第19話:御伽話の怪物
「ヴァンパイア……ですか?」
「あの御伽話のですか?」
イリアとレイニ嬢が確認するように尋ねてくる。レイニ嬢はともかく、イリアの顔には珍しく困惑の色が見えた。
二人の反応は何も不思議な事ではない。少なくとも普通の人達の認識ではヴァンパイアなんて御伽話の存在でしかない。
曰く、人の血を啜る怪物。親の言いつけを守らず、日が落ちても出歩いてたら綺麗な人に声をかけられる。
あんまりにも綺麗な人だから、誘われるままに付いていってしまうと血を吸い尽くされてヴァンパイアの仲間になってしまう。
けど実際にヴァンパイアなんて見た事があるという人もいないし、被害が報告された訳ではない。だからあくまで御伽話の存在。子供に言う事を聞かせる為の創作と思われてる。
「ヴァンパイアではあるけれど、御伽話のヴァンパイアが実在してるって言いたいのかと言うと違う」
「違うんですか?」
私の言い回しにレイニ嬢とイリアが揃って怪訝そうな顔を浮かべた。正直に言えば話したくない。理由は確証がないから。でも、私の仮説が正しければやっぱりレイニ嬢はヴァンパイアだって事になる。
確証がないけれど仮説を話さなければ話が進まない。私は溜息を吐きながら重い口を開く。
「私の言うヴァンパイアは、ヴァンパイアの原型なんだ」
「ヴァンパイアの原型?」
「ヴァンパイアの御伽話の元になった話があるんだよ。当時の記録も少なくて資料や遺物から推測した仮説。だから確証がある事じゃない。それでも聞く?」
「……聞かせてください」
前置きを置く私にレイニ嬢が真剣な表情で頷く。自分の事なので必死なんだろう。そんなレイニ嬢に私は一つ頷いて、説明を続ける。
「ヴァンパイアの原型はとある魔法使いの研究で生まれ出でたものが発端だと思ってる」
「魔法使い、ですか?」
「そう。ヴァンパイアって言うのは魔法によって限定的に不老不死を体現した者だ。半分死者だけど、魔法の力で長命を獲得した魔物に堕ちた者。それがヴァンパイアだ」
私の告げた仮説にレイニ嬢がごくりと息を呑んだ。緊張の為か、胸元で握っていた手が震えている。私はそれに気付かないフリをして話を続ける。
「昔の話だ。正確には何世代前の話かわからない。ヴァンパイアの御伽話が広がるよりも前なのは確実。その時代にヴァンパイアの原型となった人が確かにいたんだ。残された研究資料から読み取って描いた人物像は、魔法の探究に命をかけて、死期を悟って絶望して狂気に陥った人」
私がその記録を見つけたのは偶然の話だ。ヴァンパイアと名前がつけられた存在がこちらの世界にもいる事に驚き、その発端はどこから来たのだろうかと調べていた事がある。
冒険者としても活動していた私は偶然、ヴァンパイアの原型となった魔法使いの研究資料を閲覧する機会に恵まれた。それは“禁書”と呼ばれる、国では広めてはいけない知識を記した書物とされる。その研究資料もそんな禁書の一つだった。
「便宜上、彼と呼ぼうか。ヴァンパイアの原型となった彼は優れた魔法使いだった。そして魔法を研究する事によって世界の真理を追究しようとしていた。だけど、彼に一つの難題が突きつけられる」
「難題……ですか?」
「寿命だよ。どんなに有能な魔法使いでも寿命には抗えない。彼は死を恐れてしまった。道半ばで朽ち果てる事を良しとしなかった。才能と執着心の果て、彼は一つの研究を完成させてしまった。その内容は“他者から奪い取る”事だった」
「……奪い取る?」
「老いるなら若さを。自らで補えない命なら、他者から自分に移し替える。足りないものを補うように“他者”から奪う。そんな魔法を彼は完成させてしまった。他者の血を媒介として己に取り込む事で、寿命や限界を越えようとした。……と、私は推測してる」
「推測なんですか?」
イリアが話のオチをつけた私に怪訝そうな顔を浮かべて問いかけて来る。ここまで大袈裟に話した割に私が最後の最後で濁したからだろう。だから正直に話したくなかったんだよねぇ。
「私もあくまで研究資料から読み取って、あとは想像で埋めただけ。詳しい術の内容までは流石にわからないし、そもそも推測しただけだから間違ってるかもしれない。でも私の推論が正しければ、その魔法使いは何らかの方法で死にかけながらも他者の血を奪う事で自分を維持する術を得た」
「……そんな魔法が作れるんですか?」
「出来ない事はないと思う。ただやろうとした時点で発想がぶっ飛んでるし、人としての倫理観なんて壊れきってる。私もここさえ解決出来なかったら実在する存在だとは思っていなかった。でもヒントがあった」
「ヒントですか?」
「魔石だよ。そう、魔石を作ったんだ。ただの魔法で再現出来ないなら、“望む事を叶える機能を持った”魔石を作ってしまえば良い。自分の体の中にね」
私の告げた言葉が衝撃だったのか、レイニは手で自分の口元を覆ってしまう。イリアが珍しく目を見開かせて息を呑んでいる。
簡単に言ったけど、そんなの明らかに人間の倫理観が破綻している行為としか思えない。ましてや望んだ事が不老不死のようなもの。その為に他者を食い物にするなんて、もう人間というよりは魔物そのものだ。
「死期が近づく体では十分な生命力を生み出せない。なら他人から奪えば良い。その為に必要な魔石を生み出して他者から血を介して命を奪う。そうしてヴァンパイアの伝承の原型であるバケモノが誕生した」
「……本当にそんな存在が実在するのですか」
「レイニ嬢を見るまで半信半疑だった。でも、事実なんじゃないかという推測はあった。ヴァンパイアは“人から生まれた”魔物だからだ。逆に言えば自然発生はしない。だって元々“人間”だったんだ。でなければヴァンパイアは成立しない。そしてヴァンパイアに噛みつかれた被害者も同じヴァンパイアになるのも、感染みたいなものだと思う」
魔石を作り出す事が出来るなら、それが人を変質させるような効果を持つものなら。そして、その魔石を増やす事が出来るなら。もしもこれが本当なら。噛まれた人がヴァンパイアの仲間になるという伝承にも一致してしまう。
「ヴァンパイアが実在したとして、もう本人の意思で動いてるのか、或いは魔石の機能に突き動かされて活動しているのかはわからない。……とにかく、どんなに魔法に長けて人を超えようとも一人では限界がある。じゃあどうすれば良いと思いますか? レイニ嬢!」
「えっ!? えっ、あの、……その、わかりません」
「では答えを。答えは数を増やすです。そしてヴァンパイアとなった彼はこう考えたのでしょう。同じ魔石を埋め込めば良い。そうすれば、いずれは皆が同じ生き物になる」
レイニ嬢が息を呑んだ。その光景を想像してしまったからだろう。私だって想像したらゾッとする。
魔石を埋め込んで仲間に出来るなら、後はその魔石に魔力を吸わせれば良い。そこに人道を尊重するような倫理観も何も無ければ出来てしまう。実際、私が似たような事をやってるしね、刻印……。
「それこそ昔はヴァンパイアは魔物として認識されて討伐されていたのかもしれない。だけど人は学習する生き物だ。人から派生したヴァンパイアも勿論、考えたのかもしれない。表立って動けないなら闇に紛れれば良い、と。いつかその時が来るまで」
そしてヴァンパイアは表の歴史から姿を消した。けどヴァンパイアの脅威が無くなった訳ではない。せめて人が忘れないように教訓として御伽話が残って、時が経って姿形を変えた可能性がある。
それはあくまで推測でしかない。その推測と現実を埋める資料が圧倒的に不足しているから。
「ヴァンパイアの被害に遭ったという報告はないし、もしかしたら狩り尽くされたのかもしれない。もしくは見つからないようにどこかで身を潜めているのか。わからないという事が一番怖いね」
「……それで、あの。どうしてアニスフィア王女は私がヴァンパイアだと思ったんですか?」
「ヴァンパイアの伝承の特徴、私の仮定が正しかった場合のヴァンパイアが獲得していると予測される能力と一致するからだよ。強い魅了、洗脳に近い精神干渉。それは同族を増やしていくのにも必要だし、世間に紛れるのにだって必要だ」
ヴァンパイアに襲われたものがヴァンパイアとなり、仲間になるというのはこの洗脳の力があったからだと考えられる。あとヴァンパイアは人を誘い込む程に美しいという伝承も残ってる事から、変身か魅了のどちらかじゃないかとあたりをつけてた。
「レイニ嬢が実際にヴァンパイアなのかどうかは置いておいて……いや、それはそれで問題なんだけど、他にも問題は山積みというか……」
「……整理していきましょう。まず、レイニ嬢は推定ヴァンパイアと思わしき魔物のハーフだと。……本当にハーフなのですか?」
「じゃあ、レイニ嬢が魔石を埋め込まれた魔法の実験体とか? それはそれでどうかと思うし、魔石を埋め込まれて精神に異常をきたしてるようにも見えない。たまたま魔石が体内にできてしまう特異体質だったとしたら、それこそ解剖の対象になりかねないんじゃない?」
「か、解剖!?」
顔を青ざめさせているレイニ嬢には悪いけれど、解剖はあり得ないケースじゃないと思う。何せ他に例なんて知らない。解剖は行き過ぎたとしても、飼い殺しにされる可能性は高い。
「レイニ嬢が本当にヴァンパイアなのかどうか、それは問題なんだけど問題じゃないんだ。一番重要視しなきゃいけない問題はレイニ嬢の力だ。本人が自覚もなしに魅了を振りまいて、その効力は王族を初めとした有力者の子供達を虜にする程だよ?」
「どう考えても不味いですね。本人が望む、望まずとも国が混乱しますし。そんな存在を野放しには出来ません」
イリアが眉を寄せながら呟いた。そう、実際にレイニ嬢に惑わされた人達のせいで混乱が起きている訳だしね。
「そしてレイニ嬢が本当にヴァンパイアだった場合、ヴァンパイアが現代にまで生きていたという事実が確定する。ヴァンパイアへの対抗策を模索する為にレイニ嬢を人体実験に使う可能性だってある。貴族とはいえ男爵、レイニ嬢を守るには立場が弱すぎる」
「最悪なのがレイニ嬢を誘拐されて利用される可能性ですね」
「国外に流出させたとなればどんな難癖がつけられるかわかったもんじゃないよ」
指折りで数えてみても問題が山積みである。
一つ、レイニ嬢の魅了効果がある精神干渉は国を転覆させる可能性がある事。
二つ、その力の由来がヴァンパイアだった場合、ヴァンパイアの実在が確定し、レイニ嬢が研究の材料にされかねない事。
三つ、この情報が国内に留まらず、他国に知られてかつレイニ嬢が奪われた場合が大変不味い事。
この三つだけでも頭が痛くなりそうだ。実際、わかりやすく危機的なものを上げているだけで他にも問題がある。
「本人が制御出来てないってのも一番危ないんだよね」
「……そういえば姫様はどのように対策を?」
「これはレイニ嬢がヴァンパイアなんじゃないかと疑ってる理由なんだけど、魔石ってよっぽど魔石同士の相性が好くないと反発し合うんだよね」
「……あぁ、だからですか。刻印ですね?」
「そう。それで違和感に気付いて抵抗が出来たのよ」
私の刻印はドラゴンの魔石を溶かし込んで体に馴染ませたものだ。機能としては魔石と変わりはしない。更に言えば私は刻印から“呪い”と言うべき精神干渉を受けてる。だからこそ発生した魔石同士の反発が起きて気付けたという訳だ。
本当、何がどんな形で幸いするかわからない。つまり、レイニ嬢の無差別の魅了に抵抗出来るのが私のような異端児ぐらいしかいないって事だ。
「……こうなると私が引き取るしかないのかなぁ」
「……そう、なりますかね」
まず第一に放置は出来ない。確かにレイニ嬢は危険だけれども、それは彼女自身に非があった訳ではない。それに彼女は興味深い対象でもある。レイニ嬢を調べれば今後の私の研究に応用出来るかもしれない。
レイニ嬢と改めて話した事でレイニ嬢が悪人だと言う印象は受けない。彼女は自らの力に振り回されていただけだ。それなのに理不尽に死を求められるか、体を弄ばれるか、国の思惑に翻弄されるか。そんな厳しい現実ばかりだ。
見過ごすのはあまりにも気分が良くない。だけどレイニ嬢を保護するのには頭が痛い問題がいっぱい転がっている。
「あーーーっ、だめだ。私だけじゃ手に負えない。レイニ嬢を私が引き取ったら絶対問題になる。アルくんとか、アルくんの取り巻きとか、魔法省とか、絶対うるさく騒ぎ出す!」
「間違いなく騒ぐでしょうね……」
次々と浮かぶ問題点に頭痛を感じる。これは私だけじゃ絶対にどうにも出来ない。えぇい、困ったら立ってる親でも使えだ!
「素直に父上と母上に相談するわ。シアン男爵からも話を聞かないといけないし、レイニ嬢の母親についてとか」
「その方がヴァンパイアだった可能性がある、と」
これからの事を決めるのに情報が足りない。そもそも私一人でどうこう出来る問題じゃないのだから、使える人材は親でも使うしかない!
方針を決めればイリアに指示を出して、父上と母上を呼び出して貰う。父上達が腹心に話すにしても、まずは二人に話を通してからだ。今はレイニ嬢を不特定多数の人に会わせるべきじゃない。
イリアが父上達を呼びに行ってる間、私はレイニ嬢と部屋に残された。レイニ嬢は憔悴した様子で自分の体を抱き締めるように震えていた。
……無理もない。私だって頭が痛くなる事実ばかりなのだ。私は自分が規格外だという自覚はあるけれど、レイニ嬢は普通の子だ。正直抱えきれるとは思えない。
意を決して私はレイニ嬢の頭を抱え込むように抱き締める。驚いたように身を跳ねさせたレイニ嬢の反応を窺いながら背中を撫でる。
「大丈夫、大丈夫よ。悪いようにはしないわ。約束する。私、これでも王女だから。国を、民を守る義務がある。だから貴方だって見捨てないよ、レイニ嬢」
レイニ嬢からの返事はない。ただ静かにくぐもった声と、しがみつくように伸びた手が私のドレスを掴む。
レイニ嬢を落ち着かせるように背中を撫でているとイリアが父上と母上を連れて部屋に入ってきた。私達の様子を見て一瞬目を丸くしたものの、すぐに表情を引き締めて私に向き直る。
「アニス、お前が急を要する話と聞いたぞ。何があった?」
「父上、どうか心静かに御清聴願います」
出来るだけわかりやすいように私はレイニ嬢の事を父上と母上に伝える。レイニ嬢の魅了について、彼女がヴァンパイアの疑いがある事など。
父上は話を聞けばわかりやすく苦虫を噛み潰したような表情になっていき、最後には額を押さえてしまう。母上も常に引き締めた表情で鋭い気配を放っている。
「……信じられんぞ、そのような話」
「ですが事実です。真実はまだ定かではありませんが、解明は後で構いません。問題はこの事態にどう対処するかです。私は、彼女の力を考えれば私が引き取るのが最善だと思うのですが……」
「……お前がレイニ嬢を引き取ればアルガルドが黙ってはいないだろう」
父上が苦み走った声でぼやくように言う。本当にそれなんですよ、父上。
「そこなんですよね、一番頭が痛いのが……。レイニ嬢の事は広く伝える訳にも行きませんし、何より虜になっていると予想されるアルくんに真実を伝えてどうなるか予測がつきません。あぁ、レイニ嬢にお隠れになってもらうというのなら解決しますが、私は反対ですよ。彼女もこの国の民です」
「わかっておる。しかし、どうしたものか……」
遠回しにレイニ嬢を処分すれば解決するとは言ってみたけど、殺すという選択肢は父上も考えてはいないようで一安心だ。問題はここからなんだけど……。
「……アニス。貴方はレイニ嬢の処遇を自らが責任を持つと言うのですね?」
「母上? えぇ、この問題に対処するのは私が適任だと自負しています」
「その障害がアルガルドなのね?」
「……えぇ、まぁ。そうなりますね」
「では、アルガルドを私に伴わせ、外遊に出しましょう」
「えぇっ!?」
それって、アルくんを外に連れ出すって事ですか母上!? 母上の突然の提案に私は目を丸くしてしまう。
「理由ならいくらでもつけられるわ。今回の事態を踏まえて私が鍛え直すと言えば反対意見が出ても抑え込めるでしょう。それにあの子にも実績が必要です。それもアニス、貴方の魔学に並ぶ功績が。ユフィリアを婚約者とできなかったあの子を貴方と並べれば男児であるという事しか優位性がありません」
「うわ、ずっぱりアルくんが切り捨てられたっ」
男児である事しか勝ってないって、アルくんの評価があまりにもあんまり過ぎる。いや、自業自得もあるんだけど、流石に何も弁明してやれないよ、アルくん……。
「アルガルドは私がなんとかすれば、残りのレイニ嬢に虜となった子息達はオルファンスに責任を持って押さえ込んで貰いましょう」
「うむ、そちらは余の仕事だな。アルガルドを抑えるのには、余だけでは手が選べぬがシルフィーヌが連れ出してくれると言うのならこちらも動きやすい」
父上の治世は見事だけれども、どうにも力押しが足りない。良き和を尊ぶ王と言えば良いのだけど、こういう時に女傑である母上がいると選択肢が広がる。
その苛烈な一面を持つ母上を普段は父上が抑えているのだから力関係が理想的というか、本当に良き夫婦だと思うんだよね。我が親ながら。
「但し、アルガルドを連れ出しておける時間は長くはないでしょう。理由をつけて長引かせる事も出来なくはないでしょうが、それでも限りはあります。良いですか、アニス」
「はい、母上」
「あなたはそれまでにレイニ嬢の体質改善に尽力なさい。もし、アルガルドが帰還する前までにレイニ嬢の現状が改善されないのであれば私の手で隠しにかかります」
「ちょっ、母上!?」
それって自分の手で始末するって宣言してるって事ですよね!? 父上もギョッとしてるし、イリアも一瞬怯えたように肩を震わせてますよ!? レイニ嬢にいたっては顔を真っ青にして、何もしてないのにお隠れになってしまいそうだよ!?
「禍根を断てぬのであれば私が責任を負います。国に災いをもたらすのであれば守護すべき民であれど、皆で泥に沈む訳にはいかないのです。その時は覚悟を決めなさい。レイニ嬢もよろしいですね?」
本気だ。母上は本気だよ、これ。責任重大だなぁ……。
「では誰にどこまで話します? 全てを明かせない以上、人は厳選しますよね?」
「うむ。シアン男爵には説明せねばならんだろう。お前の下に置くにしても公表する訳にはいかぬ。療養の為に家を出ている事にして、秘密裏にお前の離宮に置くのが良いだろう」
「スプラウト騎士団長は息子が弾劾に加わっていたと言っていましたね。彼も関係者です。彼も巻き込みましょう。王宮の警備にも気を配って頂く必要があるでしょう? そちらは私とオルファンスを交えてどうにかします」
その辺りの政治的な駆け引きは私には出来ないのでお任せするしかない。私の離宮は引き籠もるには理想的だし、人の出入りも限りなく少ない。出入りする可能性があるのは王宮の侍女だけど、口が堅い者が多い。離宮ならレイニ嬢を隠すにはうってつけだ。
そして私はレイニ嬢を調べて彼女の力の対策を模索すると。何か新しい事をしようって思ってたけど、正式な仕事になりそうだから気楽には出来なさそうだ。少しだけ気が重いけど、泣き言を言うわけにもいかない。
「アニス、あなたも大変でしょうけれど……上手くやりなさい」
「勿論です。これだけ興味深い研究対象なのです。責任は感じますが、それはそれ! これはこれなので!」
「……本当にあなたのそういう所がダメなのよ」
はぁ、と呆れたように母上に溜息を吐かれた。あれ、なんか意図を汲みきれなかったかな……?
「レイニ嬢をあなたの離宮に置くと大きな問題があるでしょう」
「問題?」
「あなた、今誰と離宮で暮らしてるの」
「あっ」
そうだ、今、離宮にはユフィがいるじゃん!?
え、これは国からの正式な仕事で緊急性が高いあれだから仕方ないと呑み込んで貰うとして、これからユフィとレイニ嬢と一緒に離宮で暮らす事になるの?
「気まずいなんてレベルの話じゃないんですが!?」
ど、どうしよう。ほ、本当にどうしてこうなったぁ!?