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After Days:そうだ、海に行こう!(5)

 お風呂から夕食を頂いた後、それぞれが宛がわれた部屋に戻る。私とユフィは同室なので一緒に部屋に戻ることになる。

 それから二人でベッドに並んで腰をかけて、ユフィが話を振ってきた。


「さて、アニス。ルークハイム皇帝と話す前にアニスが今回の海水浴で感じたことを洗いざらい聞かせてください」

「あぁ、うん。クリスティンも知りたそうにしてたし、感想を聞くような時間は用意されるだろうね」

「あくまで私たちは友好国、同志ではあっても線引きはしっかりしておかないといけません。無償で渡して良い情報と、そうでない情報は分けておかないと。アニスの発想の価値を計るのは私の仕事です」


 ユフィが自分の胸に手を当てながらそう言った。思いつきを言うだけなら、とは少し思わなくはないけど、無償の提供ばかりで国同士の関係を成り立たせてはいけないとも思う。

 その境界の判断は私には出来ないけれど、ユフィなら責任を以て選り分けてくれると思う。


「とは言ってもねぇ、本当に思いつきのアイディアぐらいしかないよ?」

「アニス」

「ん?」

「貴方の発想で改革が進んでいる国があるのですが、どう思います?」

「ごめんなさい」


 満面の笑顔でユフィに釘を刺されて、私は少しだけ口元を引き攣らせながら謝った。


「えーと、まず何から言えば良いかな……」

「アイディアが複数あるんですか?」

「まぁ、前世の受け売りの所もあるけど……やっぱりまず最初に浮かぶのは水着かなぁ」

「水着に何か問題が?」

「問題はないけど、デザインがあれ一つってのは楽しみがなくない?」


 海女さんみたいな白の水着は悪くはないけれど、折角だったらもっとデザインが選べたらな、と思う。

 それこそ前世の水着のようなものまで行く必要はないけど、海で遊ぶってことを考えたらデザインを増やせたらと良いと思う。


「海っていつもとは違う装いや場所を楽しめる訳でしょ? これって言い換えると舞踏会とかと同じ枠にも入れられると思うんだよ」

「……つまりドレスのように水着も華やかなものにすると?」

「うん。流石にドレスなんて着たら泳げないから、もうちょっと簡素にするとか、生地が耐水性があるものがあるのかとか、色々と考えなきゃいけないことはあるけどね。染色が可能なら染めて柄をつけたりする所から始めるとかかな……?」

「……舞踏会に準じたもの、と考える発想は新しいかもしれませんね。水着の質やデザインが流行るようになれば、それは新たな産業になるかもしれません」


 ユフィが顎に手を添えて考え込むような表情を浮かべながら相槌を返してくれる。


「男性の水着は華々しくする必要はないかもしれないけど、海は危ないからね。だからもっと機能性を上げる感じで水着を新調すれば良いんじゃないかな、泳ぎやすいようにね。女性は華やかに、男性は機能的に。でも水着としての技術は共有出来ると思うから、機能的でかつ華やかな水着を生み出していけば流行になるんじゃないかな?」

「その為には海水浴自体の知名度を上げなければいけないと思いますが……」

「ただ泳ぐだけ、いつもと違う装いを楽しむだけじゃ弱いよね。だからやっぱり売り出すとしたら海産物だと思うんだよ。ほら、屋台みたいに軽食を出すとか」

「屋台、ですか」


 私がイメージするのは海の家だ。貴族が相手だったら難しいかもしれないけれど、案外平民にも海で遊ぶという文化が定着すれば流行りになると思う。


「折角美味しい海産物があるんだから、それを手軽に現地で新鮮なまま食べられるっていうのも売りの一つに出来ると思うんだよね」

「怖いのは毒物の混入などですか……」

「その辺りは申請と許可と、現地の監視を徹底するのが良いかな……泳ぎが得意な人を雇ってトラブルが起きた時の対処のために配置するとかも良いかも」

「……アニス、私が釘を刺していなかったらうっかりこれを口にしてませんでしたか?」


 ふと、ユフィがジト目で私を見ながら呟いた。私はユフィの指摘に目を逸らしてしまった。


「……それも前世では当たり前だったことですか?」

「ど、どうだろうねぇ……?」

「はぁ……お願いですから常識を弁えてくださいね。ただでさえここは帝国なのですから」

「わ、わかってるよ……」

「貴方の一言で産業が動きかねないということをもっと自覚してください」

「うーん、大袈裟な……」

「大袈裟だったらここまで咎めてません」


 溜息交じりに言うユフィ。けれど、そんなユフィに申し訳ないけど私は笑ってしまう。それはユフィがおかしかったから笑ったんじゃないけれど、ユフィはわかりやすく眉を寄せた。


「何がおかしいのですか?」

「ごめん、違うよ。……なんか、遠くまで来ちゃったんだなぁって」

「はい?」

「数年前だったら、私の言葉で世界の何かが変わるなんて思ってなかったから」


 魔法を使えない王女様として、発想や思想がキテレツだと蔑まれた日々が懐かしい。

 数年前の私に今の事を伝えたって信じて貰えないかもしれない。それだけ色んなものが変化した。

 誰からも腫れ物に触るかのような扱いをされていたのに、今では帝国に引き抜かれるんじゃないかと心配される身になっている。

 それがなんだか、おかしなことに思えてしまったから。


「……変えられることではないとわかっていますが、アニスがたまに謙虚どころか卑屈になるようにした方々には思う所が出てしまいますね」

「卑屈にはなってないよ?」

「なら自己評価が低い、と言い換えましょうか? もう少し自分の価値を思い知れば我が身を大事にして貰えるんでしょうか?」


 ユフィが私の肩を掴んで、そのままベッドに押し倒した。見下ろすように私を見るユフィの目は細められていて、やや据わり始めていた。

 あっ、これはちょっと不味いパターンかもしれない。ひゅっ、と息を呑んでしまう。諫めないと酷い目に遭う奴だこれ……!


「だ、大事! 自分大事、凄く大事だなー!」

「……誤魔化すのが下手すぎます」

「いや、本当だよ? 別に自暴自棄になってたりとかしてないし!」

「そうではないのです。悪意には敏感なのに、好意に鈍感なのはいい加減にして欲しいだけです」

「わかってる、ちゃんとわかってるから!」

「……本当に?」


 つぅ、とユフィの指が私の喉を撫でる。その感触に背筋に嫌なゾクゾク感が這い上がってくる。


「……心配です。いつか誘拐されるんじゃないでしょうか、と」

「誘拐って、そんなまさか」

「ないとは言えませんよね?」

「言わないけど、そう簡単には釣られないと思うよ?」

「本当に?」

「ほ、本当に……」

「……アニスはお人好しですからね、大丈夫と言われても本当に不安になります」


 ユフィの爪が私の喉を軽く引っ掻くようになぞっていき、鎖骨をなぞる。その触れ方がくすぐったくて身を捩ろうとするけれど、ユフィが私のお腹に腰を下ろしているので逃げられない。


「私の居場所はユフィの隣だから!」

「……本当に?」

「本当だよっ?」

「……だったらあまり私以外に目移りして欲しくはないのですけどね。いけないことだとはわかっていても、そう思っちゃうんですよ? 貴方は私と見ている世界が違って、どこかに行っちゃいそうで怖いんですから。だから、ちゃんと私に話してくださいね」

「は、はい……」


 うぅ、何がユフィの嫉妬を刺激したんだろう……? とにかく、乗り切れたかな……?


「海、楽しかったですか?」

「うん? うん、楽しかった」

「また来たいですか?」

「え? そうだね、また来れるなら……」

「なら帝国から良い条件を引き出して、あと恩も売っておかないといけませんね。先程のアイディアは私が責任を以て帝国に売りつけますので」

「案外、もう思い付いてるかもだよ?」

「それでも、です。あとはパレッティア王国から提供出来る唯一のものがあれば良いのですが……」

「それなら、あれが良いんじゃないかな? 魔楽器」

「魔楽器?」


 なんでまた、と言う表情を浮かべてユフィが眉を寄せる。


「夜の海の上で精霊が舞い踊るのって綺麗な絵にならないかな?」


 思い出すのは前世で言う所の花火だ。魔法で花火みたいなことも出来るけど、帝国ではパレッティア王国ほど魔法に長けている人はいない。

 それだったら魔楽器の演奏で精霊を招いて踊って貰うのは良いアイディアなんじゃないかな、と思って口にしてみる。

 すると、何故かユフィが口を尖らせた。えっ、何、なんで? 何がダメだったの?


「……ユフィ?」

「……少し面白くありませんね。これでまた貴方の価値が帝国内で上がるかと思うと」

「そんな心配してたの?」

「しますよ」

「私はユフィの隣にいるって」

「わかってます。わかってはいるのです。……ただ、いっそ閉じこめてしまいたいと思う時だってあるんですよ? 行く先々で問題を起こしますし、人を引き寄せて来ますし……」

「いや、後半は流石に言いがかりじゃない!?」

「だから、そういう自覚を失わせた過去が許せそうにないんですよ」


 えぇ……? 別にそんな人たらしのつもりはないんだけど……? いや、魔道具の普及で感謝されたりするのはあるとは思うよ? でもユフィが心配するようなことはないと思うんだけどなぁ。


「良いですか、アニス」

「え、な、なに……?」

「アーイレン帝国はパレッティア王国の、それも特に貴族とは価値観が違うんです。貴方は自分に悪意を向けられるのは慣れきってるかもしれませんが、それはパレッティア王国の貴族が魔法に傾倒していたからです。アーイレン帝国では貴方の価値の見られ方は違います。だから自分に向けられる気持ちにはもっと慎重になってください」

「ね、念押しされなくてもわかってるよ……?」


 私が抗議しても、ユフィはどこか不満そうというか、どこか拗ねてるような……。

 ……ん? 拗ねてる?


「……ユフィ、拗ねてる?」

「……何でですか」

「上手に泳げなかったから」

「…………機会がありませんでしたから」

「いや、それはそうなんだけどさ」

「改めて思っただけです。私が考えつかないことを思い付く貴方は、思わぬ所で人を引っかけてきてしまうんじゃないかと。正直、私は海をどう楽しめば良いのかわかりません。でも、アニスはすぐに価値を見出してしまう。だって、貴方は知ってるから。それが……少し不安になるんですよ」


 ユフィが私の手を握って握り合わせる。少し俯くようにして距離を詰めて、不安の色を表情に出しながら私を見下ろす。


「……どこかに行っちゃ、やです。アニス」


 そんな甘えるような声で言われたら、思わず堪えるようにして目を固く瞑ってしまう。

 悶えたい、今もの凄く悶えたい。不安になっているユフィには申し訳ないけど、そんな心配なんてしなくていいのに。


「ユフィ」


 本当、可愛い人だなぁ、と思ってユフィの頬に手を伸ばす。そのまま後頭部に添えるようにして手を動かして、ユフィを抱き寄せる。

 触れ合った唇の熱を交換するように何度も口付ける。ユフィは甘えるように私に身体を預けて口付けに没頭する。


「どこにも行かないよ。ずっと一緒だよ。これから初めてのことだっていっぱいあるし、上手く出来なくても……ユフィと一緒がいいよ」


 こんな事もあったね、なんてきっと思い出になるから。だから、今はユフィの不安と小さな嫉妬に寄り添おう。

 遠くからささやかな波の音が聞こえてくる。その音を聞きながら、私はユフィを強く抱き寄せた。



  * * *



 ――先の未来にて。

 アーイレン帝国では海水浴が遊楽の文化が根付いていくことなる。

 耐水性の素材で作られた耐水ドレスは、ビーチを賑わせる華として女性の憧れの的となった。

 地元の特産である海産物を活かした屋台は更なる需要を呼び、ビーチの賑わいと共に領地の発展へと繋がっていった。

 そして記念日などの特別の日には精霊を招く魔楽器による演奏で、夜のビーチを舞台として精霊が舞い踊る〝精霊祭〟が人々の楽しみとして定着していった。

 精霊祭で歌われるのは、祭りの発端となったパレッティア王国との友好を讃える歌。

 この歌は二つの国を結ぶものの一つとして、後の世まで永く語り継がれていくこととなる。


海水浴編は今回の話で終わりとなります。

転天のコミカライズの1話がWebでも公開されておりますので、そちらもご覧頂ければ幸いです!

面白かったと思って頂ければ評価ポイントを入れて頂けると嬉しいです!

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