲れの色が見えるけれど、元気そうだった。


「すまないな、不自由にさせて」

「うぅん、いいよ。アルこそお疲れ様。話し合いは進んでる?」

「あぁ、順調ではある。だが手続きが多いのがな……どうしても時間がかかる」


 椅子に座ってアルが眉間を揉みほぐしながら言った。私もアルに倣って対面の席に座る。

 するとアルの視線が私が読んでいた本へと視線を向けた。


「本? 図書館から借りてきたのか?」

「うん。城下町にも行ってみたんだけど、なんか落ち着かなくて」

「王都は辺境と環境が違いすぎるからな」

「そうだね。でも、アルは元々ここに住んでたんでしょう?」

「俺はあまり王城から出たことがない。だから城下町に慣れ親しんでいる訳ではない」

「ふーん……?」


 そういうものなのかな、と思いながら私は頷く。自分が住んでいる場所なのに、王城と城下町でまるで別物みたいな感じだ。


「本の内容は面白かったか?」

「興味深かったよ。パレッティア王国の歴史とか、精霊信仰の成り立ちとか。リカントの里と違う理由も納得することも多かった。勉強になったよ」

「そうか、それは良かった。慣れない、というのは承知の上だがな。この国についてどう思う?」

「どう? 別に良いこともあるし、悪いこともあるって感じかな」


 パレッティア王国は自然豊かだけど、人が住んでいる場所は森じゃなくて平原だ。それは地図を見たり、歴史を見るとわかりやすい。

 ここがリカントの里と違う。リカントの里は森にあって、森には命が巡る実感が息づいている。その実感が私たちに森は大事なものだと思う意識を育てる。


 でも、これが平原の暮らしになるとその実感が薄くなると思う。だからパレッティア王国の人たちは土地を切り開き、開墾していくことで自分たちの領土を築き上げるようになっていったんだと考えられる。

 私たちの自然に対する姿勢とパレッティア王国の自然に対する姿勢は基本的に相反しない。だけど違う所だってあるし、反発しかねない所もある。


 大事なものをそのまま保って一体化しようとするリカントと、大事なものに感謝をしながら自らの生活と発展のために利用するパレッティア王国の民。

 それは森と平原という場所の違いが大きい。森は自分の身を隠し、外敵を遠ざけることも、森の恵みを取ることも出来る。だから私たちは森と一体になって生きていける。

 でも平原だと身を隠す所はない。魔物が跋扈していた時代があったと思えば、土地を耕し、丈夫な建物を築き、魔物を追い払って自分たちの住む場所を広げようとしたのは自然の流れだと思う。


 勿論、私はリカントとして育ったのでパレッティア王国の在り方にいまいち釈然としない所はある。けれど、それでもパレッティア王国は今日まで続いてきた。

 自分たちを守るために、自分たちが生きられる場所を築き上げようとする。その為に前に進もうとする力がある。

 それは自然と一体であろうとするリカントとは異なるけれど、人が生きていく上で必要な適応だったのだと思う。


 その話をすると、アルは興味深そうに相槌をしながら私の話に耳を傾けてくれた。この穏やかな時間がなんだか久しぶりで思わず気が緩んでしまう。


「興味深い話を聞けたよ。アクリルが必要であればめぼしい本の写本も頼んでおこうか。君のためになりそうだ。……っと、もうこんな時間か、しまったな」

「ん? 何かあった?」

「いや、アクリルに伝えなければいけないことがあったんだ。実は、母上と父上が是非ともアクリルとお茶会の場を設けたいという話でな……」

「お茶会? アルのお母さんとお父さんと? 別に構わないけど」


 お茶を飲んで話すだけなら、私も話してみたいと思ってたから歓迎する所だけど。


「……良いのか? 俺は外せない用事があって、恐らく参加出来ても遅れると思うが」

「? それが何か問題でもあるの?」

「……いや、アクリルが何も気にしないなら良い。俺としてもアクリルには暇な時間ばかり過ごさせているからな」

「お仕事でやらなきゃいけないことがあるんでしょ? それを邪魔するつもりはないよ」


 そもそもアルの屋敷じゃないんだし、アルの都合だけ優先する訳にもいかない。私とアルだったらアルの事情の方が優先されるべきだ。

 だから私は文句を言うつもりはない。不満には思っても、それを口にしてしまえばアルに迷惑をかけてしまう。それは私の望みではない。


「アルこそ、何か辛くなったら私に甘えてくれても良いんだからね?」

「いや、ここまで付いて来て貰った上に母上たちの相手をさせることにもなるんだ。十分甘えさせて貰ってるよ」

「……それって本当に甘えてるの?」


 相変わらず甘えてるのかどうかわからないアルの言う甘えに私は眉を寄せてしまう。私が思うのは、もっと心温まる触れ合いとかなのに。

 その点、アニスフィアの鬱陶しさを少しぐらいはアルも見習ってくれればいいと思う。モフモフ、だとかアニスフィアは言ってたけど、耳と尻尾を触らせるのはアルなら全然良いのに。

 ……むしろ、ちょっと、アルから触れて貰えると私が嬉しいし。


 それから私はアルと軽く雑談した後、お互いに身を休めるために別れた。

 お茶会は私が問題なければ明日だと言う。改めて断る理由をないことを伝え、そして私たちはそれぞれの部屋で眠りについた。



   * * *



「アクリルさん、お似合いですよ」

「……そ、そう?」


 次の日、アルの両親とのお茶会の時間がもうすぐ迫る中で私はメイドさんたちに着替えさせられていた。

 しかも着替えの前には風呂に入れられて、これでもかという程に肌を磨かれた。流されるままに甘んじていたけど、お茶会に行く前から疲れてしまいそうだ。


 それも、これから先王と王太后であるアルの両親に会うためだと言われれば納得はする。ただ、それでも大袈裟だなとは思うけど。

 普段より着心地が良いけれど、ゆったりとした服に着替えさせられて化粧を施されている。この化粧というのがくすぐったいのだけど、鏡で見る私が別人みたいに綺麗になっているので感心してしまう。


(それでも、ここまでしなきゃいけない必要性がわからないけど……皆、こうなのかな? 大変そうだな……)


 まだパレッティア王国でも、アルが住んでいた辺境の方がずっと私には暮らしやすいなと思ってしまう。


「アクリルさん、お時間です。参りましょう」

「うん」


 メイドさんの案内を受けながら私は部屋を後にする。向かうのはこの王城の中庭だ。

 この王城に来てから中庭を目にする機会はないので、これが正真正銘の初中庭だ。少し興味に尻尾を揺らしながら向かって……私は息を呑んだ。


 日が差し込み、花と緑の香りが鼻をくすぐる世界。アルの屋敷の中庭に比べれば広いけれど、決して広大とは言い切れない広さ。狭くて、自然と言うには整えられすぎた緑の庭。

 だからこそ咲き誇る花はどれも瑞々しくて、見る者の目を楽しませる。森でふと見かける花たちでさえ心が和むのに、複数の花々が綺麗に整えられているとここまで美しく見えるのかと思ってしまう。


 そこまで思って私は気付く。要は、この中庭は化粧を施された自然のようなものなんだと。さっきまで自分が着飾られていることの意味を考えていたけれど、この感動がそのまま理由だったんだ。

 美しいものは美しい。だから尚、美しく飾り立てたいと思える。ただ、それだけの話なんだ。


 目を奪われて息を呑んでいると、私を案内していたメイドさんが少し慌てたような声を漏らした。


「先王陛下!? どうしてこちらに!?」

「そのお客人のエスコートに参った。君は下がってくれて構わない、私が引き継ごう」


 何度か顔を合わせたけれど、面と向かって会話したことはまだ数少ないアルのお父さんがそこに立っていた。

 メイドさんは困惑したように私とアルのお父さんを交互に見ていたけれど、恭しく頭を下げて下がってしまう。

 そして残されたのは私とアルのお父さん。アルのお父さんはどこか神妙な顔を浮かべて私に向き直る。


「ご機嫌よう、アクリル」

「……ご機嫌よう、先王陛下」

「驚かせてしまったならすまない。この先で妻を待たせているが……その道すがら、少し君と話してみたくてね」

「私と?」

「うむ。……思い切ったはいいものの、言葉が浮かばないのだがな」


 苦笑を浮かべて頬を掻いているアルのお父さん、オルファンスさんはそうしていると普通の父親しか見えない。

 私が見ている時はどこか頼りないながらも、もっと引き締めた表情を浮かべていたような気がする。


「……私は貴方にとって他人ですし、もっと肩の力を抜いていいと思います」

「む……そうか。気遣いをありがとう」

「いえ、アルのお父さんですから。もっと自然に話せたら私も嬉しいです」


 私がそう言うとオルファンスさんは苦笑を更に深めてしまったようだった。

 オルファンスさんが何を考えているのか、私にはちょっと読めない。互いに言葉に迷うような時間が過ぎるけれど、意を決したようにオルファンスさんが私に手を差し出す。


「では、エスコートをさせて欲しい。お手を頂けますか? お嬢さん」

「えと……お受けします」


 アルから教えてもらった作法を思い出しつつ、そっと手をオルファンスさんに預ける。

 その手は思っていたよりも厚くて、ゴツゴツとしている。なんとなく、その手を父である人の手なのだと思えた。


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