第68話:長い夜が来たる(5)
キリの良い所までストックが溜まり次第更新します。本日は二回目の更新です。
「カンバス王国がなくなったとは、どういう事ですか?」
「言葉通りの意味よ。もう、カンバス王国なんて崩壊したのよ。あの化物のせいで……」
「……それは、今、貴方を狙っていた魔物が我が国を脅かしている理由にも繋がっていますか?」
私は目を細めて女性へと問いかけます。自然と威圧してしまっていたのか、女性が顔色を悪くして震えてしまいました。
それを見たレイニが女性の手を握って、落ち着かせようと肩に手を添えました。女性は青ざめた顔でレイニを見つめていましたが、何かを堪えるように目を閉じて大きく深呼吸をします。
「……そうよ。もう貴方たちだって無関係ではいられないわ。そもそも、発端はパレッティア王国にある訳だし……」
「……どういう事ですか? カンバス王国に対してパレッティア王国が何かしたと?」
「ユフィリア様、まずは場所を移しましょう。この人も落ち着かせてから話を聞いた方が良いと思いますし」
問い詰めようとした所でレイニが間に割って入りました。レイニの言葉を受けて、私も焦っていたのだと自覚して息を整えました。
それからレイニに促されるまま、人気の少し外れた場所で女性に座って貰って息を整えて貰いました。ここにいるのは私、レイニ、そして付いて来たアクリルと女性だけです。
アクリルは睨むように女性を見ていて、今にも彼女を殺してしまいそうだった。それに気付いた女性が力なく顔を上げてアクリルを見つめました。
「リカントの娘、貴方が私を睨む理由はなんとなくわかるわ」
「お前は、私なんか覚えてないって訳だ」
「……そうね。恨まれても仕方ないと、今なら受け入れられるわ。謝っても許されないだろうことをしたのも、ね……」
上げた視線を下げて、肩まで落としてしまった女性は本心から悔いているようだった。そんな顔を見せられたアクリルはどんな顔をすればいいのかわからないと言ったように歯を噛みしめ、背を向けてしまった。
「まずはお名前をお伺いしても? 私はユフィリア、パレッティア王国の女王です」
「女王? へぇ、そう……貴方が今の国王なのね。でも納得だわ。貴方、精霊契約者ね?」
「……わかるのですか?」
「あんな魔法を見せられたら、ね。それに精霊契約は私たちが選ばなかった極致だもの」
選ばなかった極致……? その言葉に私は眉を寄せましたが、女性が顔を上げて私と視線を合わせて己の名を名乗りました。
「私はルエラよ。……それで、何から話せば良いのかしら?」
「まず、貴方はヴァンパイアですね?」
「そうよ」
「……では、次に。貴方はカンバス王国ではどのような立ち位置にいたのですか?」
「どのような、ね。……そうね、管理者と言うのが正しいかしら」
「管理者?」
管理者、とは一体何を管理していたものなのでしょうか?
「カンバス王国はパレッティア王国とは別物だから、貴方たちの常識なんか当て嵌まらないわよ。私だって正確に貴方たちの常識なんて把握してないんだから」
「それでも王国なのでしょう? なら、国王がいて、臣下がいて、民がいる。そうではないですか?」
「……そうね。ただ、カンバス王国の民なんて正確にはいなかった思うわ」
「国民がいない?」
「カンバス王国っていうのは、互いに最低限の繋がりしか持たなかった民族の集まりよ。別に互いに同じ国民なんて認識はない。亜人、そう、亜人ね。亜人の一族を管理という形で支配していたのが私たちヴァンパイアの一族よ」
ルエラの説明に私は目を見開いてしまいました。なるほど、アクリルの言うことと一致しています。あくまでアクリルたちは自分の一族に帰属するものであって、カンバス王国に帰属していた訳ではない。
そして、あくまでカンバス王国という枠を作ったのはヴァンパイアの一族であるとルエラは言った。つまり、そこから導き出せる答えは……。
「――カンバス王国とは、ヴァンパイアの一族によって統治されていた。けれど、統治といっても統治されていた側にヴァンパイアが盟主だと言う自覚もなかった。あくまで貴方たちは影から亜人たちの一族を掌握していた?」
「そうよ」
私の答えにルエラは肯定しました。それは……確かにパレッティア王国の常識とは異なるようですね。
「では何故、そんな形でありながらカンバス王国と自称したのですか?」
「それはパレッティア王国に干渉させないためよ」
「何故ですか?」
「ヴァンパイアはカンバス王国となった土地に根付いた一族としては一番、歴史が浅い一族よ。けれど、私たちは王国という形態に理解があった。それはヴァンパイアの一族が元々はパレッティア王国の民だったからよ」
「……つまり、過去の異端狩りから逃れたヴァンパイアがカンバス王国に移り住んだという事ですか?」
「へぇ……? そっちでも私たちのことはちゃんと認識されてるのね?」
皮肉るようにルエラが笑います。ヴァンパイアは御伽話として語られる怪物ですが、その源流は不老不死を求めた魔法使いの危険性から禁忌と見なして排除を試みたためです。
その後、御伽話としてしか残らなかったヴァンパイアはパレッティア王国から姿を消したと考えられていました。そのヴァンパイアがカンバス王国のある山脈群の向こうへと逃げ延びていたという事なのでしょう。
「私たちの祖先はパレッティア王国で異端とされた後、カンバス王国となる地に逃げ延びたわ。けれど、そこは安住の地ではなかったわ。排他的な亜人たちに無数の魔物、未開拓の領域は過酷の一言に尽きたそうよ」
「……では、ヴァンパイアの一族がパレッティア王国の干渉を嫌ったのは」
「理由は二つ、ヴァンパイアの一族の中でも勢力は二つに分かれていたわ。一つは魔法の真理をただ追及したい派閥が干渉を嫌ったから。そしてもう一つは、パレッティア王国への復讐を目論んでいた派閥が勘づかれたくなかったからよ」
「……復讐」
レイニが息を呑みながら小さく呟きました。それを聞いたルエラがレイニへと視線を移して、自分を嘲笑うような苦笑を浮かべました。
「ティリスは、ヴァンパイアの中でも変わり者だったわ。雲のように捉え所がなくて、どちらかと言えば研究をしてたいだけの奴だったわ。でも、ヴァンパイアの命題にも興味もなくて……うん、やっぱり変な奴だったわ」
「……確かに旅が好きで、色んなものを見るのが好きでしたね」
「ティリスは今も元気にしてる? 旅をしてみたいって言ってたし、もしかして娘なんか放って旅してるの? アイツらしいって言えばらしいけれど」
「……母は、亡くなりました」
「え……?」
レイニが言いにくそうに口にすると、ルエラが真紅の瞳が零れそうなぐらいに見開いて茫然としてしまいました。それから何度か空気を食むように唇を動かしたかと思うと、ゆっくりと肩を落としてしまいました。
「……そう、ティリスの奴、死んだんだ。貴方、幾つなの? 名前は?」
「私はレイニと言います。年は十七歳です」
「全然子供じゃないのよ! ……馬鹿じゃないのよ、なんで死んでるのよ。訳わかんない……本当に最後の最後まで理解に苦しむわ……」
ルエラが顔を覆って、呻くように呟きました。そんなルエラを見てレイニが心配するように寄り添っています。
ルエラとレイニの母親がどういう関係だったのかはさておき、ルエラにはまだ聞いておかなければならない事があります。
「つまりヴァンパイアはパレッティア王国への復讐を願っていたと?」
「……願ってはいた奴はいたけれど、二の次よ。ヴァンパイアにはもっと優先しなければならない大望があったもの」
「大望、ですか?」
「魔法という真理を解明して、真の不老不死を成し遂げることよ」
「真の不老不死、ですか」
「ヴァンパイアが身内にいるならわかっているでしょう? ヴァンパイアの不死性は完全じゃない。定期的に外部から血を取り入れなければいけない」
「では、貴方たちの言う不老不死とは?」
「単体で完結して、劣化もない完全にして死をも超越する完全な種となることよ」
それは、神と言うべき存在でしょうね。ヴァンパイアは自分の存在を保つためにどうしても他人に依存しなければなりません。それはルエラの言う通り、完全な存在とは言えないのでしょう。
だからヴァンパイアは完全であり、死を超越した存在になる事を望んだ。パレッティア王国では明らかな異端でしょう。だからこそ王国からの干渉を避けるためにカンバス王国を名乗った、と。
「……ですが、それは精霊契約者ではないのですか?」
「貴方、自分で自分の存在が完璧だと思うのかしら?」
「……どうでしょうかね」
別に私は完璧な存在であることを求めている訳ではないので、そんなことを考えたことはありませんでした。
かつての私だったらそれを良しとしていたかもしれませんが、今は自分が完全であろうとする事に興味もありません。ただ、アニスと一緒にアニスの望む世界を作り上げたい。ただそれだけです。
「精霊契約には欠点があるわ。それは人であることを捨てるという事。人であるということを捨てるということは、別に永遠である必要でもないのよ。精霊にとって永遠とは世界と共にあること、そうでしょう? 望みもなく、ただあるだけ。それを永遠と呼ぶことは出来るでしょう。でも〝人が望む永遠〟ではないわ」
「だからヴァンパイアである貴方たちは、精霊契約とは異なる道で不老不死を求めたのですか?」
「そうよ。そして辿り着いたのが――魔石」
自分の胸元を撫でてルエラはそう言いました。けれど、その表情に誇らしさもなく、ただ自嘲するような笑みを浮かべるだけです。
「魔石は私たちを不完全ながらも不老不死に導いてくれた。なら、この魔石を育てることが、この魔石を完全にすることが私たちの辿るべきだと思ったのよ。最終的には目標である不老不死に近い精霊契約者すらも討ち倒す程の力を、あらゆる全てを糧に出来るほどの力を以てして永遠を手にするために」
「……つまり、人を捨てて魔物になることを良しとした、ということですか」
「違うわ。人を捨ててしまう精霊契約とは違う。私たちは人のまま進化したかったの。結果的に今の人間から見れば化物になるだけで、ただ新しい人の形を追い求めていただけよ。誰からも愛され、賞賛され、朽ちることもなく、老いることなく、劣化することもない。人の素晴らしさを永遠にして、この世に君臨したい。それがヴァンパイアという種となった私たちの命題よ。……命題だったわ」
命題と繰り返して告げながらも、それが過去のことのように話すルエラは自分の身体を抱き締めました。自分の腕で抱くようにしたその身体は、恐怖によって小刻みに震えているようでした。
「そうよ、これがヴァンパイアという種の大望だった。でも、私たちは本当の意味で理解してなかったのよ……! だから、あんな化物が生まれた……!」
「……化物?」
「――カンバス王国の〝王女〟よ。誰よりも開祖に近く、ヴァンパイアの大望と期待を一心に背負って……そして、カンバス王国を一瞬にして崩壊させた〝悪魔〟よ……!」




