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Another Story:狼少女の王国散歩(1)

 私の生きている世界は、常に森と共にあった。

 森の中に吹き抜ける風は森の命の息吹を届けてくれた。私もその生命と一体となって、自然と命に感謝して生きてきた。


 この国は、森が切り開かれた世界は、私にとっては圧倒される程に広くて。

 だからこそ、この国の風を感じると尚思う。この国、パレッティア王国とは自由のための国なんだと。


 この自由な世界であの人は生きてきた。そして、自由だからこそ、あの人は今でも――



   * * *



 慣れない天井に、慣れないベッド。鼻を擽る匂いだって嗅ぎ慣れないもの。

 見ていると落ち着かない装飾で鮮やかに飾られた部屋は慣れない。これでお客様用のお部屋とか、ちょっとおかしいと思うんだけど? パレッティア王国の人はこんなに豪華な部屋でよく落ち着いて寝てられるよね。

 耳を澄ませば森の中とは異なる喧噪が聞こえて来る。生命の気配が人しかいないので逆に落ち着かない。耳を澄ませていると、その中の一人が私のいる部屋へと近づいて来た。


「アクリルさん、起きていらっしゃいますか?」

「ん……起きてる」


 扉をノックする音と共に外からメイドさんの声が聞こえてくる。私はベッドから起き上がって、ドアを開ける。

 私よりも少し年齢は上ぐらいのメイドのお姉さんは笑みを浮かべて私に頭を下げる。


「おはようございます、よく眠れましたか?」

「……はい」


 寝る場所は選ばないけれど、ちょっとここは慣れない匂いが多すぎて息が詰まりそう。

 それでも我慢するしかない。ここでは私はお客さんなのだから、あまり変なことをするとアルに迷惑をかけてしまう。


「お着替えをお手伝いします」

「……別に一人で着替えられるからいいよ」

「……そうですか。では、何かお申し付けがあればお伝え下さい。お出かけになる場合も一声を。案内人をつけますので」

「ありがとう」


 私のお礼の言葉にまったく変わらない笑顔を浮かべてメイドさんは部屋を退出していった。

 うーん……一応、私も立場としてはあの人たちと同じの筈。だったら私もあんな風にした方が良いのかな……。


「……あっ、しまった」


 アルが何をしているのか聞いておけば良かったな、と私は後悔する。

 パレッティア王国の王都、サーラテリア。その王城の一室を借りている私はなかなか顔を合わせられないアルのことを思いながら溜息を吐いた。


 アルガルド・ボナ・パレッティア。近い内に何故か名前が変わるそうなんだけど、それが私の同行者の名前だ。他にも何人かアルの屋敷から着いてきたけど、私とは別行動になっている。

 それは私が女だからというのもあるし、私はパレッティア王国の国民ではない。あくまでアルが連れてきただけの人だ。なので、アルが名前が変えるのに必要な手続きが色々あって、それで忙しいので私は暇をしている。


「仕事の邪魔をするつもりはないけど……どうしよう」


 アルからは問題を起こさない程度には好きにして良いとは言われても、何をしていいのかわからない。贅沢をしろとでも言わんばかりにメイドさんはお世話してくれるけど、私は別にお貴族様でもなんでもないし。

 それにアル以外の親しい知り合いもいない。屋敷の人たちも忙しいだろうし、それ以外となると浮かぶのはあの気に入らない〝姉〟とか、この国の女王様とか、あの辺りの人しか知らない。流石に気軽に会えるような人じゃない。


「やっぱり屋敷に残ってるべきだったかな」


 私はこの国の住民じゃないし、この国では亜人と呼ばれる普通の人とは違う外見的特徴がある。それがこの狼の耳と尻尾だ。

 私にとっては誇りでもあるけれど、普通の人が見れば魔物と思ってしまうそうだ。はっきり言って一緒にして欲しくないんだけど、言って伝わるような簡単な話だとも思ってない。


 だから最初は屋敷に残っているつもりだったんだけど、あの気に入らない姉らしき奴が両親に私を会わせるんだって半ば無理矢理連れてきたのが発端だ。

 アルのご両親に会えたのは良いし、将来はアルの妻になる話も説得してくれたので嬉しく思っているんだけど……正直、ちゃんと話が出来てないし、お礼だって言えていない。


 パレッティア王国のことはアルやクライヴに教えて貰っている。アルのご両親がこの国を治める長であり、敬われるべき存在なのだと言うことも。

 作法だって最低限、出来てれば良い方なのにそんな状態で、しかも他の人の目がある所で好き勝手に喋ることなんて出来ない。

 まぁ、アルの妻になりたいって話には思いっきり主張させて貰ったけど。今思うと、よく無礼だって言われなくて良かったなぁ、なんて思う。


 結果的に、アルが頑なに私との子供を作る訳にはいかないって話には決着がついたのは良かったと思うんだけど、流石に暇になってきた。


「……よし、出かけていいなら出かけよう」


 一人で好き勝手動き回るには不安があるからって話だから、ちょっと不自由だけど。そこは仕方がない。

 この国の生活は私の知っている生活とはまったく違うから見ていて飽きないし。そうと決まったら私はメイドさんにお出かけしたいと伝えるために彼女たちを呼び出す鈴を鳴らした。



   * * *



「お初にお目にかかります、アクリルお嬢様。この度、案内人を務めさせて頂きますミゲル・グラファイトと申します。以後、お見知りおきを」

「……うわ」


 今日の案内人として紹介された人は、めちゃくちゃ胡散臭い人だった。

 顔だけは人の良さそうな笑みを浮かべている金髪、濃い茶色の瞳は薄く細められて笑みの形を作っている。

 けれど、見てくれと中身がここまでズレている人はハッキリ言って気持ち悪い。敵意はないけど、まるで蛇みたいな気配が私を探ろうとチロチロと舌を向けてるみたいな。


「……おや、どうかなさいましたか?」

「……貴方、何?」

「本日の案内人を務めさせて頂きます、ミゲル・グラファイトでございます」

「いや、名前じゃなくて。……とりあえず、その胡散臭い笑顔止めてくれる? 気持ち悪い」

「とは言いましても、アクリル様はアルガルド様のお客人でございますし……」

「じゃあ、畏まるなって言えばいい? というか、別に敬ってもないでしょ。あと、聞きたいことがあるなら口で聞いて。蛇に凝視されてるみたいで気持ち悪い」

「……へぇ?」


 作ったような笑みが歪んで、まるで獣が笑ったかのような笑みが出てくる。

 思わず身構えようとした身体を無理矢理押し留める。反応しそうになったけど、〝敵意〟は向けられてない。……背中を見せていたいとも思えないけど。


「……いやはや、凄いものですな。亜人故の勘なのでしょうか?」

「普通に喋って良いよ。本当、気持ち悪くて出かける気もなくすから」

「あ、そう? じゃあ楽にさせてもらうぜ? いやいや、亜人ってのに興味があって案内人を引き受けたんだよ。改めて、仲良くしてくれよな」

「……貴方が私を殺す気がない内は」

「おうおう、物騒だなぁ。これでも人畜無害で通ってるんだぜ、俺?」


 よろしく~、なんて気の抜けた声で私と握手しているこのミゲルという男、嫌な匂いがする。体臭とか、残り香じゃなくて、立ち振る舞いに痕跡を消そうとするような動きが板に付きすぎてる。

 その上で香水みたいに仮初めの印象を自分自身につけようとしているみたいで、正直気分が良くない。あまり好きになれそうにない。


「じゃあ、改めてどこでも案内しようじゃないか! それで、どこに行きたい? アクリル嬢」

「……アクリルで良い。あと、私の背後には絶対に立たないで」

「了解、了解」


 ケラケラと笑うミゲル。この男を案内人として連れて歩くのかと思うと、本当に出かける意欲がまったくなくなりそうだった。

 まさか、あの自称姉と同じぐらいに気が合わなさそうな変人がいるとは思わなかった。この国は広いね、アル。

 少しだけ、寂しくなった。

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