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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第6章 永久に尊きものよ
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第78話:黎明の蒼穹に虹をかけて(4)

本日三回目の更新です。

「――――――」


 その声はとても澄んでいて、まるで楽器の音色のような心地よさを伴って世界に響き渡った。

 ライラナが転じた龍は天に向かって歌うように声を上げている。その神秘的とさえ言える光景に目を奪われていたけれど、気を取り直して構えを取る。

 確かに美しくはあるけれど、あれはこの世にはあってはいけない存在だ。見惚れている場合じゃない、と思って攻撃に移ろうとして……何やら身体が引っ張られた。


「あれ? っと、何ッ――!?」


 グッと身体が引っ張られる力は強く、龍の方へと身体が近づいてしまう。まるで引力のようだ。龍はただその場に佇み、声を響かせ続けている。

 私が宙に踏み止まっていると、森が引っ張られたようにざわめき始める。まず姿を見せたのは鳥だった。一斉に飛び立った鳥がまるで引き寄せられるように龍へと集っていく。

 そして、鳥の身体がとぷんと龍の身体に沈んで消えていった。


「な……!?」


 鳥が取り込まれたのをキッカケにして、森に住まう動物から魔物、その全てが宙に浮いて龍の身体へと張り付き、どんどんと取り込まれていく。

 龍――ライラナは歌い続けている。心地良い音色で、戦意が萎んでいくように消えていくような声。優しく語りかけるように、手を広げるように翼を広げている。

 ライラナに取り込まれた者たちは心地よさそうに次々とライラナに溺れていく。その様を見て、背筋にゾッと悪寒が走った。


「本当に世界を呑み込む気なの……!」


 私はライラナから距離を取るように飛翔して、十分な距離を取ってからセレスティアルに魔力刃を纏わせる。一呼吸おいて、全力の魔力刃の斬撃を飛ばした。

 けれど、それはライラナの傍に近づいて行くと勢いを落としていき、ライラナの身体に触れようかという所で霧散してしまった。


「……冗談でしょ」


 近づいて触れようものなら取り込まれる。十分に距離を取っても攻撃すれば阻まれてしまう。ただ悠然とライラナは宙に浮き、声を響かせ続けている。

 その声には催眠作用でもあるのか、次々と動物と魔物が導かれるようにライラナへと吸い込まれていく。その度に引力の引き寄せる範囲が広がっているように思える。まるでブラックホールみたいだ。


「どうする……? って、げふっ!?」


 間合いを計りながら飛んでいると、後ろからライラナに引き寄せられた魔物が衝突してきた。幸い、ライラナの声の影響で魔物に意識は無かったから攻撃されることはなかったけれど、姿勢を崩してしまった。


「まず……!」


 姿勢を崩して飛行が安定しなくなって、引力に捕まってしまう。なんとかまた引力を抜けだそうと魔力を込めようとした時、私の視界の端に光が映った。


「――アニスッ!」

「――ユフィ!?」


 それは王天衣を纏ったユフィだった。ユフィは引力に引かれようとしていた私の手を取り、その場を離れるように飛翔する。ユフィに手を引いて貰ったことで飛行姿勢を取り戻せた私は引力が及ばない空中でユフィと向き合う事となった。

 ユフィは私の顔を見てから、不安に満ちていた表情を安堵に緩めてから私を抱き締めた。そんなユフィを落ち着かせるように背を撫でてから問いかける。


「ユフィ、どうしてここに……」

「貴方が心配で……それよりアニス、アレは一体……? ライラナは……?」


 私を抱き締めていた腕を放して、互いに手を繋ぎながらゆっくりとライラナの周囲を旋回するように飛ぶ。

 私はユフィにライラナの末路と、ライラナが生み出した龍についての経緯を説明する。その間、ユフィは私の手を握りながら私の横顔をずっと見つめていた。


「では、ライラナは自分自身を捧げて、あの龍へと変じたと……?」

「……うん。仕組み自体は精霊契約と同じだ。でも、もうあれは自我のない、目的を果たすためだけの魔法であり、魔物だ」

「……はい」


 ユフィの視線がライラナへと向けられる。その瞳の奧にある感情は、いまいちどんなものなのか私には判別が出来なかった。


「……ユフィの精霊顕現だと、多分ダメだよね」

「はい。私とライラナの相性は致命的に最悪です。恐らく、私の精霊顕現でどんな破壊力を為し得たとしても無意味に終わる可能性が高いです」

「……じゃあ、ライラナを倒す手段はない?」


 そんな馬鹿な。いや、薄らとは思ってたけれど、それはダメだ。なんとしてでもライラナは止めなければならない。でないと世界が本当に終わってしまいかねない。

 だから、今ここでライラナを消滅させる方法を見つけ出さなければならない。でも、あれだけ大きな存在をどうにか出来る手段はユフィの精霊契約ぐらいしか思い付かない。

 私の全力の斬撃すらも吸い込まれてしまったので、正直私では見込みがない。何か手段は、と唸っているとユフィが私の手を握りながら言った。


「……一つ、手はあるかもしれません」

「本当!?」

「ただ、成功するかどうかまでは……」

「その手段って何?」

「――アニスが、精霊顕現を行うことです」

「……はい?」


 ユフィ、いきなり何言ってるの? 私が、精霊顕現を行う……?


「む、無理だよ! 私には精霊契約も不可能だし、精霊顕現が出来るような魔法が使える訳じゃない!」

「はい、通常の手段なら無理です。ですが、ライラナという前例があります」

「……魔性顕現? 私に? で、でも、私は魔法は使えないし、精霊が魂に混ざってない稀人って言われてるんだよ? 意思ある魔法なんて発生させられる筈が……!」

「精霊の意思はなくても、貴方の魔石に宿っている別の意志はありますよね?」


 ユフィに真っ直ぐ視線を向けながら言われて、私は唇を閉ざした。

 私の魔石、心臓に生み出された魔石の存在ははっきりと感じ取れる。そこにある意志。……それは、確かにいるのかもしれない、けど。


「……私にドラゴンを顕現させろって……?」

「はい。それを魔法という形で編んで、ライラナにぶつけます」

「そんな理論上は可能です、みたいなのをいきなりやれって言われても……!」

「では、ライラナをこのまま放置するのですか?」

「それは……! 出来ない、けど……!」


 あまりにも荒唐無稽な話過ぎて躊躇する私。そんな私の手をユフィは強く握り締めて、顔を覗き込むように距離を詰める。


「――信じて」

「……ぁ」

「いつだってアニスは私を信じてくれました。だから私は今日までやってこれました。だからアニスも――貴方を信じる私を信じてください」

「……ユフィ」

「止めたいんですよね? 本当は救いたかったんですよね? 貴方は、傷ついた人を見捨てられない人だから……」

「……どうして、ユフィが泣くのさ」


 ユフィはぽろぽろと涙の粒を流しながら私を見つめている。今日のユフィはずっと泣いてばかりで、思わずそんな風に言ってしまった。

 ユフィはもう片方の手を伸ばして私の頬に手を添えた。そのまま頬を摺り合わせるように寄せてくる。


「貴方が泣いてないからじゃないですか。それに言いましたよね? 私は貴方の前だったら泣きます。私が泣きたい時に、貴方が泣けない時に……」

「……ユフィ」

「一緒に泣いてください。私も一緒に泣きます。貴方と何度でも心を通わせたいと私は望みますから。だから……私を信じて。貴方の成し遂げたいことを、私が支えますから」


 ユフィの言葉に目の奧が熱くなって、私は一筋だけ涙を零す。ユフィと頬を擦り合わせるように身を寄せ合ってから、頬を離す。

 深く息を吸って、改めてユフィと向き合う。ユフィは自分の涙を指で拭って私の視線を受け止めてくれた。


「……私を支えて、ユフィ。あの子を止める為の力が欲しい」

「はい。私は貴方とずっと一緒です。この心は貴方と離れませんから」


 繋いだ手を握り直す。二人で向き直るのは、世界に歌い続けているライラナ。

 次々と浮かび上がる動物や魔物の数は増して、まるで渦を描くかのようにライラナへと吸い寄せられていく。私たちがいる範囲にも引力の影響が及んできているようで、まるで手を引かれるように引っ張られそうになる。


「ユフィ……どうすれば良い?」

「……アニスには耳の痛い話かもしれませんが」

「いいから、早く」

「……祈ってください。心の底から信じて、その存在を感じてください」

「……あぁ、確かにそれは耳が痛いし、胸が締め付けられそうだ」


 それは私の古傷を容赦なく抉る言葉だ。かつて魔法を望んで、祈るだけ祈って叶えられることがなかった古傷が熱を持ったように疼き出す。

 でも、今回信じるのは精霊じゃない。自分の内に宿る者。それなら信じることが出来る。私はずっとその力に助けられて、今ここにいるのだから。

 ユフィと手を繋いで、もう片方の手にセレスティアルを握り締める。セレスティアルを胸の前に掲げるようにして祈りの姿勢を取る。


(……祈り……祈る……)


 己の内に、私は何を祈る? 祈って何がしたい? 祈るべき事は何だろう……?

 祈ろうとすれば祈ろうとする程、自分の中で自分の輪郭が不確かになっていくような気がする。気配はぴくりとも感じない。

 ……いや、やっぱりダメなんじゃないかな、これ。存在を感じ取るって、祈ってもうんともすんとも感じないんだけど。


(そもそも祈るって性に合わないんだよ……! 祈って何が良くなったのよ! 祈るぐらいなら全部、自分でやった方がいいって思っちゃうわよ……! 第一、まだ意志があるって言うなら話ぐらい聞かせなさいよ、魔石だって生きてるってわかったのよ、コイツ……! 人を勝手にドラゴン化させてるし、いや助かってるけど! 本当にありがとう! だからさぁ――)


 私の心に吹き荒れていくのは、祈りというより、もうただ思い浮かぶ言葉を噛みしめることだけ。


(――お願い、もうちょっとだけ私に無理をさせてくれないかな?)


 どくん、と。鼓動が跳ねた。同時に心臓が捻られたような痛みが走った。

 まるで、そうじゃないと言うような。しかも何故か鼻で嘲笑われた気がした。そんな想像が過ったせいか、完全に頭に血が上った。

 こっちが下手に出てれば舐めた態度を……! そっちがそのつもりなら、御託はいいから――!!



「黙って、力を寄越せ! 馬鹿ドラゴンがぁ――――ッ!!」



 私の叫びにユフィがびくりと身を震わせたけれど、その瞬間に私の心臓に熱が灯った。熱い、熱くて、でも火傷をするような熱ではない。温かく、力強く、芯の奧から響く鼓動の音が私に目を見開かせる。

 瞬間、私の魔力がごっそりと失われていく。吸い取る、なんて勢いじゃない。絞り取るような勢いで魂が軋んだ。目の奧が真っ赤に染まり、ここが地面だったら膝をついてしまいそうだった。


「ッ、アニス……!」


 私の魔力が一気に枯渇したのを感じ取ってユフィが強く手を握る。すると、今度はユフィから魔力を貪り取るように私の手を通じて流れ込んでくる。

 私と同じような苦痛を味わったのか、ユフィの顔が苦痛に歪む。それでもユフィは私の手を強く握ってくれた。

 私たちの魔力が私の中で混ざり合っていく。ぐるぐると螺旋を描くように、二つの線が一つの線へと編まれて行く。

 螺旋の勢いは止まらず、私の魔力とユフィの魔力が判別出来ないほどに溶けていく。心臓がまた跳ねる。まるで心臓を通じて、私に訴えかけるかのように。


「ユフィ、アルカンシェルを!」

「え?」

「いいから!」


 私がセレスティアルを掲げ、ユフィが遅れてアルカンシェルを掲げる。

 こんな光景をかつて見たことがある。そうだ、それは私たちが初めて王天衣を纏って国民の前で飛んだ際、最後に祝福を捧げた時のように。

 互いの魔力が混ざり合ったものがセレスティアルとアルカンシェルを通じて剣先へと集束していく。そこに浮かぶは色なき無色透明な光、それはどこまでも眩く輝くもの。


 ――その光が、天へと突き刺さるように伸びた。それは二叉に分かれ、螺旋を描いていく。その螺旋が再び分かれて、互いの尾を噛むように円環を生み出す。

 無数の円環が描かれ、その光は光の球へと変じていく。セレスティアルとアルカンシェルから伸びた光は途切れ、光球が縮み、やがて一つの形を象っていく。



「――……ドラゴン」



 ぽつりと、ユフィが呟きを零した。

 白と形容するのが一番近い光。太陽が降りてきたような目映さはその輪郭しか私たちに伝えない。けれど目に痛む訳ではない。ただ認識がしにくいだけで、そこに確かにドラゴンがいた。

 そのドラゴンはただ空に浮かび、ライラナを変じた龍を見つめている。闇を照らすドラゴンにライラナは変わらず歌うように声を向けている。

 決して啀み合うことはない。どこまでも静かな竜と龍の見つめ合いが続く。そんな中で私は託された最後の文言を告げる。

 これが意味することは、なんなのか私にもはっきりとわからない。でも私が精霊を持たないからこそ、この性質は成立しうることだけは理解した。



「――〝光に還れ〟」



 私の言葉に合わせて、ドラゴンが動きを見せた。

 ライラナへとゆっくりと距離を詰めて行くドラゴン。ライラナは、それでも意に介さず歌っている。けれど、その引力はいつの間にか消えていた。

 ライラナの力が無力化されていく。それは無に帰す光、始原よりももっと古い〝無〟の状態へ。

 私の魂には精霊は介在しない。だから、私は精霊契約を結ぶことは出来ない。この世界は私に何も語りかけてはこない。

 それは同時に精霊の存在がなくとも独立出来るということ。その私の〝属性〟に染まったドラゴンの魔石が司る属性は――〝無〟だ。

 属性がない、という意味での無であり。何も求めない、という意味の無であり。何者にも染まらない、という無であり。あらゆる物を肯定も否定もしない、という無であり。――そんな〝無〟であるからこそ、私の魔石は一つの性質を導き出す。



 ――私の魔石は、取り込んだ力を私に適合させて取り込める。転じて、それは魔法が形を為すための魔力を取り込むことで無力化させられる。



 魔法が色のついた水だとするなら、その水の色をひたすら薄めて無色透明へと変えるように。

 中和、無力化、無効化、無への上書き。上げ連ねるならばそんな性質を持つのが私。私が望まなければ発揮されず、一度望めば内側からその本質を奪い取り、無に帰すもの。


「――――――」


 ライラナは未だに歌い続けている。けれど、どんなに力を注ごうとも魔法の効果だけが無効化され続けている。

 皮肉なことだけど、それでライラナが歌うことを止めない。止められない。彼女はそういう魔法になってしまったから。

 その魔法によって齎される結果を、私は無に帰していく。ある意味で、ひたすら残酷なのかもしれない。ライラナが命をかけた魔法を、私はただ無に還していく。


「……」


 ごめん、と言いかけた言葉を呑み込んで唇を噛みしめる。私の震えを感じ取ったユフィが私の手を強く握ってくれる。

 言うべきは謝罪じゃない。私は、これから一つの願いを踏みにじる。だから、口にするべき言葉はただ一つ。


「――私は、貴方を忘れない」


 罪を背負うという、その覚悟だ。



「でも貴方が受け継いできた妄執も、宿痾も、悲願も、全部ここまで。貴方にこの先はない。誰にも受け継がせることはない。ここで私が終わらせる。だから、永遠の夢の中でずっと微睡んでいて。――さようなら、友になれたかもしれない人」



 私の決別の言葉を受けて、ドラゴンが息を吸うように仰け反った。

 そして放たれた咆哮はライラナが命をかけて編み上げた魔法を、世界を思いながら謳う龍を中和し、分解していく。

 ライラナの姿がゆっくりと溶けるように消えていく。そして、その姿が幻影だったかのように消え去った後……空が白んで日が昇り始めた。

 同時にドラゴンも幻だったように解けていき、混ざり合っていた私とユフィの魔力が拡散して弾けた。それは白んでいながらも青みを浮かべ始めた空に虹をかける。


「……アニス」

「……」

「……泣いて、良いんですよ」


 ユフィの言葉を受けて、私はユフィに肩を預けるようにして寄りかかりながら涙を零した。一度決壊した涙は止まることなく、頬を伝って落ちていく。

 虹は、天と地を結ぶ架け橋だと言う。なら、この空にかかった虹はライラナを天へと導くものであって欲しい。そう思わずにはいられなかった。

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