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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第6章 永久に尊きものよ
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第58話:後悔をしない選択のために

「……ティリス。それがレイニの母親の名前なんですね」

「はい。レイニは穏やかで優しい子ですが、ティリスはもう少々掴み所がない、それでいて勝ち気な性格をした女性でした」

「へぇ……」


 掴み所がなくて勝ち気なレイニを想像しようとしてみるけれど、まったくイメージが湧かない。おっとりとして純真なレイニの印象が強すぎてティリスという人に対しての想像が難しい。

 でも顔はレイニとそっくりだと聞いているし、なんというか男を手玉に取りそうな女性だと言う印象になってしまった。実際の所は一体どんな人だったんだろう、ティリスという人は。


「でも、どうして今この話を?」

「ティリスはヴァンパイアだったのかもしれない、ということの真相はティリスがこの世を去っている以上、解明出来ない真実です。……ですがアニスフィア王姉殿下からのお話を聞いて、話しておかなければならないと思ったのです」

「フィルワッハの件を聞いて、ってこと?」

「はい。そもそも、ティリスと出会ったのもフィルワッハなのです」

「え?」


 フィルワッハでドラグス伯とティリスさんは出会った? その事実に私は何故か嫌な予感が背中を駆け抜けた。


「ティリスは自分の過去を明かしたがらない奴でした。それでいて人の輪や間に入るのが上手く、けれど霞のように捉え所がなくて、当時の私は随分と立ち回りが器用な女だと思っていました。今思えば、ヴァンパイアの力を駆使していたのかもしれませんね」

「……そのティリスさんとはフィルワッハで出会った?」

「えぇ。ただ、フィルワッハの生まれという訳ではなく、東から来たとしか言いませんでしたが。……もしかしたら、カンバス王国の生まれだったのかもしれません」

「カンバス王国……」


 カンバス王国はパレッティア王国の東の向こうにある国で、山脈群を越えた先にある国だ。険しい自然が阻んでいるので積極的な交流はないけど、まったく国交がない訳でもない。

 それもごく一部であってカンバス王国の全容というのは未知のままだ。それはカンバス王国が非常に鎖国的で、排他的でもあるから。だから誰もカンバス王国の実態を知る人はいない。

 別にこちらに攻め入ってくるような気配もないので、カンバス王国は不気味な国だという印象が強い。


「どうしてティリスさんがカンバス王国の出身だと?」

「ティリスが一度だけ、酒の席で故郷について口を滑らせたことがあったんですよ。自分のいた場所はとてもつまらなくて、同時に恐ろしい場所だったと。あそこにいたら自分が腐ってしまいそうだから、逃げ出してきたと。とても自嘲的に語っていたのが印象的で、今でもよく覚えています」

「ふぅん……?」


 つまらなくて、恐ろしい場所ねぇ……?


「でも、それがカンバス王国のことだとは限らないんじゃないですか?」

「はい。……ですがティリスは、恐ろしい、と口にしていました。東から来たヴァンパイアと思わしき謎の人物、フィルワッハでアニス様と遭遇したと言う異形の怪物と、人に限りなく近い魔物。こう並べると嫌な符号が一致して来ませんか?」

「……ドラグス伯」


 思わず低い声が出てしまった。けれど、ドラグス伯の私を見つめる目は真っ直ぐなままだった。


「以前から気になっていたことがあったのです。〝人型の魔物〟とは一体どこから生まれたものなのか。どうして人型なのか、猿のような魔物から変化したものが定着したものなのか。こうして年を取って落ち着いてくると、そういう事を考えてしまうのです」

「代表例を挙げるならオーガだね」

「はい。人に近しい魔物、そしてヴァンパイアという実例が確認された以上、人に近い魔物が国家を運営していてもおかしくないと考えることは出来ませんか?」

「じゃあ、何? ドラグス伯は……カンバス王国が人型の魔物、亜人と言うべき存在が治めている国だとでも言いたいの?」

「確証もないのでそこまでは言いませんが、ヴァンパイアがいるのだとしたら有り得る話ではありませんか?」


 ……ドラグス伯の言葉を私は否定しきれない。実際、ヴァンパイアがいるなら国を支配して国として営むことは可能だと思う。実際、アルくんの反乱でこの国はヴァンパイアによって支配される寸前だったのだから説得力は大きい。

 ここでカンバス王国の鎖国的な態度にも、亜人が治める国家だと考えると排他的になるのも自然だと考えることが出来る。そこまで考えて、私は背筋がゾッとするような感覚に襲われる。


「……怖い話をするね、ドラグス伯。鳥肌が立ちそうだよ」

「所詮は推測でしかない話です。ただ、カンバス王国は今までずっと沈黙を保ってきました。それが何かの前触れでなければ良いのですが……」

「……ないとは思うけど、あんな化物にそう簡単に出て貰っても困るんだけどなぁ」


 額に手を添えて、私は深々と溜息を吐く。するとドラグス伯も苦笑を浮かべた。


「所詮、推測の域を出ない話です。あくまで心に留めて頂ければ十分です」

「もしかして、気を遣ってくれました?」

「えぇ。それに私も話をせずに後悔はしたくなかったので……もし、ティリスが去る前にもっと彼女に踏み込んでいたら、とは今でも思ってしまいますしね」

「……でも、もしもはないんですよね」

「そうですな」


 後悔をしても、その後悔した出来事をやり直すことは出来ない。だから人は後悔を胸に抱えて生きていくしかない。次はもっとより上手くやれるように、そんな祈りを抱えながら。


「ままならないですねぇ」

「ままなりません。……だからアニスフィア王姉殿下も良く悩んで、後悔を残さないように選択してください」

「……ドラグス伯?」

「貴方は人よりも長い手を、誰よりも早い足を、そして強い意志をお持ちだ。それ故に責任を、他者の命を抱え込んでしまう。自分の夢を追うだけでは生きていけない、誰かを守りたいという祈りも夢に含まれた難儀な人だ」


 ドラグス伯の私の評価に、私は引き攣った笑みを浮かべてしまう。耳が痛いけれど、否定も出来ない。

 そんな私の表情を見てからドラグス伯は笑みを浮かべた。それは年長者の男性として、思わず安心を覚えてしまう笑みだった。


「背負うなとも、思い詰めるな、とも私には言えません。貴方様が背負うものはそれだけ重く、尊いものだ。だからこそ、一人で背負いきれないと思ったのならば周りを頼ってください」

「……これでも十分、甘えてるつもりなんだけどな」

「人をうまく使うことも上に立つ者の仕事と言うのは簡単ですが、人を従えるのを王姉殿下が得意としていないことも理解しています。ですので甘える、というのは丁度良い塩梅なのかもしれませんね」


 ドラグス伯は優しい笑みを浮かべながら、私に真っ直ぐな言葉で語りかけてくれる。


「良く悩み、良く考え、そして自分を裏切らないようになさってください。それがきっと最善の結果を引き寄せることでしょう。そんな貴方様をお支えするのが私たちの役目なのでしょう。人は守られるばかりではありませんよ?」

「……耳が痛い」


 遠回しに私は周囲を頼っていない、と言われているようにも聞こえるけれど、耳が痛いと思うのは私もそれを素直に認めてしまっているからだ。

 もうちょっと周りを頼る、か。やっぱりあの化物についての意見は誰かに相談しておいた方がいいのかなぁ……。



   * * *



「え? あのフィルワッハで遭遇した怪物について、ですか?」


 結局、一晩悩んでから魔巧局のメンバーに思い切って打ち明けることにした。話題を切り出して最初に反応したのはガッくんだった。


「うん。流石にあんな怪物がゴロゴロいるとは思わないんだけど、ヴァンパイア化してたのも気になってね、このまま放置していいのかなって……」

「いいも何も……それってアニス様の仕事じゃなくないすか?」

「そうですね。フィルワッハで起きた問題は、あくまで現地の住人で解決すべきだと思います。それに女王陛下にも報告済みなのですから、対応はあちらで考えてくださるでしょう」

「それはそうなんだけどさぁ……もしも、あんなのがもう一匹いたりとか、それこそヴァンパイアが紛れてたらどうしようって思ったら不安でさ」


 私が素直な心情を零すと、ガッくんとナヴルは困ったように眉を寄せた。シャルネは神妙な顔で黙っているし、プリシラは無表情で控えたままだ。

 微妙な沈黙が続いた空気を打ち破ったのはティルティだった。この話題が始まってから関心がなさそうだったけれど、今は少しだけ不機嫌そうに鼻を鳴らしている。


「はん。馬鹿馬鹿しいわね、最近鬱陶しい顔をしていた理由はそれ? まったく馬鹿ね、アニス様」

「……何度も馬鹿って言わないでくれる? ティルティ」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ。そこのお付き共が言うようにアニス様の仕事じゃないでしょうが。仮に放置して死人が出たとしても、それはアニス様の責任じゃないわ。その地を守る騎士や冒険者の責任でしょうが。そいつらが助けてくれ、って言った? 違うでしょ? ならアニス様には関係ない話でしょうが」

「それは、わかってるんだけど……」

「わかってるなら、それはただのワガママだって事も自分で気付けるでしょう?」


 ワガママって。私はただ、この不安をこのままにしておいて良いのかって思ってるだけなのに。そんな思いが顔に出ていたのか、ティルティが睨むように私を見てきた。


「私はワガママを言うのは自由だと思ってるし、アンタが責任を取れることなら好きにすれば良いと思ってるわ。でも、それはアンタが責任を取れることじゃないでしょうが」

「……うっ……」

「アンタが無理に出張って、アンタがいなければ回らない現場でも作りたいのなら好きにすれば良いわ。その責任が取れる? 取れないでしょ? だったらアンタがやるべき事はそれじゃないのよ。わかった? 馬鹿様」

「馬鹿様!? 遂に名前まで呼ばれなくなった!?」


 抗議するようにティルティに訴えてみるけれど、ティルティはつんと澄ました様子で鼻を鳴らすだけだった。

 場を取り成すように口を開いたのは腕を組んで黙っていたトマスだった。


「アニス様、その怪物はアニス様ほどの実力者じゃなきゃ対応出来ない化物だって言うんだろ? そんなのホイホイ出てくるようなものじゃねぇよ。仮に出るんだとしても、アニス様はこの魔学都市の責任者なんだぞ? アンタにはやらなきゃいけない事が山ほどあるだろ。各々の務めを果たすことも責任を果たすってことじゃないのか?」

「……それは、わかってるよ」

「そんなに怖いのか。自分の手の届かない所で誰かが死ぬかもしれないのが」


 トマスに投げかけられた言葉に私は息を呑んで、唇を引き結んでしまう。私が黙りこくっていると、溜息を吐いてからトマスは言葉を続けた。


「その優しさはアニス様の良い所だし、それだけの難敵だったんだろう? フィルワッハに現れた怪物は。だから対策をしたい、人の命が失われるようなことは避けたい。その気持ちはわかる」

「うん……」

「だけどな、その指示を出したらそれはアニス様の責任になっちまう。ティルティ様が言うようにちゃんと自分で責任を取れるなら、それもアリだろう。上を納得させるような後付の理由だって後で幾らでも考えれば良い。けれど、本当にそれがアニス様の……いや、それはアニス様じゃなきゃダメなことなのか?」


 トマスの確認するような問いに私は首を振る。私じゃないと対応が出来ないかもしれない、けれど、だからって必ず私がやらなきゃいけない事ではないと思う。

 頭ではわかっているのに、それが最善なのかと考えるとジッとしてられなくなるんだ。


「別に動くな、って言ってる訳じゃない。ただ動く前に話を通しておいた方が良い相手がいるだろう? その人たちに相談してからでも遅くはないんじゃないか?」

「……ユフィとか?」

「後は先王様や、王太后様とかにだな」

「……そっかぁ」


 なんか同じような内容で説教される未来しか想像出来なかった。それでも心の整理のためには何も言わないよりはずっとマシなのだろう、と。私はそう思うことにした。


「折角だから、明日王都に行ってみたら? ここでやる事も一段落したでしょ。ガークとナヴルの魔剣も完成したんだから」

「それもそうだね。スプラウト騎士団長に見せにいくついでに戻ってもいいかも」


 特にシュネルヴィントは騎士や冒険者に向けて作られた人工魔石による魔剣第一号だ。

 今後の普及のためにスプラウト騎士団長や近衛騎士団の人たちに意見を聞いておくのも良いかもしれない。

 そんな楽しい未来予想図を描けたことと、内心を少しでも吐き出せたことで私も少し気が楽になるのだった。



 

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