第48話:変われるという幸運
「そういえば、アニス様の采配ですよね? 冒険者ギルドの内装が王都の冒険者ギルドに似ているのって」
「えぇ。将来的に冒険者ギルドの支部は置くつもりだったから、王都のギルドに寄せて私も理解しやすい形でお願いしていたの」
「私も助かります! ……えっと、それで、その、お茶をどうぞ……」
なんとか話題を振って明るく振る舞おうとしたファルナだったけど、さっきから無言のナヴルとサランに気後れしたようにモジモジし始めてしまった。
二人とも、お茶を出されても固い表情のままだ。空気まで硬くなっていきそうになり、ファルナが涙目で縋るように私を見てくる。さっきまでの立派な姿はどこに行ったの、ファルナ……。
「あー、こほん。……話しにくいなら一度、私とファルナは席を外しましょうか?」
「あっ。い、いえ、申し訳ありません……その、どんな話をすればいいのかと思いまして」
「……それもそうですね。ナヴル様とは面識はありますが、交友があった訳ではありませんので」
「ん? そうなの?」
私の疑問の声にサランが苦笑しながら頷いた。
「私たちはただ同じ目的で集っただけで、個人的な繋がりはないのですよ。私はあくまで豪商の息子で、ナヴル様は伯爵子息でしたから」
「ふぅん……」
そういうものか、と私は納得しておく。でも、確かにナヴルとサランが仲良くお喋りしてるようなイメージが湧かないのも事実だ。
けれど、この二人はユフィの婚約破棄騒動に関わった四人の内の二人。一人は流刑、一人は死刑、そう考えれば二人に与えられた罰は軽い。
それだけ深く陰謀に関わっていなかったから、という理由もあるけれど、本人たちがどう受け止めてるのかはわからない。聞けるようなことでもないし、察してあげるのも難しい。
「サランはあれからずっとギルドで働いてたの?」
「はい。他に行くアテもありませんでしたから」
「……メキ商会が没落したと聞いて気になっていたが、ギルドに身を寄せていたんだな」
ナヴルが距離感を測るようにしながらもサランに問いかけた。ナヴルの問いかけにサランも頷く。
「はい。実家が働いていた悪行のせいで、身の危険を感じたので逃げ出したのです。その後、商会が没落したのを機に離縁を勝ち取って来ました」
「……そうか。お前は、そんな苦労をしていたんだな」
「ナヴル様も、あの後に貴族として生きていくのはさぞ苦しかったことでしょう。心中お察し致します」
「いや、私も結局は家に守られていた子供に過ぎない。お前ほどの苦労ではない」
「……確かに苦労はしましたが、それでも私は幸運だったのだと思います」
ナヴルの気遣うような言葉にサランは澄んだ表情を浮かべた。曇りの一切ない表情は心の底から自分の幸運を尊んでいるように思える。
ナヴルはそんなサランの表情に呆気に取られているようだった。動揺のためか、不自然に手が跳ねたのを私は見てしまった。
ナヴルの動揺に気付いているのか、いないのか。サランはそのまま静かに言葉を続ける。
「家は追われ、命も狙われ、逃げ込むようにギルドに入り、息を潜めて生きることにはなりましたが……幸いにもこんな私を助けてくれる人がいて、私にも人の為になる仕事が出来るようになりました。それは、やはり幸運だったのだと思います」
「……お前は立派なのだな」
「それはナヴル様も同じではありませんか。アニスフィア王姉殿下の信頼を勝ち取るというのは並大抵のことではない筈です」
「ちょっと、まるで私が気むずかしい人みたいな言い方じゃない?」
「事実ですよね? アニス様はお人好しですけれど、人を信頼して傍に置くなんて珍しいですよ。最近は丸くなったみたいですけど」
ファルナがそう言いながらジト目で私を見てきた。ははは、ノーコメント!
サランも苦笑していたけど、気を取り直すように咳払いをして仕切り直す。
「……やはり顔を合わせればお互いに胸を張れないですね。それだけの事を私たちはしてしまいました。きっと、どれだけ功績を積み重ねても誰かに指差されたり、自分が許せないままなのでしょう」
「……あぁ」
「でも、許せないままでいいと思うのです。それもまた私たちが得た財産です。誰かに誇れることではないけれど、私はあの失敗を経て、今があります。それを私は幸運だと思っています。だから自責の念で、自分が得たものを握りつぶしてしまうのは……きっと、それこそが悲しいことだと思います」
サランの言葉にナヴルが勢い良く顔を上げた。目が見開かれて、驚愕の様子でサランを見つめている。サランは先程の澄んだ表情を浮かべてナヴルを見返している。
そんなサランを見つめている人がもう一人いる。ファルナが母性を感じさせる柔らかい表情でサランの横顔に視線を送っている。その表情で私はなんとなく察してしまった。サランが手にした幸運の、その中に含まれるだろうものを。
「……何故、そのようなことを俺に?」
「貴方には必要な言葉かと思ったからです。あの日、共に並び、その上で一度全てを失った私だからこそ言えると。ナヴル様、改めて言わせてください。貴方はとても立派です。今、ここにいるまで多くの苦悩があったと思います。それでも貴方はあの日と変わらず、伯爵子息として、そして騎士としてここにある」
サランはそっと胸に手を当てて目を伏せる。そして敬服するようにナヴルに対して頭を下げた。
「お互い胸を張りきれないのは承知の上です。しかし、それでも貴方はやはり騎士でありました。あの中で唯一、立場を失わず、誇りを守り抜き、今ここに立っているのですから」
「……俺など、まだだ。求める理想像には指先も届いていない」
「それでも素晴らしいことです。共に間違いを犯してしまった私たちですが……変わることが出来るのです。そして変わらなければならない。私たちは変わることが出来る幸運を精霊から賜っているのですから」
サランの表情に少しだけ苦いものが浮かび上がる。まるで、それは誰かを悼むかのように。
……変わる機会を与えられなかった、か。確かにそれは不幸なのかもしれない。サランやナヴル、そしてアルくんと同じ立場で、そしてこの世から既に亡くなってしまった者を思えばそう考えてしまうのも納得出来る。
ナヴルはサランの言葉を受けて、瞳を閉ざすように瞑った。拳を握り、何かを堪えるように身体を震わせる。それからゆっくりと深呼吸をして、再び瞳を開いた時にはナヴルの表情も柔らかいものになっていた。
「……サラン、機会があれば神殿を訪ねると良い。そこにモーリッツの異母姉がいる」
「え?」
「別にモーリッツとは面識があった訳ではないそうだがな。……それで俺たちも何かが変わるという訳ではないが、伝えておくべきかと思ってな」
「……そう、ですか。ありがとうございます、ナヴル様。機会があれば足を運ばせて頂こうとおもいます」
「あぁ。お前とはこれから顔を合わせる機会もあるだろう。どうにも不思議な感じで落ち着かないが……改めて、よろしく頼む」
ナヴルが先を立ち、サランへと手を差し出す。それに応じるようにサランも立ち上がり、ナヴルの手を握り返すのだった。
ユフィの婚約破棄騒動から既に二年以上の時間が経過している。そこで拗れてしまった縁がまた一つ、結び直された瞬間だった。
* * *
それからファルナたちと少し雑談してから私たちは冒険者ギルドを後にした。
やはりというか、ファルナにも聞いてみたけど魔石持ちの魔物で大物と言うと最近は発見されてないらしい。
ついでにヘンリーから聞いていた東の珍種について尋ねてみたけど、ヘンリーから聞いた情報とそう大差はなかった。
追加で何か情報が入ったり、魔石持ちの目撃例や、物珍しい魔石が手に入りそうだったら教えて欲しいと伝えておいたから、動きがあったら報告が入るだろう。
それでもファルナは本当に嬉しそうだった。それはファルナの言うとおり、私と一緒に仕事が出来るのが嬉しいからなんだろうな、と思う。
あんなに一心に慕ってもらうのは落ち着かないけど、嬉しいと思う。好意を受け取るのはまだちょっと、戸惑うけれど。
「サランと話せて良かったね? ナヴル」
「はい」
気持ちがまだ浮かれていたのか、なんとなくナヴルにそんな声をかけてしまう。
ナヴルの返答する声はいつものと同じようで、けれど少しだけ違和感を感じるような声色だった。
「……俺は、変われているんでしょうか?」
ぽつりと、そう零すように呟いた。それは問いかけたかったと言うより、心の声が外にそのまま出てしまったような疑念。
聞かなかったことにすることは出来たけど、私もつい返事をしてしまった。
「私は変わる前のナヴルはよく知らないから。変わったと言えば変わったんだろうけど、よくわからないかな」
「…………」
「でも、今のナヴルのことなら言えることがある。貴方は騎士で、私の護衛で、魔巧局の一員。だから貴方は私の仲間だ。それは胸を張って言っていいんだよ」
私はナヴルよりも一歩、先に歩きながらそう言った。私の背中にナヴルの視線が向けられるのがわかったけれど、私は気にせずに歩いていく。
別にナヴルは返答を求めていた訳じゃないだろうし、私だってしっかり届けばとも思わなかった。
「……ありがとうございます」
それでも私たちは互いの意思を汲み取ろうとするんだろう。それはきっと、私たちがただの他人ではなく、もっと近しい距離にいる証だ。
サランのように真っ直ぐ言葉を届ける必要もあれば、察してくれるだろうと置いておく言葉だってあると思う。
もしナヴルが胸を張って私から認められたいという願いを口にするなら、私だって本心を詳らかにして語ろうと思う。
けれど、それはきっと今じゃない。そんな言葉は求められていない。だけど、何も言わないで伝わらないのも寂しい。
引いては押し寄せて、そして去っていく波のように。人の心と距離感は複雑怪奇で、それでも私たちは何度でも言葉を選ぶ。
「帰ろうか、ナヴル」
私たちが築き上げた、私たちの居場所へ。
「はい、アニスフィア王姉殿下」
いつものように丁重に返事をするナヴルを連れて、私は都庁へと向かう足に力を込めた。
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