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転生王女と天才令嬢の魔法革命【Web版】  作者: 鴉ぴえろ
外伝:呪われ令嬢は斯く語りき
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Another Story:呪われ令嬢は斯く語りき 03

 ――魔法を扱う者は心せねばならない。自分が扱うその奇跡をなんとするのか。

 シャルネにとって魔法とは、貴族として鍛え、学び、育てなければならないものだった。貴族の義務を果たすためにはどうしても魔法の力が必要になるからだ。

 パレッティア王国では魔物が多数生息している。定期的に騎士や冒険者が間引きをしなければ溢れかえってしまうほどに。その間引きですらも追いつかなかった時、または強力な魔物が出た時にはスタンピードが発生してしまう。

 人々を魔物から守るのは貴族の役割だ。シャルネはまだ幼い少女だが、飢饉によって貧しくなってしまった領地の為に出来る事を積極的にしていた。

 狩りに参加していたのもその一環だ。しかし、狩りとはいえ危険がない訳じゃない。狩りの途中でいつ魔物に襲われるかもわからない。それでも彼女が参加できていたのは魔法使いだからである。


 ――シャルネにとって魔法は生きていく為に必要な手段であった。その力を授けてくれた精霊に、そして自分の代まで力を引き継がせてくれたご先祖様には感謝を捧げなければならないと思って生きてきた。


 シャルネはパレッティア王国ではごく普通の、あえて分類するなら良識のある貴族の娘である。だからこそ、そんな彼女に対するティルティの忠告は、今までの価値観を揺るがしてしまうものだった。

 魔法の力は過ぎれば人に仇なすものへと変わる。故に律しなければならない。それが貴族としての務めだと。

 悲しい事だが、つい近年まで貴族は腐敗していたと言っても良い。魔法は貴族の権威の象徴となり、権威に溺れた者達はやがて己の欲望を満たす事を目的としてしまう。

 魔法は尊い精霊からのありがたい加護。それは良いものではあっても悪いものではない。悪とするなら、それは悪しき事に使ってしまう人の心の弱さなのだと。

 しかし、ティルティは言う。魔法を究めるという事は、人から外れていく事なのだと。

 それはアニスフィアとユフィリアという二人の例を挙げると否定出来なくなってしまう。


「……魔法とは、自分にとって何なのか、かぁ」


 だからティルティは考えろと言ったんだろう、とシャルネは思う。人の教えや考えに感銘を受けて、その手法に倣う事は間違いではないと。

 でも、それだけでは足りない。魔法は自分の力、自分の願いや意志が編み出すものであるからこそ。魔法を何とするのか、その定義は自分で見つけなければならない。

 全ての教えに意味はある。そして、同時に意味がないと言ったティルティの言葉は正しい。正しさはいつだって、自分の心の中にしかない。


「私が信じる……魔法」


 不意に、シャルネは弓を引きたくなってしまった。

 シャルネは弓が好きだ。得意であるのと同時に好きな事でもあった。

 シャルネの魔力は多いとも少ないとも言えない、ごく一般的な量と言われている。だから何でも魔法で解決すれば良いとは考えておらず、むしろ出来るだけ節約するように言われていた。

 そしてシャルネは弓と出会った。弓を引く為の身体強化や、魔力を矢に乗せる必要はあっても、魔法だけで獣を狩ろうとするよりは魔力の消費が少ない。

 実際、弓はシャルネに合っていたのだろう。弓の腕は幼いながらも領内で一番ではないかと囁かれる程だった。

 それはシャルネにとってささやかな自信である。けれど、弓の腕前は貴族令嬢として評価されるようなものではない。

 侍女として王城に上がる為に弓は置いてきてしまった。それは必要な事だとわかっていたけれど、それでも心の中で弓への思いは存在していた。


「……引きたいな」


 弓を引く感覚に没頭したかった。難しい事を考えず、ただ当てる為に全神経を集中させるあの感覚に。

 好きだったから得意になったのか、得意だったから好きになったのか。どちらが先かシャルネにはわからない。

 でも、あの感覚が落ち着くし、好きなのだ。シャルネは一度、手放してしまった。そして改めて思い馳せる事で気付く。

 自分は本当に弓が好きだったという、その事実に。


「……弓を、引くように」


 この手に弓はない。でも、魔法ならある。

 シャルネは都庁の中庭、アニスフィアが実験に使う為に用意した場所で呼吸を整えた。

 魔力で刃を形成する魔力刃のように、魔法によって形を作る事は出来る。でも、弓を作るという事は聞いた事がない。

 魔力刃と違ってそれは必要のない事だ。矢はともかく、弓の部分まで再現するのは魔力の効率から見ても意味はない。

 意味はないのだ。だけど、今のシャルネには関係がなかった。弓を引きたいから、ただその為に魔法で代用する。

 シャルネの手の中に光が灯る。思い出すのは領地にいた頃、狩りで使っていた手に馴染んだ感覚。

 番える矢もまた、魔力で組み上げられたもの。そして、矢を引く弦。この弦の再現が一番難しかった。

 魔法は望むままに叶える。けれど、弓の弦は望んだから思うままに引ける訳じゃない。むしろ逆に、その弦を弾いた手応えで当たるかどうかを感じる為にある。


「……難しい」


 魔法で形を作っても、それは見せ掛けだった。本物には劣る。魔力を霧散させてシャルネは溜息を吐いてしまった。

 やっぱり無理な事だったかな、と踵を返そうとした時だった。


「――あら、止めちゃうの?」

「ぴゃっ!」


 そこにティルティが立っていた。思いもしなかった人物が立っていた事にシャルネは奇妙な声を上げて振り返ってしまう。


「テ、ティルティ様? どうしてここに?」

「面白そうな事をしてると思って見に来たのよ。魔法だけで弓矢を再現するなんてねぇ」

「……変ですよね、弓矢をそのまま再現しようなんて」


 指を胸の前で組んで、絡めるように遊ばせながらシャルネは目を背けた。見られていたとは思わなかった、あんな無駄な魔法の使い方を。それが凄く恥ずかしくてティルティと目を合わせる事が出来ない。


「面白い発想だとは思うわよ? 逆に何で止めちゃったの?」

「え?」


 ティルティは笑う所か、興味津々と言った様子で問いかける。思いがけない反応にシャルネは目を見開く。


「何で、って……その、言われましても、再現が難しくて……」

「ふぅん。途中までは様になってたと思うけど、どこでダメだったの?」

「……弦です。思うように引ければ良いって訳じゃないですから」

「思い通りになる弦だったら、弓という形である必要はないものね……。成る程、シャルネ。ちょっと手を貸してあげるから、もう一度やってみなさい」

「はい?」


 またもシャルネは呆気に取られるように声を漏らしてしまった。ティルティはただシャルネをジッと見ているだけだ。

 早くしろ、と言わんばかりの視線の圧に負けたシャルネは先程まで試していたように弓と矢を作る。番えた所までは最初と一緒、今度は番えた矢を引く弦を作ろうとして……やはり上手くいかない。


「そうよ、形だけを作っても意味はない。その形である意味に、その形の奧にある象徴を意識しなさい」


 シャルネの背後に回り、肩に手を添えながらティルティが言う。その言葉に困惑したように、魔力で象った弓を手に持ちながらシャルネは聞き返す。


「しょ、象徴……?」

「弓を射る為に必要なのは弾力でしょう? 弓という形を固定しつつ、弦はその形を崩そうとする力を込めなさい」

「……???」


 ティルティの説明にシャルネがまったく意味がわからない、という顔を浮かべる。弓に弾力が必要だと言うのはわかるけれども、後半の指示がいまいちわからない。


「いいから、言われた通りに意識しなさい。弓を持つ手で弓に魔力を注いで固定、弦を弾く指からその魔力を引っ張るようにして矢に収束。体に魔力を循環させるのと一緒よ。弓という形の流れ道を作りなさい。その弓は貴方の一部で、体の一部だと意識をするの」


 言われるままにシャルネは弓に魔力を注いでいく。そして矢を番えながら弦を弾く。ただ弦を作っただけでは弓を引くような弾力はない。

 だから弦を通して弓から魔力を引っ張るように引き、矢に魔力を収束させる。手から弓へ、弓から弦へ、弦から矢へ。


「魔力の流動はそのままでいいわ。けれど弓の魔力は維持よ、矢を番えた弦が魔力の収束点。限界まで引き絞りなさい」

「……ッ……!」


 魔力が吸い上げられる。弓を固定して、それを弦で引っ張り、矢に収束。その流れを何度も繰り返す事で慣れが生じる。魔力の流動は自然となっていき、魔力の流れ道はどんどん太くなっていく。

 弓を引く弦に負荷を感じる。この負荷は普通に弓を引いた感覚と似ていて、でも異なる。イメージが完全には重ならないのだ。でも、ここまでくれば更なる明確なイメージを与える事が出来た。

 弓がしなり、弦が張る。番えた魔力の鏃が目標へと向けられる。弓を引く姿勢は何度も繰り返したものだ。だからシャルネのイメージが次第に鮮明になっていく。


「――――」


 直感があった。行ける、と。その手応えのままにシャルネは矢を解き放った。

 風を切り裂く音が聞こえる。弦が奏でる音とはまた違う、奇妙な魔力の弾ける音がした。

 弓も、弦も溶けて消えていった。矢が魔力の収束点だったからこそ、その全ては矢へと注ぎ込まれていったからだ。


 ――そして中庭に設置していた的に着弾し、その更に後ろの方まで抉るように矢が飛んでいった。


「……ぁ」

「やば」


 明らかに人に聞こえるだけの音が鳴り響いた。しかも地は掘り返されたように抉られている。

 気付けば魔力の半分以上は使っていたシャルネは、倦怠感に晒されながらも自分がやってしまった結果を呆然と眺めている。


「――何の騒ぎだ!?」


 音に気付いたのか、飛び出してきたのはトマスだった。別の方からはプリシラまで駆けてきた。

 そして中庭の惨状を見たトマスとプリシラは揃って目を丸くした。そして視線はシャルネへと集中する。

 二人から視線を注がれたシャルネはびくりと身を竦ませて、小さく震えながら大きく叫んだ。


「ご、ごめんなさーーーーい!」



 * * *



「……まぁ、怪我だとか無くて良かったと言うべきか」


 シャルネの謝罪後、場所を都庁のサロンへと変えてトマスはそう言った。プリシラは呆れたようにお茶を用意している。

 ソファーに座って小さく縮こまっているシャルネと、不貞不貞しく椅子に座っているティルティは見事に対比になってしまっている。


「魔力で弓というか、弓矢の構造まで再現するか……それであんな事になるのか?」

「魔力の込めすぎね。魔力をそれだけ〝込められる〟構造の魔法だったから。でも燃費は最悪だし、効率も悪いわ。〝出来なくはない〟って産物ね。はっきり言って、無意味な事この上ないわ」

「意味がないのになんでやらせたんですか……」


 トマスは溜息を吐きながらティルティに言う。ティルティは気にした様子もなくプリシラが入れた茶を口に含んだ。


「やれると思ったから。それだけよ」

「はぁ……」

「でも、良いじゃない? これで魔弓製作のヒントになったわね?」

「え?」

「はっきり言って〝魔法でやろうと思えば何でも出来る〟のよ。自分が使える魔法の範囲の事ならね。でも、誰も突き詰める事はしない。何故だと思う?」

「……効率が悪いからでは?」


 プリシラが目を細めながら言った。実際に試したシャルネも同意した。これは効率が悪すぎて使い物にならない。

 何でも魔法でやれるけれど、何でも魔法でやらないのは魔力の無駄だからだ。そして魔力を無駄使いするのは、貴族としてどうなのかと思ってしまう。

 プリシラの反応にティルティは頷いてみせた。手に持っていたティーカップを戻して、手を組み合わせる。


「そう。だから意味がないのよ、魔法は実用的であるべきだもの。ただ、やらないで無駄だと諦める事と、やってから無駄だと断じる事には天地の差があるわ」

「それは……そうですが」

「――これがアニス様の言う、魔学的な発想というか、魔学が学問であるという事を示すものだと思うけどね」

「……これが、ですか?」

「〝無理な事を知る〟、〝効率が悪い事を知る〟、〝得られる効果を知る〟。言うならこれは計算式よ、結果を導き出す為のね。後はここから足したり、引いたりすれば良い。そして最適化して組み立てていく。魔法を解体して、或いは想像して、先へ、もっと先へと進む為の学問」


 ぞく、とシャルネの背筋に薄ら寒いものが走った。けれど、心臓は高鳴りを感じてしまう。

 シャルネは自分が魔法の天才だとは思った事はない。自分よりも上なんてもっとたくさんいる。でも、だからこそ〝その人達と同じ魔法〟を使っていても意味がないのだと、実感を伴って駆け巡る。

 自分に合った、自分の為の魔法を。誰かから教えられる〝誰でも使える魔法〟ではなく、自分が形にしたい魔法の追究。


(――あぁ、そっか)


 ――〝だから〟アニス様は魔道具を生み出せたんだ、とシャルネは納得した。

 〝偶々〟アニスフィアが魔法を使えず、それでも魔法を扱おうとした結果で魔道具が生まれた。それは結果論なのだ。

 あの人はずっと、自分が理想とする魔法を追求していただけなのだと。だから、魔学とは学問である。学び、理解し、進んで行く為の道だ。

 だから全ての知識に意味はあって、けれど意味はない。最後にその魔法を象れるのは自分だけだ。

 漸くティルティが言いたかった事が実感となってシャルネの中で固まっていく。そして彼女の中に生まれた願いはただ一つだった。


(……魔弓、作りたいな……)


 魔法だけで足らないなら、道具を頼ろう。人の力だけで制御出来ないなら道具を使えば良い。その為に魔道具なんだから。

 実際の弓を魔法の触媒にしたらどうだろう? それを専用の素材で組み上げたら、どんなものが出来上がるんだろう?


 ――そして、あのフェンリルの魔石を、あの荒れ狂うような魔力を矢として番える事が出来たなら何が出来るんだろう?


 シャルネは気付いているだろうか。それは、既に魅せられた者の顔だった。

 そんなシャルネの表情にティルティは薄く笑みを浮かべる。


(――堕ちたわね、この子も)


 魔学は魔法を知る為の学問だ。その道は広く深い。歩む者の数だけ、魔法の道がある。

 魔法とは個々の才能によるものだ。他人からの受け売りで魔法を描く事は確かに出来る。けれど、それは最後に自分自身が表現するものだ。

 今まで、この魔法は精霊への信仰心や貴族の誇りという形で或る程度、皆が同じ方向を向くようになっていた。

 そんな自然と積み重ねられてきた習慣は、やがて同調圧力を生み出していく。その圧力に風穴を開けたのがアニスフィアだ。

 皆で同じ道を行くのではなく、深く己の願いに埋没していく道。魔法の探究とは、即ち自己との対面である事をティルティは知っている。


(私はそんなものはごめんだと蹴った身だけど……息苦しい巫山戯た習慣が無くなる分には大歓迎なのよね)


 ティルティは魔法を究める道は捨てた。それでも魔法に魅入られるものは、特にアニスフィアによって魅せられた者は探究の底へと堕ちて行けば良いと思っている。

 精霊からの加護なんて呪いだと言って憚らないティルティは、この国の在り方を憎んでいた。憎んでいたからこそ、彼女はアニスフィアの在り方を肯定する。

 それは何よりもティルティの憎んでいたものを破壊するのだから。笑いが止まらないとはこの事だ。

 また一人、魔法の探究の底を目指す者が生まれた。自覚して止まるのか、それとも突き抜けてしまうのか。


(もっと未知が既知になれば良い。そうすれば、本当の〝未知〟に出会えるでしょう?)


 ――呪われ令嬢は斯く語りき。

 あぁ、それは魔女の囁きにも似ている。



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