第50話:それぞれの兄弟姉妹事情
魔石の情報がないなら探しに行けば良い。改めて言われてみればその通りだった。
自分で探しにいこうと思わなかったのは手が離せない仕事があるからだと思ったけれど、今は急を要するような仕事はない。
休暇と言われるとユフィと一緒に過ごすことをつい考えてしまったけれど、昔みたいに自分の興味が向いた所に飛んで行くのも良いかもしれない。護衛だってガッくんとナヴルを連れていけば文句は言われないだろうし、私も本腰を入れて探そうと思ってる訳じゃない。
気晴らしの小旅行と見れば、魔石を探しに行くのはありかもしれない。
「プリシラに聞いて急ぎで仕上げなきゃいけない仕事を片付けたら、ちょっと気晴らしに行って来ようかな」
「いいんじゃないか? ガーク様もそれで気晴らしになれば悪い話じゃない」
「いない間の代理なら私がやっておいてあげるわ。あ、そうだ。可能ならプリシラを置いていって貰えないかしら?」
「プリシラを?」
「あの子も自衛は出来なくもないだろうけど、専門って訳じゃないでしょう? 森に連れて行くのは向かないでしょ」
「私としても事務処理が出来るプリシラが残ってくれるなら助かるかな……」
幾らティルティが代理として残ってくれるとは言っても、それだけだと万全ではない。私の秘書のような立ち位置になりつつあるプリシラが残ってくれた方が安心だ。
「本人に希望を聞いてからでいいかな? 魔石探しもしたいけど、名目としては小旅行みたいなものだし。トマスはどうする?」
「……俺を森に連れていこうとするな、俺はただの平民なんだぞ」
眉を顰めて、軽く首を左右に振りながらトマスはそう言った。都会っ子といえばそうだけど、トマスもトマスでかなりインドア派よね……。
となると、魔巧局の面々で居残りが確定なのはティルティとトマス。プリシラは希望を聞いてみて、ガッくん、ナヴル、シャルネの三人は連れて行く、と。
「あぁ、そうだ。アニス様、それで頼みがあるのだけど」
「ん? 頼み?」
「えぇ、実はね――」
頼みがあると口にしながら浮かべたティルティの微笑み、それはとてもとても邪悪なものだった。
* * *
「なるほど、それで小旅行ですか。……私は魔石探しにはそこまで興味もありませんし、お休みでしたら降誕祭の時に頂きましたので、留守を預かりたいと思います」
「ありがとう、プリシラが残ってくれるなら助かるよ」
「王姉殿下のお役に立つことが私の使命ですので」
プリシラに魔石探しを兼ねた小旅行の話をすると、魔学都市に残るという話で落ち着いた。本人が言うとおり、魔石そのものにプリシラは興味がなさそうだった。
まぁ、自分の立場を気にしているのかもしれないけど。公にされていないからプリシラの罪を知る人は少ないけど、本人が一番気にしてるんじゃないかと思う。
私もそう簡単に許していい問題ではないとは思ってるけれど、心から仕えて貰えた方が良いとは思ってる。時間が解決してくれるか、何かキッカケがあれば良いんだけどね。
「……それで、ティルティ様からの提案ですが」
「うん。まぁ、そういう話になったから」
「なんでですかぁーーーっ!?」
プリシラの話も一段落したので、次の話に移ろうと思ってると叫び声が聞こえてきた。
叫び声を上げたのはシスター服に身を包んだ少女、モニカだ。最初はどこか張り詰めた雰囲気を纏っていた彼女だけど、最近はティルティのスパルタ教育を受けてすっかり涙目になっている姿がいつもの事だと認識されつつある。
そんなモニカは目を潤ませて、驚愕と絶望が入り交じった声を上げている。そんなモニカに私は頬を掻きながら口を開く。
「だって、ねぇ……? モニカのことは一応、ティルティに任せてるからね……?」
「だからっていきなり魔物を狩ってこいって話がありますか!?」
そう、これがティルティの頼み事。モニカに魔物討伐の経験を積ませて欲しいというのがティルティのお願いだった。
「魔法の腕を上げるには実践あるのみ。じゃあ、ついでに実戦もやってきて貰おう、って」
「私、魔物となんて戦えませんよ!?」
「うーん、私も一応そうは言ったんだけど、私たちが監督してれば問題ないでしょって言われると断り切れなかったというか……そもそも代理で残ってもらうから、断るのも気が引けるというか……」
「それで魔物討伐という苦行に放り込まれそうな私への気遣いは!?」
モニカの悲痛な訴えに苦笑を浮かべてしまうけど、ティルティの言わんとしていることもわからなくもない。
魔法の腕を上げるには実践、つまり慣れるのが一番だ。その延長線上で魔物との戦いにも慣れておけば良いとティルティは考えたんだと思う。
そこまで必要かと問われると、私は反対寄りではあるんだけど、モニカの才能を腐らせるのは勿体ないとティルティが強く訴えてきたので断り切れなかった。
「今後、魔法を使って生計を立てるとそういう荒事に巻き込まれる場合もあるから、慣れておくに越した事はないと思うよ?」
「う、うぅ……それは、そうなんですけどぉ……いきなり魔物討伐して来いって無茶振りが過ぎませんか!?」
「それは、ティルティだしなぁ……」
優しさなんて爪の垢程度しかなさそうだし。教育方針だって潰れたらそれまで、みたいな薄情な所はあるしなぁ。
「どうしても嫌だって言うなら、無理には連れていかないけど……」
「……私と魔物、どっちを相手にしたい? って言われました。あの、どっちがマシですか……?」
モニカが唾を飲み込み、真剣な眼差しで私たちを見つめながら問いかけて来た。
この話をする為に集まってもらったガッくん、ナヴル、シャルネ、そして私とプリシラはそれぞれに視線を向けた後、静かに首を左右に振った。
「魔物だな」
「魔物ですね」
「魔物でしょうねぇ」
「ティルティ様の方が危ない」
「あと多分被害を抑えるのは私たちになる」
「でしょうね!」
わかってました、と言わんばかりに叫んだ後、モニカはがっくりと肩を落としてしまった。
「ま、まぁ……私もそこまで奥地とか、強い魔物を相手にしようとは思ってないから。だから大丈夫だよ?」
「……はぁ、わかりました。私も同行させて頂きます……」
トホホ、と言わんばかりに涙を一筋流しながらモニカは渋々ながら同行することを決めてくれた。
その姿に少しだけ同情しなくもないけど、師弟関係に口を出しすぎるのもなぁ、と思って話題を進めることにした。
「よし。ならメンバーは私、ガッくん、ナヴル、シャルネ、モニカだね。目的は魔石探しだけど、ちょっとした小旅行のつもりで気を楽にしていこう!」
「小旅行、なのは良いとして……行き先はどこにするつもりですか?」
「最近、珍種が増えたっていう東の開拓地に行ってみようと思ってる」
「東ですか……」
「ちょっとした生態調査も出来たら良いなって思ってるんだけど」
「畏まりました。そのつもりで用意しておきます」
ナヴルが頷いて、話し合いは終わりの流れに向かっていく。
「東って言えば俺、領地に全然帰ってないなぁ」
「あぁ、ランプ男爵領も東側の領地でしたか」
「パーシモン子爵領とは離れてるけれどな。パーシモン子爵領はもうちょっと北寄りだろ? ランプ男爵領は辺境寄りだからなぁ」
「……辺境」
辺境と耳にすると、ナヴルがぽつりと小さく呟いた。その表情が何かを思い馳せるように変化して、視線が遠くなる。
それに気づいたガッくんがばつの悪そうな表情を浮かべて、気まずげに頬を掻いた。シャルネとモニカがそんな二人を見て首を傾げる。
「……あの?」
「あぁ、辺境は弟がいる場所だから」
「……あっ」
不安そうに声を漏らしてしまったシャルネに苦笑しながら私が言うと、モニカが思い出したように小さく呻いて黙り込んでしまった。シャルネの表情も気まずそうなものに変わってしまう。
「気にしなくていいよ。……アルくんは辺境で元気にやってるみたいだし」
「そう、なんですか?」
「うん。……顔を合わせた訳じゃないけどね。でも、元気にやってるならそれで良いんだ。言ったらなんだけど、アルくんも廃嫡されたことでようやく重荷を下ろせたんだと思うよ」
「今でも連絡は取っているのですか?」
「私じゃなくて、ユフィがね」
「女王陛下が?」
モニカが驚いたように目を見開いた。シャルネも同じような表情を浮かべている。
確かにユフィが女王になった経緯を考えると、二人が連絡を取り合っているというのは驚くことだろう。普通、婚約破棄なんて騒動まであって連絡を取り合ってるなんて想像もしないと思う。
「まぁ、仕事上のやり取りだよ。それに、一応あの二人も義理の姉弟な訳だし」
「……そうなんですか」
モニカが反応に困ったように呟く。公にしてはいないから黙っててね、と念押しをしてから解散するように促した。
モニカが退室して、シャルネも仕事に戻っていった。残ったのは私とガッくん、ナヴルの三人だ。
「あー……その、すいません。色々と」
「いや、ガッくんが悪い訳じゃないでしょ。ランプ男爵領が辺境に近いのは事実なんだし」
「事情を色々知ってる俺が気を遣う所でしたんで。というか、ナヴル様は驚いてなかったみたいですけど、知ってたんですか? アルガルド様がユフィリア様と連絡取ってたの」
「この前、王姉殿下から話を聞く機会があってな」
「ナヴルくんは元アルくんの側近だからね。気にしてるみたいだったし」
「そうですか……まぁ、色々ありましたけれど、連絡が取れてるのは良いことですね」
「……そういうお前は親に連絡をしているのか? さっき領地にもあまり帰ってないと言っていたが……」
ナヴルがガッくんに質問を投げかけると、ガッくんが微妙な表情を浮かべて腕を組んでしまった。
「いやぁ、なんというか、その。気まずくて」
「気まずい?」
「俺は近衛騎士団に入りたくて領地を飛び出したようなもんだからなぁ。親は良いとは言ってくれるが、なんというかな……手柄も立てない内に戻るのは、座りが悪くてな……」
「……成る程な。気持ちはわからんでもない。私も王姉殿下の下に付くまでは領地に帰るのは憂鬱だったしな……」
「……そういえば、聞いていいことなのかわからなかったけど、その、ご家族とは大丈夫だった? 父親、スプラウト騎士団長とはよく話すから問題ないとは思ってたんだけど」
スプラウト騎士団長は近衛騎士団長なので王都住まいだ。けれど領地には家族も残している筈。実家に帰るのが憂鬱だという原因が、家族との諍いが原因になっているのであればちょっと居たたまれない。
そんな心配から聞いてみた質問だったんだけど、ナヴルが一気に死んだ魚のような目になってギョッとしてしまった。
「……母上には泣かれてしまって、それは誠心誠意謝ったが……」
「……が?」
「……妹がな」
「……あぁ、妹かぁ……」
絞り出すようなナヴルの一言に、何故かガッくんまで神妙な表情を浮かべた。
「聞いたことなかったけど、二人って妹がいるんだ」
「はい。私は四つ離れた妹が」
「俺の所はもっと下です。シャルネと同い年ぐらいかな? あと、その下に弟もいます」
「ふーん? そうなんだ。……もしかして、二人とも妹が苦手なの?」
つい気になって二人に聞くと、互いに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまった。それに気づいたガッくんとナヴルが顔を見合わせてしまう。
「……まさかお前とこんな共通点があるとはな」
「そうっすね。妹はあれです、恋に恋するって年なんですよ。だから違うって言ってんのに王姉殿下とはどうなんだって聞いてくるんで、ちょっと距離を置きたいんですよ……」
「は? 私とどうって……?」
「俺が近衛になりたいって言ったのはアニス様に身分違いの恋をしたからなんじゃって寝言言ってるんですよ……何度も違うって訂正してるんだけどなぁ」
それは、何とも反応に困るお話だ。でも年頃のお嬢さんと考えたらそんなものかもしれないので、苦笑するに留めておく。
「……まだ愛らしいじゃないか。私の妹は手が出てくるぞ」
「手って……喧嘩でもしたの?」
「……騒動の後、帰宅直後に鳩尾に鋭い一撃をですね」
「う、うわぁ……」
さすが近衛騎士団長の娘と言うべきなのか、ナヴルの妹さんは随分と活発みたいだった。
「一時期は私を家から叩き出そうとしていた程ですからね。こんな兄に家を継がせるくらいならば私が婿に家を継がせて家を守ると啖呵を切る程で……」
「お、おぉ……」
「もしかして王都にずっといるのって、妹さんとの関係が微妙だから?」
「母上の心労になるのは不本意ですので……妹の目標が王姉殿下と女王陛下のお二人なのですよ」
「私とユフィが目標?」
「正確に言うと、お二人の武勇がですね。情けない男などこっちから願い下げだと、むしろ男らしく……母上が……頭を抱えて……」
ナヴルの表情が沈痛なものに変わっていって、その手がお腹にそっと添えられる。
それに私もガッくんも何も言えずに沈黙してしまった。ガッくんが優しくナヴルの肩を叩いてる。
「それぞれ兄弟には悩まされるものなんだねぇ……」
「……アニス様」
「大丈夫。……とは、ちょっと言い切れないかな。まだ踏ん切りがつかなくて、直接顔を合わせられてないし」
アルくんには何度か会いにいこうとして、でも結局会いにいくことが出来なかった。
まだアルくんとの関係を築き直そうという気にはならない。もっと私の中で整理がついたり、時間が経過して私自身が変わるか、何かの切っ掛けが得られたら、その時は。
「だから私の前で家族や兄弟の話をするのは遠慮しなくていいよ。困ったら相談してくれていいし、特にナヴルは……私に出来ることがあったら言ってね?」
「いえ、王姉殿下のお手を煩わせる訳には……」
「興味もあるからだよ、ナヴルに一発入れる妹さんって有望そうじゃない?」
「……そうですね。でしたら落ち着いた時にお茶会でも開いて頂けると助かります」
少し困ったように微笑みながらナヴルがそう言ったのに合わせて、私も微笑んでみせた。




