第40話:その理由に名前をつけるなら
今回の魔学降誕祭は、魔道具を民に広める機会として開催された。主に民に向けた催しではあるけれど、祭りに足を運ぶ人の中には裕福な商人や貴族といった者達もいる。
そんな富裕層に向けて開かれた店がある。それが今回、ルークハイム皇帝と共に訪れる視察先として選ばれることになった。
私も初めて足を運ぶ商会は、最近になって急成長を遂げているらしく、今回の視察先に選ばれた。馬車を降りて店舗に足を踏み入れると、私は思わず感嘆の息を零してしまった。
店舗に並べられている魔道具は一見、魔道具とは思えない綺麗な装飾を施されたインテリアに見えたからだ。そんな感想を抱いたのは私だけじゃなくて、ルークハイム皇帝も同じだったみたいだ。
「これが魔道具なのか? 一見、インテリアにしか見えないが……」
「はい、ルークハイム皇帝陛下。こちらは室内での使用を想定した魔道具となっております。魔道具として使用する事は勿論、インテリアとしても機能するデザインを職人達が考案したものとなっております」
「ふむ。この小さな風車を収めたような箱はなんだ?」
「こちらは〝風車箱〟と名前をつけております。本来、風車とは風の力を受けて回転するものですが、こちらの商品は風の魔石を利用する事で風を起こすことができます。室内の空気を循環させ、快適な室内を生み出すことを目的としております」
「ほう……この風車が回ることで、風車の外縁の細工もゆっくりと回転しているのか。これは眺めていても楽しいものだな」
風車箱、というのは箱の中に風車が組み込まれたようなものだった。風の魔石で風を吐き出して使う用途のもので、前世のサーキュレーターを思わせる。
風車が回ると、風車を収めている枠の外縁が一緒に回転して美しい動きを見せている。これならインテリアとして置いていても見栄えがしそうだ。
「使うことだけを目的とした平民向けの細工が簡単なものもございますが、こちらの商品は富豪や貴族様が使っても見栄えが良いようにと、職人達が魔道具の仕組みを利用して生み出した商品となります」
「ふむ、風を吹き出す箱か……日差しが強くなる時期には重宝しそうだな」
「はい、パレッティア王国では雨期になると湿気も強くなりますので、そうした湿った空気を少しでも払拭したいという思いから作り上げられたものとなります。もう少し小型にしたもので、持ち運びや携帯が可能なものも制作中です」
「それは嬉しいね! 炎天下で作業をする時にあったら喜ばれそう!」
私もついワクワクした気持ちでルークハイム皇帝に説明をしていた店主との会話に混ざってしまう。
「店主、他にはどういった魔道具があるのか紹介してくれないか」
「はい、仰せのままに」
ルークハイム皇帝の要望に応えて、店長が店に並べられていた魔道具について説明をしてくれた。
紹介された魔道具は私の前世の記憶を刺激する。前世で当たり前のように存在していた道具を思わせるものや、よく似たものがあったからだ。
例えば、冷蔵庫やストーブを思わせる生活と切っても切り離せないもの。これは魔学が広まった初期の頃から開発されて、今は機能を拡張したものが我先にと職人の間で競われている。
例えば、楽器の鍵盤を応用して作られたタイプライターのようなもの。元々はハルフィスが書類作業を楽にする為に作ったものだけど、今では商人の間でも広まりつつある。
他にも持ち運びが可能なコンロだとか、前世の便利な道具が更に便利になったような道具まで様々だ。これらの道具の発展には、やはり遠征に向かう騎士や冒険者達からの要望があったというのが大きいと思う。
私自身が魔道具を直接生み出すのを控えるようになって、もう二年近い時間が経過している。その間に私が手を出さなくても、これだけの魔道具が作られるようになっていたという現実に思わず頬が緩む。
「ふむ、この〝冷蔵箱〟はいいな……外でキンキンに冷やした酒を持ち運べば、野外での食事も楽しめそうだ……」
「〝携帯炉〟もあれば火を起こす手間も省ける……これ、帝国に持ち帰りたい……むしろ私用で持っておきたい……」
「悪くない、いや、むしろ良いな! ファル! くっ、途端に麦酒が飲みたくなってきたぞ……!」
「……キンキンに冷えた麦酒……腸詰め肉とかなら保存や持ち運びも良いですね……」
「アニスフィア姫! わかってくれるか!」
「室内で飲むなら、暑い日に風車箱の前で風を感じながら一杯やるのも……」
「むぅっ! それ以上はいけない、アニスフィア王女! 涎が出てくる奴だ……!」
つい麦酒が話題に出たので食いついてしまった。パレッティア王国で主流なのはワインだけど、私は本当は麦酒の方が好きなんだよね……! でもパレッティア王国ではそんなに麦酒は生産されてない。
アーイレン帝国の領土の中には麦酒が盛んな地域があって、帝国内で広く流通されていると聞いたことがある。あぁ、いいなぁ、お酒はそんなに得意じゃないけど麦酒はつい飲みたくなっちゃうんだよね……!
これだけ持ち運びが容易な道具があれば野外でお酒を飲むのも楽しそう……! くっ、まだ身軽な時期だったら絶対やってた……!
「むぅ……! しかし、価格もなかなか高値だが……これはあくまで貴族などの富豪層向けで装飾を施した商品だという話だな。もっと安価に取引されているものもあるということか……」
「えぇ、あくまでこちらは見栄えも凝った一品となっております。同じ魔道具でも、使うだけのものと、見ることも楽しむものと生産が分かれております。これにより職人達の雇用も活発になっており、女王陛下と王姉殿下にはまことに感謝しております」
軽く揉み手をしながらにこやかに笑いながら店長が言う。
ただ魔道具を量産するだけなら装飾を凝る必要はない。でも、やっぱり他とは違う特別感というのはお金を持つ人達にとっては自らの財産を誇る一環でもあるし、職人達の仕事の拡大にも繋がる。
装飾を凝ることが出来る職人には高級品の依頼を、機能だけ優先した大量生産に向いている職人は平民向けのものを。そうして需要を増やすことによって雇用の機会を増やしていく。
経済が動けば人もまた動く。人が動けば、その人が力を発揮することもある。そうして新しいものが生まれ、それが刺激になって活性化していく。
なんとか理想通りに私の想い描いていたことが実現しているのを感じ取ることが出来れば、やはり嬉しいなって思ってしまう。
「……なるほど、やはり視察に来て正解だったな」
「ルークハイム皇帝?」
「帝国が危惧していたのは戦力の増強、つまり武器や防具として使われる魔道具にばかり関心が向けられていたが……真に驚嘆すべきは、この魔道具の幅の広さだな」
真剣な表情でルークハイム皇帝は魔道具を眺めながら言葉を続ける。
「民の生活から、国を守る騎士や冒険者達の基盤を支えてゆくもの。それこそが魔道具の価値と言えよう。豊富な精霊資源と、その精霊資源を活かすことが出来る技術があってこそ生み出されたものなのだな……」
「……はい。これが、私がこの国で自慢出来る〝魔法〟です」
私の言葉に一歩控えて様子を見守っていたユフィが息を呑んだ気配がした。でもそれは一瞬で、すぐに微笑ましい空気に変わったのがわかった。
ルークハイム皇帝も私へと視線を向けるけど、私は誇らしく胸を張ることが出来てると思う。今、誰よりも胸を張って私は言うことが出来ると思うから。
「魔法は精霊の力を借り受け、巨大な敵を倒すだけのものじゃありません。精霊は、世界とは、私たちに常にいつも何かを語りかけてくれています。ただ、そこにあるだけで私たちは多くを学ぶことができる。勿論、無理なことだってあります。それでも不可能を可能にするために人は進み続けることができます。私は――それこそを〝魔法〟と呼びたいのです」
ユフィと出会うまで、ここまで胸を張って魔法と言うことは出来なかった。それでも私は今なら迷わずに告げることができる。
これこそが私の魔法。この国で叶えたかった奇跡の形、私の夢見た理想だ。魔法は決して力としての象徴であることが全てじゃない。未来に希望を感じさせることが魔法の真価だって、私はそう信じたい。
「……ユフィリア女王。ただ一度だけ、私に機会を頂きたい」
「……? ルークハイム皇帝?」
私の言葉に神妙な顔を浮かべていたルークハイム皇帝がユフィに静かに語りかける。そんなルークハイム皇帝の様子にユフィは少し困惑したように眉を寄せたようだった。
そんなユフィを敢えて気に留めていないかのように、ルークハイム皇帝は私へと真っ直ぐに視線を向けて来た。その瞳には焦がれるような、まるで呑み込まれそうなほどの熱が込められていることに気付いた。
「アニスフィア姫。――もし貴方が欲しいと言えば、私はどれだけの物を積めば貴方を帝国に迎えることが出来るだろうか」
「…………え?」
「姫の思いも、魔法にかける情熱も、姫が姫たる由縁も、このパレッティア王国で育まれたものなのだろう。それも全て踏まえた上で、私はやはり貴方を帝国に迎え入れたいと思ったのだ。届かぬ思いと知っても口にする浅はかさを笑ってくれても構わない。しかし、諦めきれない故にどうか聞かせて欲しい」
体の芯に響くようなルークハイム皇帝の声に、私は心臓を掴まれたような心地になる。こんな風に執着されたことなんてない。
執着してくれているというのならユフィを思い出す。けれど、これはユフィが私に向けるものとは、また違う熱意だった。
ユフィの執着は、優しく私を包んで絡め取ろうとするような暖かなもの。けれど、ルークハイム皇帝の執着は私を呑み込まんとするような炎のような情熱を感じさせる。
「姫がこの国でどう呼ばれていたか、ユフィリア女王が即位するまでどういう扱いだったかは聞き及んでいる。今ではそれを忘れさせるほどの姫の功績を、パレッティア王国の多くの者達が認めているだろう。しかし、それでも姫が虐げられてきた事実までは消せない」
「…………」
「この魔道具の功績を魔法だと言うのであれば、それこそ尚更だ。アニスフィア姫、何故そのように在ることが出来る? それはこの王国でしか叶わないことか? 帝国に来て頂く為に、私は王国以上の何を差し出せば良い? 帝国ではなく、この王国であらなければならない理由はあるのか?」
ルークハイム皇帝の問いかけに私は止めていた息を思い出す。
一度目を閉じて、ゆっくりと息を吸う。再度、開かれた私の瞳にきっともう迷いはない。
私は様子を見守っていたユフィの隣に立って、少し驚いたように目を見開いているユフィの手を取る。そのまま指を絡めて、離さないように握り合わせる。
「――理由は、きっと運命だったから。今日までの人生も、今日までの出会いも、全部。確かに苦しくて、辛いこともたくさんあった。でも、そんな時に出会えたのが……ユフィだった。ユフィが私に、私が愛されてることを教えてくれた。もっと愛されて良いと言ってくれた。今も、こんなにも愛して貰ってる。だから地位でも、名誉でも、そんなものじゃ代えられない。今のパレッティア王国でなければならない理由は、私達がこの国に生まれて、この国で出会ったから。だから帝国じゃ叶わないんです」
「……なるほど。運命、か」
「はい。王女として生まれたことも、今までなかなか認めてもらえなかったことも全部、今を幸せに思う為にあったんだと信じたい。その思いを一番に分かち合いたいのはユフィですから」
「……なるほど、それは覆りそうにもないな」
力を抜いて、肩を竦めながらルークハイム皇帝は笑った。
「……ルークハイム皇帝。私も、アニスがアニスだからこそ女王という頂きに至りました。女王としての責務や、覚悟も当然あります。しかし、それは何よりアニスの為です。アニスこそが私の唯一なのです」
「あぁ、わかっている。いや、よく理解させられたとも。……羨ましい限りだ。心より敬意を表するよ。焦がれそうになるほど魅力的で参ってしまうな」
ユフィの言葉に苦笑を浮かべて笑っていたルークハイム皇帝。けれど、すぐに居住まいを正して真っ正面から私達を見つめる。
その瞳には好意と、同じぐらいに好戦的なものを感じさせる獰猛なものだった。
「しかし、私にも皇帝として背負うべきものがある。同じ道を必ずしも歩けずとも、隣人として共にありたい限りだ。あぁ、快いな! パレッティア王国の王族はいつだって私の心を動かして止まない!」
心底嬉しそうにルークハイム皇帝は喜色一色の笑い声をあげる。その横でファルガーナ様が申し訳なさそうな苦笑を浮かべて、謝罪するように手を合わせている。
そんなファルガーナ様を見て、私も気が緩んでしまった。それはユフィもだったのか、思わず互いに顔を見合わせてしまう。
顔を見合わせてしまった私とユフィは、示し合わせたように苦笑を浮かべることしか出来なかった。




