第46話:日常への回帰
慌ただしさに追われながらも、最後に振り返って見れば大盛況で終わった魔学降誕祭。けれど、祭りが終われば日常が戻って来る。
確かな手応えを感じる余韻もそこそこに。王国にもいつもの日々が戻ってきた頃、舞台は魔学都市。
そこで、また新たな歴史の転換点が生み出されようとしていた。
* * *
魔学都市、その都市から少し離れた平原に私はいた。私の他にも魔巧局の面々が揃っている。
一箇所に纏まっている私たちとは別に、少し離れた所で立っているのはシャルネだ。そのシャルネの手には〝弓〟が握られている。
今世で一般的に知られる弓とは異なるその弓は、私の前世で言うところのアーチェリーに使われる弓に形状が似ている。
弓を持つグリップ部分には魔石が組み込まれており、この弓が一目見て魔道具である事を示している。
「シャルネ、いつでもいいわよ」
「はい! 始めます!」
シャルネの様子を窺っていたティルティがそう声をかけると、シャルネが大きく返事をする。緊張しているのか、その声はどこか固い。
一度、弓を持ったまま脱力するように肩の力を抜くシャルネ。何度か深呼吸した後、ゆっくりと目を開いた彼女は弓を構えた。
「――――」
シャルネの視線の先には、的が設置されている。シャルネが視線を逸らさぬまま、構えた弓にもう片方の手を添えた。
弓とは称したものの、シャルネの持つ弓には弦が張られていなかった。しかし、シャルネの手の中に魔力で練られた矢が生み出され、その矢をつがえると魔力で編まれた弦が姿を現す。
その弦を引いて、シャルネが狙いを定める。次の瞬間、シャルネの持つ弓の魔石が輝き、雷鳴の音が響き始める。
同時に発生した雷は魔力の矢へと収束していき、シャルネが引く弦を軋ませる。雷音と同時に魔力の弦が乱れる奇妙な音が響いていき、奇妙な合奏となる。
「――――」
狙いを定めたのか、シャルネの表情が変わった。シャルネが矢を放とうとすると、それよりも先に矢の先端から雷が走る。
雷はそのまま複雑な曲線を描きながら的へと当たった。それとほぼ同時にシャルネは矢を解き放った。
閃光が眩く爆ぜ、遅れるようにして落雷の音が鼓膜を震わせる。そして、その次に響いたのは破砕音だった。
シャルネが放った矢は的に命中し、〝焼き抉る〟ようにして的を粉砕していた。自ら放った矢の行方を見届けたシャルネは、頬に汗を伝わせながらも静かに残心する。
名残のように残った放電が弓から放たれるも、静かに消えていく。轟音の後の静寂が耳に痛いほどだ。
「――お見事」
沈黙を破ったのはティルティの一声だった。私はティルティの声を聞いた瞬間、シャルネへと向かって駆け出した。
「シャルネーっ! 凄い、凄いじゃない! 成功、成功、大成功だよー!」
「ひゃぁっ!? あ、あの! 王姉殿下、落ち着いて……!」
シャルネを強く抱き締めると、シャルネが腕の中で藻掻く。照れているのがわかってしまうので、尚愛おしくなって抱き締めてしまう。
「お疲れさん、シャルネ。成功して何よりだ」
「トマスさん……! あの、王姉殿下を止めてください……!」
「……そいつは無理だな」
トマスも歩み寄ってきて、シャルネに労いの言葉をかけている。シャルネの懇願には苦笑しているけれど。
流石に恥ずかしくなったのか、抵抗が強くなったのでシャルネを解放する。ぴょん、と跳ねるように距離を取ったシャルネが乱れた髪を整えてからトマスへと向き直る。
「これもトマスさんとティルティ様が頑張ってくれたお陰です」
「うんうん。私が魔学降誕祭から戻って来ると、大まかな形が出来てたのには驚いたよ」
「あぁ。それから微調整を繰り返して……この〝魔弓〟が完成した訳だがな」
以前からシャルネがフェンリルの魔石を利用出来るように構想を温めていた魔道具。天然の魔石を利用する際、使用者の魔力が魔石によって塗り替えられてしまい、制御が難しくなるという問題を解決する為に試行錯誤を続けていた。
その試行錯誤の結果が形になったのがこの〝魔弓〟である。
「弓とは言っても、弓の形をしているだけの〝魔杖〟とも言えなくもないけどね」
ティルティも傍に寄ってきて、魔弓を見つめながらそう言った。
「それを言ったらマナ・ブレイドも似たようなものじゃない?」
「魔法を媒体に合わせて使う為に最適化した形態と言うのなら、そうかもね。それにしても形になったのは、なかなか感慨深いものね」
ほぅ、と息を吐きながらティルティはシャルネへと視線を移す。シャルネを見つめるティルティの視線は妙に楽しそうだ。
「勿論、開発も力を尽くしたと自負はするけれど、何よりシャルネの制御があって初めて実現したのよ。これには胸を張って良いわよ」
「はい! あれから雷の魔法や、魔石の染色魔力の性質を色々と調べて……本当に成功して良かったです」
喜びよりも安堵の方が大きいのか、シャルネは胸を撫で下ろしながらそう言った。
「でも、矢も魔法で代用したのね? 最初は精霊石の塗装を施した矢を用意するって話をしてたと思うけど」
「はい。でも、それも結局精霊石を消費するのには代わりはないですし、ちゃんと型さえ決めてしまえば染色魔力を体外に放出するには都合が良かったんですよね」
「なるほど」
塗料に使うなら精霊石の消費は抑えられると言っても、その必要がないならより抑えたい。魔法で代用するのをシャルネが納得しているならそれでいいか。
「マナ・ブレイドの派生でもあるから、矢の威力や形状は使用者であるシャルネの調整次第だ。矢という形状には固定されるが、その分だけ威力や射程は普通の魔法に比べて上回れると考えても良いだろう」
「うんうん、トマスは相変わらず良い仕事をするね!」
「シャルネの腕や発想、知恵を貸してくれたティルティ様あってのことだ。俺はただ仕立てただけに過ぎない」
謙遜するようにトマスが言うけれど、トマスが真摯に向き合ってくれるからこそだと私は思う。
こうして天然魔石を用いた武器、その最初の試作一号である魔弓〝ケラヴノス〟が完成するのであった。
* * *
「それでは、魔巧局による魔石を用いた魔道具、その第一号となったケラヴノスの完成と成功を祝いまして、乾杯!」
『乾杯!』
大きく明るい声、または控え目な乾杯が唱和され、グラスが軽く打ち鳴らされる。
魔学都市の都庁、その一室ではいつもより豪勢な料理が並べられている。バイキング形式で出された料理や飲み物を自由に飲み食いすることが出来る。
最初の試作品となったケラヴノスの完成、それを祝っての小さな祝賀会。皆の表情はどこか緩んでいて、穏やかだった。
「いやぁ、なんというか本当に大変だったな。俺、あんまり製作自体には貢献してないけど。シャルネたちは本当にお疲れ様だ」
「いえいえ、そんな……」
「ガッくんは私の護衛が主な仕事だからちゃんと務めは果たしてるよ。開発はトマスやティルティたちの仕事だから適材適所だよ」
「えぇ、なかなか得難い経験をさせて貰ったわ。悪くないものね、こういうのも」
シャルネを褒め称えるガッくんと、照れているのかモジモジとしているシャルネ。二人と一緒に言葉を交わしていると、ワイングラスを揺らしながらティルティがやってきた。
ほろ酔いと言った具合なのか、不健康とすら思える白い肌はちょっと朱色に染まっている。目も少しだけとろんと下がっていて、ティルティにしては珍しく雰囲気がとても柔らかい。
「私が降誕祭の手続きもあって離れたから、開発は途中でティルティとトマスに頼ることになったけど、そればかりは少し申し訳なかったかな」
「何を言ってるのよ。そんなの今さら、というか昔からそうでしょうに。貴方はちゃんと自分が出来ない仕事は他人に振り分けてるの。王族なんだから、むしろその方が自然でしょうが」
「そうかなぁ」
「そうでしょうとも」
言われればそれもそうか。マナ・ブレイドだって剣ばかりは自分で用意出来ないし、製作はトマスに頼っていたし、刻印紋の前に使ってた魔薬はティルティと共同研究で調合したものだ。
そう考えると私一人で成し遂げてきた功績というのは意外と少ないんじゃないかと思う。なのに人嫌いというか、一人で生きてたような気になってたのは我ながら恥ずかしいというか、若かったんだなぁ、と今なら振り返ることが出来た。
「……なんか、やっぱりこういうの良いな」
「ん?」
「頼れる人に素直に頼って、一緒に夢を追いかけて、こうして語り合って、笑い合えるってのが」
「随分と感傷的じゃない。飲んでるの?」
「少しだけね」
魔学降誕祭で見た光景も感動したけれど、魔巧局の皆と一緒にこうしてお祝いしたり、一緒に何かを作ったりするのは本当に楽しいし、かけがえのない物だって思える。
ユフィが離宮に来る前、自分にこんな未来が来ることなんて想像したことがあっただろうか?
うん、ないと思う。こんな未来を望める程、私は社会も世界も、そして隣人すらも知らなかったから。
「知っていたように思えて、見落としてるものはいっぱいか」
私は今、とても人生を楽しんでいるという実感がある。この喜びを一緒に分かち合える人がいる。そんな幸せを感じる度にどうしても頬が緩んでしまう。
私にそんな変革をもたらしてくれたユフィは、今は何をしているだろうか。魔学降誕祭が終わって日常に戻りつつある私たちだけど、それでも日々忙しいことに変わりはない。
「そういえばアニス様、魔学都市も大分完成に近づいてるとは聞いていたけれど、近く何か大きな動きがあるの?」
「あぁ、うん。実は商会の誘致と、それから冒険者ギルドの支部の設置が決まったんだ。この前、私とドラグス伯に書簡が届いてた」
「商会に冒険者ギルドの支部ねぇ? それは一気に街らしくなりそうね」
今まで魔学都市に入ってくる物資というのは、騎士団が運搬してくるものや定期的に訪れたり、旅の途中で足を運んだ行商人から購入したものだった。
そこで商会の設立だ。魔学都市の形も整ってきたし、魔学降誕祭で名を上げた商会を、名誉ある一号として魔学都市に置いて良いという話は以前から決まっていた。
魔学降誕祭も終わり、選ばれた商会も魔学都市の支部へ送り出す人員を決める必要が出てきた。その準備が整った旨が王都から届いたという訳だ。
「商会が入るなら冒険者ギルドも頃合いかなと思ってね。そっちも支部に送り出す人を決めて、商会が入ってくるのとほぼ同時に来る予定だよ」
「賑やかになりそうじゃない。今後の開発に魔物の情報は得ておきたいしね」
魔物の情報は騎士が回しているものもあるけれど、緊急性がないとなかなか出回らないという難点もある。
そこで行商人や冒険者が、私にとっては大事な情報源だ。冒険者時代は人伝に聞いた情報で魔物を探しにいったこともあるしね。
それに私にはちょっと探したいものがあった。その為に情報源となる商会と冒険者ギルドが入って来てくれるのは望ましいことだ。
「上手いこと、ガッくんに合いそうな魔石持ちが見つかれば良いんだけどなぁ」
「あぁ……手持ちの魔石だとダメだったのよね?」
「うん、そうなんだよね。だから次はナヴルの人工魔石の魔道具が優先されるってことになったし、それでちょっと落ち込んでたみたいだからさ」
「そうねぇ……」
声を落として囁くように言った私に、ちらり、とティルティが視線をズラす。その先にはシャルネの頭を笑いながら撫でるガッくんの姿がある。
「……見つからなければ人工魔石のものを渡すで良いのかしら?」
「うーん、まぁ、そうかな。正直、ケラヴノスが完成したから急いで魔石を用いて作る必要もないかな、って。どうしても魔石を魔道具に仕立てると専用品になっちゃうし」
「それもそうね。まぁ、こればかりは巡り合わせだもの。貴方が気にかけることでもないわよ」
ぽん、と肩を叩いてティルティが言ってくる。今日は珍しいことばかりするティルティだった。
「……ティルティ、あなた本物? 実は偽物だったりする?」
「ぶたれたいのかしら?」
おずおずと問いかけてみると、返ってきたのはティルティらしからぬ威力があった肘打ちだった。あ、これ酔って手加減が出来てないだけの奴だ! めちゃくちゃ痛い!
そんな小さな騒ぎもありながら、ささやかな宴は楽しく過ぎていくのだった。
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