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After Days:そうだ、海に行こう!(2)

「よく来てくれた、ユフィリア女王、アニスフィア姫。息災のようで何よりだ」

「ルークハイム皇帝もお元気そうで何よりです。本日はお招き頂き、嬉しく思います」


 私たちが滞在する屋敷に到着すると、まず真っ先に出迎えたのはルークハイム皇帝だった。プライベートであることを示しているのか、身に纏う服装はパレッティア王国で見た時に比べれば軽装だった。

 私たちを見れば満面の笑みを浮かべて握手を求めてくる。その熱意に押されることなくユフィが対応して、私も同じように握手を交わす。


「帝国自慢のプライベートビーチがあるエルナーダ領の視察、是非とも楽しんで貰いたい。降誕祭などに比べればささやかではあるが、これを機に両国の関係に更なるページが記されることを私は望んでいる」


 挨拶の言葉を締めたルークハイム皇帝は私とユフィの側近の一部を残してサロンへと案内してくれた。護衛たちはここから暫く休養を取ってもらうとのこと、部屋に残ったのは私とユフィ、イリアとレイニ、そして魔巧局の面々だった。

 帝国側はルークハイム皇帝とファルガーナ、その他に二人の人物がいた。一人は大柄な男で、私が感じた印象は屈強なる海の男といった所だ。焦げ茶の癖毛に日焼けした肌、私の倍もあるだろう太い手足、大柄な体躯もあって前世にいた動物のアシカを思わせる。

 そして、もう一人。これまた強烈な印象を抱く少女だった。やや長身の少女で、ドレスではなく騎士服のようなきっちりとした装束に身を包んでいる。

 桃色の髪をポニーテールに結い上げていて、見るからに気が強そうな気質を感じさせる真紅の瞳はどことなくルークハイム皇帝と似た面影を感じさせた。


「紹介しよう。まずこちらの大男がエルナーダ領の領主であるドルドラ・エルナーダだ」

「お初にお目にかかる、パレッティア王国の方々よ! 私はドルドラ・エルナーダ伯爵であります! 貴族とは名ばかりの無骨な男ではありますが、誠心誠意を込めて我が領地での一時を楽しんで頂けるように尽力させて頂きましょう!」


 背筋をピンと伸ばして、体格に見合った力と気合いの入った声で挨拶をするドルドラ伯。挨拶の最後ににやり、と不敵に笑っていたので豪放かつお茶目な方なのだな、と思う。


「次に、こいつが……」

「クリスティン・アーイレンだ。アーイレン帝国の第二王女である。若き女王陛下、そしてかの名高きドラゴン殺しと出会えて光栄だよ」


 ルークハイム皇帝に紹介されるのを遮りながらも挨拶する少女――クリスティン。見た目に違わぬ自信と強気に満ち溢れたように言い放ちながら、私に挑戦的な目を向けてくる。

 私はその瞬間、理解した。あっ、この子、戦闘狂だ。強い相手を見るとつっかからずにはいられないタイプだ。


「パレッティア王国の王族との友好を深めるための機会と聞いて、馳せ参じた次第だ。この機会にお見知りおきを」

「それはどうも……」

「そんなに身構えなくても、ここで剣を合わせたいと願い出ることはない。父上が許さんからな」

「当然だ。まぁ、しかし気質的にはお前とアニスフィア姫の相性は悪くないと思って連れてきている。他の兄弟姉妹は……まぁ、どうだかな」


 何ソレ、そんな心配になるような性格揃いだったりしないよね? 他の皇族と顔を合わせるのがちょっと不安になるようなルークハイム皇帝の反応に私は頬を引き攣らせる。


「もし、興味があるようでしたら胸を借りたい所ではあるのだが……」


 ちらっ、と言う音が似合うようにクリスティンが私に流し目を向けてくる。もし彼女が帯剣していたら、柄に手をかけていたと思う程だ。


「軽い手合わせぐらいなら、両国の親善を信じて受けても構わないよ」

「王姉殿下!」


 ナヴルが咎めるように言ってくるけれど、別に手合わせぐらいなら減るものじゃない。手合わせに乗じて私を害をなすって感じもしないだろうし。

 あと、なんというか。気が合うってルークハイム皇帝が言ってたけど、それは多分、お互いに王族としての枠や型に嵌まっているのに気苦労を覚えるタイプだと感じてしまったからだろうか。

 私が言うのもなんだけど、思いも寄らぬ手段で場所を整えようとするかもしれない。それならまだ制御が出来る範囲にいてくれた方が良いと思ってしまう。


「ふふっ、アニスフィア姫は話がわかる方のようだ。私のことは名前で呼んでくれて構わない。敬称もいらないよ、立場は貴方の方が上だろうしな」

「そんなことはないと思うけれど……まぁ、よろしく? クリスティン。私も畏まられるのは苦手だから敬称は要らないよ」

「ではアニスフィア! これからは友としてよろしく頼む」


 気さくに私と握手をしてくるクリスティンに苦笑を浮かべつつも、私たちの顔合わせは無事に終わるのだった。



   * * *



 顔を合わせして、互いの近況報告などを軽くしてから会食の時間になった。

 従者や護衛の席も用意して、他の護衛騎士たちにも別の場所で食事を振る舞ってくれているそうだ。私たちが席を一緒にするのは、やはり話す時間を少しでも引き延ばしたいというルークハイム皇帝の要望なんだと思う。


「エルナーダ領自慢の海鮮料理だ。是非とも堪能していってくれ。あまりパレッティア王国の方々には馴染みがないものも多くあると思うが、その時は気兼ねなく言ってくれて構わない」


 ルークハイム皇帝がそう前置きをしておいてくれているけれど、私は会食の料理に目を奪われていた。それは今世ではあまりお目にかからない海鮮料理が並べられているのだから仕方ないと思って欲しい。

 海の魚に貝といったパレッティア王国では食べる機会がないようなものがあって、パレッティア王国側はどうにも恐る恐るといったような気配が漂っていた。それを払拭するためにもまず真っ先に私が口に運ぶ。


「んんー……! 美味しい!」


 はしたない、とは思いつつも感想が口に出るのを抑えられなかった。パレッティア王国で食べられる魚と言えば川魚だし、そもそもその川魚といえどもパレッティア王国では高級な食材だ。

 水辺には魔物が引き寄せられるように集まるため、川魚だって捕るのも一苦労だ。だから魚自体が久しぶりに食べるものなんだけど、程良く焼いて身が解れる魚の味と食感は美味の一言に尽きた。


「貝もぷりっぷり……! バターかな? うん、貝のエキスとコクがあって美味しい……!」


 そして何より貝だ。前世での牡蠣を思わせるような姿で、味は濃厚の一言。貝のエキス、そしてバターと思わしき風味が口の中で踊り出す。ついつい笑みが零れてしまう。

 私が美味しそうに手をつけたのが功を奏したのか、皆も食事の手を進めている。魚や貝がダメというような人はいなさそうだったので、食事の空気も柔らかなものへと変わっていく。


「お気に召したようで何よりだ。特にアニスフィア姫の食べっぷりにはこちらも惚れ惚れ致します」

「えぇ、エルナーダ伯爵。こんなにも美味な海の幸に恵まれているとは、心底羨ましく思います。この領地の開拓もさぞ苦難があったとお見受け致しますが」

「痛み入ります。確かに開拓は試行錯誤の連続でした。何せ海の魔物は陸に住まう魔物とは訳が違いますからな」


 それから会話が弾んで、エルナーダ領の開拓の歴史なども聞かせてもらうことが出来た。ユフィはその話を熱心に聞いていて、パレッティア王国でも同じような手法が取れそうなのか吟味しているようだった。


「海の幸、そして塩。それがエルナーダ領の特産品ではありますが、海の幸は足が早いものも多くてですな……」

「塩漬けや燻製でも限界はありますし、何よりこんな美味な海の幸を多くの人に食べて頂けないのは口惜しいですね」

「パレッティア王国の冷蔵箱、あれがあれば日持ちもさせられそうなのだがな」

「はっはっはっ」


 たまにこうしてルークハイム皇帝がおねだりをするように魔道具や技術の情報を聞きだそうとしてくるけれど、それは流石に笑って誤魔化して話を逸らす。


「時に、海産物も素晴らしいと思いますが、こちらの海では泳ぐことも出来ると聞いています」

「えぇ、アニスフィア姫も通でございますな」

「通?」

「海での鍛錬は季節を選べば心地良い。砂浜は足腰を鍛えるのにも良いし、水中での負荷も申し分ない」


 目をきらりと光らせたクリスティンが話に加わってくる。帝国の季節はパレッティア王国に近いほど、パレッティア王国と一緒だけれど、もう少し帝都、そして帝都の先にいくと雪も降るらしいとは聞いている。帝国の領土も広いから、というのもあると思うけど。


「クリスは鍛錬を目的としているが、海を泳げるという保証があるのは帝国広しと言えどもこのエルナーダ領だけでしょう」

「観光資源として目をつけている、とはお聞きしています。流石の慧眼かと」

「かのアニスフィア姫のお眼鏡に叶うのであれば、益々期待できますな! 明日は是非とも我がビーチを楽しんで頂きたい!」


 エルナーダ伯爵が豪快に笑う。私も前世ぶりの海水浴に思いを馳せて、期待に胸を膨らませていた。

 そう、膨らませていたんだけど……――



「……アニス? どうしたのですか? 妙な顔をして」

「……何か気に障ることでもあったか?」



 翌日、私は訝しげな表情をしているユフィとルークハイム皇帝に顔を覗き込まれていた。今の私はどんな表情をしているだろう。ただ、どうしても隠しきれない落胆があったのは間違いないと思う。

 私の目の前には、白い衣服が置かれている。生地はやや薄く、ガウンのように羽織るように着て、帯で止めるみたいだ。

 先に準備を終えていたのか、クリスティンがその衣服に包んでいた。その姿は前世で言う所の海女さんに近い。


「……これが、水着?」

「そうだが?」


 私の反応が何かおかしいと感じているのか、クリスティンも首を傾げている。と言うより、私以外の人たちが私の反応に対して訝しげにしている。そんな反応も気にしてられず、私はショックに身を震わせることしか出来なかった。



 ――私の想像していた水着と、全然違う!!




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