第57話:平穏に翳る不安
お待たせ致しました、転生王女と天才令嬢の魔法革命、第二部の第六章の更新を始めていきたいと思います!
大切な時間ほど、長く続いて欲しいと祈りませんか?
だって大切だって思える時間は、それは幸せであるということなのですから。
長く、長く、ずっとこのまま。ふと足を止めた時、些細なキッカケで幸せに気付いた時に、人は願いませんか?
もっと、このままでいたいと。幸せであることに気付いて、その幸せを手放そうと思える人はどれだけいるのでしょうか?
もし、もしもです。その幸せを手放そうと思える人がいたとしても、きっと幸せを紡ぎたい人は一人ではない筈です。
貴方を幸せにしたい。そう思う人もいるかもしれません。それがその人にとっての幸せの形かもしれません。
だから、どんな形であっても私たちは幸せになって良いのです。たくさんの願いと祈りを重ねて、幸せに向かって歩いていく。
それが生きるということではありませんか? 幸福になるために私たちは生きているのですから。
だから続いて欲しいのです。このままずっと、幸せなまま永遠になって欲しい。そう、願うのが人でしょう? そうは思いませんか?
――人は永遠に手を伸ばし続けるのです。それが何よりの幸せだと知っているから。
* * *
「オラァッ!」
「チィッ!」
魔学都市の都庁、その広場で二人の騎士が斬り結んでいる。それはガッくんとナヴルだ。
二人の手には真新しい剣が握られていて、それをぶつけ合うように重ねる。それだけならよく見かける風景だけど、今日の攻め手は珍しいことにガッくんだ。
普段は受け手に回るガッくんだけど、今日のガッくんはいつもとは違う。そもそも持っている剣からして違うんだけど。ガッくんの持つ剣は彼専用に生み出された〝魔剣〟だ。それがガッくんを普段のスタイルと異ならせている。
「〝フラムゼーレ〟! 燃えろぉ!」
ガッくんの声に反応するように、ガッくんの持つ魔剣が炎を噴出させる。凄まじい熱気がガッくんを包み込んでいるけれど、持ち主は苦しげな様子を見せない。
陽炎が出来るのではないかという熱気を纏いながらガッくんが突き進む。それは攻防一体となった炎と熱の鎧と言っても良い。その熱気を発する炎は刃となってガッくんの剣技を更なる領域へと引き上げている。
元から魔法がそこまで得意ではなかったガッくんは状況に応じて魔法を使い分けるのが苦手だった。けれど、今手にしている魔剣、フラムゼーレはたった一つの魔法に研ぎ澄まされた専用品だ。
その魔剣に使われているのは、先日のフィルワッハで手に入れた魔石。炎を纏っていたあの男の魔石だ。
ガッくんに自ら託しただけあって、ガッくんとの相性は抜群だ。これが天然魔石を用いた魔巧局の発明品、第二弾。炎熱の魔剣、フラムゼーレ。
発揮する効果は単純、全身に炎と熱気を纏うだけ。剣に炎や熱気を伝播させれば攻撃力が上がる。攻撃に転用するだけでなく熱気によって接近を許さず、また近づいたものを焼き尽くそうとする。単純ながら、それ故に強い魔剣だ。
それはガッくんの長所を更に伸ばし、欠点を補わせるだけの力があった。それ故にナヴルも押される側になっているのだけれど、ナヴルだって新しい〝魔剣〟を手にしている。
「〝シュネルヴィント〟!」
「うぉったぁ!?」
攻め続けようとしたガッくんの動きが単調になり、一連の動きの中に僅かに生じた隙間。その隙間にねじ込むようにナヴルが魔剣を振るうと、風の刃がガッくんに向けて放たれる。
それは熱気による防御とガッくんが打ち払うことで防がれてしまうけれど、ナヴルが距離を取るには十分な時間だった。
風魔法も込みで使った跳躍で距離を取り、ナヴルは身体を捻るようにして剣を構える。その身体の捻りを全て活かして剣が振り抜かれると、先程よりも巨大な風の刃がガッくんへと襲いかかる。
「くそ、速ぇ!」
「はぁっ! せいっ! ふんっ! でやぁっ!」
「え、遠距離からの連射はやめろぉーーーーっ!」
ナヴルが剣を振るう度に放たれる風の刃をガッくんが悲鳴を上げながら斬り払う。ナヴルが放っているのは単純なエアカッターなのだけども、その連射速度は以前のナヴルにはなかったものだ。
これがルークハイム皇帝に贈った魔剣〝イデアーレ〟に続く人工魔石による魔剣の第二弾、〝シュネルヴィント〟だ。込められた魔法はエアカッター、これがナヴルの剣技と合わさって厄介さを増している。
エアカッターを習得している風の魔法使いは多い。それほどに単純な魔法だけれど、だからこそ奥が深いとも言える魔法だ。
魔剣という媒体を得て放たれるエアカッターは剣を振るう動作に合わせて風の刃を発生さられるので、目標を設定する際のタイムラグを短縮させることが出来る。
魔法が得意な人にとっては〝剣を振るうこと〟そのものがロスにもなりかねないのだけれど、この魔剣の利点は〝剣を振るう〟のと一緒にオマケとしてエアカッターを放てることにある。
並列して複数の魔法を使うのはどうしても難易度が高くなってしまう。シュネルヴィントはエアカッターにだけ限定されているものの、その発動を補佐することが出来る。これが騎士との相性が抜群だった。
更にエアカッターの出力から大きさ、速度なども動作に合わせて放ちやすい。風魔法に適性がなくてもこの魔剣は使えるので、幅広く手に取って貰えそうな一品に仕上がったと思う。
「はぁ……! はぁ……!」
「ぜぃ……! ぜぃ……!」
「まぁ、この二人でやると泥仕合になるんだけどね……」
ガッくんは遠距離攻撃も辛うじて出来るようになったけど、その距離は短いし苦手なものは苦手なままだ。
ナヴルはエアカッターを高速で放てるようになったとはいえ、攻撃力が大きく変わった訳じゃない。
なのでガッくんの反応速度に加えて、防御力が増した状態だとガッくんを疲弊させる戦術を選ばざるを得ないし、ガッくんは必死にナヴルとの間合いを詰めようと走り回ることになる。
結果、どっちが先に体力と魔力が尽きるか、という泥仕合になる。今日も今日とて二人の試合は引き分けに終わりそうだった。
「はいはい、今日の性能試験及び稽古は終わりにするよー。二人ともお疲れ様ー!」
万が一、魔剣の暴走が起きないようにと私が立ち会い人をしていたけれども、特に大きな問題が起きる訳でもなく。フィルワッハの一件以降、私の日々は平和そのものだった。
* * *
「では、天然魔石を用いた魔剣も、人工魔石を用いた魔剣の開発も順調だと言うことですね。それは大変喜ばしい報告ですね」
「えぇ、ドラグス伯にもその内、〝シュネルヴィント〟を使って貰えればと思います。〝フラムゼーレ〟は流石にガッくんの専用品なので、恐らくドラグス伯では扱えないと思いますので……」
「ははは、なに。既に第一線からは退いている身、性能試験がてら試し切りをさせて頂ければ十分でございますよ」
そう言って微笑むドラグス伯に私は笑みを浮かべて紅茶を口に運んだ。魔学都市の管理者を担っているドラグス伯との近況報告会。最近は目立って大きな事件なども起きていないので、平和な話題ばかりだ。
「魔学都市の完成も間近です。完成の暁にはパレードや祭典などの取り組みが必要となりますが、こちらから案を出して後で確認して頂き、ご承認頂く格好になるかと思います」
「式典にパレードかぁ……まぁ、それが本来の私のお仕事だからねぇ」
あまり気乗りはしないんだけど、と思いつつ苦笑する。
魔学都市も開発が進み、完成はもう間近。その中で一番大きな変化と言えばベリエ商会と冒険者ギルドの支部が設置された事だと思う。
人の往来が増えて住民となる希望者も集まりつつある。主要機能の建造はほとんど終わっているので、建築屋の方々はこれから増えていく住民たちの居住区の建設に追われている。
ベリエ商会は逗留している騎士や開発に勤しむ建築屋、旅の途中で立ち寄った冒険者や旅人相手に逞しく商売をしている。何でも飛ぶように売れるので嬉しい悲鳴とはこの事だと、ヘンリー支部長がこの前言っていた。
一方で冒険者ギルドはギルドの活動がメインというより、宿屋のような有様になっていた。まだまだ魔学都市も完全に完成した訳でもないし、冒険者に依頼するようなこともそこまで多くない。
それでも王都と西の地への中間点ともなる魔学都市は情報も集まる。ここで受けられる依頼自体はそこまで増えないかもしれないけれど、情報が集まるポイントとして今後は利用されていくんじゃないかとファルナが話していた。
(魔学都市が完成したら本格的に都市として動き出して、魔巧局も企画を出して試作したり、お披露目したりして、それを量産して売り出す。当初描いていた目標に近づいてるんだなぁ)
それは私のやりたかったこと、叶えたかった夢だ。
もう少しで手が届く。そんな実感があるのに、私はどこか身が入っていなかった。
目を閉じれば嫌でも思い浮かんでくる、あの異形の姿。フィルワッハで出会った未知の怪物。
おぞましいあの存在のことを、私はこのままにしておいていいのかと、どこかで自分が囁いているような気になってしまう。
「……アニスフィア王姉殿下は、何かお悩みがあるようですな」
「ッ、あ、その……呆けてしまってごめんなさい」
「謝られるようなことではございません。……先日のフィルワッハの件ですかな?」
「お見通しでしたか?」
「報告を頂いて以来、どうにも顔が曇ることが多かったですからな。何かお悩みではないのかと思った次第でございます」
「……ドラグス伯は人を見る目があると思うよ」
降参と言うように私は手を上げた。魔学都市で私がやらなきゃいけない仕事が迫っているというのに、私の仕事ではないことで意識を囚われてしまっている。
それではダメだと思うけれど、このまま私が放置していいのかと思ってしまう。それだけあのキメラは奇妙な存在で、放置しておいて良いものだとは思えないからだ。
もし、私以外の普通の冒険者が対峙してしまったら。そんな想像をしてしまえば対策を立てなくても良いのかと考えてしまう。
「……アニスフィア王姉殿下。少しばかり昔話に付き合って貰っても良いでしょうか?」
「え?」
また思考がキメラのことについて埋め尽くされそうになった時、ドラグス伯が静かに私にそう言った。
その声に思わず顔を上げると、ドラグス伯は私ではなくて遠くを見つめるように視線をズラしていた。
浮かべる表情はどこか儚くて、けれど鮮烈なまでの思いを感じさせる横顔だった。浮かぶ感情は喜びでもあり、怒りでもあり、そして悲しみと切なさを強く入り交じらせたもの。
「……昔話、とは?」
「私がアリアンナと結ばれる前、心を通わせた女性についてです」
「……それって」
私はドラグス伯が切り出した話題に思わず息を呑んでしまった。ドラグス伯が男爵となり、嫁として今の妻、アリアンナ夫人を娶る前に心通わせていた女性。
それは私にとって馴染み深い存在となった友人の母親でもあり、謎が多いままこの世を去った者だった。
「――レイニの母親、ティリスについて。少しばかり、お話を聞いて頂ければと思います」
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