After Days:そうだ、海に行こう!(1)
ここから本編終了後の外伝や後日談を投稿していきます。またお付き合い頂ければ幸いでございます。
照りつける太陽、雲ひとつない青空、白い砂浜。
目の前に広がる光景に私は両手を伸ばして、息を大きく吸い込んでから叫んだ。
「海だぁーーーーッ!」
私の目の前に広がるのは海。それもただの海じゃない。整えられた景観は自然の姿を残しつつも、人が楽しめるように整備されている。
つまり、ここは人を持て成すために整えられた砂浜、プライベートビーチであることを示している。
「ここまでアニスフィア王女に喜んで貰えるなら誘った甲斐があったもんだ」
気分を高揚させている私に笑みを浮かべながら声をかけてきたのはアーイレン帝国から親善大使としてパレッティア王国に訪れているファルガーナ。
その後ろにはユフィとレイニ、イリア、そしてガッくんとナヴル、シャルネにプリシラが揃っている。皆、美しい景観の海に興味深そうに目を向けている。
ここはアーイレン帝国の領土にあるプライベートビーチ。私たちはパレッティア王国を離れ、アーイレン帝国へと足を踏み入れていた。
何故、私たちがアーイレン帝国にいるのか? その話をするのには、少しばかり時間を巻き戻さないといけない。それは帝国からの提案が切っ掛けだった。
* * *
「私たちを帝国に招待して、親善会を開きたい?」
魔学都市アニスフィア、その都庁。私の執務室にやってきたのはファルガーナだ。
ファルガーナはアーイレン帝国の親善大使としてアニスフィアに逗留している。今後、帝国からやってくる留学生を受け入れる打ち合わせのためだ。
本格的に都市として動き出したアニスフィアで開設される予定の学校では貴族・平民を問わずに生徒を受け入れていくことになる。その中には帝国からの留学生も入る予定だ。
アニスフィアで運営される学校は魔学や魔道具の技術を学びたい技術者も受け入れる予定でもある。その制度を整備するためにファルガーナとは日々打ち合わせをしていた。
その他にも帝国との窓口もこなしているので、日々忙しそうにしているファルガーナ。そんなファルガーナが提案してきたのが冒頭の内容だった。
「あぁ、兄上が是非ともってことでな。パレッティア王国に招いてもらったことはあるが、こっちが招いたことはないというのを兄上が気にしていてな」
「なるほど。今後の両国の関係を密にしていくなら機会は必要だと私も思うよ」
「あぁ。ユフィリア女王陛下にも打診してあってな、その打ち合わせを王都に行った時にする予定だ。で、兄上のことだからアニスフィア殿下も是非、って言うだろうからな。それなら先に話しておこうと思ってな」
「行くことは問題はないと思うけどね。ユフィも否とは言わないだろうし」
カンバス王国の崩壊の後始末や、アニスフィアの完成と運営も慌ただしかった時期もあったけど、それも一段落がついてきた頃だ。だから私たちがアーイレン帝国を訪問する、というのも多分問題ないと思う。
「流石に帝国に招くとすると、降誕祭のような大規模な祭りに招くのは難しいんだがな。言っちゃなんだが、帝国はこっちほど穏やかじゃないというかな……」
「あぁ、それは……お国柄だからね」
「後は兄上がな、ゆっくりとアニスフィア殿下と話し合う機会が欲しいって言っててな……あれから魔学への興味が膨れあがっているみたいで、少し鬱陶しいというかな……」
「あぁ……成る程?」
ルークハイム皇帝は、そのなんというか私にご執心ではあるよね。ただ無理に私を帝国に連れて行こうとはしない筈。……多分。
「だから兄上としては、皇族が訪れる別荘地に招きたいと考えているんだ」
「別荘地?」
「帝国は広いからな。皇族の遠征の時に滞在する別荘があるんだ。その中には客人を招くのに整備された別荘地がある。そこで歓迎をさせて貰えればと思ってる」
「なるほど……例えばどんな別荘地があるの?」
「そうだな……パレッティア王国から近い別荘地で驚いて貰えるとするなら海だな」
「海!?」
私はファルガーナに対して驚きの声を上げてしまった。私の驚きようにファルガーナはしてやったりという顔を浮かべる。
「あぁ、帝国自慢のプライベートビーチだ。海産資源を取るための拠点でもあるんだがな」
「……帝国は海の開拓に成功していると?」
この世界、海は人の手の届かぬ領域であるという認識がある。何せ海にも魔物がいるのだ。海で戦う魔物は陸で相手にするのとは訳が違う。だから船で沖に出るのだって自殺行為とも言われるほどだ。
パレッティア王国も海辺の開拓は悲願ではあるものの、一進一退を繰り返している状況だ。なのに帝国では既に海を開拓することが成功していると言うの? それが本当なら流石大国だって思う。
「開拓に成功っていっても、内陸だった所を工事して、そこに海水を引き込んでるって所だな。魔物の被害もなくはないが、内陸に海水を引き込む部分には柵が設けられているから魔物の侵入は防げている」
「……それを実現しているのは、流石アーイレン帝国と賞賛の言葉を贈らせてもらうわ」
「帝国は王国ほど魔物が活発ではないからだと思うけどな。こっちはスタンピードなんて数十年単位で起きれば早いほうだ。年に複数起きるような王国が異常なんだよ」
それはパレッティア王国には精霊資源が潤沢にあるからだとは思うんだけど、国が違えば事情も異なるから。
それにしても海かぁ。いいなぁ、海。この世界は魔物がいるから危険で海に入るなんてこともあり得ないことだったから。
「そのプライベートビーチって……例えば、泳げたりするの?」
「海で……泳ぐ?」
私の発言に何を言ってるんだ、と呆れたような顔を浮かべているのは侍女として控えていたプリシラだった。
この世界の常識で言えば海に入って泳ぐなんてあり得ないことだ。だからプリシラの発言は何も不思議なことじゃない。
対して、私の質問に不敵な笑みを浮かべているのはファルガーナだ。意を得たり、と言わんばかりに楽しそうに彼は微笑んでいる。
「今は皇族や一部の貴族の道楽と言われているが、いずれは民の間にも海で泳ぐことが広まるように開拓が進められてる。海産資源を集め、観光資源としても活用して人を集める。人が集まれば活気が生まれ、雇用も生まれる。元々、海辺で暮らしていた国や民族のために始めた政策ではあるんだが……」
「いいわね! 海水浴!」
私が笑みを浮かべながら想像に胸を膨らませていると、プリシラは私を珍獣を見るように見ているし、ファルガーナでさえも少しだけ戸惑ったように私を見ている。
「なんていうか……良くも悪くも変な人だとは思っていたが、海で泳ぐことにアニスフィア殿下は忌避感はないんだな?」
「パレッティア王国では泳ぐなんて馴染みがない筈なんですが……」
プリシラが呆れたような口調で私に言う。パレッティア王国は草原や森、山が多くて泳げるような場所が少ないし、泳ぐというのは一般的ではない。
私も今世で泳いだことなんて数えるほどしかない。やっぱりこれは前世の感覚を引き摺っているのかもしれない。
けれど、そんなことは言えないので私は曖昧に笑って誤魔化すしかなかった。
* * *
「海……ですか。確かに帝国の開拓がどのように行われているのかは気になりますが」
休日、私はいつものようにアニスフィアから王都サーラテリアに戻ってユフィと休日を過ごしていた。
そして話題に挙がったのが帝国の訪問先だった。私が海に食いついていたという話はファルガーナからユフィにも伝えられていた。
ユフィの反応は、少しだけいまいちだった。興味はあるけれど、熱心な関心とまではいかないと言った所だ。
「それに……アニスは泳ぎたいのですか? しかも海で?」
更にはプリシラが私に向けていたような珍獣を見るような目で私を見てくる始末だった。ユフィからそんな視線を向けられるのは久しぶりだったので、少し笑ってしまった。
「確かに今世では泳ぐって一般的じゃないけど、結構楽しいんだよ?」
「…………海ですよ?」
たっぷり間を空けてから、信じられないといった様子でユフィは私にそう言った。
「ぜ、前世では人気の遊びでもあったんだよ!?」
「……それは世界が異なるからじゃないですか。この世界の海と言えば、人間が立ち入ってはいけない魔の潜む恐ろしい所ですよ?」
「でも、だからこそ気になるんでしょ? 海をどうやって開拓したのかって。そしたらパレッティア王国でも同じ手法が取れるかもしれないし」
「海産資源は需要がありますからね。供給出来る方法が確立出来るならとは思います」
「なら、帝国の訪問先は海にしようよ!」
「……賛成する理由も薄いですが、反対する理由もありませんね」
ユフィは私の熱烈な海への希望に苦笑を浮かべて同意してくれた。
こうして私たちの帝国の訪問先は、帝国が所有するプライベートビーチということに決まったのだった。
* * *
「いやぁ……これは凄いなぁ」
私はアーイレン帝国のプライベートビーチを見て感嘆の息を零していた。
まず最初に来る感想は、海だ。それは海なんだから当然なんだけど、やっぱり整備されている浜辺というのがこの世界では物珍しい。
アーイレン帝国のプライベートビーチは、扇型に広がるような形をしていて、海と繋がる先には関所のように雄々しい水門がある。
この水門によって海の魔物の侵入を防ぎつつ、海水を扇型にくり抜いた人工の浜辺に引き込んでいるという構造になっている。
その浜辺から少し離れた場所に別荘と思わしき大きな屋敷がある。扇の端に位置している屋敷の海を挟んで逆側には工場や住宅区などが見られる。
これがアーイレン帝国の海の開拓の風景なんだな、と思う。これは見るべき所がいっぱいあるね。
「景観もいいし、これは観光地として盛り上げたら人も集まるんじゃないかな?」
「本当にそう思いますぅ?」
私の独り言に訝しげに口にしたのはガッくんだった。ガッくんはどこか落ち着かない様子で海を見つめているようだった。
「海で泳ぐとか、流石にアニス様の変人ぶりには慣れた俺でもドン引きですよ」
「そこまで言う!?」
「……私も、流石にガークに同意します」
「……ごめんなさい、私もです」
ガークに同意するようにナヴルとシャルネも首を左右に振って否定を露わにしている。同僚たちの反応にプリシラが何度も深く頷いている。
魔巧局の一員兼護衛と世話係として付いて来て貰ったけど、行き先が帝国のプライベートビーチだと告げると皆が皆、こんな反応をするばかりだ。
尚、遠征にはまったく興味を示さなかったティルティとトマスはアニスフィアでお留守番をしている。その二人も海を見に行くといったら、頭おかしくなった? みたいな目で見てきたけど。
「確かに海が怖いのはわかるけど……ほら、見てごらんよ。こんなに整備されてるんだから危険なことなんてそんなにないんじゃない? パレッティア王国では泳いで遊ぶなんて一般的じゃないけど、一般的じゃないからこそ楽しむべきだと思わない?」
『えぇ……?』
「なんで揃えたの!? そんなに嫌なの!?」
頼りになる可愛い部下たちが一向に海で泳いで遊ぶということに興味を示してくれない。それどころか本当に大丈夫? と言わんばかりに疑心暗鬼が募るばかりだ。
ユフィの護衛としてついてきた近衛樹士団の護衛もガッくんたちと似たような顔を浮かべている。
「ふふん……! なら私が海の遊び方を教えてあげないとね……!」
「……おっかしいなぁ。帝国民でもここまで海に熱意を燃やすのは一部の愛好家ぐらいのものなんだが……」
密かな野望をメラメラと燃やしている私を見て、ファルガーナがそんなことを呟いていることに私は気付くことはなかった。
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