第47話:出会いと意外な再会
「お初にお目にかかります、アニスフィア王姉殿下。この度は我がベリエ商会を贔屓にして頂き、まことにありがとうございます。更には魔学都市に最初に進出する名誉を賜れたことは、我が商会の誇りでございます。改めて自己紹介を、私の名前はヘンリー・ベリエ。この度、魔学都市の商会支部を与ることとなりました。どうかお見知りおきを」
「ようこそ、魔学都市へ。初の商会誘致ということでチャンスも苦労もいっぱいあると思うけれど、是非とも頑張って欲しい。皆、商品や娯楽に餓えているからね」
「はい。日々の生活の充実から、娯楽品まで。皆様にご満足頂ける品揃えをお約束致します」
ヘンリー・ベリエと名乗った彼は、年は三十歳半ばといった所だろうか。焦げ茶の髪にヨモギ色の瞳、体格はやややつれたような細身だ。顔付きは穏やかで、どこか愛嬌があって親しみを覚えやすい。
握手を交わした手はかさついていて、仕事に熱心になっている人の手だった。それが私の好感度を上げている。それでいて瞳には熱意が炎のように揺らめいている。穏やかそうに見えて熱い一面を持っている人のようだった。
ベリエ商会は、先日の魔学降誕祭でルークハイム皇帝の視察先に選んだ商会だ。品揃えも幅広く、質も良い。あの時点で最初に誘致する商会として目をつけていた訳だけど、魔学降誕祭においても優秀な実績を残したことが最後の一押しとなって決定された。
これで王家御用達の商会としてもベリエ商会は名を馳せていくことになる。大きな期待をかけられるのと同時に、それだけ注目も浴びるということだ。そのプレッシャーは大きいと思う。
ただ、このヘンリーなら難なくこなしそうな風格もあるので、私も今後を見守っていきたいと思う。
「アニスフィア王姉殿下、それで何か我等に望むものはございますでしょうか?」
「そうだねぇ……情報が欲しいかな」
「ほぅ。商品ではなく情報をお求めと」
ヘンリーは顎を撫でさすりながら相槌を打つ。私も頷いて言葉を重ねる。
「商会が困るような魔物なんかいたりしないかな? 流通に影響が出そうなものとかね」
「ふぅむ。そうですね……アニスフィア王姉殿下もご存知かと思いますが、王都に迫ったフェンリルの襲撃以降、差し迫った大きな脅威は確認しておりませんからな」
「そっかぁ」
「これも騎士団や冒険者が魔道具を手に取れるようになった影響とも言えるかもしれませんな。例年以上に間引きにも開拓にも力が入っていますから」
魔道具が騎士団や冒険者の手に渡るようになってから、以前よりも間引きや開拓に力が入っていることは、私も当然耳にしていた。
その影響なのか、最近はスタンピードが起きても小規模のものがほとんどだ。平和な時代になったと言えば良いことなんだけど、魔石を持っていそうな魔物は目撃されてないかぁ。
「もし魔物の情報をお求めなら、やはり冒険者ギルドでしょうな。私どもでは被害や発見の報せを受けてからとなりますので、先んじて発見していた場合もあるかと思います。そちらにお伺いをするのが良いかと」
「えぇ、この後に冒険者ギルドの支部の方に尋ねる予定だったんだよ。商会が困ってなさそうなら、それはそれで良いんだ」
「はい。……そうですね、アニスフィア王姉殿下にご満足頂ける情報かはわかりませぬが、少しだけ気になることが」
「気になること?」
穏やかな表情から一転、神妙な表情を浮かべるヘンリーに私は首を傾げた。
「これといって大きな被害が出ている訳ではないのですが……最近、未開拓であった南東地域の開拓が盛んなのはご存知ですね?」
「えぇ、勿論」
需要が上がった精霊石を手に入れる為、パレッティア王国では採掘地の開拓が急がれている。そこで目をつけられたのが南東の領地だ。
王都サーラテリアから見て、西にはアーイレン帝国との国境線があり、北には前人未踏の山脈群が屹立していて、その麓に主要な採掘地でもある黒の森がある。
そして東には北の山脈群から尾を垂れるようにして山が続いており、麓には黒の森のような深い森が広がっている。
しかし、黒の森に比べれば王都からの距離があって、魔物の被害も多く、どちらかと言えば防衛に徹することしか出来なかった領地だ。聞いた話だと、シャルネの実家であるパーシモン子爵領も東の位置に領地が存在する。
東でも更に奥まった南東は未開の地であり、辺境と呼ばれている。……アルくんが流刑されたのも、ここだ。
なのでパレッティア王国の西側は栄え、東側は廃れているという認識があったりもする。最近はその流れも変わりつつあるんだけどね。それこそ開拓に力が入ってるから。
「それで、それがどうかした?」
「まだ未開の地だからなのかもしれませんが、どうにも今まで見かけなかったような珍種の魔物も多いそうなのです。それを気にかけていた取引先がおりましたな、というだけの話です」
「……ふぅん?」
珍種の魔物ねぇ。まぁ、北と東で環境も違うかもしれないし、違いはあっても不思議じゃないけれど。
「もっと詳しい話をお知りになりたいなら、それこそ冒険者ギルドで聞かれた方がよろしいかと」
「ありがとう、参考にしてみるよ」
「はい。商品に留まらず、情報でもご満足頂けるように研鑽して参ります」
見事な営業スマイルを浮かべて、ヘンリーは慇懃に一礼をしてみせた。
* * *
ヘンリーと別れた後、次に向かったのは冒険者ギルドの支部。既に物の搬入が行われているようで、人が慌ただしく荷を下ろしている。
責任者を呼んで貰おうと手近な人に声をかけようとすると、見知った顔を見つけて私は目を丸くした。
「あれ、ファルナ?」
「あっ、アニス様! わざわざご足労頂き、ありがとうございます!」
ファルナも私に気付いて、笑みを浮かべながらこちらに向き直る。
長身だけど、気弱な性格からよく背を曲げてしまっているファルナだけど、今日の印象は随分と異なっていた。
いつもは無造作に流していた薄桃色の髪を結んで纏めていて、怯えが常に現れていた朱色の瞳は力に満ち溢れている。
「どうしてここに? もしかして……」
「はい! 今後はこちらの冒険者支部で働かせて頂きます! へへ、これからは支部長としてよろしくお願いします!」
「えぇぇえっ!? ファルナが支部長!?」
驚きのあまり、私は目を見開いて素っ頓狂な声を上げてしまう。あのファルナが支部長!?
「驚きました?」
「驚くよ、そりゃ!」
「それなら頑張った甲斐がありました」
照れた様子で微笑むファルナはぴんと背筋を伸ばして私を見る。背を伸ばすとファルナの顔を見るのに少し視線を上げなきゃいけなくなるので、それもまた新鮮だった。
「もう一度、アニス様と一緒にお仕事したかったんです」
「え?」
「もうアニス様が冒険者に戻ることはないと思いますが、それでも……私が憧れたのは貴方ですから。背中くらいなら追いかけられるかな、って」
「それで支部長に?」
「はい。私、元から裏方にも携わっていましたから仕組みはわかっていますし、支部長になれるように勉強もしました! 正式に決まったのは降誕祭の後なんですけどね」
ぺろ、と舌を出して茶目っ気たっぷりに笑うファルナはまるで別人のようだった。
気弱な性格で、その欠点さえなければ実力だってあるのだから冒険者ギルドの受付嬢として有能だったファルナだ。
私が冒険者ギルドで何かと仲良くしていたのはファルナだった。怒鳴り声を上げて絡んでくる冒険者をあしらったり、ギルドが頭を悩ませる案件を請け負ったりとか。
そんな懐かしい記憶がよぎる。いつも背を曲げて、怯えたように周囲を見渡していたファルナと見比べてどうだろうか。
「……そっか。立派になったねぇ」
ギルドの受付嬢が支部長になるだなんて、きっとそんな簡単な話じゃなかったと思う。
その上で、こんなに立派に振る舞うファルナがいるのだと思うと自然と笑みが浮かんできた。一緒に仕事をしたいから、なんて言われたら胸に温かいものが込み上げて来る。
「私一人だと、勿論ダメだったと思います。でも、手を貸してくれた人がいましたから。あ、アニス様もお会いになったことがある人ですよ! 副支部長を務めて貰う予定なので一緒にご挨拶しますね!」
「私が会ったことがある人?」
誰だろう? と首を傾げていると、ファルナが大きく背を伸ばしながら手を振った。そしてファルナが口にした名前を聞いて、私は驚きを隠せなかった。
「サラン! アニス様が来てますのでご挨拶をお願いします!」
「えっ!? サランって……サラン・メキ!?」
私が驚いている間にファルナに呼ばれた青年、それは間違いなくサラン・メキだった。
線が細く、華奢な男だ。灰色の髪を伸ばして首で一つに括っていて、眼鏡の向こうには冷静沈着を思わせる水色の瞳。以前会った時に感じられた幸薄そうな気配を除けば、まさしく彼に他ならなかった。
精霊契約者の情報を探っている時に冒険者ギルドに保護されていた彼と顔を合わせたことはあったけど、こうして顔を合わせるのはそれ以来のことだった。
思わず私は護衛として静かに佇んでいたナヴルへと視線を向けてしまった。ナヴルも驚いた表情を浮かべてサランを見ている。
「お久しぶりです、王姉殿下」
「う、うん。驚いたな、君が副支部長なの?」
「はい。……ナヴル様も、お久しぶりです」
「……あ、あぁ」
サランが丁重に頭を下げると、ナヴルが動揺したように返事をする。
「この度、ご縁がありましてファルナと共に魔学都市の冒険者ギルド支部を与ることとなりました。どうかよろしくお願いいたします。王姉殿下には、色々とご助力頂いたようでお礼を伝えたく思っておりました」
「それって君の家の話? それなら私というよりユフィだよ。もう例の貴族から狙われてるなんてことはないんだよね?」
サランが冒険者ギルドに身を寄せていたのは、かつては豪商と名を馳せた実家と、その実家と強く結びついた貴族の家との厄介な繋がりのせいだった。
金はあれども爵位はなく、権力を求めていたメキ大商会の会長。彼は孤児院の設立や就職の支援をしていたが、それを隠れ蓑に人身売買を行っていた悪党だった。
しかし、サランがレイニの婚約破棄に加担した一件で婚約破棄がなされ、貴族に婿入りをする話が流れた。その上で、その元婚約者の令嬢が彼を金で買おうとして逃げたのが発端だと言う。
ユフィが女王に即位してから、そういった犯罪行為に手を染めていた者たちの粛正も進められた。でも、それは国の為であってサランの為にだけやった訳じゃない。別に彼とはたまたま顔を合わせただけで縁もなかった訳だし。
「正式に家とは縁を切りました。ですので、もうサラン・メキではないのです。ギルド長に養子として迎え入れられまして」
「王都のギルド長に? あぁ、そうだったんだ!」
「はい。その後押しもあってファルナと共に支部を与ることになったんです」
「そっか、なんというか……不思議な縁の巡り合わせだねぇ」
あのサランが王都の冒険者ギルドのギルド長の養子になって、それで魔学都市の冒険者ギルドの副支部長を務めるなんてねぇ。
サランは華奢で細いから、ファルナと並ぶとファルナの方が背が高くてなんともちぐはぐな感じがある。二人を眺めていると、ファルナがモジモジし始めた。
「よ、良ければ少しお話しをしていかれませんか? その、護衛の方もサランとお知り合いなんですよね?」
「あぁ、うん。……そうだよね、ナヴル?」
「一応は……」
ナヴルはどこか気まずそうだけど、サランから視線を外せずにいるようだった。
サランも曖昧な苦笑を浮かべていて、二人の関係の複雑さを感じさせる。あまり互いに顔を合わせて良い記憶が浮かぶ間柄じゃないものねぇ。
「今後のことも少し話したいし、時間を頂こうかな」
「はい! では、こちらにどうぞ!」
どこか複雑そうにしているナヴルを肘で突きつつ、私たちは冒険者ギルドの中へと足を進めた。




