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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第6章 永久に尊きものよ
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第65話:長い夜が来たる(2)

 レイニと護衛の騎士たちが私の命令で避難所に向かった後、私とアルは森の中に入りました。今日は月明かりが眩しく、視界には困りません。

 森の中を進む間に向かって来る魔物は私とアルが放つ魔法によって即座に処理されて大地に転がります。そうして互いに一度も足を止めずに森の奥へと突き進みます。互いに無言でしたが、ふとアルが口を開きました。


「……まさか、お前と肩を並べることになるとはな」

「えぇ、まったく」


 私たちの縁は一度は途切れました。本来であれば国王と王妃という形で夫婦になる予定だった私たち、でもその未来が来ることはありませんでした。

 アルは国の現状を憂い、アニスへの複雑な感情の果てに力を求めて罪を背負いました。そしてお互いの道が離れて以来、こうして肩を並べる日が来るなんて思いもしませんでした。


「アル、まずはアクリルと合流するのですよね?」

「あぁ。どうにもアクリルが一定の地点からあまり動いていない。つまり今回のスタンピードの原因と遭遇した可能性が高い。まずはそれを潰す。でなければ魔物の群れが逃げ続けるだけだからな。上手く行けば、そのまま魔物の群れを撤退させられる可能性がある」

「……便利ですね、その索敵魔法」


 アル曰く、血という自分の一部を混ぜた霧を広範囲に撒くことで大まかに魔物の数や距離を計れるとのことです。

 この力を用いて状況を把握し、指揮官としてアルは騎士と冒険者を導いてきたといいます。これがアルが辺境に向かった後、ヴァンパイアの研究に力を注いだ成果だそうです。


「霧を少し集めて合図にすれば、遠く離れていても簡単な指示は出せるからな。あまり距離が離れると操作をするのは難しいが……」

「では、アクリルにも指示は出せるのではないですか?」

「合流を促してはいるんだが、あくまでこちらからの一方的な合図だからな。それでも離れていないということは、やはりその場から離れられないということなんだろう」


 会話の最中にもアルの背後から魔物が飛びかかってきましたが、アルは視線を向けずに空中に生み出した氷の槍を放ち、地面に縫い止めるように仕留めます。

 アルは空気中に霧を散布しているので背後から迫っている魔物も霧で感知することが出来ます。だからこそアルは奇襲に対して備えられ、私も前方にだけ意識を集中出来ています。


(本当にヴァンパイアという種族は恐ろしい限りですね……)


 ヴァンパイアの力は単純な魔法とはやはり少し異なり、その応用の幅が広いように思います。

 そんなヴァンパイアがカンバス王国にいて、敵に回っているかもしれないという状況は寒気がしてしまいます。やはり、このままにはしておけないですね。この一件を片付けたら本格的にカンバス王国への対策を立てなければなりません。


「アクリルはこのまま真っ直ぐですか?」

「あぁ、お前は前だけ見ていろ。俺がお前の目になってやる」

「…………」

「……何だ、その鳩が矢に射かけられたような目は」

「いえ。……貴方にそんな事を言われると、どうにも調子が崩れます」

「あぁ、俺もだよ。まったく、なんでお前と肩を並べねばならんのだ」


 悪態を吐くようにアルが顔を顰めながら言いました。私もアルと肩を並べているのは落ち着きません。

 こうして肩を並べていると、嫌でもアルに捨てられたことを自分でも引き摺っているのだと自覚してしまうからでしょう。

 きっとそれはお互い様であって、互いにあまり気分が良いものでもないでしょう。まるで古傷が疼いているような、そんな感覚を持て余してしまいます。


「……まだ婚約者だった頃に、この力があればお前を真っ直ぐ見てやれたのだろうかな」

「あり得ない仮定ですね」


 アルの呟きに私は鼻を鳴らしながら言いました。私の返答にアルも同じように鼻を鳴らしました。


「違いないな。だから、これはお互いにただの感傷だ」

「……そんなに顔に出ていますか、私は」

「それもヴァンパイアの力の恩恵だ。まったく、人である事を捨てなければ肩も並べられないし、本心だって見通せないのか。嫌になるよ、本当に」

「知っていましたか? 私でも怒りを覚えるのですよ?」

「それは初耳だ。この世の終わりでも平然としてそうな面をしている癖にな」


 皮肉を言うように告げるアルに少しだけムッとしてしまいますが、アルと会話することで程良く緊張が解けるような気がします。

 かつてはあんなにわからなかったアルとの距離感が今はしっかりと掴めている。そんな実感があります。

 私たちに足りなかったのは言葉と、互いの意思を噛み合わせることだったのでしょう。それが痛みを伴っても、互いに気に入らない所を言い合えば良かった。

 霧が晴れていくように、長年蟠っていた何かが解れていくような気がしました。それが私の足に力を込めさせます。決して古傷の疼きが消えた訳ではありませんが、それで良いと思えます。

 鮮明になっていくからこそ理解も進みます。恐らく、私たちの相性はあまり良くないのでしょう。一定の距離を保っていれば気になりませんが、近づきすぎれば互いの欠点が良く目に見えてしまいます。

 かつての私はアルの見かけにだけ意識を注いでいたからこそ、アルの信頼を得ることが叶わなかった。アルからの信頼を望むなら本心を隠すことなく、偽ることなく真っ直ぐ伝えることが必要だったのだと、今強く思います。

 だから、少しぐらいは私も気持ちを表に出しましょうか。アル以外の人もいないですしね。


「……正直、意外ですよ。アルがあんな可愛い子が趣味だったなんて」

「……おい、待て。何の話だ」

「貴方が自分の意地に付き合わせる女の子とは、そういう事でしょう?」


 私がそう指摘するとアルは嫌そうに顔を顰めた後、舌打ちを零しました。


「……お前は本当に人の神経を逆撫でするのが得意だな」

「わかりやすい事をする貴方が悪いんじゃないですか」

「うるさい。……斜め前、魔物が来るぞ」

「うるさいとはなんですか。あとわかってます」


 アルが警告するのと同時に飛びかかってきた魔物をアルカンシェルで撫で斬るようにして退けます。血を払うように振り抜き、そのまま走り続ける。


「本当に良かったです」

「今度は一体なんだ。話の脈絡がないぞ」

「ちゃんと貴方が地に足をつけていて、安心しました」

「……当たり前だ。俺はお前より現実を見ている」

「そうですか。少しぐらい夢を見てくれても良かったんですけどね」

「言ってろ。……それはあの人が悪いと思うことにした」


 アルにあの人と言われて、思い浮かべられる人は一人しか思い浮かびません。


「置いていくから悪いんだ。しかも人の話も聞きやしない。聞こうともしない」

「……そうですね」

「一方的に言って、嫌われたくないのかこっちを見ようともしない。それで勝手に自己満足する。本当に勝手な人だ」

「次に会ったら、説教でもしてやってください」

「……そうだな。それが叶うならな」

「叶いますよ。貴方は、もう一人じゃないんですから」


 その私の言葉にアルは何も返答をしませんでした。そのまま無言で互いに迫ってくる魔物を討ち倒しながら森の奥へと進んでいきます。

 そして、森の奥から何か光が見えました。何かが高速で動き回っていて、その動きで残光が尾を引いているように激しく煌めいています。

 あの光は……マナ・ブレイドの光?


「アクリル!」


 アルが速度を上げたので私を追い抜きます。そのままアルを追うように一歩踏み込むと、そこは少しばかり広場になっていました。いえ、広場というより木々が薙ぎ倒された結果、広くなっていると言うべきでしょうか。

 そして噎せ返ってしまいそうな血の匂いが漂ってきました。木々の下には押しつぶされた魔物の死骸が無数に転がっていました。まるで囓り取られたような無惨な傷が痛々しいです。これは木を倒されたことによって絶命した訳ではなさそうです。

 そして、拓けた森の中で銀の光が閃きました。私でさえ目で追うのがやっとの速度で駆け回るのはアクリルです。その手に握られた槍型のマナ・ブレイドが巨体の魔物を無数に斬り刻んでいきます。

 その身のこなし、ドラゴンの魔力を使った身体強化をしたアニスと劣るとも勝るとも言えません。これがリカントの力なのでしょうか?


「アクリル!」

「アル! 気をつけて! こいつ、昼間に話した奴!」

「何だと!?」


 私たちに気が付いたアクリルが私たちの傍に着地して、姿勢を地に這うようにしながらも警告するように叫びました。そこで私は改めてアクリルが相手にしていた魔物を見ました。

 それは二本足で立っている蜥蜴でした。後ろ足が発達していて、逆に前足が退化したように短い。背には何の為にあるのかわからない鳥のような小さな翼があります。

 そして頭から背にかけてはまるで馬の鬣と思わしき毛が生えそろっていて、なんともちぐはぐな造形な奇妙な魔物。その瞳は血のような深紅に染まり、妖しい光が揺らめいていました。

 その口元は血に塗れていて、歯の隙間からは肉片が挟まっています。血臭は魔物の死体だけではなく、この魔物が原因でもあったのでしょう。


「昼間の……これがアクリルの言っていた、フィルワッハでアニスが遭遇したものと同じヴァンパイア化した魔物ですか!?」


 なるほど、確かに見ていて首を傾げたくなる造形をしています。アニスが見たのはもっと複雑に色んな生物が入り交じった姿をしていたようですが、この蜥蜴もどきはまだ直視に耐えられる造形をしています。

 良く見ればアクリルが高速で斬り付けた傷もすぐさま再生してしまっているようでした。これもアニスとアクリルが言っていた特徴そのものです。つまり、こんなものがカンバス王国では蔓延っていると……?


「――――――!」


 私とアルを視界に収めた魔物は奇妙な叫びを上げました。あまりにも不愉快な声色は、やはり見かけが蜥蜴の魔物が出すような声ではありません。

 これだけでもあまりの悍ましさに顔を顰めてしまいます。確かに、これは早く排除した方が良いですね……!


「こいつがスタンピードの原因だと思う……!」

「……アクリル、それは本当か?」

「アル?」


 アクリルの警告にアルが何かを確かめるように聞き返します。その視線は魔物ではなく、その奧を睨んでいるようでした。

 そんなアルの様子にアクリルも訝しげに眉を寄せています。そして、アルは一筋の汗を伝わらせながら言いました。



「――こいつ、一体じゃないぞ……! 森の奥で、〝他の魔物を喰ってる奴〟がいる! 〝こいつらの群れ〟がスタンピードの原因だ!」


  

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