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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2章 転生王女と御伽話の怪物
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第17話:アニスフィアの恐れるもの

 私が魔法を使えないのは、魔法の大元たる精霊に好まれない魔力だから。つまりは先天的な体質の問題だ。精霊に好まれる魔力を持たない私は精霊を介して魔法を使う事が出来ない。

 しかし魔力はあるのだから、それを様々な用途で使える魔道具を開発して疑似的に魔法を使えるようになった。そこには前世の知識からの発想もあって、既存の魔法にはない新概念を生み出したりもした訳だけど。

 そんな私が魔法を使えるようになれるのか。今までの研究では恐らく不可能だと私は判断している。

 なら精霊に好まれるように魔力を変質させるのは後天的に可能なのか。そこを調べてみるのは、確かに面白いかもしれない。


「でも、どうすれば良いと思う? もう魂の段階から精霊に好まれてないって私の持論では結論が出てるんだけど」

「アニス様の理論では、魔力とは魂から零れ出た血液のようなもの。魔力が合わないという事は魂からして精霊と合わないという事ですよね?」

「理論上はそうなるかな。この問題をクリアするのは難しいと思うけれど」

「はい。私も聞く限りではそう思います」


 私、ユフィ、イリアの認識は一致する。この根本にして最大の問題をどうにかしないと私が精霊を変質させる事で魔法とする事は出来ない。


「私が確認したいのはですね、姫様」

「何?」

「姫様は魔法を扱えるなら、それが魔道具を通してでも良いのですよね?」

「そうだね。結果が同じく行き着くなら疑似的と言われても気にしないよ?」


 使えるって事が大事なんだから。そもそも魔法を使いたいのにその入り口に入る資格がないから抜け道として作ったのが魔道具だし。

 それに魔法と魔道具は別に対立して存在している訳じゃない。魔法の補助の為に魔道具があっても良い。それこそユフィのアルカンシェルのように。


「姫様は今まで幾つかの成功例を生み出しています。分けて2つ、1つは魔道具。そして魔物を媒介とした刻印とします」

「敢えてそこは分けるの?」

「分けます。そして疑問だったのですが、姫様」

「うん」

「刻印は必ずしも自分の肉体に刻まなければならなかったのですか?」


 あー、うん。それは私だって考えなかった訳じゃないけどねぇ……。

 刻印は素材に魔石などの素材を練り込んだ塗料を用いる。これを体に馴染ませる事によって自分の一部として取り込む仕組みになってる。


「出来ない訳じゃない。だけど魔石の性質によっては用途が限りなく限定されるし、何より無機物だと“何が器に出来るのか”がわからないから、失敗が怖くて手を出せなかったってのが大きいかな。失敗したら全部無くなっちゃう訳だし。あまりにもリスクが大きい」

「そのリスクの大きい方法でドラゴンの魔石を自分に使ったくせに?」

「あー、あー、聞こえない、聞こえない」


 今思えば博打も良い所だったけれど、ただ必死だったんだよ。魔法が使えるようになりたくて。

 それに成功する確信もあった。私はドラゴンを殺した事で“呪われてる”からだ。

 竜であれ、竜を殺した者もまた竜であれ、強くあれ。そんな残留思念をいつも感じるし、私が戦いに向かうと昂揚するのはドラゴンの残した残り香というか、残響、呪いと言うべきものが影響してると思ってる。周りに言うと心配されるので口にしないけど。


「成る程。では刻印を魔道具に刻むのは効率が悪いのですね」

「作ったとしてもオーダーメイドになるし、成功するかもわからないから作ろうとも思わないかなぁ。素材に限りがある以上ね。挑戦してみるのは面白そうだけど」

「なるほど。では、この提案は横に置いておきましょう。……ところでアニス様。魔石というのは精霊が魔物によって捕食される事で力を蓄え、体内で生み出された精霊石の亜種なのですよね?」

「うん? そうだね」

「人は魔石を作れないのですか?」


 …………。

 思わず固まってしまった。

 人の魔石を、作る?


「……理論上は出来なくはない、のかな? うん」

「それなら魔法を使う媒体の代用品にはなりませんか?」

「その人の性質にはよるとは思うけどね。ただ、試す気にはならない。それって言ってしまえば名付きの魔物と同じことをしろって言ってるんだよ? 絶対に精神に異常とか来すって」


 魔力は魂から零れ出る実体がない血液のようもの、それを過剰に精霊を取り込んで魔石に変質させる。そんな事、人の身で耐えられるとは思えないし、耐えられたとして悪影響がないなんて言うのは楽観的すぎる。

 例え名付きの魔物を発生させる手順と同じ手順で魔石を作り出せても、それは手を出してはいけない領域だと私は感じる。そこまで私はマッドじゃない。あ、自分が実験体ならやるかもだけど。


「では、既存の方法とは別の方法で作れば良いのですよね?」

「そんな方法があればね。……何か思い付く?」

「ユフィリア様が大精霊を使役して、契約を結ぶ事で可能になりませんか?」

「……精霊契約!」


 思わず席を立ってしまった。精霊契約! この国の、王と貴族の始まり! 確かにその術を用いればいけるかもしれない……? いや、結論を出すにはあまりにも情報が少ない。気を落ち着かせるように深く息を吸って席に座り直す。

 いや、でもイリアの目の付け所は良いかもしれない。私では精霊を使役する事は出来ないけれど、精霊から好かれる魔力を持つユフィリアが契約を交わして、特殊な精霊石を作って貰う事は可能かもしれない。


「可能性はあるわね……」

「でも、私は精霊との適性は数多くありますが、大精霊や神といった存在とは邂逅した事はありませんよ?」


 ユフィが不安そうな顔を浮かべて言う。魔法に関しては稀代の天才であるユフィだけど、流石にそこまでの規格外の領域には足を踏み入れてないらしい。

 それに精霊契約者というのは国が囲いこんで保護しているせいで表舞台に上がる事も滅多にない。彼ら自身も望まないと言う。

 誘拐なんかのリスクもあるからね。彼等の身の安全の為には、必要がなければ表舞台に上がらない方が良い。これは父上が言ってた事だし、私も納得してる。


「うーん、でも精霊契約について調べるとなると……やっぱり魔法省に尋ねるしかないかなぁ」

「素直に教えてくれるとは思いませんね。姫様が改宗でもしない限りは」

「別に精霊信仰を捨ててる訳じゃないよ!」


 ただ、どうにも信心というものに縁がないだけで。ありがたみを感じた事がないんだよね。そもそも私には魔法が使えないし、信仰しようにも実感がないし。

 だから魔法省に疎まれてるのはわかってるんだけど。私自身は魔法省がどう思おうとも気にしないんだけど、彼等は私が気に入らないから文句をつけてくる。神や精霊、魔法に対しての冒涜だ、ってね。あぁ、面倒くさい。


「うーん、可能性は見つけたけど座礁した感じだなぁ。暫くは資料集めかな」

「パレッティア王国の精霊契約者と面会は出来ないのですか? 話を聞くなら直接聞いてみても良いのでは」

「父上が私に会わせてくれると思う?」

「…………」

「…………」

「確実に騒動の種になりそうですね」

「私なら会わせないと思います」

「2人と見解が一致して涙が出そうだよ」


 ちくせう。

 確かに我が国には大精霊と契約している契約者がいるとは聞いているけれど、どこの誰かとは聞いた事がない。父上が教えてくれなかったし、私が会うと面倒な事になると思ってるのは父上もだ。

 だから暫くは既存の資料、伝説や伝承の調査。あとは精霊と縁が深い土地に視察を兼ねて調査に赴くのも悪くない。お、こう考えるとやる事がどんどん浮かんできた。楽しみになってきたな!


「では、気も紛れた所で別の話となりますが……姫様」

「改まって何? イリア」

「姫様は今後、王族としてのマナー、心構えなどの復習の時間が設けられる事になりましたのでご容赦を」


 私は即座に椅子を蹴り飛ばすように立ち上がり、近場の窓へと勢い良く体を突っ込ませた。破砕音が響き渡り、私の体は宙へと投げ出される。


「自由への逃走――――ッ!!」


 誰がそんな七面倒くさい事をやるもんですか!

 そのまま全力で逃げようとした所で、後ろから同じように窓から跳躍してきたイリアが飛びかかってくる。


「無茶な事を!」

「姫様が言えた事ですか。近衛騎士団の皆様! 予定通りです、姫様を捕縛してください!!」


 着地点を見れば、控えていたのだろうか騎士たちが集まってきていた。捕まれば私の自由に羽ばたく心が雁字搦めに縛り付けられる事は想像に難くない。


「誰も私を縛り付ける事は出来ないわ……!」


 逃げてやるわよ、全力でねぇッ!!

 ……その数十分後、簀巻きにされた私はイリアに引き摺られて部屋へと押し込められるのでした。めでたくない、めでたくない……。



 * * *



「勉強やだーーーーーーーっ」

「子供みたいな事を仰らないでください……」


 私が部屋に監禁されてから数日後の事である。私はベッドの上で寝転がりながら全身で抗議していた。なんで今更王族としての勉強なんてしなきゃならないのよ! 今まで匙を投げてたくせに!

 王位継承権が復権したから、って正論を言われても納得なんてしてやらない。折角ストレス解消の為に新しい調査と研究に乗り出そうと思ってた所にむしろストレス倍増だよ! うぐぐぐ、全てが憎い!

 落ち込む私をユフィがベッドの縁に腰かけて頭を撫でてくれる。癒し、ユフィは癒しだよ。最高の助手だ。腰に抱きついてうりうりと額を押し付けたら嫌がられた。ショック……。

 そうしてユフィとじゃれ合ってると、扉をノックする音が聞こえた。即座に体を起こしてドアの向こうに声をかける。


「ただいまアニスフィアは外出しております。ご用件のある方は伝言をどうぞ……」

「何を馬鹿な事を言ってるんじゃ、愚か者が」


 扉を開けて入ってきたのはイリアを伴った父上だった。


「あら父上、ご機嫌麗しゅう。そろそろアニスフィアは度重なる仕打ちに耐えきれず、世を儚み、心残りの全てを解消しようかと思っていた所ですわ」

「止めよ。お主の心残りなど際限なく解消されれば国が終わるわ」

「終わってしまえば良いんじゃないですかね!」

「どこまで不敬じゃ馬鹿者が!!」


 うるさい、やさぐれアニスちゃんはちょっとやそっとじゃ絆されませんよ!


「今宵、王宮にシアン男爵を召集した。その時、レイニ嬢も伴わせる」

「あら、同席のお誘いですか?」


 父上がちょっと想定外の事を言ってきたので、つい居住まいを正してしまう。


「うむ。お前も興味を持っていたじゃろう?」

「では喜んで。直接見れば何かしら解決するでしょうし」


 これでようやく噂のレイニ嬢を拝めるという訳ね。傾国の美女候補は実際にどんな子なのか楽しみではある。楽しんでばかりもいられないんだけどね。今後の彼女達の扱いだって決めないといけないし。

 そこは父上の仕事だけど。私はあくまで見極め。この一連の事件という絵のパズルを組み立てるのにレイニ嬢は重要なピースの一つだ。


「という訳で、ユフィはお留守番ね」

「……私はダメですか?」

「遠慮して貰おう。憤懣遣る方無いのは承知だが、冷静に話を聞く事が必要だからの」

「……わかりました。お帰りをお待ちしています」


 ユフィが気落ちして肩を落としてしまったけれども、こればかりは仕方ない。ユフィの心の傷だって癒えきった訳ではないんだろうし。ここから先は大人の領分、後始末をつけて少しでも心穏やかに過ごしたいものね。

 という訳で、謁見の場に出席するとなればお姫様へ偽装しなければならない。渋々とイリアに連れられてお風呂に叩き込まれ、肌の手入れから着替えまで。これが思ったよりも時間がかかる。正直に言えば面倒くさい。


「……黙ってれば良いお姫様なのに」

「イリア、イリア。大人しく我慢している私に対しての仕打ちがソレとは泣くよ? 姫様泣いちゃうよ?」

「化粧が崩れるので無駄な事をなさらないでくださいませ」

「不敬ーっ!」


 そんなイリアとのいつものやりとりを終えて王城へと向かう。普段は離宮に篭もってるから王宮に行くと少し新鮮なのは黙っておく。

 王宮務めの侍女達は私に良くしてくれるし、近衛騎士団の人達は気安い間柄の人もいる。まぁ、今は王女様スタイルなので慎ましく微笑んで擦れ違う。


「……あれって詐欺だよな」

「黙ってればいいのにな……」


 お前等もか! 顔は覚えたぞ!

 耳ざとく私の事を詐欺だとぼやいた奴等に報復の誓いを立てながら、謁見の時間まで待機する部屋に案内される。


「よく来たわね、アニス」


 そして中に入った瞬間、私は回れ右をして逃げ出したくなった。中には私の会いたくない人が待ち構えていたからだ。


「あら、どこに行くのかしら? アニス」

「は、母上……! 何故こちらに……!」


 私の血を分けた母親、シルフィーヌ・メイズ・パレッティア。この世で私が最も頭が上がらない人でもある。

 普段はパレッティア王国の外交を担当していて、王宮にいる方が珍しいぐらいなのに……なんで此処に!?


「何故という顔をしてるわね? アルガルドがユフィリアとの婚約破棄を宣言したと聞いて、そんな一大事に外交に気をかけていろと?」

「いや、それは、そうですが……」

「確かにアルガルドにはお灸を据えねばとは思いますが、貴方の王位継承権が復権したのは喜ばしい事です。これで少しはそのトンチキな頭に常識というものを焼き付ける機会が訪れようと言うものです」

「いや、あの、はい……」


 は、母上には本気で頭が上がらないんだよ……! 実は私、かなりの難産だったらしくて母子共に生死が危ぶまれる程だったと聞いたことがある。

 それで母上は難産だった故に私を目に入れても痛くない程に可愛がってくれました。お腹を痛めた子なので、可愛くて仕方なくて自由にのびのびとさせたいと。

 そんな私が突然、結婚しない! と宣言した挙げ句、王位継承権を彼方に投げ捨てたので一時期、引き籠もる程のショックを受けてしまわれたのだ。


 そんな母上をケアすれば良かったのだけども、私は魔法が使いたくて無茶な研究に没頭していたので見事に擦れ違い、母上は精神を持ち直すのと同時に逞しい女傑へと変貌していた。本当はそっちが本来の性格で、我が子可愛さにキャラ崩壊してたらしい。

 女傑に戻った母上はアルくんの教育は間違えないようにと精力的に動いた。アルくんにいまいち光る才能がないと見れば、優秀だと囁かれていたユフィを婚約者に宛がうように進言したり、自ら外交に乗り出してパレッティア王国の利権を勝ち取っていくなど、実に精力的な人だ。


 尚、私が放置気味だったのは、そこまで言うのなら成し遂げてみせなさい、但し出来なかった時がお前の最後よ、と言わんばかりに私への再教育の機会を虎視眈々と狙い、私が魔学という成果を挙げた事で考えを改めたらしい。

 つまり私から出るダシというか、利益を骨までしゃぶり尽くす為に。父上が理解がある上司とすれば、母上はノルマが厳しい上司だ。元々外遊が好きなのもあって、あまり国にはいない事が多いのだけど……。


「それに再会の第一声がそんなでは私も悲しいわ。外遊ばかりしている親など、親などではないと言う事かしらね……」

「そんな事はありません! お久しぶりでございます、母上! アニスフィアは大変嬉しゅうございます!」

「私もよ、アニス」


 危ない! これは私ってやっぱりダメな親ね、って感じでしおらしくなるんじゃなくて、改めて親として認識させないといけないようね、って肉体言語で躾けられる所だった。

 実際、母上の功績は尋常じゃない。女傑とは母上の為の言葉と思える程だ。外国での知名度で言えば父上よりも名高い程。それでも父上とは仲が良いのだから、それは安心しているのだけども。

 元々内政を纏める方に一日の長がある父上に、外交を纏める交渉力とタフネスさ、そして多くの女性が羨む美貌すらも備えた母上。この二人が柱となってパレッティア王国を支えていると言っても過言ではない。

 だからこそユフィへの期待も重かったのかと思うとままならないんだけど。


「はぁ、そろそろ引退も視野に入れていたというのにアルガルドも不甲斐ないわね」

「え、引退ですか?」

「当然よ。いつまでも私が外交官の席に座っている訳にも参りません。後進も育ってきましたし、そろそろ私も退き際と思っていたのです」


 後進の事までしっかり考えているのは実に母上らしい。ちょっと肉体言語がすぐに出るのと女傑である事を除けば、しっかり者で魅力的な人だし。ばりばりの働く女という感じだ。正直、憧れではある。

 あと、欠点で言えばその身長……。


「何か?」

「いえ何も!」


 母上の身長は私よりも小さい。更には親子である事を感じさせる童顔だ。

 燃えるような赤髪に冷静な知性を宿す青色の瞳。これだけならクールビューティなのに見た目は少女と言っても通じる溢れる幼さ。

 貫禄があるので幼さは薄れてはいるものの、それでもちぐはぐ感が否めない。それも内面を知っているからであり、何も知らずに微笑む母上を見れば可憐と言う言葉がまだ通用すると思う。

 但し、母上に可憐などと言おうものなら笑顔で圧力をかけられるのだけども。この小さな体に大きな獅子を飼っているようなものだ。圧縮された分、多分強くなっているんだと思う。恐ろしい。


「私とていつまでも若い訳ではありませんからね」

「え、あ、はい」


 冗談もほどほどにしてください、って言ったら何をされるかわかったものじゃない。

 母上はユフィのように多彩な精霊の適性がある訳ではないけれど、その分特化型と言っても良い。それもバトルの方面で。

 風魔法の使い手と言えば母上。その小さな体で槍を振り回して戦場を駆け巡ったのだとか。未だ最強の1人に名を挙げられる猛者。世の中は数奇なことに満ちている。


「イリア、普段からこの馬鹿娘が苦労をかけるわね」

「いえ、そのお言葉だけで報われます」


 イリアは完璧な一礼をして母上に敬意を示す。まぁ、私の暴走を止められる数少ない人と言ってたもんね。私も否定しないよ。


「ユフィリアとも顔を合わせたかったのだけど、遠慮したのよ。私が会えばあの子は嫌でも気にするでしょうしね」

「……そうですね。母上はちょっと遠慮した方が」


 どうしても母上は常のイメージが強いせいで厳しい人に思われがちだ。実際厳しいのだけど、厳しい裏側には深い愛情がある。愛が深い故に苛烈であり、何よりも鮮烈に走り抜けるのが母上だ。

 それについて行ける人間じゃなければ気付けないんだよね。母上も自分の気質をわかって利用している所もあるけれど、だからって何も思わない訳でもないらしい。それを使い分けられるから母上は強いと思えるのだけど。


「もう少し落ち着いたら顔を合わせてあげてください」

「そうね。その前に大仕事がありますが」

「アルくんの件ですね」

「えぇ、貴方も調べていたのでしょう? 見解を聞かせて貰えるかしら?」


 母上が真剣な眼差しで私の見解を求める。今回のアルくんの婚約破棄の騒動に関連した人物、事件の流れ、そしてどのような思惑があって事件に至ったのか。

 それを聞く母上は真剣そのものだ。一つの情報も零しはしないと言うように目を光らせている。


「……これが私の見解です」

「ご苦労。では、陰謀といった線はない、と貴方は考えているのね、アニス」

「そうですね。八割ほどは」

「残りの二割は?」

「勘です。……しっくり来ない、根拠もない、本当にただ勘としか言えないです」

「貴方のひっかかりは意味があると思うわ。私も、そこまでは察せられないけれども、まだ終わったとは考えない方が良いかしら」


 母上は一つ、小さく頷いて顎に手を添えた。……今更ながら思うのだけど、私の勘という根拠がないものを母上はよく信用してくれる。

 私がそう疑問から母上の顔を見ていると、母上が私に向けた視線と絡み合う。


「貴方の事だもの。突拍子ない事でも、貴方の勘なら参考に値すると思ってるだけよ。でなければ今の貴方になっていないでしょう。私が認めた娘なのだもの」

「……ありがとう、ございます」


 苦手で、強くて、勝てないって思えて、厳しい上司のような人だけど。それでもこの人は私の母親なのだと思うと本当に頭が上がらなかった。




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