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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第6章 永久に尊きものよ
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第60話:時の流れは人それぞれ

 フィルワッハで抱いた不安の一件は、結局ユフィがいないし、父上と母上に相談してもやっぱり私が考えることじゃないと言われてしまった。

 そうするのが正しいのは私もわかってるんだけど。父上たちが言うように、私が出張りすぎても良くない。下手をすれば私が精霊と同じような絶対的な象徴として祭り上げられかねないから。

 アニスフィア王姉殿下がいれば、そんな風に思って人は自分で歩むことを、考えることを止めてしまうかもしれない。考えすぎ、と言われても実際にこの国は精霊信仰で凝り固まっていたのだから前例がある。

 なので、私に出来ることはない。出来るとしたら魔学都市で魔学の発展のために頭を捻ることぐらいだろう。

 それで、話が済んだのなら魔学都市に戻ろうかと思ってたんだけど、騎士団でシュネルヴィントをお披露目したナヴルが近衛騎士団に捕まり、ついでにガッくんもフラムゼーレをお披露目することになって二人して近衛騎士団の注目の的になっていたらしい。

 なので、せめて一日だけ滞在して貰えないだろうか、とスプラウト騎士団長に苦笑交じりに頼まれたなら仕方ないと私も魔学都市に戻るのを一日遅らせることにした。

 シャルネにも休みを取らせて、私も離宮で羽を伸ばす。ユフィもいないので、一人で自室で時間を過ごすのも久しぶりだ。昔はこれが当たり前の生活だったのにね。

 すると、扉をノックする音が聞こえてきて私は顔を上げた。


「誰?」

「失礼します、アニスフィア様。イリアです」

「イリア?」


 ノックをしたのはイリアだった。ドアを開けると仕事の後でそのまま来たのか、格好は侍女服のままだ。


「どうしたの? 何かあった?」

「いえ、仕事も一段落してしまったので。何かお申し付けがあれば、と思って尋ねただけです」

「ふふ、レイニがいないと張り合いがない?」

「……誰もそんなことを言ってませんが」


 からかうように聞くと、つん、と澄ました様子でイリアはそう言った。辺境に視察に行ったユフィだけど、そのお供はレイニを含めた護衛数人だけらしい。アルくんと会うなら人数は最低限にした方が良いと思うし、そう簡単にユフィの身に危険が迫るとは思えない。

 ユフィのことは信頼している。それでも不安になるのは、フィルワッハで出会ってしまったあのキメラが脳裏を過るからだろうか。きっとユフィもそれを心配して、関わりがあるかもしれないカンバス王国のことを調べに行ったのかもしれないけど。


「レイニはもう私がいなくても立派に努めを果たせています。……私もそろそろ、今の立場を退いても良いかと考えていたので」

「え? 離宮の侍女筆頭を辞めるってこと?」


 思ってもみなかった言葉に私は目を丸くしてしまった。はっきり言ってイリアは今、出世コースに乗っているようなものだ。

 なのに、その立場を辞そうと考えているのは意外というか、ただただ驚いてしまった。


「えぇ。……やはり、アニスフィア様がいないと張り合いがありませんから」


 僅かに微笑を浮かべながらイリアは私にそう言った。レイニと付き合うようになってからイリアの表情も増えたと思う。その柔らかな表情に私は気恥ずかしくなって、口をもにょもにょと動かしてしまう。

 立ち話するのもなんだと思って、イリアに着席を勧める。私の対面の席にイリアは座って、向かい合う格好になる。


「でも、イリアが辞めても離宮は大丈夫なの?」

「後任を育てる時間は十分に頂きました。それに、アニスフィア様も離宮から離れ、こうしてレイニもいなくなるとやり甲斐がなくて……」


 イリアの言葉に私は納得してしまった。イリアは自分の仕事に誇りを持ってはいるけれど、彼女の第一優先は自分が仕えたい人に仕えることだ。

 私やユフィはイリアを信じていたからこそ、離宮の筆頭侍女として仕事を任せていたけれど、ユフィの世話は基本的にレイニがやっていたし、イリアは統括として仕事はしていても自分で率先して人に尽くすような仕事からは遠ざかっていた筈だ。

 これはイリアの希望と合っているようで、微妙に合っていなかったんだとようやく理解出来た。


「私も離宮に戻ってくるのは週に一度だしねぇ……」


 だから張り合いがない、というイリアの気持ちは理解出来る。イリアは別に人の上に立ちたい訳ではなく、ただ従者としてありたいのかもしれない。そう思えば今の立場はイリアにとっては本望ではなかったという事なんだろう。


「後任も育ってきて、良い区切りですから私も自分の先というものを考えてみようかと思いまして」

「先のこと?」

「えぇ。今後、レイニとどう生きて行くのかを。私もそろそろいい年ですから」


 胸に手を当てながら呟いたイリアに私は何度か目を瞬かせてしまう。いい歳って言っても、まだ三十にもなってない筈なんだけど。

 でも、三十も近づいてくると身体に色々と不安を覚えてくるようなものなのかな、とぼんやり考えてしまう。


「いや、それにしたって引退するのは早くない?」

「それはアニスフィア様に成し遂げたいことが多くあるからでしょう。……私は、もう侍女としてやれることは満足してしまったようにも思えます」

「……そうなの?」

「えぇ。アニスフィア様も今となっては立派な主となり、レイニも侍女兼秘書として自慢の存在です。離宮の新しい侍女たちも、私なりに育て上げられたと思っています。だから、つい考えてしまったのです。私はこの先をどうしようかと」

「この先、かぁ……」


 ぽつりと私は呟いてしまう。確かにイリアの言う通り、私が引退なんて考えられないのはやりたいことも、成し遂げたいことも山ほどあるから考えられないだけなのかもしれない。

 イリアも長いこと、私の侍女として仕えてくれた。後任も育て上げて、自分は引退しても問題ないと思えるようになった。だからこそ、イリアは将来のことを考えるようになったのかもしれない。

 イリアの将来、かぁ。……うーん、全然想像出来ないなぁ。なんだかんだでずっと一緒にいて、侍女をやってくれると思ってたから。

 そんな事を考えていると、イリアが引き締めた表情で私を見つめていることに気付いた。なんだかイリアの様子がいつもと違った気がして、私は思わず彼女の名を呼んでしまった。


「……イリア?」

「アニスフィア様。貴方様に相談したいことがあります」


 こんなに真剣なイリアは昔、見たことがある。それはイリアの実家であるコーラル子爵家からイリアを連れ出した時だ。

 今後どうするか尋ねて、どうすれば良いのかわからないと言った彼女に示した道。私と一緒に来なさい、と。そして彼女を専属侍女として一緒に歩んで来た。

 そのキッカケになった時の表情と同じ顔になっているイリアに自然と身が引き締まった。私が身を引き締めたのを悟ったのか、イリアが少しだけ嬉しそうに微笑を浮かべた。

 けれど、その微笑すらもすぐに消して真剣な表情へと切り替える。そしてイリアは改めて口を開いた。


「私は、近い内に侍女を辞めたいと思っています。それは自分が侍女としてやるべき事を果たしたと思ったのも理由の一つですが、自分の身体の衰えを感じた時に、ふと思ったんです」

「うん。……何を思ったの?」

「私は――あと、何年生きられるだろう、と」


 それは今まで聞いてきたイリアの声の中で、最も憂いに満ちた声だった。

 あまりにも突然な言葉に、私は息を呑んでしまった。止まってしまいそうな息を思い出すように意識して吐き出してから頭を掻いた。


「……何、笑えないこと言ってるの。何か変な病気にかかった訳でもないでしょ?」

「えぇ、見ての通り健康体でございます」

「だったら、なんでそんな事を考えたの?」

「ですが、十年後、二十年後……同じことを思った時、私の時間は間違いなく短くなっている筈なのです」

「……それは、当然だよ。人は老いるんだから」

「――では、レイニは?」


 その問いかけに、私は一気に冷気でも吹き込まれたような感覚を覚えた。

 イリアは、死を見つめている。自分の死を。その理由を、私は察してしまったから。


「……年を重ねていくと少しずつ衰えを感じてしまいます。その度に思うのです。私はあと何年、健康のままでいられるのかと。この顔も、レイニは好きだと言ってくれますが……いつまで若々しくいられるのでしょうか? えぇ、人は老いていきます。それは自然の摂理です。でも――ヴァンパイアは?」

「……イリア」

「私はレイニを置いていくことになると、覚悟していたつもりでした。それが当然の話ですから。ただでさえ私はレイニよりも年を重ねています。……ですが、レイニのこれから進む時間は、私の一生よりも長いのでしょう?」

「……そうだね。ヴァンパイアは不老不死を限りなく体現した存在だから」

「――だから、怖くなったのです」


 泣きそうなイリアなんて、そんなイリアを見ることになるなんてと私は驚愕してしまっていた。

 あのイリアが、怖い、と。はっきりとした恐怖の感情を口にしたことが私には衝撃以外の何者でもなかった。

 自分の腕に手を添えて、掴むように握っているイリアの身体は僅かに小刻みに震えている。


「愛すれば愛するほど、失うのが怖くなってしまうのです。あの子が私を失ったら、あの子は本当に笑っていられるだろうかって。そう思ったら、死ねない、死にたくないと想ってしまうのです。でも、ただの人でしかない私の時間は、ヴァンパイアであるレイニとはどうしても隔たれてしまいます」

「それは……そうだね」

「それに、私は忘れられたくないのです。私はただの思い出になんて、なれそうにない」

「……思い出になれそうにはなれない、かぁ」


 何とも面映ゆい告白だ。イリアのレイニに向ける愛情は、いつの間にかこんなに大きな感情に育っていたんだなぁ、という感慨深さが込み上げて来る。

 でも、私は渋い顔を浮かべてしまっていた。その思いは尊いと思う。でも、イリアとレイニの生きられる時間というのは絶望的なまでに断絶してしまうことがわかってしまっている。

 ヴァンパイアは限りなく不老不死に近いから。だから、ただ人であるイリアをどうしたって置いていってしまう。イリアが老いても、レイニはそのままだ。


「……だから、アニス様に聞きたいのです」

「私に、何を聞きたいって?」

「アニス様もまた普通の人であることを止めつつあります。ユフィリア様も長き時を生きる精霊契約者です。でも、もし、アニス様の寿命が人並みと変わらなかったら……」


 一度、そこでイリアは言葉を止めて、呼吸を整えた。私に向けている視線は迷子の子供のように迷いに満ちたもの。でも、道を見つけようとする強い意志も秘められている。

 恐れ、迷いながらも、イリアが道を選ぼうとしている。そのキッカケを私に求めているような、そんな気にさせられる。


「――アニスフィア様だったら、ただの人のままではユフィリア様の傍にいられないなら……人を辞める覚悟は、出来ますか?」

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