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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第6章 永久に尊きものよ
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第75話:黎明の蒼穹に虹をかけて(1)

 ――意識が鼓動の音と一緒に戻って来る。

 心臓を中心にして身体に巡る血液が身体の感覚を確かにしていく。

 身体の感覚を知覚すれば、唇に触れている温もりに気付いた。

 手を動かして触れれば、それは触れ慣れた愛おしい人だと気付いて、私はゆっくり目を開いた。

 祈るように目を閉じて私に息を吹き込むように唇を重ねているユフィの顔が、私の視界いっぱいに広がる。

 私がユフィに手を添えたことに気付いて、ユフィが目を開く。そして私の目を見るなり、勢い良く唇を離して私の顔を掴む。


「アニスッ!」

「いたたた、ちょ、いたいって、ユフィ……」


 ユフィは私の顔を見つめていたかと思うと、その顔をくしゃりと歪めて涙を流している。ユフィの泣いてる顔なんて珍しすぎて、思わずまじまじと見つめてしまう。

 ユフィは感極まったように私を勢い良く抱き締めて首元に顔を埋めて震えていた。その背中に手を回して落ち着かせるように撫でる。


「アニス……アニス……!」

「ごめんね、心配かけちゃった」


 それ以上、言葉にならないのかユフィはただ強く私を抱き締める。本当はこのまま抱き締めてあげたいけれど、やらなきゃいけない事があったな。

 ユフィの手を軽く叩いて私はユフィから離れようとする。一瞬、嫌がるように私を掴もうとしたユフィだったけれど、歯を噛みしめてから恐る恐る離してくれた。


「ありがとう、ユフィ。もう大丈夫だから」


 セレスティアルを拾い上げて、私は起き上がる。その際、全身に満ちているものを感じて一瞬だけ苦笑を浮かべてしまう。それから胸元を一度だけ撫でてから私は前へと視線を向ける。

 私が視線を向けるのと同時に包囲をしていた騎士たちの一角が突き破られるように崩れた。その崩れた包囲網の先、その中心に立っていたライラナは私へと視線を向けていた。

 その表情は驚愕の一言に尽きる。信じられない、と言わんばかりに目を見開いて私を見つめながら震えている。


「……なんで? どうして受け入れてくれないの!?」

「……」

「幸せだったでしょう!? 誰も、一度だって否定されたことないのに、どうして貴方が否定するの!? どうして!? どうしてあの世界を壊してしまったの!? どうしてそんな酷い事が出来るの!?」

「確かに幸せな夢だったよ。もし、そうであったなら今よりもずっと幸福だったんだろうな、って思った。――でも、それだけだ」


 ライラナの縋るような叫びに私は真っ直ぐに見据え、ただ言葉を叩き付ける。


「貴方の言う完全な世界には――過去しかない」

「……過去しかない……?」

「過去が辛かったから。今が苦しいから。未来が怖いから。だから過去の苦しみから逆算して作られた〝もしもの世界〟。都合の悪かったことをなかったことにして、誰もが幸せになれる素敵な世界。でも、それは過去でしかない。そんな世界は妄想の中にしか価値がない。あの世界を受け入れるということは、生きることを否定しているという事だよ」

「違うわ! 生きることなんて否定してない! むしろ、皆が生きて行くために必要なのよ! 苦しみも、悲しみも、不幸だってこの世界には要らないわ!」

「それを決めるのは貴方じゃない。一時の夢で見るならいいけれど、現実にまで押し付けようって言うなら、貴方ははっきりとした私の〝敵〟だ」


 私の言葉にライラナがよろめくようにして足下をふらつかせた。何度か首を左右に振った後、表情が抜け落ちた顔で私を見つめた。


「……悲しいわ。とても、悲しい。胸が痛いの、痛いから……! 貴方がわかってくれるまで! 私の中で溶けていて!!」


 そしてもう何度目となったか、ライラナの身体から膨れあがるようにして現れた蛇の頭が私を丸呑みにせんと迫る。


「アニスッ!」


 ユフィが私を案じるように声を荒らげる。私は、セレスティアルを無造作に構える。軽く払うように振れば――私に迫った蛇の頭は真っ二つに両断された。その両断の衝撃はライラナの腕を掠めて、彼女の腕を引き千切った。


「……は……?」


 ライラナが腕を再生させながら私を見つめる。その瞳には困惑の色が満ちている。

 一方で、私も呆れてしまった。なるほど、こんなにも違うものなんだなぁ……。


「まさか……そんな……! それが、貴方の本当の力だと言うの!?」

「そうだね。あぁ、本当に……懐かしい気分にさせられるよ。その時は私もこの力を向けられた側だったんだけどね。回り巡ってこの力が完全に私のものになるなんて皮肉かもね」


 全身に満ち溢れている魔力は、既に本来の私の魔力ではなくなっている。私が完全にドラゴンの刻印紋を受け入れたことで、私の心臓にドラゴンの魔石が形成されてドラゴンの魔力に置き換えられているからだ。

 ドラゴンの魔力が身体に満ち溢れることで感じる万能感に私は呆れてしまう。かつて刻印紋を通して扱っていたドラゴンの魔力が〝まったくの制限なし〟で扱えることがこんなにも馬鹿げたものだったなんて。

 〝架空式・竜魔心臓(ドラゴンハート)〟改め〝真・竜魔心臓(ドラゴン・ハート)〟って所かな……架空じゃない分、本当にじゃじゃ馬だよ。

 単純に出力が上がったのは良いんだけど、それでも良いことばかりじゃない。まず、まだ慣れてないから細かい制御が出来ない。うっかり力を込めすぎると余計なものまで壊しそうだ。


(それに……純粋なドラゴンだけの力じゃないね、これ)


 ドラゴンだけじゃなくてヴァンパイアの侵蝕の影響も取り込んでしまっているみたいだ。別に吸血衝動を感じたり、目が魔眼に変化したような感覚はない。私が取り込んでしまったヴァンパイアの形質は〝外部から摂取した力を自分に馴染ませる〟性質だ。

 本来、ドラゴンの魔力はドラゴンの肉体に適合した魔力で私にそのまま適合することはない。それがヴァンパイアの形質を取り込むことによって、私は人の姿のままドラゴンの魔力を最適に扱える身体へと変質してしまった。

 元々、私の身体はドラゴンの魔力が扱えるように適応するための変質の途中にあった。この兆候があった所にヴァンパイアからの侵蝕を受けた影響が混ざり合ってしまった結果なんだろうと思う。

 本来はもっと時間をかけて変質する必要があった所にヴァンパイアの因子を取り込み、それがドラゴンの性質と喰い合ったことで自分の身体に馴染ませることで糧へと変換する性質の部分が変質して残ってしまったと考えられる。


「あとは……これか」


 その副産物が肉体変化だ。以前からオーラで疑似的にドラゴンの部位を再現することが出来ていたけど、ここにヴァンパイアの性質が混ざって、ドラゴンの部位に肉体を変化させられるようになっている。

 流石に鱗を生やしたり出来る訳じゃないけど、見た目は人の腕でも中身がまるで違うとか出来るようになった。これはライラナにも見られる性質にちょっと近いかもしれない。

 つまり私に起きた変化はドラゴン八割のヴァンパイア二割といった所で、今の私は人型のドラゴンと言い換えても良いかもしれない。


「……さしずめドラキュラって所かな」


 ふと前世で吸血鬼に関わる単語が浮かんだ。確か竜の子供って意味だった筈、吸血鬼のモチーフになったモデルの一人が関わっていたんじゃなかったかな。

 災い転じて福と為すって訳じゃないけど、ある意味皮肉とも思えるほどに運命的な偶然だった。


「……さて、貴方ならわかるよね?」


 指に力を入れて骨を鳴らしながら、私はライラナを見据える。私の視線を受けたライラナが一歩、身を引いた。


「貴方の再生力は桁違いよ。魔法を受け止めて、それから侵蝕しても分解が間に合うほど。驚嘆に値するわ。――でも、今の私なら貴方の再生力を上回った上で、力任せに磨り潰せる」

「――ッ!」

「抵抗を止めて投降しなさい。貴方の望む世界はあまりにも世界を壊しすぎる」

「……世界を壊して、悪いんですか!?」


 私の降伏勧告にライラナが悲痛な声で叫び返した。


「貴方だって私の全部を否定している訳じゃない。それは認めてるからでしょう!? だから私に言葉を届けてくれるんでしょう!? 否定出来ないから、私に諦めさせようって言うんでしょう!? ただ今の世界を壊してしまうから、ただそれだけの理由で!」

「……」

「世界なんて優しくないじゃないですか! 世界を象る精霊の、その契約者で絶大な力を持っている精霊契約者にだって人は救えない! 万能なんかじゃない! なら、誰かが世界を救わなければならないと、貴方はそう思わないのですか!? それを目指そうとすることの何が罪だって言うんですか!?」

「罪だよ。どんな大義があっても壊すことしか出来ないのは罪だ。それに世界の全てを変えることも、全てを救うことが出来なくても精霊は精霊契約者は多くの人を救ってきた。それは嘘じゃない」

「その精霊の力によって追いやられたのがカンバス王国の、亜人の祖先だと知ってもそう言えますか!?」


 ライラナは腕を広げて、私を涙が浮かぶ瞳で見据えながら叫ぶ。


「パレッティア王国が建国された時、あの山脈群の向こう側へと追いやられたのが今の亜人たちの祖先です! 彼等は生きて行くために大いなる魔物と契約し、その血を取り入れていくことしか出来なかった! 彼等が閉鎖的だったのは、そんな経緯があったから!」

「へぇ、初耳だ。亜人にそんな歴史があったんだ。……だから?」

「……そんな、だから、って……!」


 絶句したように言葉を無くすライラナに、私は淡々と諭すように告げる。


「私が守るべき民はパレッティア王国の民だ。カンバス王国の、亜人たちの末裔じゃない。その人たちが、私たちが憎いと言うなら向き合うよ。許して欲しいと言うなら対話をしましょう。でも、恨みに任せて私たちを滅ぼしたいと言うなら私たちも抵抗する。それが私の果たさなければならない役割だから」

「世界を救えるほどの力を持ちながら貴方は自分の国しか救わないと、そう言うのですか!?」

「世界を救えるなんて自惚れてないよ、私の手には余る。私が出来ることは明日を示すことだけ」

「明日……?」

「啀み合った過去は消せなくても、手を取り合うことが出来るかもしれない。今わかり合えなくても、いつか一緒に歩いていける未来を創っていけるかもしれない。何もわからない明日にだからこそ、昨日と今日以上の幸せな日々を夢見ることが出来る。そんな可能性を信じてと、その為に希望の種を蒔くんだ」


 私は、そこまで言ってから――ライラナに手を差し伸べた。

 決して手が届く距離ではない。ライラナは私の手を茫然と見つめながら震える息を吐いた。


「ライラナ。貴方の思い、願い、祈りまでは私は否定しない。苦しいものは苦しい、悲しみなんてなくなって欲しい。それは私も同じだ。一時の夢でなら、それが明日へ歩き出すためにと誓えるなら私は貴方の手を取れる。――だから貴方から変わって欲しい。今、この世界にある現実を叩き壊すのではなくて、より良い明日があるって信じて」


 私の言葉を受けてライラナは……諦めたように息を吐いた。そしてゆっくりと首を左右に振った。


「――残念です。貴方とは、心の底からわかり合いたかった」

「……私も、残念だ」


 その言葉を最後として、ライラナの背からキメラが湧き出す。その湧き出したキメラに紛れるようにしてライラナが後方へと下がっていく。


「私は諦めません! この救われない世界を壊して、理想郷(ねがい)を叶えるまでッ!」

「なら、私が今ここでその理想郷(わがまま)を打ち砕く!」


 私の足を止めようと向かって来るキメラに向けてセレスティアルを振り抜く。両断したキメラは細かく千切れ、またバラバラな個体に分裂して拡散しようとする。

 その間にライラナがどんどん遠くへと小さくなっていく。鮮やかなまでのトカゲの尻尾斬りだこと!


「――アニス様! ここは俺たちに任せろぉッ!」

「ガッくん!」


 私の後ろから包帯で傷を塞いで、その包帯に血を滲ませているガッくんが躍り出た。フラムゼーレの炎の勢いは増すばかりで、分裂したキメラを一体、また一体と焼却していく。


「ここでアイツを逃がしてキメラをばらまかれたら厄介なんだろ!? 悔しいけど、アイツは俺じゃどうしようも出来ないけど……! アニス様の背中を預かることなら出来るからさ!」

「ガッくん……」

「悩んだんだろ、ここにキメラを置いて行っていいのかどうか。そりゃ俺たちも浅くない怪我を負ってるし、有効打になるのは魔石を使った攻撃なんだから不利っちゃ不利なのかもしれねぇけどよ……!」

「それでも、私たちは、この国の貴族であり、騎士であり、冒険者なんですッ!」


 ガッくんの言葉を引き継ぐように叫んだのはシャルネだ。ケラヴノスから放たれる雷矢の威力は落ちているものの、それでもシャルネは健気に弓を引き続けている。


「貴方に守られるだけではありません。ここを任せてくださるのならば、我等に栄誉の機会を! 我等の誇りを守るためにどうか! アニスフィア王姉殿下!」

「ナヴル……」

「各位、ガークが仕留めるまで足を止めるだけで良い! シャルネの射線を塞ぐな! 魔法を使えるものは足止めを、使えないものは目となり、位置を把握しろ! 連携を密に取れ! すでに敵は手負い、撤退を始めている! ここを乗り切れば良い! それまで持ち堪えさせろぉ!」


 ナヴルが周囲の騎士や冒険者たちを鼓舞するように叫ぶ。魔法を使える騎士が攻撃に回り、魔法を使えない騎士や冒険者の多くが目となり、盾となる。

 急造の集まりとは思えぬ連携が為せるのは、皆が一つの目標に向かって立ち向かっているから。そう思えて仕方ない光景だった。


「何をしている」

「……アルくん」


 そして、血で象った槍を構えたアルくんが私の隣に並ぶ。そしてそのまま、一歩前に出て背中を向ける。


「その様で助けに来たつもりか? 流石に無様に過ぎる。お人好しも大概にしないと足を掬われる、良い勉強になっただろう」

「……」

「掴めない手があることを思い知った筈だ、学習能力のない馬鹿め。なら馬鹿の一つ覚えで自分の出来ることにだけ集中しろ。貴方には元々、広い視野で物事を見るなんて向いてないんだ。ただ前だけ向いて、進みたい方向に進んでれば良い」

「アルくん、酷いや……」

「――ずっと、俺を頼ってくれなかった貴方の方がよっぽど残酷だったよ」


 アルくんは半身になって、顔だけ私に振り向いてそう呟いた。

 その一言で視界が滲んだ。喉が引き攣ったように息を吐く。唇を噛みしめて、咄嗟に出そうになった言葉を呑み込む。


「姉上、俺に出来ることはあるか?」


 ……泣くな。泣くのは、後でいいから。

 息を整える。ここで言えなきゃ、もう胸を張って姉だなんて名乗れない。


「――皆を守って。私が、あの子を止めてくるから」

「――あぁ、行ってこい。ここは俺が引き受ける」


 ここまで言われて足を止めることは許されない。

 アルくんよりも前に出て、その先へ。向かうはライラナの下へ。

 王天衣の背から羽が開く。私は未だ夜が明けぬ森の中、残光を描きながら飛翔した。


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