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Another Story:狼少女の王国散歩(3)

「なぁ、悪かったって。機嫌を直してくれよ」

「視界から消えて、声が聞こえなくなったら直る」


 結局、ミゲルがいると落ち着いて城下町巡りが出来ないので早めに王城に戻ってきた。ミゲルは心底、謝っているとは思えない態度で謝ってくるので無視する。

 予定より早くに切り上げたから結局、時間を潰せた訳じゃない。どうしようかな……?


「悪かったって。わかった、俺が代わりに良い所を案内するから」

「……どこに?」

「文字は読めるんだろ? だったら王城の図書室なんてどうだ?」

「図書室?」

「王族の教育に使われる書や、国が保管すべきと集めた本が集められた場所だ」

「……まぁ、見てみるだけなら」


 私にとって本はかなりの高級品なんだけど、パレッティア王国だと思ったより高くないみたいだった。

 このままミゲルと別れても暇なままだし、そう思ってミゲルに案内された図書室に入って私は目と口を大きく開くことになった。


 私よりも背が高い本棚が幾つも並び、そこに年季の入った本の香りが部屋いっぱいに広がっている。

 本の数も数え切れないほどの数が収められていて、本の群れになっている。


「……これ、全部本なの?」

「そうだぞ? まぁ、最近は結構増えた方だけど」

「増えた?」

「まぁ、それは精霊省……本を増やすのを仕事にしてる奴等がいるんだよ」

「ふーん……?」


 よくわからないけれど、とても贅沢な仕事に思えて仕方なかった。


「さぁ、好きな本を読んでくれていいんだぜ」

「好きな本って言われても……何がなんだか」

「何をしている、ミゲル?」


 ミゲルと問答をしていると、少し離れた所から声をかけられた。ミゲルがうげっ、と嫌そうな声を漏らしているのが聞こえてそちらに視線を向けて見る。

 そこには眼鏡をかけた銀髪の男性が立っていた。長い髪を紐で括って一つに束ねて、肩から流すように降ろしている。

 気難しそうな表情を浮かべていて、その空色の瞳がミゲルを咎めるように見つめている。


「これはこれは、ヴォルテール伯爵殿! ご機嫌麗しゅう……」

「何の茶番だ? ……そこにいるのはアルガルド様が連れてきたリカントの方だったか? ミゲル、お前が護衛を買って出て城下町に観光に出ていたと聞いていたが?」

「いやぁ、それは、なんというか? ……わかるよな?」


 ばちん、と音が聞こえてきそうなウィンクをして言うミゲルにヴォルテール伯爵と呼ばれた彼は青筋を浮かべ始めた。


「……失礼。私はラング・ヴォルテールと申します。ラングとお呼び下さい、リカントのお客人。この無礼者が大変失礼をしたようで大変申し訳ありませんでした」

「アクリルだよ。……この人、いつもこんな感じなの? 大変だね」

「おい、ミゲル。グラファイト侯爵には私からお話させて頂く」

「げっ!? 父上を持ち出すのは反則だろ!」

「やかましい、恥晒しが」

「はいはい、俺が悪かったです。反省してまーす」


 眉を顰めながらラングはミゲルに苛立たしそうに言った。それでも飄々としているミゲルには腹が立ったので、思いっきり足を踏んづけておいた。


「いってぇっ!? なんで踏んだ!?」

「天罰」

「お見事」

「あらら~? 俺をダシにして仲良くしてくれちゃって! 泣くぞ!」

「泣き喚けば?」

「悲鳴でも上げていろ」

「あれ、息ぴったり!?」


 ミゲルが足を抱えながらぴょんぴょん跳ねながら訴えてくる。何故か呼吸があってしまったラングと顔を合わせると、彼もなんだか微妙な表情をしていた。


「なんだよー、それならラングに案内して貰えれば良いじゃん。ここの本ならコイツが大体網羅してるしよ」

「そうなの?」

「一応、そうはなります」

「へぇ……この量の本を。凄いんだね、貴方」


 私が素直に凄いと思って賞賛すると、ラングは眼鏡を指で押し上げるようにして視界を逸らしてしまう。


「……所詮、日陰の仕事ですよ。賞賛されるようなことではありません」

「この国ではそうなんだ? 変なの」

「……変?」

「どんな事でも備えと蓄えから始まる。本ってその備えのためのものでしょ? それを整理してる仕事が賞賛されるような仕事じゃないのは変だと思う。将来のためのお仕事でやってるんじゃないの?」


 本は高級品。リカントには自分たちで作ることは出来なかったし、その必要もなかった。だからあくまで外から齎される珍品の一つだった。リカントの里では外の人を知るため、ということで残っていたものだけど。

 本とは知識だ。文字が読めれば口伝で伝える以外にも知識を他の人に伝えることが出来る。それはパレッティア王国に来てからもっと実感することになった。


 食料を備えて餓えに備えるように、知識を蓄えて未来に備えるのは同じぐらい大切なことだ。

 だから本を集め、整理して、誰かが読めるようにしておくというのは凄い仕事だと思う。本は知識だけど、ただ読むだけでは知識は身につくものじゃない。

 そして本は見なければ当然の事だけど知識は手に入らない。人がどの知識を求めているのかで本を薦められるのは凄いことだと思う。


 そんな思いから言った言葉だったんだけど、ラングは目を丸くして私を見た。ミゲルがまた興味深そうにあの気持ち悪い目線で見てくるのも鬱陶しい。二人の視線が集まったことで私も少したじろいでしまう。


「な、なに……?」

「……いえ、似たようなことを言われた覚えがありまして」


 ラングが少しだけ眉を寄せながら、眼鏡を上げたまま指で眉間を抑えている。疲れたように大きく溜息を吐くのは、ラングにとってあまり良い印象の覚えではないことは私でも察せられる。


「人によって似たような言葉でも印象って変わるもんだよな」

「やかましいぞ、ミゲル」

「……誰かに嫌なことでも言われたの?」

「嫌なこと……いえ、そういう訳ではなく……」

「あの人に言われるのがなんとなく気に入らないって話だよな。まぁ、王姉殿下なんだけどよ」

「またアイツ?」


 脳裏に浮かぶニコニコ笑っているアニスフィアの顔が浮かんで、私は微妙な表情をしてしまった。

 でも、別に言ってることは間違いないとは思うんだけど。アイツは馬鹿だけど、悪辣って感じはしないし。何かあったのかな?


「アイツ……王姉殿下を……いや……リカントは正確には我が国の民ではないし……しかし……」

「……あぁ、ごめんなさい。アレでもこの国の王族だったわね。失礼だったわ」

「それを言ったらラングなんて昔は無礼千万だったよな?」

「ごほん、ごほんっ! ……失礼、あまりアニスフィア王姉殿下のことを口さがなく言うのは気をつけた方が良いかと。ただでさえ貴方はアルガルド様の同行者ですし」

「うん、ごめんなさい。気をつけるね」


 私が気に入らないからって、あまり言いふらすように私が好きじゃないって言うのも良くないのか。なんだか煩わしいけれど、それがパレッティア王国の流儀なんだろうし。


「私は別にあの方の言ってることまで全て間違ってるとは思いませんが、今までが今までだったので……素直に飲み込めないこともあるのです」

「わかるよ。あの人もこういうのと一緒でしょ?」

「あれ? ここでなんで俺が槍玉に挙げられてるんだ?」

「わかります。普段から敬意を抱ける振る舞いをして頂ければ、このような棘を立てる必要もないのですが……」

「普段の振る舞いを人は見てるし、内面まで見通せるかって言われると難しいからね。悪い人じゃないから、とは言えるけれど、いい人とは言えないのはね……」

「遠回しに俺のこと批難してます? ねぇ、お二人さん? ちょっと?」

「「うるさい」」

「はい……黙ります……俺は本棚のシミです……」


 それからラングとはつい話が弾んでしまって、王城で暇をして時間を潰すのに困っているという話をしたら何冊かオススメの本を貸してくれた。

 この国の成り立ちの童謡や、御伽話、それから国の歴史の参考書など読みやすくて簡単なものを借りることが出来た。これで暇を潰すこともできるし、もっとパレッティア王国のことを知る良いキッカケになった。


「ありがとう、ラング」

「いえ、こちらこそ話が合う方で良かった。リカントのことについてもいつかじっくりお話しを聞かせて頂ければと思います」

「もう暫くここにいるとは思うし、ラングが暇な時で良ければ」


 私はラングと握手を交わして、そのまま図書室を後にした。その手にラングからオススメされた本を抱えながら。


「なんというか、思わぬ人と人が波長があって驚いたな……」

「…………あれ? いたの、ミゲル」

「流石に俺でも傷つくぞっ?」


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