第82話:〝アニスフィア〟(3)
本日、三回目の更新となります。(1/3)
三回目の更新は三話同時更新となっておりますので、見逃しのないようにお気をつけください。
魔学都市完成記念の式典には、当然の如く多くの来賓が招かれる予定となっている。合わせてちょっとした祭りも開かれるから、貴族・平民問わずに式典は人で賑わうことが予想されていた。
その為、都市の完成と共に逗留していた騎士団も正式に魔学都市の所属になって貰い、警備を担当して貰う。
冒険者ギルドにも魔学降誕祭の時と同じように警備の依頼を出して人手を集めて貰っている。
魔学降誕祭での反省を生かして、ファルナとサランくんが制度を作ってくれたので大きなトラブルは起きないと見ている。これが上手くいって制度として根付いて欲しいと思う。
宿も貴族向けの宿から平民向けの宿、どちらも人の受け入れで忙しなく動いていて、魔学都市の賑わいは今まで以上に高まっていた。
そんな中、シアン伯爵邸にはあるお客様が訪れていた。そのお客様が来訪した報せを受けて、私は都庁を飛び出した。
予定は聞いていたから、今日で仕事が終わるように調整してきた。長く苦しい時間ではあったけれど、この日の為だったと思えば苦労が報われる気がした。
「――アルくん!」
シアン伯爵邸に顔を出すと、そこにはアルくんがいた。そう、シアン伯爵邸に訪れた客とはアルくんの事だった。
改めてアルくんを見れば身長は伸びているし、髪も尻尾を揺らすように縛っている。少年らしさが抜けてきて、青年と言えるようになったアルくんはとても大人びた表情を浮かべるようになっていた。
「姉上、相変わらずだな」
「よく来たね、アルくん。辺境からここまで遠かったでしょう?」
アルくんに駆け寄って、再会の握手をする。アルくんは穏やかな表情で私と向き合ってくれる。それが嬉しくて、ついつい笑みが零れてしまう。
アルくんの手を握っていると、私の手をそっと離そうとする手が伸びてきた。それはアルくんに同行してきたのだろうアクリルちゃんの手だった。
「アクリルちゃんもようこそ! 会えて嬉しいよーっ!」
「私は嬉しくないっ! 離せぇーっ!」
私はアルくんから離した手でアクリルちゃんを抱き締めた。
あぁ、本当に可愛い子だよね! アクリルちゃん! でも私はアクリルちゃんに嫌われてるんだけどね!
アクリルちゃんを抱き締めていると爪で引っかかれたり噛みつかれたりするけど、本気で傷を残そうとする力はない。
それでも嫌がってるのは本当なので、少しだけションボリしながらアクリルちゃんを解放する。
私が解放すると、アクリルちゃんは素早くアルくんの背後に隠れて私に威嚇するように唸った。
あぁ、狼耳と尻尾、モフモフしたいのに届かないこのジレンマ……!
「姉上……懲りないな」
「予想はしていましたが、なんというか……残念ですよね」
「まったくだ」
先にアルくんと顔を合わせていたユフィが私を見て溜息を吐いていた。ユフィの傍にいたレイニは苦笑、イリアはゴミを見るような目で私を見てきた。いや、イリアは酷くない?
「うぅ……! 私は義姉として、ただ義妹と仲良くしたいだけなのに……!」
「ウザイ」
「ウザイ!? ここまで直球な罵倒もなかなかないよ!?」
「死んで?」
「可愛いのに辛辣!」
「息をしないで欲しい……」
「無茶を仰る!」
アクリルちゃんに辛辣に接されているけれど、それでも可愛くて仕方ないんだよ! 最初に二人のことを知った時は耳を疑う程にビックリしたけど。
リカントのアクリルちゃん。アルくんが保護していたカンバス王国の亡命者がいるとは聞いてたけれど、それがこんな可愛い子で、しかもアルくんと恋仲だって聞いた時は何度も聞き返すぐらいに驚いた。
最初はアルくんもどう説明したら良いものかと迷ってたらしいんだけど、アクリルちゃんが最初から暴露してきたので、もうアルくんも同情するぐらい慌てていた。そんな暴露もあってか、私たちの顔合わせはとても混沌としていた。
それから私が父上と母上の下にアルくんとアクリルちゃんを拉致して、強制的に顔合わせさせた。二人を連れて来たら、父上と母上は面食らった上に頭を抱えていた。主に私に対して。ごめんなさい。
アルくんの王族籍を抜く理由は、実はアクリルちゃんの要望も関わっていたりする。アルくんは自分が王族の血を引いているのだから、子供を作るつもりはなかったんだって。もし出来たとしても、正式な形では認知出来ないと考えてたらしい。
ここで待ったをかけたのはアクリルちゃんだ。アルの事情は理解しようと努めているけれど、それはそれとして自分はリカントの一族の娘として子をなして群れを盛り立てるのが女の役割だと主張した。
互いの主張は、二人の間で解決しない平行線の問題として扱われていた。確かにアルくんにそのまま子供が出来ると面倒な事になるかもしれない。
けれど、そこは逆にアクリルちゃんだったら問題ないんじゃないかと母上が言い始めた。
『亜人はまだまだパレッティア王国にとって未知の存在です。そんな未知である貴方たちを王室に迎え入れることは不可能でしょう。ですが、いち国民としてなら受け入れることは出来ます』
と、母上が言ったことでアクリルちゃんがパレッティア王国に移住してきた正式な亜人の最初の例となることが決まった。
アルくんとの関係も、アクリルちゃんがパレッティア王国で成人として扱われる年齢になるまでは婚約者という関係になる。
カンバス王国からの亡命者で、更に亜人であるアクリルちゃんとの子供なら王位継承権を揉めることはないだろうし、カンバス王国も実際の所は名前だけの存在であったことがわかった。なので実質、アクリルちゃんは平民と扱いが変わらない。
それならアルくんと正式に結ばれても良いだろう、ということで話は纏まった。この話は母上が積極的に主導し、まとめ上げられた。
正直、私も口を挟めない程の即決だったし、アルくんに至っては反論の機会を一切許されていなかった。
そんな事もあって、アクリルちゃんはアルくんの護衛兼婚約者としていつも寄り添っている。なので私も義妹になるアクリルちゃんと仲良くしたいんだけど、親の敵かと言うぐらいに嫌われている。
「母上と父上には懐いてるし、ユフィとだって別に普通なのに……! どうして私だけ除け者にするのよぉ! 不公平だ! 納得がいかない! 旦那様に抗議しますぅッ!」
「旦那じゃない」
「は?」
咄嗟に否定の言葉が出たアルくんにアクリルの鋭い声が突き刺さる。アルくんは面倒臭そうに首を左右に振った。
「話をややこしくするな……! えぇい、この二人が揃うと二倍煩くなる……!」
「こいつが悪い」
「どうして私を悪者にするのよぉ!」
義妹(予定)が冷たい! 小姑虐めだ! あれ、普通は逆じゃない!?
そんな風にぎゃんぎゃんと騒いでいると、アルくんの一歩後ろに佇むようにしてローブを羽織っていた人が深く溜息を吐いた。
「……なんでこんなのにあの子が負けたのかしら……?」
溜息を吐いたのはヴァンパイアのルエラだった。けれど、その姿は異様と言えた。ルエラの手には枷が嵌められていて、手の動きが制限されている。
その手には杖が握られていて、顔は目を覆うように拘束具のような眼帯がつけられている。
ライラナの騒動の後、意識を取り戻したルエラは抵抗もせずに私たちに投降した。
投降した後は、カンバス王国時代にアクリルに対して行った仕打ち、ヴァンパイアとしての危険思想を危惧されて捕虜のような扱いになっている。
本人も今の処遇には納得しているし、目を使えなくてもアルくんが教えた索敵の魔法で日常生活には困らないらしい。
但し、逃走を防ぐ為にこうして厳重に拘束されているという訳だ。本人は逃げる気はないけれど、周囲へのアピールは必要だということでこの処置になっている。
彼女はこのまま辺境でヴァンパイアに対する研究や、元カンバス王国の調査と現地住民との交渉に協力することを条件に自由が許されているという訳だ。
「ルエラも連れてきてたの?」
「あぁ。むしろ、彼女の外出には俺が付き添わないと何かあった時に責任が持てないからな。ルエラは、レイニの母親の知り合いなのだと聞いている。ならばシアン伯爵の話をした所、話がしてみたいという事でな。シアン伯爵からの許可は頂いている」
「あぁ……なるほど」
レイニの母親、ティリスさんとルエラは幼馴染みらしい。なのでルエラはカンバス王国に居た頃のティリスさんを知っている。
そしてドラグス伯はパレッティア王国にやってきた後のティリスさんを知っている。お互いに知らない時間を歩いた故人の事を知ることが出来る機会って訳だ。
「レイニ、お客様の相手、ご苦労だったな」
「お父様!」
アルくんと話していると屋敷の奥からドラグス伯がアリアンナ夫人を傍らに連れて姿を現した。
まず、真っ先にドラグス伯の前に進み出たのはアルくんだった。アルくんはドラグス伯を真っ直ぐに見つめた後、深々と頭を下げた。
いきなり頭を下げたアルくんにドラグス伯の目が少しだけ見開かれる。
「シアン伯爵、こうして直接ご対面する機会を頂けたことに心よりの感謝を。そして……過去の私がご息女へした仕打ちは決して許されるものではないと理解しています。それでも伝えさせて頂きたい。大変、申し訳ございませんでした」
空気が一気に張り詰めたようにピンと張る。ドラグス伯から立ち上る気配が巨人のように大きくなったからだ。それはアルくんを押しつぶしてしまいそうな程に肌にビリビリと伝わってくる。
レイニは少しオロオロとしているし、そんなレイニを落ち着かせるようにイリアが手を握っている。ユフィは平然とし、アクリルは心配そうにアルくんとドラグス伯を交互に見ている。
「……頭をお上げください、アルガルド様」
「……敬称は不要です。今の私は貴方様と同じ貴族です。私たちの間に身分の上下はありません」
「なら、改めて言わせてくれ。頭を上げてほしい。君からの謝罪は既に文面で受け取っている。そして君の思い、考えを多少なりとも知ることは出来たと思っている」
アルくんの肩に手を置いて、柔らかい声でドラグス伯が語りかける。
「娘は既に君を許している。君にも決起に足る理由があった。この国の歪み、腐敗などは私のような末端の者にはどうする事も出来なかった。その波に抗おうとした君は、確かに手段を間違えたのかもしれない。しかし、君は過ちを受け入れた上でここに立っている。ならば謝罪は要らない。娘も、私も、君の謝罪など求めてはいない」
「……慈悲を頂き、ありがとうございます」
「慈悲などと大袈裟に言うつもりもない。……学院では娘が世話になった。君は受け入れはしないだろうが、レイニが学院で笑顔を失わずに済んだのは君のお陰でもあるのだろう。ありがとう、娘の友人を失うことがなくて私は良かったと思っている」
アルくんはゆっくりと顔を上げて、ドラグス伯の顔を見つめた。それから目を固く閉じて、今度は礼をするように頭を下げた。
そこで緊張感がようやく緩んだ。ドラグス伯が次に視線を向けたのはルエラだった。拘束具をつけられたルエラの姿はやはり異様なのか、少しだけ面食らったような顔を浮かべている。
「……成る程、貴方がティリスの」
「……貴方が、ティリスの幼馴染みの?」
「ティリスとはただの腐れ縁よ。……でも納得したわ。あの天の邪鬼が、子供が出来たと知って慌てて逃げたのも、その娘を捨てられなかったのも。貴方、いい人なのね」
ルエラがクスクスと笑いながら穏やかな調子でそう言った。一方、ルエラの言葉を聞いたドラグス伯は情けないような感じで唇を曲げて、眉を寄せてしまった。
そこにぱん、と小さく手を打ち合わせる音が響く。アリアンナ夫人が笑顔を浮かべながら場を仕切り直すように言った。
「今日はお客様がいっぱいだわ。募る話もあるでしょう? 甘いお菓子をご用意してあるの。どうかゆっくり過ごして頂ければと思いますわ、皆様」




