第81話:〝アニスフィア〟(2)
本日二回目の更新となります。
「折角ユフィと一緒にいられる時間が増えてるのに、こんなに疲れるんじゃやってられないよ」
「それがアニスの勤めなのですから仕方ありませんよ。……本当によく食べるようになりましたね?」
「だってお腹が空くんだもん」
私が食べているお菓子はアリアンナ夫人がレイニやイリアと一緒になって作ってくれたお菓子だ。
レイニとイリアがいるのでお菓子教室を開いているらしく、毎日多種多様なお菓子が出てくる。ちなみに今日はマフィンだった。
食欲に関しては慎ましいユフィはこうして余ったお菓子を私にくれる。政務で疲れて糖分を欲している私には嬉しいお零れだ。
魔石が出来てから燃費が悪くて、政務中も何か摘まむことが増えてきた。
流石に干し肉を噛みながら執務してたらナヴルにこってり叱られたけど。
良いじゃん、干し肉ぐらい。王族が、それも執務中に食べるものじゃないって言うけど、口寂しくなるんだよ……。
「逆にこれじゃあ痩せそう、って言ったらレイニから殺意を向けられたけど……」
「……あれ、怖いですよね」
「うん……」
ユフィも食べて肉がつくようなタイプじゃないし、私は魔石が出来てから消費カロリーが馬鹿にならない。
レイニだって太ってる訳じゃないと思うんだけど、わかりにくい所で肉がつくんです! って滅茶苦茶怒られた。
「イリア曰く、レイニは出る所には肉がつくらしいね……」
「……なるほど?」
イリアも色んな味を楽しむけど、食べる量自体はそんなに多い方じゃないし、お酒だって嗜むのも滅多にない。
だから体型については気にしてなさそう。むしろレイニの体型の方が気になってアレコレ世話を焼いてまでいる。
というか、本当に出る所が出てるのは肉がついてるからだけなんだろうか。なんて、そんな事を考えてしまう。
「……にしても、ちょっと意外」
「何がですか?」
「ユフィが大人しくしてるのが」
「どういう意味ですか」
紅茶を飲みながらユフィが訝しげな表情を浮かべる。私は頬杖を突きながらユフィの顔を見つめる。
「女王陛下がこんなにのんびりしてていいのか、って思ってそうだから?」
「……否定はしませんが」
私の言葉にユフィは苦笑を浮かべる。けれど、その表情もすぐに引き締められた。
「ただ、私も将来のことを考える時期に来ているのかと思いまして」
「いつもの事じゃない?」
「それも否定しませんが……私が考えているのは私の後釜についてです」
「後釜って言うと、次の国王候補ってこと?」
「はい。アニスも魔石が出来てしまった以上、このまま現王家の血は絶えることが確定してしまいましたからね」
「うぐっ、お、思い出させないでよ……」
私もドラゴンの魔石が出来てしまった以上、私が仮に子供を孕んだ場合、子供にドラゴンの魔石が継承されてしまう可能性がある。
それはパレッティア王国の王族として迎え入れられるかというと難しい。父上と母上にもちゃんと説明しなければならなかったので報告したけど、二人とも怒る気力も湧かないと言うような反応をされてしまった。
「送り出したのは自分だから、と母上は言ってたけど……」
「自分たちの子供はどうして、こう……と頭を抱えていましたからね。ちゃんと労ってあげてください。義母上には本当に頭が上がりません」
「本当だね……」
ユフィが不在の間、代理を引き受けてくれている父上と母上には本当に感謝しかない。
「それで後釜を、って事?」
「えぇ。あくまで先の話ですが……私としては王室を廃止しても良いのではないかと考えています」
「えっ、それって王政を廃止するってこと!?」
「現在の公爵家、及び有力な侯爵家あたりに目をつけて代表を決めて貰い、議会制度を整備して行こうかと」
「……流石に王室を解体するとなると荒れそうだね」
「えぇ、なので今後は私もそれに向けて議会に働きかけていく必要があると感じています。私が長期休暇を取ったのもその一環ですね。将来、国王がいなくなっても議会が国を運営出来るように。私が不在の間、どれだけ仕事が出来るのか見極めるつもりです」
何とも、まぁ。ユフィはそんな事を考えていたのか。実現するのは大変だな、と思うけど私のせいでもあるんだよね。ちょっと申し訳なさはある。
それにしても王政を廃止して議会制にするか。今まで精霊の加護を賜ってきた建国王から続いてきた象徴が失われる、というのはパレッティア王国にとって大きな歴史の転換点になる。
「この動きはルークハイム皇帝にもご協力頂こうかと」
「アーイレン帝国も巻き込むの?」
「えぇ。ただ、それはアーイレン帝国の情勢を見つつですね。あまり長いこと王位に座っているつもりはないのですが、こればかりは上手くいくか分かりませんから」
「ユフィが王座に君臨してればしてるほど、精霊信仰派が息を吹き返す可能性が上がるからねぇ」
「私に望まれるのは困りますが、私の代わりになることを望む人がいるなら、とは思います。何にしても備えることは大事でしょう。ライラナのような一件もありますから、それが万能の備えではないのですが……」
「うん……」
未来に備えだしたら、いつまでも備えは終わらないんだけどね。だから出来る範囲でこつこつ積み上げていく必要がある。
でも、いつまでもユフィが手を引いてパレッティア王国を導いていくのは違うと思う。だからいつか、次の人たちにバトンを渡さなきゃいけなくなる時が来る。
「私の円満な退位のためにもアニスには頑張って欲しいですね。平民の教育水準と立場向上が見込めれば、パレッティア王国にも新しい風が吹きますから」
「そうだね……それこそ、私の前世の世界を目標にしてもいいのかもね」
前世、と口にするとどうしてもライラナに見せられた幻の世界を思い出してしまう。
前世の世界から持ち込んだ知識、転生者である自分を誰もが知って受け入れてくれる世界。
きっと、あれは私のもしもの姿であり、ライラナの辿った道でもあるんだと思う。
ライラナはヴァンパイアの開祖の叡智を余すことなく受け継ぎ、それが受け入れられた。ライラナが受け継いだヴァンパイアの開祖の叡智は、私にとっての転生者としての記憶だ。
そう考えると思うことがある。カンバス王国の王女として、ヴァンパイアの開祖の叡智を受け継ぐ者として受け入れられていたライラナ。そんなライラナを個人として見てくれた人はどれだけいたのかと。
ヴァンパイアの開祖の目的はあくまで魔法の真理を解明して、永遠を手に入れること。ライラナもそれを目指していた。
でも、その目的だけを見ればライラナの言う贖いとはどこから来たものなのか。
世界の可能性を閉ざしてでも、悲しみを始めとした不幸を招く感情を消し去ろうとしていたライラナ。
それは彼女自身の願いだと思いたい。でも、彼女は孤独だった。孤独であることを受け入れられて、世界の為に準じて身を捧げられた。
誰もライラナを引き留める人がいなかった結果がライラナの末路だったとしたなら。それは、なんて寂しいことなんだろうと考えてしまう。
今となってはライラナの真意も、真実も辿る術はないのだけど。
「アニス」
ライラナについて考えていると、意識が逸れてしまっていたのかユフィの接近に気付かなかった。ユフィは私を抱き締めるように頭を抱いてくれた。
背中を撫でるユフィの手が優しくて、そのまま私はユフィに甘えるように身をすり寄せた。
「ライラナですか?」
「……わかるの?」
「ライラナを思い出すと、貴方はいつも同じような顔をしていますから」
「……うん」
「もう一人の自分だったかもしれない人、でしたか」
ライラナへの思いは複雑で、だからこそ自分でも実際にどう捉えているのか最初はわからなかった。でもユフィが根気よく私の話を聞いてくれたからこそ、私はライラナへの理解を深められた。
理解が深まればこそ、もしもを考えてしまう。何かキッカケがあって、ライラナと共に歩める未来があったんじゃないかって。例え、そんなもしもがあり得なかったとしても。
「……嫉妬してしまいますよ」
「ユフィ」
ユフィが私の耳元に寄せて、強めに耳たぶを噛んできた。ぞくぞくと背筋に電流が走ったような感覚が駆け巡って身を捩らせてしまう。
ユフィが顔を離すと、不満げな表情を浮かべているのがよくわかった。ライラナに関しての思いが複雑なのはユフィも一緒で、私があまりライラナのことを思い出すのはよろしくないらしい。
純粋にユフィの得意分野で勝てなかった、私を傷物にした、私がもう一人の自分だったかもしれないというのが心底気に入らないそうで。
ただ、嫌っている訳ではないと言っている。好き嫌いではなくて、ただ単に気に入らないだけとユフィは言っていた。
「アニスのライラナへの思いはわかります。納得もしてます。……でも、やです」
「でた。ユフィのやです」
「やですから」
最近、ユフィは子供っぽく拗ねるようになった。キッカケはライラナを倒した後、皆の所に帰るためにユフィから魔力を奪ってから。
今思い出せば、あの後は本当に大変だった。とにかくユフィは機嫌を損ねて、けれど私が離れるのも許さないと言った空気を撒き散らしていたからだ。
私が魔学都市に帰れなかったのはカンバス王国の後始末があったのも理由だけど、ユフィが私が離れると不機嫌の塊になるからでもあった。私がいても不機嫌だったんだけど。
「アニスは私のものなんですよ? 私もアニスにあげるんですから、余所見をしちゃダメです」
あと、変わったことと言えばユフィが凄く色っぽくなった。
今まで勿論、恋人としての営みはしてきたよ? でも私の見立てでは、ユフィにとっては食事という感覚が強くて、私を、その、可愛がる意識の方が強かったんだと思う。
けれど私が逆にユフィの魔力を奪ってから、ユフィは少しずつ変わった。最初はビックリするぐらい不機嫌だったんだけどね。魔力を少しでも取ろうとすると威嚇してくるというか。
ユフィにとって魔力は文字通り生命線なのだから、それを取ろうとすれば怒られて当然なのだと思うけど。
でも私だってユフィの魔力の味を覚えてしまったのだから、お預けされるのは嫌だ。あと、魔力が取られて余裕がないユフィは可愛いし。
そうして私がちょっかいをかけている間にユフィも慣れたのか、少しずつ私が魔力を取っても怒らなくなってきた。
基本的に私から魔力を奪う方だけど、本人の気が乗った時はご褒美のように貰える。
まぁ、なんというか。食事という感覚が薄れて、私と営みを楽しんでくれてるって方向に変わってきたというか。
だから本当に最近、この恋人が可愛くて仕方がない。ついついちょっかいをかけすぎて本気で怒らせることが増えたけど。
「……ユフィ、お腹空いた」
「ダメです」
「……ダメ?」
「夕食をしっかり食べてください」
「ユフィも食べるんだよ?」
「……必要な分は食べてます」
「必要な分だけでしょ? 私の分は?」
「ありません」
「えぇ~、ユフィ~、お腹空いたよ~」
「ダメったらダメです! お仕置きしますよ!」
じゃれつくようにユフィの腰に手を回して、ユフィの胸元に顔を寄せる。するとユフィの肘が私の頭に落とされた。滅茶苦茶痛い……容赦がない……!
それでも私はめげずにユフィにじゃれついて、その柔らかさを堪能するのだった。
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