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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
第2部 第4章:王姉殿下と魔学降誕祭
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第44話:幸福の在り方

 慌ただしく、騒がしく、賑やかに。そんな魔学降誕祭も大いに盛り上がりながら最終日を迎えた。

 勿論、まったくトラブルが起きなかったという訳にはいかなかったらしい。でも、私に届いたのはどんなトラブルが起きて、どうやって解決したのかという事後報告だけだった。

 トラブルが起きても担当者が冷静に対応して、何とか無事に収めたと聞いてホッとしたものだ。本当に、今回の魔学降誕祭は皆の頑張りによって盛り上がっているといっても間違いじゃないと思う。

 皆がそうして頑張ってるんだから、私も王族として出来ることはやらないとね。具体的には立ち振る舞いに気をつけたりとか、ドレスを長時間着ているのとか。

 今日の予定は、魔道具の製法で作りあげた楽器による演奏会。そして、その後は貴族の夜会に出席する流れだ。結構な長丁場なので気合いを入れないと。


「アニス、準備は大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫だよ」


 イリアにドレスに着替えさせて貰って、化粧をしたり髪を結ってもらって準備完了。そのタイミングに合わせてレイニを伴ったユフィがやってくる。

 ここからは演奏会に出席し、そのまま夜会に参加する流れだから休みがない。なので演奏会が始まるまで私たちは離宮で待機していた。


「本当、父上たちがルークハイム皇帝の相手をしてくれてて良かったね……」

「そうですね。本来、歓待するなら私の仕事でもおかしくなかったですし」

「流石にユフィも倒れちゃうよ」


 パレッティア王国として迎え入れたい気持ちはあっても、対応しなきゃいけない労力を考えればユフィの負担が大きかった。その負担を父上たちが肩代わりしてくれたのはユフィにとっても良かったと思う。

 そして、この苦労もあと少しだ。夜会まで進めて、最後ルークハイム皇帝に〝魔剣〟を渡せば肩の荷は下りる。それまでは辛抱だね。


「大変ではありますが、やり甲斐はあります。それに貴族達にとっても羽を伸ばす行事でもありますし、もうひと頑張りですね」

「うん! それじゃあ、行こう。ユフィ」


 さぁ、祭りの最後の一日を楽しもうか。



 * * *



 城下町の大広場。貴族街との境から少し進んだ先にある大広場は、普段は民に向けて大きな発表があったりした時に使われる。他にも民の間での催しとかにも使われているので、いわゆるイベント会場と言うべきものだ。

 今、この大広場には人がたくさん集まっていた。演奏会は事前に告知されていたし、何より民に向けて公開されるのは今日が初めてだ。だからこその注目度とも言えるのかもしれない。


「魔道具の楽器だから、魔楽器だっけ?」

「そうですね。わかりやすいので、そう呼んでいます」

「じゃあ魔楽器を使って演奏する楽団はなんて名前をつければ良いんだろうね?」

「……魔奏楽団、とかでしょうか?」

「ラングに今度、聞いてみようか」


 待機の間、私とユフィは護衛に守られながら演奏の開始時間を待っていた。この時間が思ったよりも長くて退屈だ。時間に余裕をもった進行なのは良いんだけど、ドレスがやっぱり重い。

 もっと軽いドレスとか作れないかな……布から見直すとか? ユフィに任せっきりにするとドレスで恥ずかしい目に遭わされることに気付いたし、今度は自分でちゃんと考えないと……。


「いっそ騎士服ワンピースドレスの正装版とか……」

「おぉ、アニスフィア姫! それにユフィリア女王! 先に着いていたのか」


 私が思考に沈んでいるとルークハイム皇帝の声が聞こえてきた。顔を上げれば満面の笑みを浮かべてこちらに向かって来るルークハイム皇帝の姿が見えた。

 やや早足気味なので、ファルガーナ様と護衛騎士たちが少し困った様子で後を追っている。そんな帝国の人たちの姿を見ると苦笑が浮かんでしまう。


「ルークハイム皇帝、ご機嫌よう」

「うむ! いやはや、この数日間楽しませて貰ってばかりで申し訳なく、そして羨ましい限りだ! 今日の催しも、耳にしてからというもの楽しみで仕方なかったぞ!」

「それは何よりで……」


 相変わらずこの皇帝様は元気だな、と半目になりそうなのを堪える。父上たち、ずっとこの皇帝に振り回されてたのか、大変だったろうな……。


「……アニスで慣れてるから大丈夫だと思いますよ」

「……ユフィ、人の心を読まないで。あと、それはどういう意味で?」

「胸に手を当てて考えれば、自然とわかるでしょう?」


 ……な、何も言えない! 今度、父上たちに親孝行をしよう、そうしよう……普段からいつもお世話になっていることに感謝を伝えよう……。

 私が微妙な表情をしていると、似たような微妙な表情をしていたファルガーナ様と目が合った。


「……なんか、すまない」

「うぅん……こっちこそ……」


 いや、私の場合は自業自得というか、人のふり見て我がふり直せというか……。

 なんとなく薄々思ってたけど、ルークハイム皇帝の人を振り回している姿に感じる既視感の正体がまさか自分だとはね……。


「むっ! そろそろ始まるようだぞ!」


 私たちの様子なんてまるで気にした様子もなかったルークハイム皇帝が、期待に満ちた声を上げる。

 大広場にはステージが組み上げられていて、そこに魔楽器を持った楽団が登壇していく。司会の挨拶で楽団の紹介が行われる。


「本日はユフィリア女王陛下、アニスフィア王姉殿下、更にアーイレン帝国よりルークハイム皇帝陛下、ファルガーナ皇弟殿下をお招きしております。この良き日を迎えられた事を心より精霊に感謝をし、祈りを捧げたく思います」


 王族、ならびに皇族が演奏会に参加するにあたって用意された一角に集まった人たちの視線が集まる。ルークハイム皇帝やファルガーナ様の紹介があると、少しどよめきが走る。

 他国の皇族が平民たちの祭りを見に来てるって、やっぱり普通は驚くよね。でも、そんな驚きのどよめきも演奏が始まる時間になって静まり返っていく。


「アニスフィア王姉殿下が提唱し、今やこの国の新たな風となる魔道具。その技術で製作された楽器による、精霊へ捧げる一曲となります」


 紹介が終わり、司会の視線が指揮者へと向けられる。指揮者が一つ頷くと、指揮棒を上げて演奏が開始された。

 各種精霊を表したかのような六色の楽器、楽士達が指揮に合わせて演奏を始めると、静まり返った大広場に音色が広がっていく。

 今回、楽士達によって演奏されている曲は精霊への賛美歌だ。昔からパレッティア王国に伝わる曲で、歌詞は初代国王と精霊の出会いから語られる。

 歌を通して初代国王と精霊の出会い、そして精霊から授けられたという教えを伝えていくためのもの。曲調は穏やかながらも、ゆっくりと壮大さを増していく。

 けれど、根幹にあるものが穏やかである事には変わりない。パレッティア王国の民にとって昔から慣れ親しんだ歌だから馴染みも深く、聞けば心が穏やかになっていくと評判だ。


(……一時期、私は凄く嫌いだったけど)


 精霊から授けられた教えを、精霊の素晴らしさを、世界は美しいと讃えるこの歌が私は昔、嫌いだった。

 世界は美しいと精霊は魔法を通して教えてくれた。けれど、魔法を使えない私には世界の美しさなんてわからなかった。

 お前にわかる訳ない、と言われたみたいでこの曲が嫌いになった。ただ、誤解というか、それはあくまで貴族的な解釈がされていたからそう聞こえただけだったという事が後になってわかった。

 冒険者として活動するようになり、平民の生活にも触れる機会が増えて、その時に偶々知った本来の意味での歌詞。

 そこに魔法への賛美はなかった。あるのはただ精霊は世界と共にあり、精霊は世界の現し身であり、故にこそ美しいのだと。本来の歌詞を知って、ようやくこの曲が好きになれた。

 貴族と平民では受け取り方は少し違うかもしれない。それでも、この曲はパレッティア王国の民であれば親しみを覚えるものであることに変わりない。


「……ぁ」


 演奏に聴き入っていると、不意に視界の端を光が掠めたような気がした。釣られるように視線を向けると、最初はホタルの光のように小さな光がぽつぽつと現れだした。

 白、紫、赤、黄、青、緑。六色の光は演奏に合わせて揺れるように発光している。その光景を見た人たちにざわめきが起き始める。

 光が尾を引くように残し、その残光から鱗粉のように光がキラキラと降り注いでいく。演奏会を見に来ていた子供の一人が降り注ぐ光に手を伸ばし、負けないぐらいのキラキラとした笑顔を浮かべているのが見えた。

 誰もが目視できるようになった精霊に目を奪われる中、演奏が佳境へと入る。すると精霊の光は演奏者たちの周囲に集まるようにして飛んでいく。

 不規則なイルミネーションのように揺らめいていた精霊達が、曲に合わせて姿を変えるように。――そして、集まった精霊の光が弾けた。一瞬、目が眩むような発光現象の後、演奏者たちの頭上には美しい〝虹〟がかかっていた。

 虹の橋からは祝福するかのようにキラキラと精霊の残したと思われる光が降り注いでいる。思わず溜息が出るほどに美しい光景だ。

 光が降り注ぐ中、演奏がゆっくりと終わる。そして演奏者たちが一礼をするのと同時に歓声が爆発した。惜しみない拍手と、熱狂した民たちの称賛の嵐が、演奏者たちへと届けられる。

 演奏者たちも満足げに微笑んで、もう一度深々と一礼をした。会場で響き続ける拍手の音は一向に止まる気配を見せない。


(さて、ルークハイム皇帝の反応はどうだろう?)


 そういえばさっきから皇帝が静かだな、と思って気楽な気持ちでルークハイム皇帝の方へと視線を向けて、私はギョッとした。

 まるで能面のような顔をしたルークハイム皇帝という、予想していない表情だったからだ。


「……ルークハイム皇帝?」

「……む。あぁ、すまない。少し意識を飛ばしていたか」


 私が声をかけるとルークハイム皇帝は気まずそうな表情を浮かべた。声をかけたことで私に視線が向いたけど、その視線は再び拍手を送られている演奏者たちに向けられる。


「……凄まじいものを見たな」

「凄まじい、ですか?」

「あぁ。……価値観を塗り替えられるような、そんな衝撃だ。魔学降誕祭を視察してから何度か感じていたことだったが、今日のはより一層響いたな」


 そう語るルークハイム皇帝の表情は険しいままだった。その視線は演奏者や拍手を続けている人たちに向けられている筈なのに、どこか遠くを見ているようにも見える。

 重苦しい雰囲気を纏うルークハイム皇帝が心配になって、傍らのファルガーナ様を見ると、彼も何とも言えないような、困った表情を浮かべていた。

 更には二人の護衛である帝国の騎士たちも似たり寄ったりの反応をしている。思わず困ってしまった私がユフィを見ると、私と同じように困惑しているのがわかった。


「……決して悪くはないんだがな。だが、良いとも言い切れない。我ながら漠然としているな」

「ルークハイム皇帝……?」

「国が違えば風習も、文化も、何もかも違うことがある。民の幸福も一つに絞ることなどできない。それぞれの民が幸福に見えるのなら、それは形が違えども正しいのだ。私が歩いてきた道に恥じることなどないと、胸を張って生きてきた。アーイレン帝国の皇帝として、為さなければならない課題は多くあれどもパレッティア王国に劣ることはないのだと」


 淡々と語るルークハイム皇帝から感じる印象を。一体どのように表現すれば良いのかわからなかった。それはもしかしたら、ルークハイム皇帝自身もこの光景に何を思ったのかを明確に出来ていないからなのかもしれない。

 だから、ただ感じたことをそのまま口にするようにルークハイム皇帝は続ける。


「民が幸福に笑い、夢中になるほど熱狂する。それは胸が躍るような、そして胸がすくようなものを感じさせてくれる。私が民の幸福だと定義するものの一つだ。過程は違えども帝国にもこんな光景はある。あるのだが……――あぁ、そうだ。悔しいな。悔しいのだな、私は」


 それは羨望であり。そして嫉妬だった。キラキラとした美しいものに憧れ、そして焦がれるような、正負が入り交じった思い。

 ルークハイム皇帝の表情が険しいのも、そんな複雑な思いが胸を占めているからなんだろう。


「私とて、帝国の民にこの光景を与えたかった。そして道半ばながら少しずつでも達成している手応えはある。だが、そこに至る過程に……嫉妬してしまうな」

「過程に、ですか?」

「私は戦で勝利することでしか、この幸福な熱狂を民に与えられていないのだ」


 思わず私は息を呑んでしまった。同じようにユフィも息を呑み、そして同時に表情を引き締めていた。


「……ルークハイム皇帝」

「ユフィリア女王。心底、貴方の運命が羨ましい。つい、この輝きが手中に収められるのであれば、と一瞬でも考えてしまう程に。だが、それではこの輝きは手に入らないのだ。だからこそ羨んでしまう」


 ルークハイム皇帝が目を細める。その目はどこか寂しそうだった。そして、疲れ切ってしまったように哀愁を漂わせている。


「私は……――俺は、戦が嫌いだ」


 はっきりと、ルークハイム皇帝はそう言い切った。哀愁を感じさせる表情の中に、ふつふつと煮え立つような怒りすらも滲ませながら。


「父は戦乱を良しとし、覇道のままに帝国を大きくした。権威を、領土を、欲望を満たすためにあの男は進み続けた。その道に多くの犠牲を積み重ねながら。戦乱は人の命を容易く奪い、正気を失わせる。そして多くの命が散っていった。その中には、俺が友と呼べる者もいたさ。戦でしか勝ち取れないものもある、だが戦では多くのものが失われてしまう。そうして失いながらも勝ち取った熱狂を、この国はたかが歌一つで成し遂げるだと? ――なんだ、それは。笑ってしまうじゃないか」


 吹き出すように笑い、肩を震わせるルークハイム皇帝にどんな言葉をかければ良いのかわからず、私はただ黙るしか出来なかった。

 ルークハイム皇帝の隣でファルガーナ様が静かに目を閉じている。帝国の騎士たちも何とも言えない表情を浮かべている。その胸に募る思いを、私は理解してあげられそうになかった。



「簡単なことだと笑わないさ。文化を守り、育み、伝え続けることにも、戦乱を勝ち抜くのとはまた違う苦難があったのだろう。だが、それは育ちが異なる俺には理解しきれないものだ。だが、だからこそ……遠いな。流血も勝利もなしに笑う民たちが、帝国では為し得ぬ光景が。俺には――心底、羨ましい」


 


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